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月刊「現代農業」/2017/12/4 12:10
http://www.ruralnet.or.jp/syutyo/2018/201801.htm

江戸期に学び、村の協同を再興する/

 目次
◆後継者難に立ち向かった江戸期のむら
◆むらの共済機能が働いた江戸期は「農協国家」
◆農家を減らさない—長野県・田切農産の取り組み
◆地域のみんなが参加し元気になる協同のかたち
◆いま、協同の心を伝え継ぐ

 新年・2018年を迎える。『伝え継ぐ 日本の家庭料理』(農文協刊)の発行を開始したからというわけではないが、新しい年を「伝え継ぐ」年にしたいと思う。

 総選挙で圧倒的な議席を確保した安倍政権は、日欧EPA(経済連携協定)の「大筋合意」に続き、アメリカを除く「TPP11」、日米FTAなどの通商交渉を、交渉中を理由にその内容や影響を公開することなく、強力に推進するだろう。

 ここにあるのはグローバル化する大企業むけ「成長戦略」のみ。2014年の国連「国際家族農業年」や2016年のユネスコによる「協同組合」の無形文化遺産登録など、グローバル資本から地域、民衆の暮らしを守ろうとする国際的潮流を徹底的に無視するこの国の政府には「伝え継ぐ」べき歴史も文化もない。

 2018年はJAの「自己改革」真っ只中の年でもある。政府・財界は、ここでも協同組合の歴史や文化を無視し、「JA解体」にむけた圧力を強めるであろう。

 新しい年を迎えるにあたり、「伝え継ぐ」ことを考えてみたい。

後継者難に立ち向かった江戸期のむら

 農家や地域、JAが伝え継ぎたいことを考えるうえで、大変示唆に富む本が出版された。農文協の新刊、『むらと家を守った江戸時代の人々?人口減少地域の養子制度と百姓株式』。著者は農業史の若手研究者・戸石七生さん(東京大学講師)。

 戸石さんは「まえがき」でこう記している。

「北海道と沖縄を除いた地域で現存する集落のうち、95%が明治以前にすでに現存していた。(中略)寿命100年以上を超える『老舗』村が七万以上ひしめきあっていたのが明治維新直前の日本であった。(中略)いかにしてこのように長い間むらが持続したか」

 本書によると、日本の農村が人口減少、担い手不足という危機に直面したのは現代が初めてではない。特に江戸時代の後半、日本の人口の伸びは停滞。戸石さんが実証研究の対象とした関東の農村のように、人口減少、後継者難に悩んだ地域は少なくなかった。しかし江戸の人々はこうした後継者難にただ耐えていたのではない。家と地域が一体となって立ち向かい、農家、農村の存続を目指したのが江戸時代のむらの姿だった。そこでは、有形・無形の経営資源を家族以外の者に受け渡す「第三者継承」が養子縁組というかたちで盛んに行なわれた。江戸時代の養子縁組は家だけでなく、むらにとっても死活問題だったのである。

 本書では、相模国横野村(現在の神奈川県秦野市大字横野)に残るさまざまな史料などを駆使しながら、村や村うちの五人組が、「潰れ百姓」と呼ばれる生産能力を欠いた農家の出現を防ぎ、あるいは再興させるためにさまざまな取り組みを行なっていたことをリアルに描いている。

 この時期の村や農家の経営基盤は、現代以上に弱く深刻で、「潰れ百姓」がさまざまなかたちで生まれた。本書ではこれを次の4種類に分類している。

 1.人口の自然減によるもの:乳児死亡率の高さや、働き盛りの担い手の突然の死によって農家経営が傾く

 2.人口の社会減によるもの:引越し・失踪(欠落)、都市への出稼ぎ、村内外への奉公

 3.経営能力に問題があるもの

 4.生産年齢人口が著しく小さいもの

 この「潰れ百姓」の出現は年貢の納入に困難をもたらし、特に村うちの小集団、五人組にとっては、共倒れの要因となるため、切実な問題であった。そこで村は構成員の少ない農家に対して村落運営費を免除し、村も五人組もさまざまな手立てを尽くした。

 1の担い手の突然の死では養子縁組などで家を守り、2の失踪や出稼ぎなどでは、いつでも村に戻れるように環境を整えておくのも村や五人組の役目であった。

むらの共済機能が働いた江戸期は「農協国家」

 こうして村はさまざまな形で共済機能を発揮した。屋敷・耕地の所有と山・里山などの利用権、むらの寄り合いなどに参加するコモンズ権を保証した百姓株式(むらにおける営農権)の所持主体は家であったが、村はこれを管理し、家の構成員にも日常から注意を払い、潰れ百姓が発生しないように対策を立て、経営や担い手の状況が思わしくない場合は、ただちにその農家を潰れ百姓として認定し対応したのである。

 百姓株式制度を基盤としてさまざまに行なわれた共済が、近代以降の農業協同組合の礎となったと戸石さんは研究報告(『共済総合研究』72)でこう述べている。

「『太平の世』として知られる近世の日本は『軍国主義国家』であると、政治史分野では長らく評価されてきた。とはいえ、近世日本を構成する基礎的行政単位は村であり、村は制度上、年貢=兵糧=米の供出を目的とした生産者組織であった。つまり、村は農業協同組合であり、村人はいわば農協の組合員であった。よって、被支配者である百姓から見れば、近世日本は『軍国主義国家』ではなく、『農協国家』であった」

 村は制度上は「米の供出を目的とした生産者組織」だが、そこにはむらを守りむらの持続性を維持する自律的な共済=村びとによる協同活動があり、「260年続いた『パクストクガワーナ』(徳川の平和)は百姓の仲間団体である無数の村、つまり農協組合員として組織された百姓に支えられていた」のである。

農家を減らさない
—長野県・田切農産の取り組み

 本書の「終章」で戸石さんはこう述べている。

「中世以降の日本の社会は団体的自治に依存してきた社会であり、団体の中でも村はその果たす役割の重要性において日本社会の基礎的な単位であった。(中略)団体的自治の文化は現代も脈々と受け継がれており、日本社会の基層を成している」

 そして現代、農家の高齢化や人口減少のなかで「団体的自治」が難しくなってきたのは確かだが、だからこそ、むらの機能を現代的に再生させる取り組みが、「集落営農」などさまざまな形で展開されている。ここでは、本誌2012年7月号、2014年11月号で紹介した長野県飯島町にある?田切農産の取り組みから考えてみたい。

 2016年、田切農産はJA全中などが主催する「第45回日本農業賞」の集団組織の部で特別賞を受賞。兼業・専業問わず地区の全農家が参画し地域一丸となった営農体制が高く評価された。

 田切農産は2005年、全戸参加の田切地区営農組合を基礎とし、その二階部分の経営体として有志により設立された。農家との密接な関係を維持するため2009年には全戸出資の株式会社に移行。農地を預かるだけでなく、転作作物や白ネギ栽培の受託、畦畔・水管理の地域住民への委託、水稲の作業委託、直売所の経営など地域に利益を還元する取り組みを進めてきた。

 こうして、この担い手集団への地域の期待が高まっていったが、一方では、農地利用調整などを主な役割にしてきた一階の地区営農組合の活動が停滞する恐れが生まれた。そこで、これまで任意組織だった営農組合を「地域づくりのための新しい法人」に進化させるため2015年、一般社団法人「田切の里営農組合」の設立にこぎつけた。目的は主には三つ。「農家を減らさない」「多様な人材を掘り起こす」「地域の農地を一元管理する」。目指すところは、農業を元気に続けられる人には続けてもらい、続けられない人には地域のためにできることをやってもらうことだ。代表の紫芝勉さんはこう話す。

「地域を守るためには、兼業農家をはじめ、地域住民の皆さんにしっかり活躍していただかなければならない。そのための人づくり、仕事づくりの役割を、一般社団法人田切の里が田切農産と連携しながら担っていく」

「いかに小さな利益でもみんなで分け合い、多くの人に参加してもらうことが地域づくりでは大事だ。成果を分け合うと仲間が増える。仲間が増えればいろいろなつながりができて、いろいろな仕事が始まる。それによって地域が継続していくのではないかと私は考えている」

地域のみんなが参加し元気になる協同のかたち

「田切の里」と「田切農産」が連携して進める取り組みのポイントを整理すると以下のようになる。

(1)「管理委託+プレミアム方式」という協同のかたち

(2)「小さい農家を減らさない」&「多様な人材を掘り起こす」仕組みづくり

(3)「お金の地域還元率」を増やして仕事、資源、お金の地域内循環を強める

(1)「管理委託+プレミアム方式」という協同のかたち

 米・麦・大豆が主体の集落営農が野菜を導入した場合、「儲かるどころか赤字になってしまう」という話も聞く。田切農産も、かつては同じ悩みを抱えていた。米・大豆依存の経営から脱却するために、白ネギを導入したのだが、田切農産が采配し労賃を時給で支払った途端に経営的に立ち行かなくなるという危機に遭遇した。

 こうして導入したのがネギの「管理委託方式」。圃場ごとに管理者を設置して、それらの作業を管理者に任せる。労賃はその都度の時給ではなく、一作終了後、収入から経費を差し引いた分を支払う。管理者になった人もこれなら納得してくれそうだし、赤字になる心配もない。ただし、人手のかかる作業(育苗、定植、収穫調製作業など)はみんなでやったほうがいい。作業も早く終わるし、楽しくできる。それに、地域に働ける場をいかにたくさんつくるかが田切農産の役割だと考えているからだ。こちらの労賃は時給で支払う。

 さらに、圃場ごとの実績に応じた「プレミアム方式」を採用。収益の8割を基本配分金とし、2割をプレミアムに回す。努力した分が評価されるから、管理者のやる気が増す。この方式に変えてからは収益がしっかり出るようになり、作業者一人ひとりのやる気もグングン伸びた。この方式は他の野菜にも導入されている。

 一方、稲作では「枝番管理方式」にした。田切農産からの委託を受けて稲作に取り組む農家は、米を農協のカントリーに出荷する際に「田切地区営農組合——○○さん」と枝番(名札)をつける。こうしてそれぞれの出荷量を把握し、米全体の売上金額から経費を差し引いて、残った分を出荷数量に応じてそれぞれに分配するので、頑張った人はそれに見合った収入が得られる。

 構成員の努力や働きが生きる協同のかたちを追究する。

(2)「小さい農家を減らさない」&「多様な人材を掘り起こす」仕組みづくり

 田切農産の社員は9名、臨時雇用で総勢40人近い地域の人にも来てもらっているが、それでも精一杯という状況になってきた。

 そこで、新しく立ち上げた法人「田切の里」では、地域を守るために活動をする「作業グループ」を設け、草刈り部隊をつくった。地域には草刈りくらいならやれるという人がいる。ここでは、「多面的機能支払」交付金を活用する。作業グループのほかに、直売所グループや農産加工グループをつくり、将来的には独居老人に弁当を配達する福祉グループなどもつくる計画を立てている。

(3)「お金の地域還元率」を増やして仕事、資源、お金の地域内循環を強める

 田切農産は地域貢献度ともいえる経営指標として「地域還元率」を重視している。

 2014年度の売上高1億4000万のうち地域への還元割合は9300万.66%で年々上がってきている。内訳は共同作業等労務費、直売所で販売する農産物仕入、交付金など作付助成配当、作業委託費、支払地代などである。所得そのものよりも地域に仕事を増やすことを優先し、かつ未来への投資を考えているのである。

 地元のNPO法人「伊那里イーラ」と共同で農業塾を開催しているのもそのひとつ。これには町内外から総勢35家族が集まり、米づくりコースと野菜づくりコースで10カ月間、実地で勉強する。ゆくゆくは定住に結びつけたいと考えている。ほかに県の里親制度を使った研修生の受け入れや、JICA青年海外協力隊の訓練生受け入れ、町の子育て支援センターの収穫体験、小学生の社会見学、高校生の職場体験なども定着してきている。

いま、協同の心を伝え継ぐ

 こうした田切地区と田切農産の活動を、JA上伊那や飯島町がサポートし、支えてきた。田切農産は品目横断的経営安定対策事業がスタートした2006年、JA上伊那が先頭になって立ち上げた44集落営農組織のひとつとして発足した。これからは組織(集落営農組合=むらの力)がなければ上伊那地区の農業は維持できないと判断してのことである。農協全職員による集落の担当制をとり、経理、会計簿の記帳代行など全面的にバックアップするなかで、約半年の間にほぼ全部の集落で集落営農を立ち上げることができた。

 この時、力を発揮したのが、JA上伊那、行政、普及センター、NOSAI、農業委員会といった各組織が連携した協議会「営農センター」であり、これを核として農地利用調整などをすすめてきた伝統である。

 JAの自主的な研究会であるJA・IT研究会(会長・今村奈良臣、会員・53JA+1団体、事務局・JA全中、農文協)では先日、「協同活動をベースにしたJA改革の実践」をテーマに第47回公開研究会を開催。JA上伊那の牛山喜文専務も活動報告をした。JA上伊那の組合員の参加意識は高く、かつて取り組んだTPP反対署名はJAのなかで全国一だったという。牛山さんは、集落営農や新規就農者の支援・育成など多彩な活動を紹介、そして「協同の心」をめぐり次のように語った。

「明治の中ごろから上伊那地方の主たる産業は養蚕だったが、製糸会社の独占的な繭の買い叩きや不当な取り引きに悩まされた農家は、これらの搾取から自らを守る手段として零細な資本を出し合い、自らの手で製糸を開始。やがて産業組合法のもと組合製糸が生まれ、大正に入って上伊那一本の組合製糸『竜水社』が誕生、生産から販売までを担って農家所得向上に寄与した。

 協同こそ弱い立場にある者の生きる道であることを先人に学びとれる。今日、上伊那全地区に組織されている集落営農組織の根底には、自分たちの地域や農業を自ら守ろうとする協同の心・共に助け合う精神が生きている」

 これをさらにさかのぼれば、「むらと家を守った江戸時代の人々」がいるのだろう。

「自己改革」の土台・源泉として、協同の心を伝え継ぐ。農家、組合員とともに進める「自己発見」がいま、求められているのではないだろうか。


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