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トランプ米大統領が1月6日に起きた議会乱入事件で反乱扇動を問われ、弾劾訴追された。一昨年にもウクライナ疑惑で弾劾訴追されており、現職大統領の2度の訴追は過去に例がない。国民の怒りや不安につけ込み、事実無根の虚偽を繰り返して扇動してきた政治家のなれの果てである。 米連邦捜査局(FBI)は、20日のバイデン次期大統領の就任式に向けて、トランプ派支持者が再び暴徒化し全米で騒乱を引き起こす可能性があるとの情報を得て警戒を強めている。ワシントンでは州兵が動員され厳戒態勢が敷かれている。 トランプ氏が昨秋の大統領選直後から「選挙が盗まれた」と根拠もなしに主張し、支持者に「死ぬ気で戦わなければ、国を失う」と扇動した影響は、議会乱入で終わってはいない。本来祝賀ムードに包まれる大統領就任式だが、今年は暴力におびえて迎える。 民主主義のリーダーである米国の現職大統領が国家に対する反乱扇動を問われるとは驚くべきことだ。虚偽発言を続けた末に、受け入れられないとなると政治にむき出しの暴力を招き入れる結果となった責任は重大だ。弾劾を訴追した下院では与党共和党からも10人の議員が賛成票を投じた。 上院はバイデン氏の就任式後に弾劾問題を取り上げる。退任後であっても弾劾裁判で有罪とすることでトランプ氏の次期大統領選出馬を封じる狙いがあるとされる。 当のトランプ氏は暴力こそ非難しているが、扇動の責任は認めていない。議会乱入が起きる直前の極めて扇動的な演説も「完全に適切だった」と強弁している。これではペロシ下院議長(民主党)がトランプ氏を「差し迫る明白な危険」と断じたのもうなずける。議場乱入の恐ろしさや、影響力維持を狙うトランプ氏を目の当たりにして、米政界が弾劾で「トランプ的なもの」を排除しようと考えてもおかしくない。 弾劾裁判で有罪とするには3分の2の賛成が必要でハードルは高いが、共和党内でトランプ氏への反発は徐々に広がっている。共和党支持者の間でもトランプ氏の支持率が低下した。同党を支えてきた経済界もトランプ氏と距離を置く動きを見せている。 最悪の結末となったトランプ政権だが、その根は深い。 もともと共和党は移民の流入や女性の進出など民主党支持層の拡大に危機感を持ち、キリスト教右派や小さい政府を求めるティーパーティー(茶会)などが保守的な白人の票を獲得してきた。トランプ氏は広がる経済格差や人種間対立を背景に、不満をため込む保守層へつけ込み、過激な発言により扇動することで一挙に共和党を乗っ取り、大統領に就任した。 だが候補者時代からオバマ前大統領は米国生まれでなく大統領資格がない、といった発言をし、新型コロナウイルス対策の失敗を批判するメディアを「フェイクニュース」と呼ぶなど、その虚偽発言は常軌を逸していた。極め付きは、大統領選では自分が大勝したのにバイデン氏が不正に盗んだという主張だ。 格差や人種対立に根差す怒りが続く限りはトランプ氏のような虚偽で扇動する政治家が登場しそうだ。世界でもそんな例が見受けられる。トランプ氏の失墜が、扇動政治の限界を知る機会となってほしい。
国民生活が新型コロナウイルスの感染まん延で転換期を迎えている中、通常国会が18日に召集される。 政府、与党は安倍前政権時から指摘されてきた国会軽視の姿勢を改め、今こそ山積する課題について説明責任を果たさなくてはならない。先頭に立つべきは菅義偉首相だ。そうでなければ、コロナ禍にある国民の心に訴えは響かず、理解と協力を得るのは難しい。 衆院議員は10月21日に任期満了になる。衆院選に向け野党も政権担当能力を示す説得力ある質疑を展開してほしい。 政府は一般会計総額が過去最大の106兆6097億円となる2021年度予算案と20年度の第3次補正予算案を国会に提出。菅首相の施政方針演説など政府4演説が行われ、論戦がスタートする。 コロナ感染拡大への対処が喫緊のテーマだ。政府は東京や大阪などの計11都府県に対し、2回に分けて緊急事態宣言を再発令した。首相は記者会見で「1カ月後には必ず事態を改善させるため全力を尽くす」と言明したが、宣言の対象や期間、効果に対し疑問や不安の声は根強い。共同通信の電話世論調査では政府対応を「評価しない」が70%近くに上っている。 政府が発令方針を報告した衆参両院の議院運営委員会に菅首相は出席しなかった。記者会見はしたが、事務方が「次の日程がある」として途中で打ち切っている。 野党から「多くの国はリーダーが先頭に立って国民に呼び掛けている。首相にはリーダーとしての自覚がない」(枝野幸男立憲民主党代表)と批判を受けてもやむを得ない。宣言の効力を高めるため、コロナ特別措置法改正案と感染症改正案に罰則規定を入れる以上、適用条件などについて詳細な説明が必要だ。 補正予算案には観光支援事業「Go To トラベル」の費用1兆円超を盛り込んだ。停止された事業の予算額として妥当なのか。事業を主導した菅首相から納得いく答弁を聞きたい。 21年度予算案では、防衛費として過去最高の5兆3422億円が計上された。計画を断念した地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の代替策になるイージス艦2隻の導入調査費のほか、敵基地攻撃への転用懸念がある「スタンド・オフ・ミサイル」の開発経費が含まれる。 日本の安全保障政策の変更につながりかねない上、コロナ禍で苦しむ中小零細事業者や非正規雇用の労働者らへの支援拡充が求められる中、防衛費の在り方について徹底した議論が望まれる。 コロナ対策の論議が中心になるのは当然だが、国会の会期は6月16日まで150日間ある。米国では今月20日にバイデン大統領が就任する。日本の外交に影響力を持つ米新政権とどのように向き合うのか。唯一の戦争被爆国として22日に発効する核兵器禁止条約に背を向けたままでいいのか。対外政策でも菅政権の真価が表れる国会になる。 一方で、安倍晋三前首相側が「桜を見る会」前日の夕食会費用を補填(ほてん)していた問題や吉川貴盛元農相の現金受領疑惑についても政治的、道義的責任を問い続けなければならない。まずは政府、与党が政治不信の払拭(ふっしょく)に努めることが、安倍氏の「虚偽答弁」により失墜した国会の権威回復には不可欠だろう。
農相在任中、広島県福山市の鶏卵生産大手「アキタフーズ」グループ元代表から現金500万円を受け取ったとして、東京地検特捜部は収賄罪で自民党衆院議員だった吉川貴盛元農相を在宅起訴した。やはり元農相で、元代表からの現金受領疑惑で内閣官房参与を辞任した西川公也氏については、賄賂の認定が困難として立件を見送った。 吉川元農相は在任中の2018年11月~19年8月、贈賄罪で在宅起訴された秋田善祺元代表と頻繁に面会。大臣室などで3回にわたり受領したとされる。任意の事情聴取に「大臣の就任祝いだと思った」などと話し、賄賂性を否定しているが、特捜部は職務に関する賄賂だったとみている。 昨年12月、議員辞職した吉川元農相は心臓病に伴う手術を受け入院中。議員会館などの家宅捜索は終わり、逃亡や証拠隠滅の恐れはなく身柄拘束の必要はないと判断したとみられる。しかし秋田元代表は業界に有利な政策を実現してもらおうと元農相のほかにも、西川氏や農水族議員、農水官僚らに働き掛けを重ねたとされる。その全容はいまだに見えてこない。 ここから先は国会の仕事だろう。吉川元農相からの聞き取りや西川氏の参考人招致など、あらゆる手を尽くして一連の政官界工作を解明し、それにより生じた恐れがある農政のゆがみをつぶさに検証する必要がある。 秋田元代表は日本養鶏協会副会長などを歴任した鶏卵業界の有力者。吉川元農相に賄賂を渡した当時、業界では家畜を快適な環境で飼育する「アニマルウェルフェア」(AW)の国際基準を巡って18年9月に国際機関から提示された案への対応が懸案となっていた。採卵場に「巣箱」や「止まり木」の設置を義務付けるという内容だった。 ケージ(鳥かご)内での飼育が一般的な日本の実情に合わず、コスト増につながると一斉に反発の声が上がり、秋田元代表はその年11月に業者らと大臣室で吉川元農相に要望書を提出。農水省は国際機関に要望に沿った反論を出し、巣箱などの義務化は見送られた。 また鶏卵価格の下落に際して生産者に損失を補填(ほてん)する「鶏卵生産者経営安定対策事業」についても要望を繰り返し、20年度から補填対象を大規模生産者に広げたり、需給調整のために鶏を処分した場合の奨励金を増額したりするという業界に有利な結果が出ている。 元農相への現金提供は大臣就任前と退任後にも行われ、15年以降で賄賂も含めて総額1800万円に上るとみられる。 その一方で、農水族の重鎮といわれ、17年衆院選で落選した西川氏をアキタ社の顧問に迎え、吉川元農相への賄賂提供とほぼ同時期に現金数百万円を渡したとされる。当時、西川氏は非常勤の国家公務員で農政全般について首相のアドバイザー役を務める内閣官房参与。18年11月の要望書提出に同席した。ただ数百万円はアキタ社の顧問報酬だった可能性もあり、立件には至らなかった。 さらに秋田元代表は農水省の部長級や課長級ともたびたび接触した。この過程で西川氏は具体的にどんな役割を果たしたのか、農水省幹部はどのような働き掛けを受けたか、接待などはなかったか-などをきちんと解明しない限り、今回の事件で一端がのぞいた業界と政官の癒着の構造を取り除くことはできない。
新型コロナウイルスの感染拡大に終わりが見えない中、多くの人が仕事を失い、ごく普通の生活を支えきれなくなっている。年末年始、各地で支援団体が「大人食堂」を開設し無料で食事を提供したり、職探しなどの相談に乗ったりした。労働組合は解雇・雇い止めや賃金カットの無料相談会を実施。労働訴訟の支援にも動きだしている。 厚生労働省によると、今月6日の時点でコロナ関連の解雇・雇い止めは見込みも含め8万人を超えた。派遣やパートなど非正規で働く人が半数近くを占める。翌7日に東京と神奈川、埼玉、千葉の1都3県に緊急事態宣言が発令され、13日には関西や東海など11都府県に拡大。雇用情勢はさらに悪化しそうだ。 ただ厚労省の数字は各地の労働局やハローワークからの報告を基に積み上げたもので「氷山の一角」にすぎない。生活に困っている人の相談を受けている自治体の「自立相談支援機関」には全国に緊急事態宣言が出された昨年4月から9月にかけて、前年同期の3倍に当たる計39万件余りの新規相談が寄せられた。 民間も含め支援の現場は2008年のリーマン・ショック後とは異なり、働き盛りの男性だけではなく、若年層や女性など幅広い層に「貧困」が広がっていることに危機感を強め、「自助、共助は限界にきている」との声も上がる。生活困窮者に絞り、支援の継続と拡充を急ぐ必要がある。 自立相談支援機関は「生活保護に至る手前の新たなセーフティーネット」の一環として、15年度から福祉事務所のある都道府県や市町村が設置している。就労や家計、子どもの学習への影響など、さまざまな相談を聞き、生活困窮から脱するため利用できる公的な制度を紹介したり、支援計画を立てたりする。 毎月の相談件数は例年、1万5千~2万8千件程度だったが、昨年4月に9万5214件に急増。7月に4万件台まで減ったものの、8月と9月はいずれも5万件を超え、4~9月で計39万1717件に達した。その後も、月5万件前後で推移しているとみられる。 一方、低所得世帯の生活再建を目的に貸し付ける「総合支援資金」のうち、コロナ禍の影響で減収になった人にも特例措置で対象を広げた生活支援費の融資決定件数は昨年3~12月に51万5千件、総額3853億円に上った。生活支援費は2人以上の世帯なら月最大20万円を原則3カ月分まで無利子で借りられる。 これまで過去最多はリーマン・ショック後の10年度。今回は対象を拡大しているため単純比較はできないものの、融資件数で見ると、12倍以上に膨らんでいる。その後も申請は後を絶たない。 昨年4月の緊急事態宣言発令の当初、外出自粛の影響はまず宿泊業やバス、タクシーなどの旅客運送業を直撃。夏以降には製造業や飲食業にも及び、非正規が切り捨てられ、7月に前年同月比で131万人減という、かつてない減り方を見せた。その6割以上は女性だった。休業補償をもらえないとの相談も支援団体などに相次いでいる。 政府は雇用調整助成金を活用して雇用を維持するよう企業に呼び掛け、生活支援費の融資や住居確保給付金の支給も当面延長するが、それに加え、より長期的に切れ目なく生活困窮者を支える仕組みが求められよう。
政府は新型コロナウイルスの緊急事態宣言を栃木、岐阜、愛知、京都、大阪、兵庫、福岡の7府県に再発令した。発令地域は首都圏4都県と合わせ計11都府県となり、都市部中心に関東から九州までに拡大した。 菅義偉首相は首都圏に再発令する際、大阪などは感染者が減少傾向にあると評価していた。しかし、1週間もたたずに対象拡大に追い込まれた。見通しが甘かったと言わざるを得ない。ほかにも発令要請を検討中の県があり、全国的に広がる可能性もある。発令期間を1カ月弱の2月7日までにそろえたのも対策の「小出し」にならないか。 若者らを中心に「行動変容」が進まず感染が収束しないのは、首相はじめ政府の政策、発言のメッセージが弱く、国民が危機感を共有できていないためだ。ウイルスが活性化する真冬の第3波は、これまでの経験則をはるかに超えている。事ここに至っては、経済活動を一時止めてでも感染拡大を抑え込むという政治の意志を示す段階だ。 首相は正月休み明け時点では、宣言の大阪などへの対象拡大に否定的だった。年末に飲食店へのさらなる営業時間短縮要請を見送った首都圏の感染者数が「深刻」な水準と指摘する一方、「時短要請をした大阪は効果が出ている」と持ち上げていた。飲食店への対策さえ打てば成果が上がるとの短絡的な判断だった。 ところが直後から大阪の1日の新規感染者は過去最多を連日更新。医療体制が逼迫(ひっぱく)し、当初慎重だった吉村洋文大阪府知事が発令要請に方針転換。大村秀章愛知県知事も年明けの感染急増を受け、政府に再発令が必要だとの認識を伝えていた。 事態の急変に即応できていれば首都圏と同時の発令ができたのではないか。この判断の遅れは感染拡大を一層深刻化させかねない。政府は自治体との連携に穴がないか、改めて点検してほしい。 首相が、2月7日までに成果が出なかった場合の対応を問われ「仮定のことは考えない」と述べたのも大いに疑問だ。国民にはそれぞれ生活設計があり、企業には事業計画がある。1カ月後に期間延長があるか否かの見通しは死活問題だ。飲食店中心の対策のみでは2月末にも東京の感染者は現状と同水準のままだとの専門家の試算もある。 先々まで「仮定」して次の手を構想し、国民に説明責任を果たしながら協力を求めていくのは、政治が当然果たすべき義務であると強調したい。 首相は昨年末、変異種がまん延する英国からの入国者を「1日1、2人だ」と述べた。実際には12月に1日約150人だ。これは異常事態に際し「たいしたことない」と考えてしまう「正常性バイアス」ではないか。「絶対に防ぐ」としてきた「爆発的感染」も今や主要な大都市圏で現実のものとなった。 人の移動や接触を抑えきれなかった年末年始休みから2週間が過ぎる1月半ばには、さらに感染者数が膨らむ可能性も指摘される。政府の楽観的観測は「眉唾」だと国民はとうに気づいている。 首相は正常性バイアスを排し「最悪の想定」も開示しながら、それを防ぐため今国民が何をすべきかを理を尽くして語るべき時だ。そして対策の「逐次投入」で様子を見ては追加を繰り返す悪循環から脱し、飲食店以外にも対策の総動員を再検討すべきではないか。
政府はデジタル政策の基本方針を決定した。司令塔を担う「デジタル庁」の創設をはじめ、2000年に成立したIT基本法の改正やマイナンバー制度の使い勝手の向上が盛り込まれた。必要な法案を今月に召集予定の通常国会へ提出する。 「行政のデジタル化」は昨年9月に就任した菅義偉首相の看板政策であり、成果を急ぐ気持ちは理解できる。だが急速なデジタル化に不安を感じる高齢者は少なくないし、プライバシー保護への不信感からマイナンバーカードを持たない人は多い。 これら国民の不安や不信を置き去りにして政策を進めることは許されない。その第一歩は政府への信頼醸成にある点を、菅首相をはじめ関係者は肝に銘じるべきだ。 デジタル庁は、他省庁に是正を促す勧告権など強い権限を持たせるのが特色で、縦割りにより実効性が上がらなかった従来のデジタル行政からの転換を目指している。民間からの非常勤職員を含め500人規模で9月1日にスタートする。 基本方針はデジタル庁について、政策の企画立案をはじめ国と地方自治体の情報システムを統括し、標準化や統一による連携を推進。「行政サービスを抜本的に向上させる」と目的を強調した。 政府のデジタル対応で国民が思い浮かべるのは新型コロナウイルス禍に伴う10万円給付時の混乱や、雇用調整助成金のオンライン申請に伴い発生したシステム障害ではなかろうか。 IT基本法の制定以来、20年間のデジタル政策の帰結がこの体たらくであり、デジタル庁設置による政策の立て直しを国民は期待している。 それにはうまくいかなかった従来政策の検証は欠かせないが、政府内の議論は乏しく、責任も明確にされていない。新庁発足までにはまだ時間がある。同じ失敗を繰り返さないためにも、政府は国会審議などを通じて国民へきちんと検証結果を説明すべきである。 基本方針はまた予算面で、デジタル庁へ一括計上した上で各省庁へ配分する考え方を示した。効率化が狙いであり、手始めに3千億円規模の一括分が21年度予算案へ盛り込まれた。 厳しい財政事情の中での新庁発足であり、看板政策であっても無駄遣いは許されない。行政改革に逆行するような予算や人員面の膨張がないか厳しく監視したい。 一方、マイナンバーについて基本方針は、制度全般の企画立案をデジタル庁が受け持つとともに、現在約23%の保有にとどまるマイナンバーカードを22年度末までにほぼ全国民へ行き渡らせる目標を明記した。 カードの利便性向上へ3月からは健康保険証としての利用が可能になる。政府は運転免許証との一体化などを進め、保有を後押しする考えだ。 カードの多機能化は一見すると便利に感じられる。しかし紛失時などに悪用されることへの懸念があるのは当然だし、ナンバーと金融機関口座とのひも付けが将来の課題に挙げられる中で、制度自体への国民の不安と不信は依然払拭(ふっしょく)されていないとみるべきだ。 経済協力開発機構(OECD)の19年の報告で、政府を信頼する国民の割合が日本は38%と加盟国平均の45%を下回った。利便性向上だけではカード普及に限界があることを示唆していよう。
自然の猛威に誰もが震えたあの日から10年の年を迎えた。時の経過に加え、新型コロナウイルスの感染急増という目の前の恐怖や不安により、当事者以外の人たちにとって東日本大震災の記憶は薄らぎがちになっているのは否めない。だからこそ、2021年は大震災がもたらしたものをもう一度思い起こし、私たちの生きざま、そしてこの国のかたちを考える機会を持ちたい。 青森県から福島県まで続く「3.11伝承ロード」は、大震災を語り継ぐ施設や被害の惨状を残す遺構を結ぶ。関連死も含め、2万人近くの命を奪った巨大地震と津波の爪痕の風景は、明暗がくっきりと分かれる。新しい街に生まれ変わった地域、かさ上げしたが空き地が広がるところ、東京電力福島第1原発事故で住民が戻れない手付かずの荒れ地…。いまだに地図に道が描けない被災地も少なくない。長大なコンクリートの防潮堤が続き、海の見えない海辺が形成された。 菅義偉首相は「復興の総仕上げ段階になってきている」と強調するものの、10年という時間を費やしながら、まだ福島・浜通りを中心に4万3千人が避難生活を送る現実は、この原発事故の過酷さを物語っている。 少子高齢化に伴う人口減少、東京一極集中が加速する時期に重なった震災復興。かつてのにぎわいを取り戻すのは容易ではない。これからはハード面の再建を優先する旧来型の復興ではなく、地域ごとに身の丈に合ったオーダーメードの再生を創造していく段階に入ったのではないか。それが被災地に残った人たちの心の復興につながる。あくまでも主役は地域住民、コミュニティーでなければならない。 振り返れば原発事故の直後、多くの人たちは人間の力で制御できない科学技術の”暴走”を目の当たりにし、脱原発の道を模索しようと決心したはずだ。その一方、脱炭素社会の実現を目指す上で、発電時に二酸化炭素(CO2)を排出しない原発の在り方が議論になっている。 宮城県気仙沼市内にある公園予定地。ぽつんと残された建物を動かす作業が続く。「命のらせん階段」と呼ばれるこの建物は、19年に87歳で亡くなった水産加工業と観光業を営む阿部長商店の創業者・阿部泰児会長の元自宅だ。 子どもの頃に1960年のチリ地震津波を体験した阿部さん。気仙沼は33年の三陸大津波でも被災している。この教訓から東日本大震災の5年前に自宅ビルの外側に屋上に上がるらせん階段を取り付けた。3回の避難訓練を経て、3.11で近所の約20人の命を救った。 「苦難の中で何を学ぶか、それが人生を大きく左右する」。自宅を震災遺構として残すという阿部さんの遺志を継ぎ、建物はそのまま80メートル移動させることになった。 「私たちは歴史に学び、そこから未来を考えなければならない。そして自らの過ちは素直に認め、改善する点は責任を持って改善していかなければならない」。気仙沼市のリアス・アーク美術館で「東日本大震災の記録と津波の災害史」という常設展を続ける学芸員は、こう記す。 現地を訪れなくても、記憶を再生する、大震災を知る手段はある。過去と現在、未来をつなぐのは、今を生きる者の使命だろう。忘れまい、つなぎたい。
政府は2021年4月から介護サービス事業所に支払う介護報酬を0.7%増と前回の0.54%を上回る率で引き上げる。 介護現場は慢性的人手不足に加え、新型コロナウイルス感染拡大による利用者減と対策コストで経営悪化した。超高齢社会に不可欠の社会インフラである介護事業を守るための引き上げだが微増にすぎず、人手不足解消に向けた待遇改善など本質的な改善はなお遠い。 団塊世代が75歳以上になり始め、介護ニーズが急増する22年へ向けた抜本的改革が先送りされており、政府はいずれ国民に本格的な負担増を求める改革に取り組まざるを得ないだろう。 介護報酬は原則3年に1度見直す。今回の改定は、介護職員の待遇改善、コロナ対応などを介護報酬でいかに評価するかが焦点だった。 高齢者施設でのクラスター(感染者集団)発生も相次ぎ、全国に緊急事態宣言が出ていた20年5月には、介護事業所当たりの利用者数が短期入所で前年同月比20.0%減と大きく落ち込むなどした。その後も介護事業は厳しい経営が続いている。 高齢化で年々高まる介護ニーズに対応してきた介護事業所にとって、想定外の大幅な利用者減は経営基盤を揺るがす。倒産件数も年間で過去最多の見通しだ。介護崩壊を防ぐためには報酬引き上げによる支援は急務だ。 介護現場は食事や排せつなど利用者と介護する職員が3密(密閉、密集、密接)になるのが避けられない。感染すれば重症化しやすい高齢者に対応する職員への負荷は大きい。これら人手不足の中で奮闘する介護職員については、全産業平均に比べ月額9万円程度低い処遇を着実に改善したい。 00年にスタートした介護保険制度は給付費の財源を、国・自治体の税金、40歳以上の人が支払う保険料、利用者の自己負担-の三つで賄う。00年には149万人だった介護サービス利用者は、19年に487万人に増加。総費用も00年度の3兆6千億円から19年度には11兆7千億円(予算ベース)へと、いずれも3倍に膨張した。 22年以降は高齢化が急速に進み、自己負担のほかは保険料と税金で成り立つ介護保険の財政は逼迫(ひっぱく)しかねない状況になる。25年度には介護職員が約34万人不足するとの推計もある。人手の確保とそのための財源は今や待ったなしの課題だ。 制度導入当初は所得水準に関係なく1割だった利用者の自己負担は、財政改善のため経済力に応じ2、3割負担も導入された。65歳以上の月額保険料は現在全国平均5869円で、25年度には7200円になる見通しだ。高齢者に強いる負担は限界にきている。 高齢化のピークに対処するには、2割負担の対象拡大、サービスの縮小、国の税金投入などの検討が近い将来避けられないだろう。保険料の支払い開始年齢を現在の「40歳」から「20歳」まで引き下げる改革案もずっとくすぶり続けてきた。 しかし政府は今回、痛みを伴う社会保障改革は75歳以上の医療費窓口負担2割の対象拡大を優先し、介護については早々に本格議論を次回改定まで先送りした。今後2、3年に何も手を打たず、介護保険財政が改善に向かうことはない。政府は逃げず、ごまかさず、国民に厳しい改革への理解、協力を求める努力を今から始めるべきだ。
韓国の司法界には、果たして政府間の合意や国際法の原則を尊重する姿勢があるのだろうか。ソウル中央地裁は、元従軍慰安婦ら女性12人が日本政府に損害賠償を求めた訴訟で、日本政府に1人当たり1億ウォン(約950万円)の賠償支払いを命じる判決を出した。 判決は、国際法上、国家は外国の裁判権に服さないとされる「主権免除」の原則の適用を否定し、慰安婦問題に関し「不可逆的に解決」したとする日韓政府間合意も考慮されなかった。 徴用工訴訟でもみられたが、韓国司法当局はどこまで政府間合意や国際法上の法理を無視するつもりなのか。13日にも同様の訴訟で判決が予定されており、やはり日本政府に賠償を求める判断が下される可能性が高い。 今回の判決の問題点は2点ある。一つは、国際法上の「主権免除」の原則が通用しなかったことだ。判決は、日本が不法占拠中だった朝鮮半島で、国民である原告(元慰安婦)に対して行われた反人道的な犯罪行為なので、主権免除は適用されないとした。 日本による植民地支配を「不法占拠」とみなし、この間の徴用などを犯罪行為とする判断は、徴用工を巡る判決にも共通している。1965年の日韓請求権協定で「締結までに生じた財産請求問題は完全かつ最終的に解決した」とする合意にも反するものだ。 植民地支配が不法だったかという点については、65年の国交正常化の際、日韓併合条約は「もはや無効」という表現で、日韓双方の主張を玉虫色で決着させた経緯がある。これを覆すような今回の判決は、日韓関係の根幹である国交正常化の基本原則や枠組みを揺るがすことにつながりかねない。 もう一つは、2015年12月の慰安婦問題に関する日韓政府間合意が全く考慮されなかったことだ。この政府間合意で日本は政府として責任を認め、当時の安倍晋三首相による「おわびと反省」を表明、「最終的かつ不可逆的な解決」をうたい、日本は元慰安婦らを支援する韓国の財団に10億円を拠出している。 この政府間合意による10億円の拠出が、今回の判決で何ら考慮されなかったことは、理解しがたい。少なくとも3分の2近い元慰安婦が、日本が供出した10億円をもとにした見舞金を受け取っているのだ。 日本は今後、「主権免除」の原則に従い、訴訟に関与しない姿勢を貫き、控訴しない方針だ。そして国際法に違反した状態にある韓国に対し、適切な措置を講じるよう強く求めていく構えだ。当然の対応だろう。 一方で、原告団は判決に従い、確定すれば韓国内にある日本政府の資産差し押さえも辞さない姿勢を見せている。 日本政府の資産差し押さえが実際に行われた場合、その衝撃度は、日本の民間企業に賠償を命じた元徴用工訴訟の比ではない。日韓関係は後戻りできない最悪の局面を迎えることになる。 そうなる前に、韓国政府は何らかの手だてを講じるべきだ。三権分立を理由に「司法判断には介入しない」と静観している場合ではない。三権分立というのは、少なくとも守るべき国際法上の法理や政府間合意を尊重してこそ成り立つものだ。このまま韓国司法の暴走を傍観してはならない。
これがトランプ時代4年間の米国の帰結なのだろう。バイデン次期米大統領の大統領選当選を認定する上下両院合同会議が進んでいた米議会議事堂に、トランプ大統領支持者が暴徒化して乱入、占拠する驚愕(きょうがく)の事態が起きた。衝突で犠牲者が出た上、爆発物も見つかった。 議会は対立する意見を戦わせる場であるだけに、衝突はこれまでも起きてきた。ベトナム戦争中は反戦デモが連日議会周辺で起き、南北戦争期は奴隷制で対立する議員同士の乱闘事件も起きた。大統領暗殺未遂事件も起きている。 しかし、大統領選の結果を認めないとの理由で、当選者の認定手続きが進む議事堂に乱入し妨害するという事態は前代未聞である。 混乱の最大の責任はトランプ氏にある。この4年間、求心力を維持するため人種問題など国民の分断を常にあおってきた。大統領選でもバイデン氏非難にとどまらず、支持者らに決起行動を示唆。実際に武装集団による民主党州知事の拉致未遂事件も起きた。選挙後は証拠も挙げずに「不正選挙」と断定し、自らが敗北した州の幹部に結果を覆すよう圧力をかけた。 議事堂乱入の直前には支持者集会で、議会に出向いて示威行動をしようと呼び掛けた。支持者をつなぎ留め退任後の影響力確保を狙ったものだろうが、議事堂乱入はトランプ氏が扇動した結果である。民主党議員らがトランプ氏の解任や弾劾、退任後の訴追を求めたのも理解できる。 トランプ氏は責任追及の動きに慌ててか、支持者に帰宅を呼び掛け、バイデン氏当選を認め平和的政権移行を約束した。混乱を起こしておいて罪は逃れたいという身勝手さが透けて見える。 議事堂乱入の衝撃を受けて、運輸長官、教育長官ら高官が次々と辞任を発表した。共和党上院議員らもトランプ氏とたもとを分かつと宣言した。だが、なぜもっと早く大統領をいさめなかったのか。権力を持つうちは褒めたたえ、退任が決まれば突き放すのでは無責任だろう。 支持者排除の後、合同会議は徹夜で議事を進め、最後はペンス副大統領がバイデン氏の当選認定を宣言した。新型コロナウイルス禍での異例の開票も長時間にわたって各州担当者が粛々と進め、州政府や裁判所はトランプ氏の圧力に屈しなかった。米国の民主主義はぎりぎりのところで持ちこたえたと言えよう。 5日にジョージア州で行われた上院議員決選投票では民主党が2議席を独占した。バイデン民主党はこれで大統領府、議会上下両院を握った。 だが、議事堂乱入事件を教訓に、米国民や政治家が目を覚まし、健全さを取り戻すと楽観はできない。富の偏在や教育格差、人種や文化の対立、グローバル化の負の側面などが長く指摘されながらも、一向に解決に向かっていないのだ。 12月のギャラップ社世論調査では、米国の向かう方向に満足しているとの回答は16%しかない。これでは怒りをたぎらせる人々が、トランプ氏をはじめとする扇動型政治家に操られ再び暴徒化する危機は消えない。 それは米国だけの特殊事情ではない。世界中で政治の劣化が顕在化し、中国型の強権主義が影響力を広げている。日本も含めて民主主義国は危機感を共有すべきだ。
新型コロナウイルスの感染拡大の勢いが止まらず、菅政権は首都圏の1都3県を対象に、緊急事態宣言を発令した。1日当たりの新規感染者が7千人を超えるという事態の深刻化を招いたのは、昨年来の対応が後手に回った大きな失政と言わざるを得ない。 国民の不安が日増しに膨らむ中、危機克服へ態勢の立て直しは急務だ。菅義偉首相や都道府県知事ら政治リーダーに求められるのは、医療現場や、時短営業で苦境に立たされる飲食業などの声をくみ取り、危機感を共有し、柔軟かつスピード感を持って政策を打つ姿勢への転換である。同時に、科学的なデータや現状に関する情報を詳細に開示しながら、明確なメッセージを発信するリスクコミュニケーションに心掛けてもらいたい。 感染者増が始まった昨年11月以降、浮かび上がったのは、政府、自治体、専門家や医療現場の現状認識のギャップだ。「国が決めること」「自治体の判断」と責任を押し付け合う、対話・連携不足も表面化、司令塔が不在だった。 さらに、本来なら”平時”に準備しておかなければならない、最悪の事態を想定した医療体制の構築、新型コロナウイルス特別措置法改正や、「Go To」事業の一時停止の判断基準を巡る論議を怠る政治・行政のサボタージュも露呈した。 医療体制については、コロナ以外の患者の受け入れ余地がなくなってきたとして、日本医師会は「既に崩壊」と指摘する。年末年始を返上して検査・治療に当たって疲弊する医療機関、高齢者施設などには、これまで以上の人的、予算的な手厚い支援が欠かせない。 今回の緊急事態宣言は、首都圏に絞ったものの、医療が脆弱(ぜいじゃく)な県でも新規感染者数が過去最多を更新するケースが相次ぐ。昨年春の前回宣言とは異なり、飲食店の営業時間短縮の要請を柱とし、学校の一斉休校やイベントの全面自粛は見送る限定的なものになった。 飲食店の時短営業を中心とした施策のみの場合、感染者数は2カ月後も現状とほぼ同水準にとどまるという専門家の分析もある一方で、期間は2月7日までとしている。対象も、内容も、期間も十分なのか、必要ならば果断に見直さなければならない。 午後8時までの時短営業を要請された飲食業界の打撃は大きい。協力金の上限を4万円から6万円に引き上げるが、仕入れなど飲食店に関連する業種への支援も目配りすべきだろう。加えて15日に締め切られる持続化給付金、家賃支援給付金制度の延長も、早急な検討が不可欠だ。 国会は18日に召集される。しかし、国家の危機である。とりわけ特措法改正は待ったなしの課題だ。国会を前倒しできないならば、召集までに与野党の協議を重ね、速やかに成立させるのが政治の使命ではないか。 強制力はないとはいえ、民主主義社会で保障された「自由」という権利に、再び一定の制限が課せられることになった。ただ、私たちは「コロナ慣れ」していなかったのか、ここで振り返っておかなければいけない。うつらない、うつさないという努力は、実は自由の制限を最小限に抑えるのが目的と捉えるべきだ。 政府も、行政も、国会も、そして私たちも、救える命を守る行動を徹底したい。
2021年の世界は激動が予想され、新型コロナウイルス、地球温暖化をはじめ人類共通の課題に国際社会が協力して取り組めるかが問われる。世界を覆う対立と排除の論理を克服する努力が何よりも求められる。 変化の最大要因は米国の政権交代だ。国内外で分断をあおったトランプ大統領に代わり、融和を訴えるバイデン次期大統領が今月20日、正式に就任する。米国は世界保健機関(WHO)や温暖化対策の「パリ協定」など多国間の枠組みで超大国の責任を果たすべきだ。 「新冷戦」と呼ばれるほど悪化した米国と中国の対立は、引き続き世界を揺るがす火種だ。コロナ対策や経済、環境の分野で歩み寄りは期待できるが、香港や少数民族に対する抑圧、台湾や海洋権益を巡り、確執はさらに先鋭化しかねない。粘り強い対話が必要だ。 22日には核兵器禁止条約が発効する。核兵器を違法とする初の国際規範だ。核保有国に軍縮を迫る強い圧力になる。オバマ前米政権が掲げた「核兵器なき世界」へ向け再スタートの年にしなければならない。 「米国第一主義」を独善的に進めたトランプ氏は環太平洋連携協定(TPP)、パリ協定、イラン核合意、中距離核戦力(INF)廃棄条約、オープンスカイ(領空開放)条約など数々の枠組み離脱や、WHOなど国連機関脱退を打ち出し、混迷をもたらした。修復には時間がかかるが、より良い国際協力の仕組みを築く機会と捉えたい。 核を巡る国際秩序は、北朝鮮、イランの核開発問題などで不安定化しており、立て直さなければ人類の未来が危うい。5年に1度の核拡散防止条約(NPT)再検討会議は昨年コロナ禍で延期され、今年8月に開かれる予定だ。日本は「唯一の戦争被爆国」として責務を果たすべきだ。 トランプ氏は米朝首脳会談を計3回行い、北朝鮮の核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験は抑えたが、非核化は一向に進んでいない。バイデン氏はイラン核合意への復帰を視野に入れるが、イランが核関連施設でウランの濃縮度を引き上げ、冷や水を浴びせた。イランはこれ以上の強硬姿勢を自制しなければならない。2月5日に期限切れを迎える米国とロシアの新戦略兵器削減条約(新START)は、延長した上で包括的な交渉を進めてほしい。 分断をあおり、憎悪をかき立てるポピュリズム(大衆迎合)や自国優先主義は先進国、途上国を問わず世界中で民主主義をむしばんでいる。中国やロシアの抑圧的な統治手法を、途上国が取り入れる動きも目立つ。格差や差別はコロナ禍によってさらに深刻化した。 欧州統合の歴史に逆行する英国の欧州連合(EU)離脱は、移行期間が昨年末で終わり、離脱が完了した。欧州統合を支えてきたドイツのメルケル首相は9月の総選挙後に引退する。人権と民主主義の価値観を共有してきたEUは、東欧の一部で司法の独立や報道の自由が後退し、加盟国間の亀裂が深まっている。 国連のグテレス事務総長は新年メッセージで「温暖化に取り組み、コロナ拡大を阻み、21年を癒やしの年にしよう。ウイルスからの癒やし。壊れた経済・社会の癒やし。分断の癒やし。地球の癒やしを始めよう」と呼び掛けた。各国の人々が応え、力を合わせてほしい。
2021年の日本経済は緩やかな景気回復が続きそうだが、新型コロナウイルスの感染がさらに深刻化すれば、景気が再び悪化する恐れもある。感染防止と経済活動を両立させて、本格回復の軌道に乗せる年にしたい。 20年は世界がコロナに揺さぶられた1年だった。日本経済は、19年10月の消費税増税で景気が失速した直後にコロナが追い打ちとなり、実質国内総生産(GDP)は20年4~6月期まで3四半期連続マイナス成長となった。7~9月期は回復したが、通年では大きな落ち込みになったと推定される。 今年の国内景気も、コロナの感染状況に左右されるのは間違いない。大きな鍵を握るのがワクチンだ。ワクチンの普及の見通しや、海外で出現した複数の変異種に対する効果ははっきりしない。これらの要因次第で、景気は上下に振れると予想される。 忘れてはならないのは、景気後退期に行われた消費税増税の後遺症だ。コロナ前から個人消費が急激に冷え込み、日本経済は不況に突入していた。ただでさえ経済が弱っていたことが、コロナ禍による景気悪化をより深刻なものにしている。 政府は21年度の経済成長率を4.0%と見込んでいる。日本経済研究センターが集計した成長率の民間予測は3.42%だ。しかし、見掛けの成長率が高いだけで、いずれもGDPの水準は消費税増税前にもコロナ前にも届かない。 仮に有効なワクチンが急速に普及して、予測を上回る高成長を実現できた場合も、事情は変わらない。日本のGDPが元の水準に戻るのは、22年以降との見方が一般的だ。 心配なのは、コロナの感染が国内外で爆発的に拡大する可能性だ。その場合、個人消費は一段と低迷し、企業の設備投資も抑制される。東京五輪・パラリンピックの開催も危うくなるだろう。世界景気が悪化すれば、日本の輸出も縮小する。日本経済が、再びマイナス成長に陥る恐れも出てくる。 米中対立の行方も楽観できない。ただ、それが世界経済に与える影響は、コロナほどには大きくないと思われる。 政府に求めたいのは、引き続きコロナの感染防止に全力を注ぎつつ、経済活動をできるだけ維持し、安定成長経路への復帰を目指すことだ。 政府は近く、東京など1都3県に2回目の緊急事態宣言を発令する。経済への打撃を最小限に抑えるために、飲食店などに補償を含む手厚い支援策を望みたい。一方で、当面の間は、今月召集される通常国会で成立する見通しの第3次補正予算の効果を見守ることになろう。その後は、景気悪化の兆候が見えたら、速やかに追加対策を発動する構えが必要だ。 景気を優先して経済活動の制限を避ければ、感染が拡大する上に景気も悪化する。経済活動の制限が厳しすぎれば、景気が悪化し、健康水準の低下や自殺の増加により死亡率が上昇する。政府はこの両極端の間の最適点を探りながら政策運営をしなければならない。 日本や米国の株価が上昇し、過熱気味なのも懸念される。世界経済が正常化に向かう場合、各国当局が金融・財政政策の引き締めを急げば、株式市場が大きく動揺する恐れがある。「出口戦略」には慎重でなければならない。
菅義偉首相は新型コロナウイルス感染拡大を受け、首都圏の1都3県を対象に2回目の緊急事態宣言発令の検討に入ると表明した。その理由は、首都圏では飲食の場で感染が拡大し、昨年12月も正月三が日も人出が減らなかったためだとした。 だが年末年始の人出増は容易に予想できたはずだ。全国で1日の新規感染者が4千人を超え、知事から要請を受けて正月休み明けに発令検討を決めたのは明らかに後手だ。飲食店の時短営業強化を巡っても、国と都の歩調の乱れで対応が遅れた。国と自治体はタッグを組み直し、コロナ収束へ背水の陣で当たるべきだ。 首相は年末の記者会見で、都内の人出が多く「このままではさらなる感染拡大が避けられない」との認識を示したが、緊急事態宣言は出す状況にないとした。政府の対策分科会が求める飲食店の時短営業強化についても罰則や補償を盛り込むコロナ特別措置法改正が先との見解を示し、「静かな年末年始」を国民に要請するにとどまった。甘い状況判断だったと言われても仕方あるまい。 その後、年末に1日の新規感染者が全国で4520人、東京都で1337人と過去最多を記録。年明けもほぼ毎日3千人を超え、首都圏で全国の半分を占める現状だ。特に東京は感染経路不明が6割で、そのほとんどは飲食の場での感染と専門家が指摘する。若い世代を中心に街中の人出を抑えられなかった点では自治体側にも不備がある。 東京都などは飲食店に午後10時までの営業時間短縮を求めてきたが、さらなる短縮要請については「協力いただければいいが、現実は厳しい」(小池百合子都知事)と、営業補償や罰則を強化しなければ実効が上がらないとして見送っていた。 これに関し首相は「時間短縮をした北海道、大阪は結果が出たが1都3県は感染者が減らない」と自治体の不備を指摘。1都3県知事が西村康稔経済再生担当相に宣言発令を要請した際も、逆に宣言に先立つ時短営業強化を改めて求められ、ようやく8時への繰り上げを決めた。国、自治体とも経済活動との両立にぎりぎりまで配慮したのだろうが、感染拡大の責任を押し付け合うような姿は国民にとって不毛だ。 緊急事態宣言は、首相がコロナ特措法に基づき期間と区域を定めて発令し、対象の都道府県知事は不要不急の外出自粛や施設の使用制限を要請・指示できるようになる。政府の分科会が策定した判断指標は、感染状況や医療逼迫(ひっぱく)状態のデータに基づき4段階のうちステージ4(爆発的感染拡大)に達すると宣言発令を検討するとしている。 発令の権限は国にあるが、どのステージにあるかの判断は実質的に知事に委ねられている。このため国と自治体で責任の所在が曖昧になりがちだが、見方を変えれば国と自治体が一体で判断し行動することがこれ以上に期待される制度はない。 英国などで広まったウイルス変異種の侵入を止める入国規制強化も重要課題になってきた中、今夏には1年延期になった東京五輪・パラリンピックが控える。首相は「人類がコロナに打ち勝った証し」として実現への決意が固いが、ワクチン接種も早くて2月下旬からで、宣言発令により選手の練習環境に制約が増せば開催に再び暗雲が漂う。国、自治体はまなじりを決して臨んでほしい。
政府は2050年の脱炭素化社会に向けたグリーン成長戦略の一環として、30年代半ばまでに軽自動車を含む乗用車を全て電気自動車(EV)やエンジンと電気モーターを組み合わせたハイブリッド車(HV)などの電動車にする方針を発表した。 二酸化炭素(CO2)排出を抑制する環境面の効果を目指すが、一方で世界の自動車市場がEVに席巻される中で、日本の自動車メーカーが競争力を維持するための産業政策の転換でもある。 エンジンを使用する以上、排出をゼロにはできず、英国が将来的に規制の対象にする意向を持っているHVを電動車に含めたことには、環境団体などからの批判も予想される。だがEVのコストの高さや、HV開発での日本メーカーの蓄積、エンジン関連部品メーカーなどへの影響などを考えれば、現時点では現実的な選択だろう。 しかし、脱炭素化の達成のためにはいずれ、HVからの脱却は避けられないのではないか。さらに、各国の消費者や規制当局のHVに対する考え方が今後さらに厳しくなることは間違いない。こうした情勢を考えると、現在、優位に立っているからといってHVに頼るのは危うい。 当面は容認するとしても、EVの技術革新やコスト削減の進展を見ながら、将来的にはHVを除外していく検討は続けなければならない。日本政府やメーカーには、世界の自動車市場の動向を中長期的な観点から分析した政策展開や経営戦略が求められる。今回打ち出した政策は方向性としては正しいが、状況に応じて見直す柔軟性も必要になってくるだろう。 自動車業界は今回の「脱ガソリン車」政策以前から「100年に一度の大変革時代」を迎えていた。今回、政策によって加速化することになった環境対応の電動化に加え、通信技術を活用した「つながる車」、事故防止にも役立つ自動運転、ライドシェアなど共有化という大波が押し寄せ、各社は大手IT企業と連携するなどして技術革新を急いできた。 デジタル化、電動化への対応は各社によってレベルが違うし得意、不得意分野もある。HVにどの程度の重心をかけるのかも含め、どの電動車を軸に展開していくかは重要な経営判断になる。小型の蓄電池や関連システムの開発、素材の軽量化などで相当額の開発投資が必要になってくるだろう。研究開発には政府から一定の支援はあるが、大きな負担になるのは間違いない。 互いの強みを生かしたり、営業・戦略地域を補完したりする観点から、国内外で資本・業務提携などの合従連衡も起こり得る。自動車産業は日本経済の屋台骨だ。世界市場で戦える態勢を築きたい。同時に、強烈な逆風となるエンジン部品関連メーカーなどへの手当ても怠るべきではない。産業の新陳代謝は避けられないが、激変緩和措置も検討するべきだろう。人材や資金などの経営資源を電動車関連分野へ円滑に誘導していきたい。 走行中の車からの排出を防ぐだけでは温室効果ガスは減らせない。電動車に充電する電気を石炭火力でつくっていれば脱炭素とは言えないだろう。電動車の普及促進と合わせて発表された洋上風力など再生可能エネルギーの導入拡大なども確実に進めなければならない。
2021年の政治の焦点は、菅義偉首相が初めて有権者の審判を受ける衆院選に絞られる。安倍晋三前首相の任期途中の辞任に伴い、自民党の両院議員総会で選出された菅首相(党総裁)は、有権者に選ばれたわけではない。衆院選は国民の信任を得られるかが問われる機会となる。 有権者にとっては17年10月以来の衆院選だ。自民、公明両党の連立政権を継続させるのか。野党第1党の立憲民主党を中心にした政権への交代を選ぶのか。政策を吟味し、投票を通じ政権選択の審判を下したい。 衆院議員の任期満了は10月21日。新型コロナウイルスの感染拡大が収まらない中で、首相はいつ衆院解散・総選挙に踏み切るのか。難しい判断を迫られることになる。 解散の時期は絞られる。首相は「新型コロナの感染拡大防止が完全にできないと、解散はやるべきではない」と述べている。感染状況の先行きは現時点では見通せず、年明け早々の解散は困難だろう。 その後も日程は窮屈だ。7月に任期満了となる東京都議選が実施され、東京五輪・パラリンピックも新型コロナ次第だが7月23日から9月5日まで開催される予定だ。 早期解散を見送れば、解散は21年度予算成立後の4月か、通常国会会期末の6月、パラリンピック終了後の9月になる。任期満了の衆院選も含めて、首相の判断が焦点となる。 衆院選で問われるのは、まず菅政権の新型コロナ対応だ。首相は観光支援事業「Go To トラベル」を進めるなど感染症対策と経済活動の両立を掲げてきた。しかし感染拡大防止の成果は上げられていない。新型コロナは人々の日々の暮らしを直撃している。有効な対策を打ち、国民の不安を解消できるのか。政権評価の最大のポイントとなる。 一方、首相としては携帯電話料金の値下げや、9月新設予定のデジタル庁を柱とする行政のデジタル化推進などの看板政策で実績を示し、急落した内閣支持率の回復につなげたい考えだろう。 相次ぐ疑惑に対する首相の姿勢も問われる。安倍前首相の「桜を見る会」問題や、鶏卵生産業者から現金を受領し議員辞職した吉川貴盛元農相の疑惑など、自民党では「政治とカネ」を巡る問題が続いている。長期政権の間に党の規律規範は緩み、自浄能力を失ってしまったのではないか。 1月18日召集予定の通常国会では、衆院選を控え、野党の追及は厳しさを増すだろう。吉川元農相の辞職などに伴う補欠選挙も4月25日に実施される。政治不信の解消に取り組む政権の姿勢が争点の一つになる。 野党側は政権交代に向けた選挙共闘が最大の課題だ。立民党は昨年、国民民主党と合流し、衆参両院で約150人の勢力となった。だが、一部議員は参加せず、国民民主党は残った。 野党がばらばらに候補者を立てれば、自民党を利するだけだ。共産党も含めて候補者を一本化できるか、選挙区調整をどこまで進められるかが鍵となる。 安倍、菅と続く「1強政権」を許しているのは、政権交代の選択肢になり得ていない野党に重大な責任がある。菅政権の対抗軸となり、有権者を引きつける明確な政策ビジョンを示すよう求めたい。
山陰両県をはじめ日本のみならず、全世界が共通の願いを持って迎えた新年だろう。新型コロナウイルス感染症の封じ込めである。国内で言えば、コロナの収束なくして東京五輪・パラリンピックの開催はおぼつかない。3月11日に発生から10年を迎える東日本大震災からの復興も滞らせてしまう。 米国にはびこった「自国第一主義」や日本にも忍び寄る「新自由主義」によって、この疫病に打ち勝つのは難しい。一人一人の努力、つまり「自助」に任せていては分断、孤立を招く恐れがある。「公助」を充実させるとともに、「共助」の精神を広げ、人類の危機を克服する年にしたい。 東京電力福島第1原発事故を後世に伝えるため、福島県双葉町に開設された「東日本大震災・原子力災害伝承館」を先月訪ねた。同館で語り部として被災体験を伝えている60代の女性から、こんな話を聞いた。 語り部の知人が避難先近くのスーパーで、レジ前の長い列に並んでいた。知人の前には、1個のたわしを持った小学生くらいの男の子がいたが、もうすぐ支払いというところで列から離れた。しばらくして戻ってきた彼の手にたわしはなかった。 すると、たわしを買うために握りしめていただろう100円硬貨を、レジ前に置かれた被災者向けの募金箱に入れて何も買わず立ち去った。 「こんな小さな子どもも応援してくれている。私たちも頑張って生きていかなくてはならない」。自身も被災者だったのか泣きだしたレジ係の女性のそばで、知人はそう誓い、語り部も同じ気持ちになった、と教えてくれた。 互いに助け、支え合う共助の形はさまざまだ。男の子の行為に勇気づけられたのは、もちろん募金額の多寡ではなく、共助の思いが伝わったためだろう。 コロナ禍で、感染者や医療従事者への偏見が後を絶たない。山陰でも、家族から感染者を出したことが周囲で知られたことで、転居を余儀なくされたケースもあったという。 全国に目を向けると、看護師らの子どもが保育園から登園自粛を求められたり、いじめに遭ったりする状況さえ生まれた。自殺者数は昨年7月以降、5カ月連続で前年を上回り、コロナ禍の影響が指摘されている。 身が凍えるようなムードの下地には、過剰な「自己責任論」があるのではないか。菅義偉首相は目指す社会像として「自助・共助・公助」を掲げ、自助努力をまず求めた。そうした発想が行き過ぎると、生活苦に陥っても助けを求めづらくなる。周囲から蔑視されることを危惧するためだ。 コロナ対策は「公助」を担う政府、自治体に第一義的な責任がある。病床逼迫(ひっぱく)など感染拡大で露呈したセーフティーネットの穴を埋め、今春にも始まる見通しのワクチン接種に向けた態勢を整備しなくてはならない。医療従事者や困窮者への支援強化も求められる。 それでも続く「with(ウィズ)コロナ」の生活では、個々人の「共助」の精神が必要だろう。目に見えなくてもいい。分断、孤立を助長する誹謗(ひぼう)中傷をやめる、やめさせることから始めよう。いまだに残る東日本大震災の被災地の風評被害をなくすことにもつながるのではないか。2021年。世界の若者が集う祭典を前に、支え合う日本をつくりあげておきたい。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、全国の自治体が5~7月に受理した妊娠届の件数は前年同期比で11.4%、2万6331件減少した。5月の減少率が最も大きく、同17.1%減だった。 第2次ベビーブームの1973年に209万人だった出生数は、2016年に初めて100万人を割り昨年は86万5千人まで落ちた。このままでは来年は70万人台になりかねず事態は深刻だ。政府、自治体は従来の少子化対策に加え、コロナ禍でも妊産婦が安心できる医療、孤立化を防ぐ相談の態勢整備など緊急対策を早急に講じるべきだ。 国内では3月ごろからコロナへの感染不安が高まった。その時期に妊娠した人が届け出る5月から全国的に妊娠届が急減。最も心配なのは、コロナ禍が長引き急減が一時的現象にとどまらなくなって将来の働き手、社会保障の支え手が予想を超えて細ってしまうことだ。子どもを産み、育てることの不安を早く解消し、この流れを止めたい。 妊娠控えの原因は第1に母子へのウイルス感染の懸念、第2は雇用悪化による家計不安だ。 新型コロナウイルスの母胎への影響は未解明で、子どもを望む夫婦でも、感染防止に努めつつ妊娠期を過ごし、厳しい環境で新生児を迎えることに不安が強い。病院では立ち会い出産や見舞いが制限され、都市部から地方への「里帰り出産」も難しくなった。収束後への妊娠先送りを選択しても仕方ない状況だろう。 核家族化の進行で孤独な子育てを防ぐ必要性は以前から高まっていた。今回、結婚や妊娠のオンライン相談態勢を強化した自治体もある。政府は里帰りできない人の育児支援なども含め全国的に態勢を整えてほしい。 医療側の対応も重要だ。妊婦が感染の不安なく病院に通え、もし感染してしまっても母子ともに十分な医療ケアを受けつつ出産できる態勢があれば、妊娠に前向きになれる。コロナ専門病院に感染者を集中させ、一般病院の産婦人科などはウイルスから遠ざけることも有効な対策ではないか。 正社員、非正規労働者いずれもコロナ禍で収入が減ったり、職を失ったりした影響で妊娠を控えた例が多いとみられる。婚姻件数も同様に経済的要因で低下傾向だ。ただコロナ収束で景気が回復するのを待っていては対策が後手に回るだろう。 日本の少子化対策は財政支援が弱いと以前から指摘されてきた。政府は、新婚世帯の家賃や敷金・礼金、引っ越し代などを、来年度から現行の2倍に当たる60万円を上限に補助する方向だが、結婚費用に限らず妊娠から出産までの支援を充実させ、経済的理由で妊娠を見送らないで済むようにすべきだ。 最新の厚生労働白書によると、40年までの約50年間で高齢者人口は総人口の12.1%、1489万人から35.3%、3921万人と約3倍に増え、社会保障給付費は47兆4千億円から約190兆円に跳ね上がる。一方で出生数はコロナの影響がなくても125万人から74万人に約4割減ってしまう見通しだ。 世界に例のない超高齢社会を支える将来世代に、予期せぬ「穴」があき、人口構成が想定を超えて変化してしまえば、国家経営の礎である産業、社会保障制度いずれもが大きく揺らぐ。目の前のコロナ禍はそれほどの試練だと心してかかるべきだ。
地球温暖化対策の国際枠組み、パリ協定の採択5周年を記念して、各国首脳らによるオンライン会合を国連が開いた。菅義偉首相を含め、多くの首脳が2050年までに温室効果ガスの排出量を、実質的にゼロにする「ネットゼロ目標」を表明し、温暖化による大きな被害を防ぐための国際的な取り組みが前進しつつあることを実感させた。 世界第5位の大排出国である日本が、ネットゼロ宣言に加わったことは評価できる。だが、目標達成には短期的な削減目標の大幅な上積みが不可欠だ。 会合でグテレス国連事務総長は「50年ネットゼロだけでは不十分だ。30年までに10年比で45%削減するために今、大幅な削減が必要だ」と指摘した。各国は来年11月、英・グラスゴーで開く気候変動枠組み条約第26回締約国会議までに、新たな削減目標を提出することを求められている。 会合では、欧州連合(EU)や中国、英国などが新たな削減目標を公表。カナダのトルドー首相は上積みした削減目標とともに、二酸化炭素(CO2)排出量に応じて課税する炭素税の税率を、30年までに5倍以上にすると表明した。 菅首相も、来年11月までの新目標提出を表明したが、その内容はこれらの国々に比べて極めて抽象的だった。これまでの削減対策の遅れが響いて、現在の目標を大幅に上積みできる状況にはないからだ。 現在の日本の削減目標は「30年度に13年度比で26%減」だ。これは10年度比では23%程度、1990年度比では18%程度の削減でしかない。事務総長が求める45%減にはほど遠く、90年比55%減のEU、68%減の英国とは比べものにならない。 多くの国では、排出削減のための重要な政策として炭素税が導入されている。日本でも2012年から地球温暖化対策税が実施されているが、その税率は諸外国に比べて極めて低く、削減効果は少ない。 目標上積みには諸外国並みの高額な炭素税を導入し、経済の姿を根本から変えるてこにすることが求められるのだが、一部の業界からの抵抗が強く、議論は進んでいない。 建築物に厳しい省エネ基準を義務づけるといった規制も不十分で、諸外国で省エネが進む中、日本の省エネは足踏み状態にある。 50年排出ゼロはもちろん、30年の大幅な排出削減も、従来の政策の延長では実現できない。企業の自主的な取り組みに任せてきた削減対策を根本から見直すことが必要だ。 排出規制や省エネ基準の義務化といった強力な規制策と、本格的な炭素税などの経済的な手法を組み合わせ、構造転換を図るきっかけとしなければならない。しかも、残された時間は少ない。 新型コロナウイルス禍からの復興投資を構造転換のために使うことも必要なのだが、21年度予算案にも追加経済対策にも、そのような視点は少ない。 赤字国債によって温暖化を加速させるような投資をし、借金だけでなく、環境破壊というつけも次世代に回してしまうことは二重の不正義だ。 社会と経済の根本的な変革を図るためには、これまでとは全く違う政策の導入が必要になる。菅首相の言葉にその覚悟が感じられないことに、危機感を抱かずにはいられない。
新型コロナウイルス感染症の流行後初めての年末年始を迎えた。世の中の重苦しさに気持ちもふさぎがちだが、皆で我慢の年越しを実践し新年に明るい展望を開きたい。 年末年始は家族、父母兄弟、旧友らと共に過ごし、互いに絆を再確認する年1回の大事な機会だ。それを諦めるのは実に切ない。そんな時は「今もし自分が感染していたら」と考えてみてほしい。大事な人たちを守るため、取るべき行動はおのずと決まるはずだ。 「第3波」の感染拡大が急速な地域では、人員が手薄になる年末年始に特に医療提供体制が逼迫(ひっぱく)しかねない。そのため専門家らによる政府のコロナ対策分科会は「人々の交流を通じて感染が全国に拡大する」のを防ごうと「静かに過ごす年末年始」を呼び掛けている。 その内容は、全国に向け「忘年会・新年会は家族、いつもの仲間で。5人以上は控えて」と要請。感染拡大地域には「忘年会・新年会は基本的に見送って」「帰省は延期も含め慎重に検討を」と求めた。我慢ばかりで閉口するだろうが、提言には感染状況の分析に基づく根拠があることを理解したい。 年末を前にして、東京都の1日当たりの新規感染者数は900人を超えた。都の担当者が「大規模なクラスター(感染者集団)はない。いろんな所で広がった結果」と言うように、感染経路が判明した人たちの中では家庭内が4割前後と最も多く、職場内での感染も目立つ。 分科会の尾身茂会長は「東京で感染経路不明の6割の多くは飲食店での感染と考えられる」と指摘。そうして市中で感染した人が無自覚のまま家庭や職場にウイルスを持ち込む。これが今の感染拡大の最大の原因だ。このため感染が高止まりしている首都圏をはじめとして、人の移動や接触が増える年末年始を現状のまま迎えては危険、というのが専門家の警鐘だ。 菅義偉首相は自ら国民に「飲食は原則4人以下で」と呼び掛けながら、一晩に経営者ら15人前後との会食、自民党の二階俊博幹事長らと8人での「忘年会」をはしごして批判された。「5人以上が一律に駄目ではない」(西村康稔経済再生担当相)など周囲の的外れな擁護も火に油を注いだ。 論点はルール違反と言えるか否かではない。全国民に「行動変容」を求めるリーダーが、日夜多くの人と会食を重ねる自らの生活スタイルは全く変えようとしなかったことが問題だ。国民に「なんだそれでいいのか」と事態を軽く思わせてしまった首相の責任は重い。 約100年前に大流行したスペイン風邪は日本でも人口の約40%が感染する未曽有の被害が出た。12人の子を持つ歌人与謝野晶子が、次々感染する家族を思って書いた評論が再注目されている。「政府はなぜいち早く、大呉服店、学校、興行物、大工場などの一時的休業を命じなかったのか。そのくせ警視庁は、多人数の集まる場所へ行かぬがよいと警告する。統一と徹底が欠けている」 行政への不満は今と同じだ。それでも晶子は「子どもたちのため余計に生の欲望が深まっている」として注射だ、薬だと奔走する。そして「子孫の愛より引いて全人類の愛に及ぶ」と家族を守る行動が連帯の輪となり社会を守ると言った。100年を経て晶子と心を重ねる年末年始としたい。
政府が25日に閣議決定した男女共同参画基本計画から「選択的夫婦別姓制度」という言葉が消えた。働く女性が結婚後の改姓により仕事で不便を強いられたり、自己喪失感を味わったりしないよう、希望する夫婦は別々の姓を名乗れる制度の導入を求める声は高まっている。5年おきの基本計画では毎回、導入の検討が明記されてきた。 今回も政府がまとめた計画の当初案には同様の記述があり、さらに国会の速やかな議論を強く期待するとした上で「政府においても必要な対応を進める」と従来より踏み込んだ内容だった。これに伝統的家族観を重んじる自民党の保守派が猛反発。導入に前向きな文言をことごとく削らせた。 その結果、選択的夫婦別姓制度は「夫婦の氏に関する具体的な制度」に置き換えられ、その在り方について「さらなる検討を進める」という表現にとどまった。加えて「夫婦の同氏を義務付けている国は日本以外見当たらない」という説明を脚注に”格下げ”。仕事の実績が引き継がれないなど改姓による支障の例示も削除を要求された。 結婚後の改姓が仕事や暮らしで支障となる人が現にいる。家族のありようは多様化しており、世論も別姓導入を支持している。そんな中、保守派の意向に配慮し、計画の中身を大きく後退させるのは時代錯誤も甚だしく、社会の要請を無にしたと言わざるを得ない。 性別に関係なく、誰もが活躍できる社会を目指す男女共同参画基本計画は2000年に初めて策定された。今年は5回目。それを前に基本計画について考え方をまとめた有識者会議の会長だった大学院教授は選択的夫婦別姓を巡り、会議に出席した菅義偉首相に「もう一段踏み込んだ議論を期待する」と述べた。 菅首相はその後、かつて自身が夫婦別姓に前向きな発言をしたと野党に指摘され「申し上げたことには責任がある」と答弁。閣僚や自民若手議員からも制度導入に積極的な意見が相次ぎ議論が加速するかに見えた。 だが政府の基本計画案が示されると、自民保守派は「導入ありきで恣意(しい)的だ」「政府に『国会の議論を求める』と言われる筋合いはない」と強硬に異を唱え、党内の会合は紛糾に紛糾を重ねた。最後は保守派が押し切り、別姓導入に関する計画案は骨抜きになった。 保守派は、別姓を導入すると、家族の絆が損なわれ、子どもに悪影響が及ぶと主張する。しかし事実婚で別々の姓を名乗り、良好な親子関係を築いている家庭はいくらでもある。また住民票や運転免許証などで旧姓併記が認められるなど、官庁や企業で旧姓を使いやすくして問題解決を図ろうとする動きもあるが、限界が指摘されている。 内閣府の17年世論調査では、別姓制度導入に賛成が42.5%で、反対の29.3%を大きく上回った。とりわけ結婚後の改姓で悩まされることの多い女性は18~29歳で52.4%、30~39歳で54.1%が賛成と答えた。 基本計画策定に向け今年8~9月、政府が実施したパブリックコメントでは別姓導入を求める意見が400件以上寄せられ、反対意見はなかった。夫婦同姓を定める民法の規定を合憲とした15年最高裁判決後も、不利益を受けたと国に賠償を求める訴訟が相次いでいる。政府、自民党は時代と世論を直視すべきだ。
衆院議員を辞職した吉川貴盛元農相が農相在任中に広島県の鶏卵生産大手「アキタフーズ」グループ元代表から現金500万円を受け取った疑惑を巡り、東京地検特捜部は収賄容疑での立件に向け、札幌市の地元事務所など関係先を家宅捜索した。吉川氏は入院中。任意聴取に現金受領を認めている。現金の賄賂性は否定しているという。 吉川氏は安倍晋三前首相の下で2018年10月~19年9月に農相。菅義偉首相にも近い。安倍氏の退陣表明後、今年9月、いち早く菅氏擁立を打ち出した自民党二階派で事務総長になり、総裁選で菅陣営の選対事務局長を務めた。その後の党役員人事で要職の選対委員長代行に起用された。 疑惑発覚後に党と派閥の全役職を辞任した。やはり農相経験者で17年衆院選で落選し、安倍政権と菅政権で非常勤の国家公務員として農業政策を担当する内閣官房参与を務めてきた西川公也氏も、元代表からの現金数百万円受領疑惑で辞任。特捜部の任意聴取を受けた。元代表の働き掛けは他の農水族議員や農水官僚にも及んだとされ、癒着は根深いとみられる。 「政治とカネ」の問題が続く中、政府と自民党に大きな痛手だ。農政がゆがめられた恐れもあり、国会に外部の専門家を含めた調査委員会を設け、特捜部の捜査をにらみながら、癒着を徹底解明して断つ必要がある。 吉川氏は農相在任中に3回にわたり、大臣室などで計500万円を受け取った疑いを持たれている。当時、鶏卵業界では家畜を快適な環境で飼育する「アニマルウェルフェア」(AW)の国際基準への対応が懸案になっていた。国際機関が18年9月、採卵場に「巣箱」や「止まり木」を義務付ける案を提示。ケージ(鳥かご)で飼育するのが一般的な日本の実情に合わず、コスト増につながると業界は反発した。 日本養鶏協会の副会長や特別顧問を歴任したアキタ社グループの元代表は基準案緩和を求め農林水産省側に働き掛け、その年11月には業者らと吉川氏に要望書を提出。農水省は国際機関に要望に沿った反論を出し、基準案修正を経て巣箱などの義務化は見送られた。 要望書提出には西川氏が立ち会った。安倍政権で14年9月に農相に就任したが、15年2月に政治資金問題で辞任。17年の落選後にアキタ社顧問に迎えられ、養鶏協会顧問にも就いた。業界に身を置きながら、首相のアドバイザー役である内閣官房参与を務めていた。 元代表はAWの基準緩和とともに、鶏卵価格下落の際に生産者の損失を補填したり、過剰供給を抑えるため鶏の処分に奨励金を出したりする安定対策事業の拡充でも要望を重ねたとされる。 吉川氏は疑惑発覚後に慢性心不全の手術のため入院し、体調不良を理由に議員辞職。特捜部は体調を見極めながら、受け取った現金の趣旨解明など捜査を進める。元代表は周囲に現金提供について「業界のためだった」と話しているという。 西川氏は18年以降、数百万円を受け取ったとされ、今年7月に元農水事務次官や元畜産部長と共にアキタ社所有のクルーザーに招かれ、接待を受けていたことも明らかになっている。元代表による政官界工作の全容解明が不可欠だ。行政の監視役である国会が捜査任せにして手をこまねいていいはずがない。
安倍晋三前首相が衆参両院の議院運営委員会に出席し、自身の後援会が「桜を見る会」前日に主催した夕食会の費用補填(ほてん)問題を巡り、国会で事実と異なる答弁を重ねたとして謝罪した。 自民党と安倍氏はこれで疑惑の幕引きを図ろうとしているが、行政府の長が立法府で「虚偽答弁」を繰り返した責任の重大さを軽んじているのではないか。安倍氏以外でも「政治とカネ」問題が続出しており、自民党は自浄能力を喪失していると言わざるを得ない。 東京地検特捜部の調べによると、安倍氏側の補填額は2016年から19年までだけでも約708万円に上る。だが、安倍氏は首相当時、政治資金収支報告書への記載が必要な収入や支出は「一切ない」と一貫して否定。野党が「答弁が事実でなければ責任を取るか」とただすと、「全ての発言が責任を伴う」と言い切っていた。 虚偽であることが判明した場合、首相在任中なら首相を、退いていても衆院議員を辞職する覚悟を示唆したと受け止めるのが普通だろう。 補填問題では、政治資金規正法違反罪で公設第1秘書のみが略式起訴され、安倍氏は不起訴になった。議運委や前日の記者会見で「国民と全ての国会議員におわび申し上げたい」と頭を下げたが、秘書の隠蔽(いんぺい)で「(不記載は)私が知らない中で行われた」と言い添えた。「議員辞職に値する」との指摘には「身を一層引き締めながら研さんを重ねていく。初心に帰り努力していきたい」と否定した。 これでは何ら責任を取ったことにはならないのではないか。衆院調査局によると、補填問題で安倍氏は少なくとも118回、事実とは違う答弁をしていたことが判明した。それだけ野党の追及を受けていたわけで、いくらでも修訂正する機会はあったはずだ。秘書が補填を隠した動機は何か、原資が安倍氏の個人資金であるのに、安倍氏は気づかなかったのかなど疑問点も残っている。 議運委での発言は、補填と収支報告書への不記載を認めた以外、夕食会会場になったホテル発行の明細書や領収書提示の可否を含め、従来の答弁のほぼ枠内だった。この期に及んで国会審議に真摯(しんし)に向き合わないのであれば、議員の資格があるか疑わしい。 立憲民主党の辻元清美氏が「民間企業の社長が公の場で100回以上、うその説明をして、社員にだまされたと言い訳して許されると思うか」と指摘したのは、国民感情に合っているのではないか。 自民党が抱える「政治とカネ」問題はほかにもある。吉川貴盛元農相に鶏卵業者から現金受領疑惑が発覚。「体調不良」を理由に衆院議員を辞職したが、東京地検特捜部が収賄容疑での立件に向け、関係先を家宅捜索した。参院広島選挙区の選挙買収事件では離党したものの、河井克行衆院議員(元法相)と妻の案里参院議員が公判中だ。 自民党内にも事態を深刻にとらえる議員もいる。だが、安倍氏が議運委に出席したのは衆院選を控えた来年まで、「党の顔」である首相経験者を直撃した問題を引きずりたくないとの思惑がある。官房長官当時、安倍氏の答弁を追認した菅義偉首相も陳謝したが、「政治とカネ」問題への取り組み姿勢を見極め、衆院選でしっかり審判したい。
安倍晋三前首相の後援会が「桜を見る会」前日に都内のホテルで開いた夕食会を巡り、東京地検特捜部は収支を政治資金収支報告書に記載しなかったとして政治資金規正法違反の罪で、後援会代表を務める安倍氏の公設第1秘書を略式起訴した。安倍氏本人については指示や了承といった具体的な関与がなかったとして不起訴処分にした。 夕食会は2013~19年に毎年1回、地元支援者らを集め開かれた。会費は1人5千円。ホテル側への支払いで不足分を安倍氏側が補填(ほてん)したが、会費や補填分の収支を記載しなかった。だが国会で補填疑惑を追及された安倍氏は全面否定。会費はそのままホテル側に渡し、後援会などの収支は一切ないとしてきた。 特捜部による事情聴取などで秘書らは補填を認め、独断で収支報告書に記載せず、安倍氏には事実と異なる説明をしたと述べた。安倍氏本人も聴取に「知らなかった」とし、秘書らの一存という釈明を覆すだけの証拠はなかったとみられる。 事実とは正反対の答弁を重ねた安倍氏が国会で説明し、謝罪するのは当然だが、それで終わりではない。税金で賄う公的行事の私物化や「首相推薦枠」によるマルチ商法の元会長招待、招待者名簿の不自然な廃棄と、桜を見る会を巡っては数々の疑惑が今なおくすぶる。解明が求められるのは言うまでもない。 安倍氏は公設第1秘書が略式起訴された政治資金規正法違反や、有権者への寄付などを禁じる公選法違反の疑いで告発された。収支報告書不記載の責任を一義的に負うのは政治団体の会計責任者とされる。夕食会を主催した後援会の代表でもない安倍氏が刑事責任を問われるとすれば、具体的に指示したり、了承したりした場合に限られ、立件のハードルは高い。 また夕食会に出た地元支援者らは聴取に「5千円でも高いと思った」とし、寄付を受けたとの認識が薄かったという。衆院選の時期と離れていたこともあり、安倍氏側にも買収の意図はなかったと判断したもようだ。 起訴内容が16~19年分の不記載計3千万円余りにとどまり、安倍氏の刑事責任を問うまでに至らなかったのには、やむを得ない面もあった。とはいえ、巨額の支出を秘書の一存で決められるのかという疑問は残る。さらに知らなかったとしても、国会で虚偽答弁を繰り返し、何度も確認・修正する機会はあったのに押し通した責任は重い。 しかも桜を見る会を巡っては疑惑が山積みになっている。野党は安倍氏の地元支援者らが大勢招かれているとし「私物化」と追及。安倍氏は「個人情報のため回答を控える」と答弁したが、その後、19年の夕食会に地元支援者約800人が参加し、その大半が桜を見る会に出席したとした。 高額な磁気ネックレスなどの預託商法を巡る詐欺事件で逮捕・起訴された創業者の元会長が「首相推薦枠」で招待されたとの疑惑ついて十分な説明はなく、野党議員が資料請求した19年分の招待者名簿が直後に廃棄された経緯もうやむやにされたままになっている。 森友、加計問題も含め、追及をかわし続け、真相解明に動こうとはしない政権の姿勢は安倍氏、菅義偉首相とトップが代わっても変わらない。政治不信が深刻なまでに深まっている現実と正面から向き合うべきだ。
期限を目前にして、またぞろいつもの光景だ。欧州連合(EU)を今年1月に離脱した英国と、EUの自由貿易協定(FTA)締結交渉が難航を極めている。 交渉期限は、移行期間が終了する12月31日。この日までに合意に達し、双方で批准手続きを終えないと、来年1月から英EU間に関税や税関手続きが突然復活し、大混乱に陥る可能性がある。 新型コロナウイルス禍で経済が大打撃を受ける中、英国もEU諸国もさらには世界も、これ以上の変調は耐え難い。期限までの決着が難しいなら、交渉や批准手続きの延長などで、決裂回避に全力を挙げるべきだ。 FTA交渉で対立が解けていないのは、(1)英近海の漁業権(2)英EU企業の競争条件の公平性(3)協定違反に対する措置-の3点。中でも漁業権を巡る問題が、合意を阻む最難関とされる。産業規模が極めて小さいにもかかわらず、内政問題と結び付いているためだ。 英近海はEU加盟国の北大西洋における漁獲量の35%を占めるとされる好漁場。これまではEUの共通漁業政策の下で、フランスやオランダなどの漁船も操業を認められ漁場を共有してきた。実際には漁獲量の6割が英国以外の漁船によるものだったとされる。 英国はこれを「自国の海」として取り戻したい。少なくとも英国が各国の漁獲割り当てを制御することで、国家主権の回復というEU離脱の成果を有権者に可視化したいと考えている。 一方、EU側は急激な現状変更の回避を主張。特に2022年に大統領選を控えるフランスは、漁業への打撃が社会的緊張の高まりにつながることを恐れ長期の変更猶予を求めている。 競争条件の公平性とは、英国が最大の貿易相手であるEUと今後も無関税での通商を望むなら、EU側の環境、労働基準や補助金規制などに準拠せよという論点だ。 EU側にとっては、欧州の玄関口にEU基準の制約を受けない輸出国が出現することは、加盟国の競争力をそぐことになるため望ましくない。一方、英国からすれば、離脱後もEU基準に縛られるのであれば、何のために離脱したのか分からなくなる。 交渉の難航は当初から予測されていた。そもそもFTAなどの通商交渉は、一般的に妥結まで4年程度かかるとされる。英国側には制度上、移行期間を延長する権利が認められていたが、ジョンソン英首相はこれを申請せず、1年足らずで決着を図ろうとした。そこに無理があった。 ジョンソン首相とEUのフォンデアライエン欧州委員長は、交渉期限が迫る中で何度もトップ会談を重ねたが、進展はなかった。たとえ年末までに合意がなっても、内容を議会が精査し批准するには時間がかかる。まして、新たな制度を企業など現場に周知する期間はほとんどない。当面は混乱が予想される。 ブレグジット後の英EU関係の難しさとは、縁を切ったはずの家族が、相変わらず「隣人」でいることに似ている。これまでのしがらみを払拭(ふっしょく)しきれない一方で、新たに持続可能な関係を築かなければならない。 FTAは、その足掛かりとなる。対立の火種を消し長期的な友好関係を目指すなら、決裂も辞さずと肩を怒らせることはない。
公金を支出した行事に地元後援会の大勢を招き、自らの政治資金で接待、国会でうそを繰り返す。これが「1強」と呼ばれ、憲政史上最長の在職記録を打ち立てた宰相の実像だったのか。 「桜を見る会」前日に主催した後援会の夕食会費用を補填(ほてん)したとされる問題で、安倍晋三前首相が東京地検特捜部の任意の事情聴取を受けた。既に公設第1秘書は参加費との差額分5年間で900万円余りを穴埋めしたことを認めているが、安倍氏自身はこうした会計処理を聞いていなかったと主張したとみられる。 たとえ知らなかったとしても、政治的に前首相の”罪”は二つの点で極めて重い。まず「政治とカネ」への認識の甘さだ。 今回のケースは、目玉閣僚として起用されながら辞任に追い込まれた小渕優子経済産業相の政治資金問題と似ている。小渕氏の関連政治団体が開いた支持者向けの観劇会を巡り、政治資金収支報告書の収支が合わない疑惑が発覚。不明朗な会計処理が政治資金規正法違反(虚偽記入・不記載)に問われ、元秘書が有罪判決を受けた。前首相の事務所はこの事件の教訓を学んでいなかったことになり、指導・監督する立場の安倍氏の責任は免れない。 さらに大きな問題は、国会で連日追及を受けながら、事務所の説明そのままに「補填はなかった」と一貫して否定してきたことだ。行政監視の役割を担う国会の場で、虚偽の説明をする形となったのは、国権の最高機関を愚弄(ぐろう)する、国民への背信にほかならない。 衆院調査局の調べでは、事実と異なるとみられる安倍氏の答弁は少なくとも118回に上るという。行政府が立法府をだますことを許してしまえば、三権分立は瓦解(がかい)する。その重大さを踏まえれば、議員辞職に値するのではないか。官房長官として安倍氏の説明をうのみにしてきた菅義偉首相も、人ごとと片付けるわけには到底いくまい。 振り返ると、修正する機会はあった。会場のホテル側が、野党の問い合わせに対し、見積書や明細書を主催者に発行しないケースはない、などと文書回答した今年2月の場面だ。 国会で、その”証拠”を突き付けられても、安倍氏は事務所がホテル側に確認した結果として「(ホテル側は)あくまで一般論で答えた。個別の案件は営業の秘密に関わるため、回答には含まれていない」と突っぱねた。社会常識に照らせば、事務所の説明を疑い、問い詰めるべきだった。 首相当時の答弁の信ぴょう性が一つ揺らげば、森友、加計両学園問題についての一連の説明も、疑念が膨らむ。安倍前政権下の森友問題に関する国会答弁のうち、事実と異なるものが139回との調査結果も判明している。財務省の決裁文書改ざんに発展した森友問題などの再調査も必要だ。 前首相がとるべき行動は、検察の捜査にかかわらず、速やかに国会の国民に見える場で、顛末(てんまつ)を詳細に説明し、虚偽答弁を真摯(しんし)に謝罪することだ。それが、首相在任時にないがしろにしてきた言論の府に対するせめてもの償いだろう。その上で、最長首相にふさわしい出処進退を判断してもらいたい。「一人一人の政治家が自ら襟を正す」と語っていたのは、ほかならぬ安倍氏自身である。
政府は、一般会計総額で106兆6097億円と過去最大の2021年度予算案を閣議決定した。高齢化に伴う社会保障費増に加え、新型コロナウイルス対策のための巨額予備費や過去最大の防衛費などで歳出が膨張する一方、コロナ禍による税収不振で43兆円余りもの新規国債を発行して歳入を賄うのが特徴だ。 その結果、21年度末の長期債務残高は1209兆円と国内総生産(GDP)の2倍超に達する見通しで、日本の財政健全化は一段と遠のく。 感染収束が見通せない状況で医療や雇用、地方自治体をしっかり支える支出は必要だ。しかし、菅義偉政権で初となった今回の予算編成では、不急な経費の抑制やコロナ後に財政をどう立て直すかの議論がほとんどなかった。菅首相の危機感と展望の欠如を映しており、禍根を残す予算案と言わざるを得ない。 歳出膨張を象徴するのが9年連続で増え過去最大の5兆3422億円を計上した防衛費である。計画を断念した地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」の代替として「イージス・システム搭載艦」2隻の導入調査費などを盛り込んだためだ。必要性が疑問なだけでなく、国民の目がコロナ禍へそれている間に既成事実化するようなやり方は政府への不信を招くだけだ。 歳出ではほかに、コロナ対策の予備費を5兆円も積んだ。 感染状況に応じて資金を機動的に確保するのが狙いだが、歳出入を国会がチェックする財政民主主義に照らせば、巨費が「政権のポケットマネー」のように安易に用意されるのは好ましくない。 実際、20年度の第2次補正予算にはコロナ対策のため10兆円もの予備費が盛り込まれたが、国会閉会中は執行が十分に監視できない状況にある。透明性を担保するため制度を見直すべきだ。 同時並行で編成された20年度の第3次補正予算案に公共事業費の約1兆6500億円をはじめ、防衛費やデジタル政策関係費がそれぞれ3千億円余り盛り込まれた点を考えれば、予算の膨張は見掛け以上が実態である。 一方の歳入は、21年度の税収見積もりが57兆4480億円にとどまったため、新規国債を43兆5970億円発行して財源を確保する。歳入に占める国債依存度は40.9%に達し、まさに「借金漬け予算」である。 コロナ収束と景気回復が見通せない今の時点で税収増の姿を描くのは難しい。しかし、主要国最悪の財政事情を考えれば税収確保の方策や道筋の議論は避けて通れないはずだ。「経済再生なくして財政健全化なし」との先送り論は許されない。 東日本大震災後には復興財源を確保するため増税が実施された。コロナ対策で著しく悪化した財政の復元にも国民負担が検討されて当然だろう。 本来ならば先に決着した21年度の与党税制改正大綱において将来の税収回復や格差是正の視点が示されるべきだったが、結果は税負担軽減の羅列に終わった。予算のばらまきとともに、来年に予想される衆院選対策との批判は免れまい。 首相は高齢者の医療費負担増を決める際に若い世代の負担抑制が「待ったなしの課題だ」と明言した。将来のつけ回しを避けるため、財政健全化についても同じ認識を持つべきだ。
建設現場でアスベスト(石綿)を吸い込み中皮腫や肺がんなどの健康被害を受けたとして東京や千葉、埼玉の元労働者や遺族らが国と建材メーカーに損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第1小法廷は国の上告を受理しない決定をした。規制を怠った国の対応を違法とし、原告に22億円余りを支払うよう命じた二審東京高裁判決が確定した。 全国9地裁に千人以上が起こした「建設アスベスト訴訟」で、国の賠償責任が確定するのは初めて。企業に雇われた労働者ではないため、労働安全衛生法などの保護が及ばない「一人親方」についても、高裁判決は救済対象に含めており、他の訴訟や補償の議論に影響を及ぼすとみられる。 また高裁判決がメーカー側への請求を退けた判断を巡り、第1小法廷は来年2月下旬に双方から意見を聴く弁論を開くと決めた。この判断を見直す可能性がある。今回決定があった訴訟の原告が提訴してから12年半がたち、ようやく救済の道筋が見えてきたといえそうだ。しかし法廷に持ち込まれた石綿被害は「氷山の一角」にすぎない。 弁護団によると、毎年500~600人規模で患者は増え続け、高齢化も進む。原告たちの「命あるうちの救済」の訴えに真摯(しんし)に向き合い、国は建材メーカーや建設会社に呼び掛け、速やかに補償基金制度の創設など被害実態に即した救済の拡充に取り組むべきだ。 石綿は安価で耐火性や断熱性に優れ、高度経済成長期を中心に建材や断熱材など幅広い用途に使われた。建設現場などで建材を切断したり、壁や天井に吹き付けたりするうち、その極細繊維を吸い込むと、肺がんなどになる。潜伏期間は数十年と長く、一連の訴訟の原告には高齢者が多い。 石綿製造が盛んだった大阪・泉南地区の元工場労働者が起こした「泉南アスベスト訴訟」で2014年、最高裁が石綿対策を怠った国の責任を指摘。厚生労働省は提訴していない被害者らに国賠訴訟を促し、和解による賠償金支払いで救済に動いた。だが工場内ではなく屋外の現場で働いた元労働者による訴訟は「別問題」と争い続けた。 12年から各地の地裁で判決が言い渡され、最初の横浜地裁判決は国とメーカーへの請求をいずれも退け、原告全面敗訴となったが、その後は国に賠償を命じる判決が相次いだ。メーカーの責任については16年の京都地裁判決が初めて認定。東京、大阪両高裁などの判決でも認められている。 国とメーカーに賠償を命じる流れが定着する中、18年3月に大阪高裁が和解を勧告したが、国は拒否した。現在、最高裁は計5件の訴訟を審理中。高裁段階で判断が分かれた国とメーカーの責任範囲や、違法と認められる期間などについて統一見解を示す見通しだ。 確定した18年3月東京高裁判決は、国は1970年代初めには石綿関連疾患の危険性を予見できたとし「遅くとも75年10月には防じんマスク着用を雇用主に義務付け、現場に警告表示をするべきだった」と指摘した。 今回の決定で、大勢はほぼ決したと言っていい。弁護団によると、石綿関連疾患で労災認定を受けた人は2019年度までに1万7千人を超えた。ただ労災認定などによる給付は不十分との声は根強い。対象から外される人もあり、新たな救済制度づくりが急務だ。
政府は導入を断念した地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」計画の代替策を含むミサイル防衛の新たな方針を閣議決定した。 イージス・アショアに替わって、システムを搭載するイージス艦2隻を新造する。安倍前政権から引き継いだ、相手国のミサイル発射拠点を攻撃する「敵基地攻撃能力」の検討は先送りするものの、敵基地攻撃に転用ができる飛距離の長い「スタンド・オフ・ミサイル」の開発に乗り出す。 イージス艦2隻の新造には地上配備よりもコストがかかり、維持管理も含む経費総額がどのくらい膨らむのかは不明確だ。敵基地攻撃能力の保有の是非に見解を示さないまま開発する長射程のミサイルは、日本の防衛政策の基本である「専守防衛」からの逸脱だとの指摘もある。 二つの方針は政策目的や費用対効果という根本をきちんと議論しないまま進められている。議論抜きの装備・能力の拡大は、軍備拡張競争に陥る懸念を拭えない。ミサイル防衛態勢の在り方を抜本的に議論し、再構築すべきだ。 秋田、山口両県に予定していた2基のイージス・アショアは技術的な問題点が判明したため断念した。しかし米国と契約済みのシステムを洋上で運用するため、新艦2隻を建造することになった。ただ、導入コストは地上配備より2割以上高くなるという。洋上での維持管理費を含む経費総額は膨れ上がる見通しだ。 政府は2021年度当初予算案に約5兆3千億円の防衛費を計上する方針で、6年連続で5兆円を突破する。新型コロナウイルス対策で財政状況が一段と厳しくなる中で、防衛予算の歯止めの議論も必要だ。 イージス・アショアは、地上配備を断念した時点で抜本的に見直すべきだった。代替策の是非は、国会でもきちんと議論し、精査すべきだ。 「敵基地攻撃能力」について閣議決定の文書は「抑止力の強化について、引き続き検討を行う」として、結論を示さなかった。安倍晋三前首相は退陣直前に談話を発表し、敵基地攻撃能力の保有に関して年内に方針を示すとしていた。 しかし、1年以内に衆院選が控える中で、公明党が慎重な検討を求め、先送りとなった。辞める首相が後継政権を縛るのは越権行為であり、政府の対応は理解できる。 だが、その結論を出さないまま、長射程の巡航ミサイルを開発する方針を決めたのは問題だ。 政府は陸上自衛隊の地対艦誘導弾の飛距離を大幅に延ばし、地上配備や戦闘機、護衛艦などに搭載する計画だという。加藤勝信官房長官は「敵基地攻撃を目的としたものではない」と説明するが、転用が可能になる。 こうした装備は、敵基地攻撃能力の保有の是非をきちんと議論した上で計画を進めることが求められる。根本的な議論抜きで、装備・能力を拡張し続けるべきではない。 日本周辺では北朝鮮が弾道ミサイル能力を向上させ、中国も沖縄県・尖閣諸島周辺の東シナ海を含めて海洋進出を活発化させている。適切なミサイル防衛態勢の整備は必要だろう。 しかし、議論抜きの装備拡大は周辺国への誤ったメッセージともなりかねない。併せて、北東アジアの緊張緩和と安定に向けた外交努力を尽くすべきだ。
日本学術会議が推薦した新会員候補6人の任命を菅義偉首相が拒否した問題を巡り、自民党のプロジェクトチームは、学術会議を政府から独立した法人に移行させる提言を政府に提出した。菅政権は提言に沿って組織改革を検討する方針だ。 しかし、この問題の最も重要な点は、学術会議の組織の在り方ではない。日本学術会議法に政府からの独立性が明記されている会議の会員任命に関与し、6人を拒否した理由を首相がいまだに説明していないことだ。 人事への介入は、研究を萎縮させ、憲法が保障する「学問の自由」の侵害につながると多くの学会が批判している。問題の原点に立ち返り、首相は任命拒否の理由を明確に説明すべきだ。組織改革への議論のすり替えは認められない。 日本学術会議法は学術会議を「内閣総理大臣の所轄」する国の機関と位置付ける一方、「独立して職務を行う」として独立性を担保している。 これに対して自民党の提言は「政府の内部機関にもかかわらず、独立した存在であろうとすることで生じる矛盾」があると主張し、独立行政法人や特殊法人などの「独立した法人格の組織」にすべきだと指摘。会員の次期改選期である2023年9月をめどに新組織に移行するのが望ましいとした。しかし、任命拒否問題は素通りしている。 提言は組織論としても問題点が多い。学術会議側も組織改革に関する「中間報告」を政府に提出。その中で、国を代表する「ナショナルアカデミー」に必要な要件として「国を代表する機関としての地位」や「政府からの独立」など五つの要件を挙げ、現行では全てを満たすが、独立行政法人などほかの組織形態では、要件を満たすか「精査が必要だ」と反論した。 学術会議は第2次大戦の敗戦後、科学の振興を図るために国の特別機関として設置された。その上で、中立的な立場から政府に政策提言を行うために独立性が担保された。だからこそ歴代内閣は、首相の任命権は「形式的」にすぎないとしてきたのだろう。 15年に学術会議の在り方を検討した内閣府の有識者会議も、組織形態を「変える積極的な理由は見いだしにくい」としている。自民党の提言はこうした歴史的経緯への考察を欠いたものだ。 さらに問題なのは政治と科学の在り方への熟慮が見られないことだ。科学的思考が現実の政策に批判的になることはあり得る。その「緊張関係」の上に、批判も考慮しながら政策を決定していくのが政治の役割だ。 ところが提言は学術会議に「政治や行政が抱える課題認識を共有し、実現可能な質の高い政策提言を行う」よう求めている。政府の意向をくむべきだという意味だろう。 任命が拒否された6人は全て人文・社会科学系で、過去に安全保障関連法や特定秘密保護法などに反対の見解を示したことがある。人選には警察官僚出身の杉田和博官房副長官が関わっている。 首相は過去の発言と任命拒否は「関係ない」と否定するが、ではなぜ拒否したのか。首相の説明は「総合的、俯瞰(ふかん)的な活動を求める観点から」「既得権益になっているから」などと変遷し、不明確なままだ。政治と科学の在り方という重要な課題に対し、口先の説明と議論のすり替えは許されない。
異例ずくめとなった米大統領選は14日の選挙人による投票でバイデン前副大統領の当選がようやく確定した。上院共和党トップであるマコネル院内総務がバイデン氏の当選を祝福し、米政界は選挙に区切りをつけ、来年1月にバイデン次期政権の誕生を迎えることとなった。トランプ氏は敗北を認めていないが、打つ手はなくなった。 コロナ禍で膨大な数の郵便投票や期日前投票があったにもかかわらず、開票作業は時間をかけて丁寧に行われた。14日の選挙人投票でも11月3日の一般投票の結果と変わらず306人の選挙人がバイデン氏、232人がトランプ氏に票を入れた。 トランプ氏は僅差で負けたジョージア州の共和党知事らに州の開票結果を覆すよう働きかけたものの、州側はこれに応じなかった。トランプ陣営が言い立てた「選挙の不正」の証拠は見つからず、懸念された大規模な暴力的な妨害もなかった。 トランプ氏の判事指名で保守派6人対リベラル派3人の構成でトランプ氏有利と言われた連邦最高裁も、違法選挙との同氏の訴えを相手にしなかった。米国の民主主義の柱である三権分立は機能し、選挙の公正性は保たれたと言えよう。 2016年のトランプ氏の大統領当選や英国の欧州連合(EU)離脱決定以来、欧米民主主義の揺らぎが指摘され、中国など強権国家が「民主主義は終わった」と言わんばかりの攻勢にでていた。今回の大統領選が世界中で自由民主主義が求心力を回復し復権する契機となるよう期待したい。 第46代大統領に就任するバイデン氏を取り巻く環境は厳しい。人種・民族差別的な言動やコロナ対策の失敗にもかかわらずトランプ氏が獲得した7422万を超す票は、前回より1123万票も多い。同氏は民主党の牙城とされる地域でも票を増やした。 トランプ氏の支持率は今も共和党支持層の間で9割と高い。バイデン氏への好感度は10%を少し超える程度だ。11月中旬の世論調査では同党支持者の過半数が「正当な当選者はトランプ氏」と答えている。これらの数字はトランプ氏が依然岩盤支持層を擁し、国家を分断する統治や「米国第一」の対外政策がかなりの国民に支持されていることを物語る。 分断の修復というバイデン氏の最重要課題の実現は容易でない。政権高官に、女性や中南米系、黒人らを起用すると発表しており、多様性重視は「新しい米国」を反映するものとして歓迎したい。だが、トランプ氏の代表する白人労働者ら「古い米国」との対立を深めないよう配慮が必要だ。 トランプ氏は1月20日にワシントンで行われる就任式に出席せず、別の場所で24年にある次の大統領選への出陣式を行うとの観測も流れている。政策でも中国共産党員への査証発給制限や金融制裁、イランへの圧力強化、イスラエルとアラブ各国との正常化合意の後押しなどを行い、退任近い大統領とは思えない精力的な政策遂行である。 バイデン氏は国際協調の重視や対中国関係の仕切り直し、イラン核合意への復帰など外交構想を描いている。トランプ氏には、これらバイデン構想の実行を困難な状況にしておこうという狙いや今後も影響力を維持しようという思惑が感じられる。米政界の分断はまだまだ続きそうだ。
神奈川県座間市の9人殺害事件で強盗強制性交殺人などの罪に問われた白石隆浩被告の裁判員裁判判決で、東京地裁立川支部は求刑通り死刑を言い渡した。自殺を考えた被害者らが死ぬために白石被告と会い、殺害に同意していたとして、殺人ではなく承諾殺人にとどまるとの弁護側主張を退け、刑事責任能力にも問題はないと判断した。 2017年10月末の逮捕後、白石被告は一貫して同意を否定し、同意があったと主張する弁護側と対立。法廷で「争わず、裁判を早く終わらせたいのに裏切られた」と不満をあらわにし、弁護側からの質問を無視するなど、裁判は異例の展開をたどった。先月の被告人質問では「極刑でも控訴しない」としていた。 会員制交流サイト(SNS)で自殺願望をつぶやくなどした女性8人と男性1人を「一緒に死ぬ」などと、うそをついて誘い出し2カ月のうちに次々と殺害、遺体を解体し遺棄した凄惨(せいさん)な事件は社会に衝撃を与えた。それから3年余り。10回の逮捕と5カ月に及ぶ精神鑑定、今年9月からの裁判を経て、ようやく一つの結論が出た。 しかし被告の「心の闇」を十分解明することはできなかった。法廷で「金と性的暴行」が犯行の動機とし、殺害の経緯などを淡々と供述したが、なぜ命を奪う必要があったのか-などと裁判官が首をひねる場面も目立ち、最後まで「なぜ」が尽きることはなかった。 判決などによると、白石被告は女性を風俗店に紹介する仕事をしていた17年2月、職業安定法違反の罪で起訴された。翌月保釈され、ツイッターのアカウントを開設。8月上旬には自殺願望を書き込んだ被害女性の1人と知り合って同居を持ち掛け、預かった金で9人殺害の現場となったアパートの部屋を借りた。 8月下旬、この女性に乱暴し殺害したのをはじめ、10月下旬までに15~26歳の男女9人を手にかけ、遺体の一部を室内のクーラーボックスなどに遺棄したとされる。 法廷では、供述の異様さが際立った。女性らについて定期的に5千~1万円を引き出せるかどうか見極め、経済力や自分への好意を感じなければ乱暴して殺害したと説明。最初の被害者となった女性は自分への好意が薄れ、預かった金の返還を迫られると思い殺害したとした。 裁判官から「なぜ殺す必要があるのか」と問われると、執行猶予中の身だったことを挙げて「返済を断ると恐喝などに当たり、次は実刑だと思った」と述べた。「ばれなければいい」とも。「人を殺すことでもか」と裁判官は眉をひそめた。 また、この女性ら一部被害者について後悔を口にしたが、ほかの人については「正直、何も思わない」などと話した。 犯行の事実関係を認定するには、ほぼ被告の供述に頼るほかないが、地裁立川支部判決は信用性を肯定できると判断。「犯罪史上まれに見る悪質さ。SNSが当たり前になった社会に大きな不安を与えた」と述べた。 自殺や犯罪に巻き込まれた恐れのある「特異行方不明者」は昨年、5万9千人。座間事件後、警察はSNSを通じた交友関係などに対応できるよう態勢を強化したが、「通信の秘密」もあり、情報入手のハードルは低くない。緊急性がある場合の情報開示の仕組みを検討する必要があろう。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、菅義偉首相は観光支援事業「Go To トラベル」を28日から来年1月11日まで全国一斉に停止すると表明した。コロナ対策分科会からの対策強化の提言を受け、世論や自治体の声にも押されてようやく踏み切った形だ。 経済活動と感染防止の両立にこだわる政府は11月下旬からを「勝負の3週間」と呼びながら、常に状況を後追いし対策が後手に回ってきた。対策強化は評価したいが、判断の遅れで成果が限定的になることも懸念される。自治体との連携を強め、年末年始へ少しでも安心を取り戻してほしい。 国内のコロナ感染者は1日当たり3千人超を記録。重症者も日々最多を更新し600人に近づく。直近の週末も全国主要駅や繁華街の全95地点のうち約7割、64地点が前の週より人出が増えるなど、危機感が浸透していないことが響いている。 特に厚生労働省の専門家組織が「ステージ3(感染急増)」相当と見る北海道、東京、大阪で病院などのクラスター(感染者集団)多発により新規感染者の高止まりが続く。コロナ用病床の直近の使用率がステージ3の目安の一つである「25%以上」は22都道府県と前の週から4県増えた。 中でも重症者治療には多くの医療従事者が必要だ。既に看護師不足の上、年末年始で医療態勢が縮小すれば他の疾病を含め救える命も救えない恐れが強まる。そうした危機感で分科会が「医療や介護の従事者は限界の状態」(尾身茂会長)と、医療現場へのサポートを政府に強く求めたのも当然だろう。 分科会は、ステージ3の中でも感染拡大が継続する地域では外出自粛やGoToトラベルの一時停止を提言。尾身会長は「国と自治体で一体感がない。知事はリーダーシップを発揮して先手を打ち、国は後押しを」とまで述べた。何とか感染を減少に転じさせたいとの使命感の発露だと重く受け止めたい。 だが菅首相は「いつの間にかGoTo事業が悪いことになっている。暮らしが壊れたら、地域そのものも壊れる」と事業継続の必要性を強調。年末年始を含む期間のGoToトラベル一時停止も「まだ考えていない」と否定していたが、なおも続く感染拡大で世論の不満が強まり「最大限の対策」を取らざるを得なくなったと言える。 一方で、国と自治体の足並みの乱れ、判断の押し付け合いが今回も起きた。GoToトラベルでは、政府が東京都を目的地とする旅行について今月25日までの一時停止を提案。都側は飲食店などの時短営業の延長期間に合わせて来年1月11日までと、より長い期間を要請した。東京発の旅行の自粛要請も政府は23区限定、都は都内全域を主張して調整に手間取った。 首相は「分科会から見直しをしっかりやるよう提言を頂いた。各首長と調整している」とも述べていた。自身が導入したGoToトラベルに自らの主導でブレーキをかければ、政治責任を問われかねないと予防線を張り、自治体などに責任転嫁するような言動だった。 小池百合子都知事は「政府で対応してほしい」と重ねて主張した。政策決定のたびにこのような「にらみ合い」が続けば、コロナ対策の遅れが重なる。首相は、リーダーシップの在り方をもう一度自らに問い直すべきだ。
防災・減災、国土強靭化(きょうじんか)を促進するため政府は、来年度から5年間で15兆円規模の事業を実施する加速化対策を閣議決定した。柱は風水害や大規模地震対策、トンネルや建物などの老朽化対策、デジタル化推進となる。 120を超える対策が盛り込まれたが、終了すれば災害リスクをどれだけ低減できるかは示されていない。国はその効果をもっと分かりやすく説明する努力をすべきだ。 強靱化とは災害に強くしなやかに対応すること。東日本大震災を受けて2013年に国土強靱化基本法が制定され取り組みが始まった。南海トラフ巨大地震など次の大規模災害に備えるため事前防災・減災、迅速な復旧・復興に役立つ施策の総合的、計画的な実施を求める内容となっている。 国が基本計画、地方自治体が地域計画を策定し、それに従って事業などを進める。18年に西日本豪雨や震度7を記録した北海道の地震など大規模災害が相次いだことから、3年間の緊急対策として7兆円規模の事業が通常の公共事業などに上乗せして実施されてきた。 「国が看板を掲げ予算を付けたことで対策が進んだ」などと評価する声もあるが、大きな課題がある。まず集中対策の目標と効果が見えにくいことだ。 例えば戦後最大の大雨に対応するため堤防や遊水地の整備、ダム建設・再生など中長期的な対策を盛り込んだ「流域治水プロジェクト」について、国が管理する河川ごとに作成する。地球温暖化もあり近年増える豪雨への対応能力を高める。道路整備でもネットワークの強靭化と老朽化対策を合わせた中長期プログラムを策定している。 これら事業によって地域の安全性がどれだけ向上するのか国は分析すべきだ。自治体はその結果を強靭化計画に反映させるだけでなく、住民に説明することを通じて防災意識のアップにつなげるよう工夫してほしい。 地域社会は現在、人口の減少、高齢化、激甚化する災害などに直面する。長期的な視点からは、災害が起きる可能性がある地域を避けて安全な地域に集まって住むコンパクトシティーづくりが要請されている。 コンパクト化を前提にして強靭化対策を進めることは効率的なまちづくりにつながる。強靱化計画の中にこの視点をもっと盛り込んで戦略的に取り組むよう提案したい。 事業がハード整備に偏る点も問題だ。ハードは災害の予防には重要だが、災害が起きたときの緊急対応、復興・復旧の仕組みも強靱化には必須である。これらに対応できる自治体の職員を育てるため研修をもっと充実させ、被災地に職員を計画的に派遣することで能力を高めたい。災害前に地域の復興計画を作成する事前復興も、さらなる促進が不可欠と言える。 加速化対策の初年度分は第3次補正予算案に盛り込まれるが、それ以降はどうするのか。効率的、安定的に事業を実施するため真に必要な事業であれば、当初予算に盛り込むのが当然だろう。 最後の課題は地方自治体の費用負担だ。新型コロナウイルス対策の支出もあり、財政は厳しい。国の補助事業について自治体は通常半分を負担する。自治体が地方債を発行し賄う場合、この借金のうち国が地方交付税でどれだけ支援するのかなど負担軽減策の拡充も待たれる。
自民、公明両党が2021年度与党税制改正大綱をまとめた。新型コロナウイルス感染拡大による経済活動の圧迫に対応した負担軽減、脱炭素化やデジタル投資の促進が柱になっている。 住宅ローン減税やエコカー減税の延長、固定資産税の地価上昇に伴う増税の見送り、企業向けの新たな投資減税は、コロナ禍をしのぎながら、経済・社会活動を新たな成長が望める分野に誘導する狙いだ。 その政策目標自体に異論はなく、規模に物足りなさは残るが、具体的な制度設計もおおむね妥当だろう。さらには、今はコロナによる負担増を軽減し、コロナ後の経済構造の転換に向けた土台を築くことが最優先で、それに最大の政策資源を投入せざるを得ない状況だということも分かる。 しかし、税制には政策誘導のほかに、所得再配分、歳入確保という重要な役割がある。年1回の改正の機会は貴重だ。喫緊の課題に取り組みながらも、広い範囲に目を配って必要な検討を進め、現時点で可能な対策を取る姿勢が求められたのではないか。 格差是正に向けた役割や、歳出が膨らみ国債への依存度が急速に高まっている現状について、税制としてどういう対応を取り得るのか基本的な考え方を整理し、国民に理解を求める努力を尽くすべきだったと指摘しておきたい。 貧富の格差は以前より政策対応が課題になっていたが、コロナ禍で一挙に先鋭化した感がある。飲食業、観光業などで解雇が相次ぎ、パートや非正規の仕事を失ったひとり親世帯の苦境も連日伝えられている。公的支援も続いているが、自殺が増えていることは極めて深刻に考えなければならない。 その一方で、株価はワクチン開発による景気再浮上期待などから堅調で、株式投資ができる富裕層の資産は増えている。しかし、配当や売却益など金融所得への課税税率は低いままだ。 保有資産が多いほど恩恵を受けられる。株式投資に逆風となり株価下落の要因になるとして政府の腰は重いが、格差拡大を助長している現行の制度は社会正義に即しているだろうか。課税強化に向けた取り組みを促したい。 20年度は一般会計税収が、コロナ禍による企業業績の悪化などから当初見込みより8兆円下振れし、55兆円程度になる見通しだ。赤字国債の追加発行は避けられず財政健全化は一段と遠のく。 21年度の企業業績は一定程度、回復する見込みだが、コロナが収束するのかはまだ見通せず、法人税収増に期待するのは危険だ。 歳入の柱になっている消費税は景気に左右されにくく、国民がその消費行動において等しく負担するため公平性も高い。 菅義偉首相は「10年は考えない」とし、衆院解散・総選挙が迫っている政治状況の中では当面、増税が表舞台に出てくることはないだろうが、社会保障改革も進む中で、税率がいつまでも10%にとどまっていられるとは考えにくい。 今は非常事態だから必要な減税はしなければならない。だがそれだけでは当面はしのげても、いずれつけが回ってくる。コロナ禍の中にあっても、将来にわたって財源を確保する方策を検討し続けなければ財政運営の責任は果たせないだろう。
自民党の吉川貴盛衆院議員が農相在任中に、広島県福山市の鶏卵生産大手「アキタフーズ」グループの元代表から3回にわたり現金計500万円を受け取った疑惑が明るみに出た。やはり元農相で、首相のアドバイザー役を務める内閣官房参与だった西川公也氏も元代表から現金数百万円を受領したり接待を受けたりした疑惑で、辞任した。 いずれも東京地検特捜部が捜査。吉川氏の疑惑は贈収賄事件に発展する可能性があり、野党は衆参両院の農林水産委員会で行われた閉会中審査で追及した。だが野上浩太郎農相は「捜査活動に関わる」として具体的な内容に触れず、農水省側も事実関係の説明を避けている。 統合型リゾート施設(IR)事業に絡む衆院議員秋元司被告の収賄・証人買収事件や、元法相河井克行被告と妻の参院議員案里被告の選挙買収事件、安倍晋三前首相後援会の政治資金規正法違反疑惑-と「政治とカネ」の問題が絶えない中、政府は「政治家一人一人が説明責任を果たすべきだ」と言い続けている。 しかし安倍氏をはじめ当の政治家は誰一人、説明責任を果たさない。吉川氏も口を閉ざしたまま入院した。これ以上、政治不信を放置してはならない。特定企業との癒着が農政にどのような影響を及ぼしたかなどについて国会が調査を尽くし、きちんと行政監視の役割を果たす必要がある。 アキタ社は広島をはじめ大阪や愛知、千葉に生産・集配などの拠点を持つ大手。鶏卵業界を代表する立場にあり、元代表は日本養鶏協会の筆頭副会長や特別顧問などを歴任。家畜を快適な環境で飼育する「アニマルウェルフェア」の国際基準緩和や、鶏卵価格が下がった際に生産者の損失を補填(ほてん)する事業の拡充を巡り、農水族議員や農水省側に要請を重ねてきた。 吉川氏は安倍政権で2018年10月から19年9月にかけて農相を務めた。元代表は周囲に、その間に少なくとも8回面会し、3回にわたり大臣室などで計500万円を手渡したとし「業界のためだった」と話していたという。吉川氏は今年11月、共同通信の取材に現金受領を否定。それ以降は公の場で何一つ語ることなく、12月に入ると不整脈を理由に入院した。 一方、農水族の重鎮として知られる西川氏は17年衆院選で落選し、農業政策担当の内閣官房参与に就任。今年9月に誕生した菅義偉首相の下でも再任された。アキタ社の顧問にもなり、18年11月には元代表とともに農水省に出向き、農相だった吉川氏にアニマルウェルフェアの国際基準緩和を求める要望書を提出する場に立ち会っていた。 西川氏は18年以降、数百万円の現金を受領したとされ、加えて今年7月に元農水次官や元畜産部長と一緒にアキタ社所有のクルーザーに招かれ、接待を受けていたことも明らかになっている。 鶏卵生産大手との癒着は政官界に広く深く及んでいるとみられる。農政を巡るさまざまな政策判断をゆがめた恐れもあり、今後の特捜部による捜査でも、その実態解明が大きな焦点となろう。 だが捜査任せでいいはずがない。政府が説明責任を政治家任せにする姿勢を変えず、与党も野党からの吉川、西川両氏の参考人招致を拒み続けて真相をうやむやにするようなら政治への信頼は取り戻しようがない。
75歳以上の医療費窓口負担を1割から2割へ引き上げる制度改革は、対象を年金収入200万円以上、所得上位30%までとし、施行時期を当初方針より遅らせることになった。来年以降の国政、地方選挙を意識し、菅義偉首相と公明党それぞれの主張を足して2で割ったような妥協の産物だ。 団塊世代が75歳以上になり始め医療費が急増する2022年は近い。過大になる現役世代の負担を和らげる構造改革は不可避だが、踏み込み不十分と言わざるを得ない。 1800万人超の75歳以上が支払う医療費窓口負担は、現役並み所得の人(単身で年収約383万円以上)が3割でそれ以外は原則1割だ。後期高齢者医療制度は、窓口負担を除く医療給付費約16.6兆円の4割を現役世代の保険料からの支援金、5割を公費で賄う。 高齢者にも応能負担を求めなければ、将来の現役世代は税や保険料の重さに耐えられなくなる。首相が「高齢者と若者が支え合うことが大事だ」とした趣旨は正しい。 その方針で首相は2割の対象を広く収入170万円以上と主張。公明党は240万円以上に限定するよう求め対立した。結局は、厚生労働省が提示した5案中、真ん中の200万円以上で合意。これは、7%いる3割負担の現役並み所得者を含めても所得上位30%までにとどまる。従来22年度初めまでにとしてきた施行時期も22年10月にずらし、後退感が否めない。 収入170万円以上は本人に課税対象となる所得がある水準。240万円以上は介護保険の2割負担対象と同水準で、いずれも高齢者を説得しやすい一定の理屈があった。200万円以上にはそれが乏しく、財政健全化を求める財務省が思い描いた改革像にも程遠い。 厚労省の試算では、現役世代の支援金6.8兆円は、改革なしでは22年度に前年比2500億円増の7.2兆円となる。収入200万円以上を2割負担にすると880億円抑制できるが、1年の増加額の3分の1程度だ。財政にプラスではあるが、効果は限界がある。 一方、政府は2割負担導入の方針を昨年末に固め、今年6月に対象を決定する予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大で延期。この間に景気、雇用が悪化し負担増に慎重論が強まった。特に公明党は、医療の公費支出が減っているとして「結論を急ぐべきではない」と年内の結論見送りまで一時求めた。 公明党の主張は、コロナ流行による他の病気の受診抑制で医療費が減った短期的変化を、構造変化の可能性ととらえ改革を見直せとの趣旨だった。コロナで人口の高齢化や加齢による疾病が改善することはなく、構造改革の必要性は増すことはあれ減りはしない。加えて年金生活者に限らずコロナで仕事や給料が減った現役世代も生活は苦しい。選挙優先で改革の手を緩めれば政治の責任放棄となる。 子育て支援見直しも焦点だった。財務省は年収960万円以上の人が受け取る子ども1人当たり月5千円の児童手当廃止で600億円以上の財源捻出を図ったが、これも選挙をにらむ与党の「子育て支援は後退させられない」との異論で支給対象を絞るにとどまった。 「22年問題」を抱えるのは医療だけではない。介護の負担増という次の難題も待つ。政府に足踏みは許されないはずだ。
政府は新型コロナウイルスの感染拡大で医療体制が逼迫(ひっぱく)する北海道旭川市や大阪府へ自衛隊の看護師らの派遣を決めた。全国知事会も医師や看護師らを送る。冬本番に迎えた「第3波」により、医療現場の人手や病床の不足は各地で深刻化している。政府、自治体は目の前の危機的状況の解消を何より優先すべきだ。 全国の新規感染者は11月下旬から急増、1日当たり2500人前後の日々も続いて死者が過去最多になり、重症者は500人を超えた。コロナ患者用の病床使用率が上がり、政府のコロナ対策分科会がステージ3(感染急増)の目安の一つとする「使用率25%以上」に12月初め時点で18都道府県が該当。北海道、兵庫などは感染ピークに必要な「確保想定病床数」に対する使用率50%以上とステージ4(爆発的感染拡大)の目安に達した。 確保病床の中には、コロナ以外の患者が使用中だったり、現在は空いていても医療スタッフの確保などに時間がかかったりする病床も含まれ、実際の逼迫度はもっと深刻とみるべきだ。 中でも旭川市は、旭川厚生病院で約250人と病院として国内最大のクラスター(感染者集団)が発生するなどし、市内のコロナ患者用病床は70%近くが埋まった。大阪府も300~400人台の感染が続き、確保してある重症用病床の使用率が70%を超えた。あおりで他の傷病患者向けの病棟閉鎖も続出。臨時施設「大阪コロナ重症センター」は運用開始目前で稼働に必要な看護師が確保できない状況に陥った。 大都市圏の中心である大阪府も自衛隊の応援を求めざるを得ない状況だ。「国民の命を守ってきた医療体制が崩れ始めている。この師走が正念場だ」(日本医師会の中川俊男会長)という現場の危機感を真剣に受け止める必要がある。がん、心疾患、脳卒中など通常医療の体制維持を含め政府は自衛隊の派遣以外でも手を尽くしてほしい。 そんな中、政府は観光支援事業「Go To トラベル」を新たな経済対策として来年6月末をめどに延長すると決めた。「感染拡大の主因との証拠はない」(菅義偉首相)、「最大5兆円の経済効果、46万人の就業誘発効果があった」(加藤勝信官房長官)としてあくまで継続の構えだ。しかし、従来になく厳しい正念場を迎えた今、それで大丈夫なのか。 GoToトラベル利用者はコロナ感染を疑わせる嗅覚・味覚異常などを訴えた割合が、利用しなかった人の2倍だったとする東大などの研究チームの調査結果もある。「人の動きと接触を短期間に集中して減らすのが必須」(コロナ対策分科会の尾身茂会長)、「20~50代の移動を抑えることが重要」(脇田隆字国立感染症研究所長)との指摘は理にかなっている。 一方でGoToトラベルは現在、札幌、大阪両市と東京都の発着以外なら危機的な旭川市でも自由に利用できる。県境を越えた人々の移動を政府が奨励し続けることは、専門家の警鐘と矛盾していると言うほかない。 政府は感染防止と経済活動の両立になおもこだわるが、最近の共同通信の世論調査では、48.1%がGoToトラベルを全国一律に一時停止するべきだと回答している。まずは感染拡大が落ち着くまで、地域を限定してでも立ち止まることを検討する局面ではないか。
政府は新型コロナウイルス感染拡大を受けた新たな経済対策を閣議決定した。事業規模は73兆6千億円で、国が低利で貸し出す財政投融資(財投)を含め財政支出は40兆円に上る。 医療現場や観光・飲食業の事業者への支援、雇用の維持などには十分な対策費を確保する必要がある。だが主な財源を2020年度第3次補正予算案で手当てするのなら、事業は21年度の当初予算が執行可能になるまでの急ぎ必要な分に限定するべきだろう。 今回の対策には、50年の脱炭素化に向けた研究開発を支援する2兆円の基金や、省エネ性能が高い住宅を新築した場合に家電などと交換できるポイント制度などが含まれているがこれらは本来、21年度予算案で対処すべき案件ではないのか。 5カ年計画に基づく国土強靱(きょうじん)化の事業や、企業や省庁の枠を超えてシステムの標準化や互換性を高める「デジタルトランスフォーメーション(DX)」関連事業などもそうだが、対策に盛り込まれたことには違和感を拭えない。 政策が不要と言うのではない。「コロナ後を見据えた経済構造の変換」に向けては、菅義偉首相が強調するようにグリーンやデジタルなどの分野が新たな成長の突破口になるのは間違いない。だが、コロナ感染拡大防止を最大の目的とした対策の中に、これほどの大規模な事業を加えることに合理性はあるのか。必要であれば精査を経て21年度当初予算に盛り込むのが筋ではないか。これでは衆院解散・総選挙を意識した規模拡大との批判は免れられない。 政府は本年度、新型コロナ対策として既に2度の補正予算を編成。予算規模25.7兆円の1次補正では、1人一律10万円の給付金や観光・飲食喚起事業「Go To キャンペーン」の予算を確保。同じく31.9兆円の2次では、雇用調整助成金の拡充や家賃支援の資金を手当てした。 3次補正は21年度予算が成立・執行可能となる来春までの財政支出の隙間を埋め、21年度につなぐ一体編成の「15カ月予算」として運用するという。しかし、補正予算案は当初予算案と比べると査定が甘く、往々にして、本予算の「抜け穴」として使われてきた。今回、補正予算案に多くの事業を盛り込んだのも、そうした背景があるのではないか。 今回の焦点だった雇用維持策では、企業が支払った休業手当の一部を国が補う雇用調整助成金について、12月末が期限だった助成拡充を来年2月末まで延長。航空会社などが活用する「在籍出向」では新たな助成金制度も設ける。来年1月末が期限だった観光支援事業「Go To トラベル」は来年6月末まで延長する方針を盛り込んだ。 菅首相や与党が経済活動の維持を重視したためだが、11月には感染再拡大で札幌、大阪2市への旅行が除外に追い込まれた。感染抑止とのバランスが肝心であり、制度の運用に医療専門家の意見を反映しやすくする仕組みも検討課題だ。 地方自治体のコロナ対策に充てる臨時交付金も1兆5千億円拡充する。47都道府県で6千億円超の不足額が生じており必要性は理解できる。だが、ランドセルの配布や公用車購入など関連が疑わしい使途も目につく。適正使用へのガイドラインを設けるべきだ。
46億年前、太陽系はどのようにしてできたのか。地球の生命はどうやって生まれたのか。隕石はその謎を解く重要な手掛かりとなる。多くは小惑星と呼ばれる天体のかけらで、太陽系ができた頃の状態を保っている。 日本と隕石の縁は深い。福岡県直方市の神社にある隕石は、落下の目撃記録が伝わる世界最古の物。1969年に南極観測隊が発見した「やまと隕石」は南極での隕石の大量採集に道を開いた。 大きな発見もある。宇宙化学が専門の圦本(ゆりもと)尚義北海道大教授は独自開発した同位体顕微鏡で隕石を調べ太陽系誕生の謎に迫る。アフリカで見つかった隕石の中に、太陽ができる前に死んだ星のかけらがあったと2004年に発表。同顕微鏡は米国と韓国でも活躍する。 ただ、隕石の研究だけでは分からないこともある。それを補うのが小惑星探査だ。「隕石を河口にある石だとすれば、それが元々あった上流の山の石を採ることに当たる」と圦本さんは言う。 日本の探査機「はやぶさ2」が昨年採集に挑んだ小惑星りゅうぐうの岩石試料を収めるカプセルが地球に帰還した。約22万キロ離れた宇宙空間で本体から切り離され、オーストラリアの砂漠に6日に着地し回収された。 相模原市の宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所に運ばれ、顕微鏡観察などを経て、来年夏には「初期分析」が始まる。太陽系形成や生命起源の謎の解明に期待が高まる。 小惑星は太陽光を反射して輝き、その色などを基に分類される。初代の探査機はやぶさが試料を採った小惑星イトカワは「S型」。「普通コンドライト」という最も多いタイプの隕石の古里がS型であることが、試料の分析で明らかになった。 一方、りゅうぐうが属する「C型」は「炭素質コンドライト」という隕石の古里ではないかと考えられている。このタイプの隕石は生命の材料になり得る有機物を含み、地球に水をもたらした可能性もある。だが、地上で見つかるのはまれだ。有機物の多くは大気圏突入時に蒸発し、落下で地上の有機物にまみれてしまうことも研究の壁となっている。 りゅうぐうの試料はカプセルに守られ、そうした変化を受けずに地上に運ばれることになる。 圦本さんによると、有機物は宇宙空間でも太陽の紫外線で分解されるなどして変化する。試料分析により小惑星がどこで生まれ、どれだけの時間をかけて今の場所に至ったのかも分かりそうだ。 探査機で天体の試料を採ってくる「サンプルリターン」の次の計画に、JAXAが欧米と協力して24年に打ち上げる「MMX」がある。火星の衛星フォボスに世界で初めて着陸して岩石を採取し29年に地上に届ける。 フォボスともう一つの衛星ダイモスについては、天体が火星に衝突し飛び散った物質からできたとする説と、小惑星が火星の重力に引き寄せられたとの説がある。MMXの持ち帰る試料で真相が明らかになりそうだ。 日本の研究力低下が指摘されて久しい。政府は「産業に役立つ研究」の支援に傾き、宇宙科学を含む基礎研究はやせ細る一方だ。しかし基礎研究は応用の土台であり、国境を超えて若者を引き付ける魅力がある。人類の知識を増やす宇宙の科学探査をもっと発展させたい。
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