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主要企業の労使が意見を交わす「労使フォーラム」がきょう開催される。経団連や連合の幹部らも参加し、2021年春闘が事実上スタートする。 新型コロナウイルスの感染拡大で日本経済は大きな打撃を受け、先行きも不透明だ。例年になく厳しい状況下での交渉となるが、労使で知恵を絞り、業績の好調な企業を中心に賃上げの流れを維持していきたい。 経団連は先日、21年春闘での経営側の指針となる「経営労働政策特別委員会報告」を公表した。コロナ禍で経営環境が悪化し、業種横並びや各社一律の賃上げは「現実的ではない」と指摘。業績が振るわない企業は基本給を底上げするベースアップ(ベア)は困難とした。一方、好業績の企業はベアも選択肢と明記し、各社の個別事情に応じた柔軟な交渉を促した。 対する連合は、ベアを月給の2%程度要求する方針を決めている。定期昇給と合わせて4%程度の賃上げを目指す。賃上げの旗を掲げ続ける姿勢は譲らない一方で「それぞれの産業における最大限の『底上げ』に取り組む」とし、業績不振の業種への配慮もみせている。 経団連はデフレ脱却を図る安倍前政権の要請を受け、14年春闘に向けた報告でベアを容認。景気が比較的堅調に推移したため、経済界がベアを容認する状況が続いてきた。しかし、コロナ禍がその勢いにブレーキをかけるのは必至で、厳しい労使交渉になるのは間違いない。 感染拡大で航空や鉄道、旅行業界を中心に業績が落ち込み、人員やボーナスの削減に踏み切る企業が相次ぐ。一方、デジタルや巣ごもり需要で活気づく業種もあるなど、業績の二極化が進む。業績を伸ばした企業は従業員に賃上げで報いるべきだ。業績が厳しい企業は、まずは雇用の維持に力を尽くすことが求められよう。 財務省の法人企業統計では、企業が蓄えた内部留保は19年度475兆円に達し、8年連続で過去最高を更新した。今も財務にまだ余力がある企業は多いだろう。危機下こそ内部留保の出番でもあり、賃上げに活用して人材を支えてほしい。 消費税増税にコロナ禍が追い打ちとなって個人消費が冷え込み、デフレの懸念が高まっている。消費を回復させるには安定した賃上げが不可欠だ。中長期的には企業の収益拡大につながる経済の好循環も生まれる。 春闘の課題は賃上げだけではない。コロナ関連の解雇・雇い止めは8万人を超えている。アルバイトやパートなど非正規労働者への影響が大きく、雇用の調整弁にされている実態が鮮明となった。非正規雇用の待遇を改善する格差是正を加速させなければならない。 政府は21年春闘でも賃上げの流れを継続するよう経済界に要請した。早期に感染拡大を抑えて経済を再生させ、企業が安心して賃上げできる環境を整えることが政府の責務だ。
2019年の参院選広島選挙区を巡る買収事件で、公選法違反の罪に問われた参院議員河井案里被告に、東京地裁は懲役1年4月、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。 判決は、夫で元法相の衆院議員克行被告と共謀し、買収目的で県議に現金を渡したと認定した。国会議員夫妻が「票を金で買う」違法行為に手を染めた前代未聞の事件である。公正さが担保されるべき国政選挙をゆがめた責任は極めて重いという、当然の判断といえよう。 現金供与の全体を計画した元法相は計100人に計2900万円余りを配ったとされ、東京地裁で別の審理が続いている。今回の判決では、案里議員が地元議員5人のうち、県議4人に計160万円を配ったと認定された。 公判で案里議員は、現金を渡した目的について「県議選の当選祝いや陣中見舞いだった」と主張した。しかし判決は、自民党広島県連の支援を受けられず厳しい選挙情勢にあったことや授受の時期などを総合考慮して「選挙買収だった」と退けた。 案里議員は有罪が確定すれば失職する。公設秘書が車上運動員買収で有罪となっており、行政訴訟で連座制の適用が認められても失職する。事件後は議員活動ができず、職責を果たせない状況も続く。今回の自身の有罪判決を受け止め、出処進退を速やかに示すべきだ。 訴訟とは別に、事件の全容解明を進める必要もある。 19年の参院選では、自民党本部から夫妻側に1億5千万円という破格の資金が提供された。一部が買収の原資となった疑いがあるが、夫妻の政治資金収支報告書などでは、書類を押収されていることを理由に使い道が明らかになっていない。 自民側も納得のいく説明をしないままだ。菅義偉首相は、資金提供に関する再調査の必要性について「党で所定の手続きを経た上で、ルールに基づいて交付された」と述べるだけで、全容解明への積極的な姿勢はみられない。これでは信頼回復など望むべくもなかろう。 また、現金の受領側の責任がうやむやになっていることも見過ごせない。東京地裁は今回の判決で、検察側が現金を受け取った側の議員ら100人の刑事処分をしていないことに触れなかった。公選法は受領側も被買収として処罰されると規定するが、これまで検察は不起訴処分にすらしていない。 買収に関わった地元議員らの多くは口をつぐんでいるが、自らの政治責任に向き合い、説明を尽くすべきだ。広島県議会では政治倫理条例に基づく審査会の必要性が指摘されている。公の場で経緯を明らかにし、再発防止につなげねばならない。 事件で浮き彫りとなったのは旧態依然とした「政治とカネ」問題の根深さだ。まずはうみを出し切ることが、不正の根を断つ第一歩であることを政治に携わる者は自覚する必要がある。
全ての核兵器の廃絶へ一歩踏み出した。大切なのはこれからだ。核兵器なき世界の実現というゴールに到達するまで歩みを止めてはならない。 核兵器禁止条約が発効した。核兵器の開発や保有、使用を全面的に非合法化し、廃絶を目指す初の国際法規である。2017年7月、国連で122カ国・地域の賛成で採択され、批准した国・地域は50を超える。 しかし、米国やロシアなどの核保有国と、米国の「核の傘」の下にある日本は条約制定の交渉段階から参加しておらず、これらの国には条約の効力が及ばない。このため条約の実効性には懐疑的な見方もあるが、核兵器が明確に違法とされた意義は大きい。核保有国にとって核兵器使用の正当化が困難になったのは確かだろう。まずは条約発効を契機に国際社会として核保有国に核兵器を放棄するよう圧力を強めることが肝要だ。 条約の前文には「ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意する」と明記している。広島、長崎の被爆から75年半が経過し、核の惨禍が二度と繰り返されないよう被爆者らが訴え続けてきたからこそ条約発効に至った。条約成立の旗振り役だったオーストリアは、今年末にも同国首都ウィーンで開催される条約の第1回締約国会議に被爆者を招待する考えだ。会議を通じて国際社会は非人道兵器がもたらす悲劇を改めて胸に刻みたい。 一方、核保有国は核戦力の近代化を図るなど軍縮に逆行している。米国のトランプ前政権は低出力の小型核開発を推進。イラン核合意から離脱し、イランは高濃度のウラン濃縮を再開した。中国が核戦力の増強を進める中、米国はロシアとの軍縮の枠組みに中国も入るよう呼び掛けたが、中国は拒否。米朝非核化交渉も頓挫したままだ。 バイデン米大統領の動向が今後の核軍縮の行方を左右しそうだ。前政権の核兵器計画の見直しを検討し、イランとの新たな核交渉開始を模索する。米ロ間に唯一残された核軍縮条約、新戦略兵器削減条約(新START)延長も目指す。ただトランプ氏が破壊したものを元に戻すだけでも時間がかかり、軍拡競争に歯止めをかけられるかどうかは見通せない。 日本は核兵器禁止条約に後ろ向きの姿勢のままだ。菅義偉首相は条約発効を受けて「条約に署名する考えはない」と述べ、「現実的に核軍縮を前進させる道筋を追求するのが適切だ」と強調した。核保有国と非核保有国の「橋渡し」に努めるとするが、これまでに成果は上げられず、核軍縮への道筋も具体性を欠くと言わざるを得ない。 大国の動向に対して受け身の態度を改め、主体的に行動する必要がある。まず締約国会議にオブザーバーで参加することを検討するべきだ。バイデン政権にも核軍縮を強く求めてもらいたい。唯一の戦争被爆国として核なき世界の実現をリードするのが日本の責務だ。
衆参両院で各党による代表質問が行われた。政府の新型コロナウイルス対策を問う通常国会での本格論戦となったが、感染抑制策を巡る議論はかみ合わなかった。 新型コロナ特措法に基づく緊急事態宣言が、1都3県に出てから2週間が過ぎた。新規感染者数は高止まりが続き、通常医療に十分対応できない医療崩壊が大都市圏を中心に進行している。与野党は国民の命と暮らしの危機を一層直視し、徹底した論議を通じてコロナ禍克服への道を示さなければならない。 感染拡大に歯止めがかからない現状は、政府対応に不備があったことを示す。改善を図り、よりよい政策に生かすには真摯(しんし)に省みることが不可欠だ。 立憲民主党の枝野幸男代表は「なぜ後手に回っているのか。判断遅れを認め、反省から始めるべきだ」と政府対応を問題視した。しかし菅義偉首相に反省の言葉はなく、「根拠なき楽観論で対応が遅れたとは考えていない」と反論。自らの対応は妥当だとする答弁を重ねた。 観光支援事業「Go To トラベル」の全国停止、緊急事態宣言の再発令、変異種への水際対策強化など、いずれも感染拡大につれ、首相は慎重姿勢から方針転換を強いられた。野党の求めに応じず、昨年12月上旬に早々と臨時国会を閉じたことも先手を打つ姿勢に欠いた。 経済重視にとらわれたことが判断遅れにつながったのは否定し難い。景気対策は重要だが、感染対策との両立は難しく裏目に出た。世論調査では6割以上が政府のコロナ対応を「評価しない」と回答している。妥当だとする首相の言い分を容認することはできない。 首相から感染封じ込めに向けた強力なメッセージが伝わってこないことも不安を募らせる。羅列した政策も打ち出し済みのものばかりで、新味に欠く。かえって気になったのは棒読みがちで淡泊な答弁だ。野党の質問時間30分に対し、10分弱で切り上げ、「短すぎる」と改善を申し入れられる始末。丁寧な説明なしには、議員の後ろにいる国民の理解も深まらない。 代表質問では「政治とカネ」の問題も取り上げられた。野党は吉川貴盛元農相の収賄事件や河井克行元法相と妻案里参院議員による選挙買収事件を挙げ、首相に再発防止策に乗り出すよう求めた。だが「政治家は責任を自覚し、国民に疑念を持たれないよう常に襟を正すべきだ」と語るのみ。政治への信が揺らいでいるという危機感は感じられないままだ。 野党も正念場を迎えている。政権への逆風が強まっているにもかかわらず、支持率上昇につながっていない。とりわけ最大野党の立民の責任は重い。政権担当能力を磨き、国民の信頼を集めなければ、秋までに行われる衆院選で「自民1強」支配を崩すのは困難だろう。政府、与党が抱える課題を追及し、力量を示さなければならない。
新型コロナウイルスの感染拡大による雇用情勢の悪化が深刻だ。非正規労働者など社会的に弱い立場の人が仕事や住まいを失うなどし、生活に困窮する事態が長期化している。 今月に入って11都府県に緊急事態宣言が出され、経済活動が一段と停滞。飲食業などで休業や倒産が相次ぎ、生活に困窮する人が今後も増加することが懸念される。国は雇用や生活を支援する施策を継続・拡充し、暮らしの不安解消に全力を挙げなければならない。 厚生労働省によると、コロナ関連の解雇や雇い止めは15日時点で8万2千人を超えた。各労働局などに寄せられた相談や報告を基に集計しており、実際の人数はさらに多いとみられる。解雇や雇い止めは製造業や飲食業のほか、小売業、宿泊業などにも広がる。アルバイトやパートなどが約半数を占め、非正規労働者への影響が大きい。 相対的に女性の雇用環境が悪化している。2008年のリーマン・ショックでは男性が多い製造業への影響が顕著だった。それに対し、コロナ禍では女性が多い宿泊業や飲食業などへの打撃も大きいためだ。女性の非正規労働者の状況は深刻で、重点的な支援が求められる。 雇用を守る命綱の一つが企業の休業手当だ。休業手当の一部を補塡(ほてん)する雇用調整助成金について、政府は特例措置で上限額を引き上げ、助成率も拡充している。特例措置は今年2月末が期限だが、3月末までは延長する方向となった。感染拡大が続いている現状を踏まえると当然の判断だ。企業は有効活用し雇用を維持してほしい。 一方、シフト勤務などを理由に非正規労働者に休業手当を支給しない事例が目立つ。政府はシフト制の非正規も助成金の対象になるとしており、企業への指導を強化すべきだ。 解雇や雇い止めの数字は氷山の一角にすぎない。生活に困っている人を対象とする自治体の「自立相談支援機関」には20年度上半期、39万件の新規相談が寄せられた。前年度同期の3倍に上り、その後も例年を大きく上回るペースで推移しているという。民間の支援団体にも若者や女性、外国人といった幅広い層からのSOSが相次ぐ。 国は、コロナの影響で収入が減った人に生活費を特例で貸し付ける「生活福祉資金」の返済を22年3月末まで猶予することを決めた。一度で最大20万円を貸し付ける緊急小口資金、月最大20万円を原則3カ月まで貸し付ける総合支援資金の2種類あり、いずれもニーズが高い。状況に応じて、今年3月末としている特例の受付期間も延長するなど柔軟に対応すべきだ。制度の周知も欠かせない。 必要な人が生活保護を受けられることも重要だ。田村憲久厚労相は「国民の権利であり、迷わず申請してほしい」と呼び掛けている。生活に困ったら一人で悩まず、行政などに相談し各種制度を活用してほしい。
先月からの寒波で、電力需給が逼迫(ひっぱく)している。国内発電量の約4割を占めるガス火力の燃料の液化天然ガス(LNG)の在庫が減少し、出力を抑えざるを得なくなっていることが主な要因とされる。 需要が供給力を超えてバランスが崩れると、大規模停電につながる恐れがある。大手電力でつくる電気事業連合会は、生活に支障のない範囲での節電を呼び掛けている。厳冬下での停電は命に関わる重大なリスクだ。電力各社は燃料を効率的に使いながら調達を急ぎ、当面の安定供給を維持せねばならない。 関西電力管内では、供給力に占める需要の割合を示す電力使用率が12日のピーク時に99%に達した。四国電力管内でも98%を数回記録している。北陸や中国などの電力管内でも厳しい状況となっており、他地域から電力の融通を受けるなどしてしのいでいる。 LNGの在庫が減少しているのは、揮発するため大量の備蓄が難しく、海外からの長期契約が原則で不足分の全てをすぐに輸入できないことなどが理由とされる。調達競争も激化し、輸入先のオーストラリアやカタールなどからタンカーで運ぶのには約2カ月かかる。電力各社は燃料不足の長期化も視野に、電力需給に神経をとがらせながらの運用を余儀なくされている。 ただ、経済産業省は今冬の電力需給見通しについて、厳冬でも安定供給に必要な供給予備率を確保できると発表していた。なぜ今回の寒波に対応できなかったのか、詳しく検証し再発防止につなげねばならない。 電力不足に伴い電力の卸売価格も急騰している。電力の小売り自由化で参入した新電力の中には、発電所を持たない企業や足りない電力を市場で調達して販売する企業もある。価格高騰が続けば業績が悪化し、顧客が支払う電気料金が大幅に上昇することも想定される。 こうした事態を防ぐため、経産省は新電力などが足りない電力を市場で調達する際、購入先の大手電力に支払う料金に上限を設けることにした。新電力の負担を軽減する支援で利用者への影響を抑える狙いがある。経産省は、消費者の保護はもとより、選ぶ電力会社で価格に大きな差が出かねない仕組みについても検証、改善すべきだろう。 電力需給の逼迫は、太陽光の発電量が悪天候で伸びなかったことも一因とされる。再生可能エネルギーはかねて、太陽光への偏重が指摘されていた。風力など、ほかの再エネ導入や蓄電池の開発などを一層加速する必要がある。それは政府が掲げる脱炭素社会に向けた施策とも一致しよう。 原発が稼働していない影響を指摘する声もあるが、東京電力福島第1原発事故や核燃料サイクル政策の現状を踏まえれば、原発活用が責任ある選択肢とは言えない。政府には原発に頼らない電力供給体制に変革するよう改めて求めたい。
通常国会が召集され、菅義偉首相は就任後初めての施政方針演説を行った。新型コロナウイルス感染症の収束を最優先課題とした。国民の命と健康を守る責務を果たさねばならない首相の真価が問われる。 首相は「国民の協力をいただきながら、私自身も闘いの最前線に立ち、都道府県知事と連携し、難局を乗り越えていく決意だ」と訴えた。しかし、菅政権の対策は後手に回るケースが目立ち、世論調査では7割近くが政府の対応を評価していない。首相はまず、国民が政治不信を募らせている現実を重く受け止めるべきだ。今後、国民から理解や協力を得るには信頼の回復が欠かせない。丁寧な情報発信に努め、感染拡大抑制で結果を出さなければならない。 演説では、これまでの国民の感染防止への努力に感謝し、緊急事態宣言の再発令に触れて、「今回、再び制約のある生活をお願いせざるを得ず大変申し訳なく思う」と述べた。 だが、政府の対策遅れについて反省の弁はなかった。感染が拡大する中、首相は観光支援事業「Go To トラベル」に固執し、緊急事態宣言の再発令も「泥縄式」の対応だった。経済を重視するため対策が小出しになったのは明らかだ。首相は自身の不手際に向き合う必要があり、演説で対策の遅れを認めなかったのは誠実さを欠くと言わざるを得ない。 首相は昨年から掲げてきた基本理念の「自助・共助・公助、そして絆」に触れず、「一人一人が力を最大限発揮し、互いに支え、助け合える、『安心』と『希望』に満ちた社会」との表現にした。感染拡大が続く今の状況で「自助」に頼ることはできない。政治の力で医療体制を立て直し、首相が率先して感染防止に全力を尽くす強力なメッセージを出すよう求めたい。 通常国会の会期は6月16日までの150日間。政権はコロナ対策を盛り込んだ2020年度第3次補正予算を月内に成立させる構えだ。コロナ特別措置法に行政罰の過料を新設し、感染症法に新たな罰則を導入する内容の改正案も提出される。対策に強制力を付与しても抑止の実効性を確保できるかどうか分からない。私権制限を伴う立法だけに丁寧な議論が不可欠だ。拙速な結論は決して許されない。 首相は演説の最後で、故梶山静六元官房長官に諭されたと明かし、「国民に負担をお願いする政策も必要になる。その必要性を国民に説明し、理解してもらわなければならない」という教えを引用した。 就任以来、首相は国会答弁や記者会見で国民への説明に前向きとは言い難い姿勢だった。通常国会ではしっかり説明責任を果たしてもらいたい。今年は衆院選も控えている。野党も政権担当能力を示せるような中身のある質疑をする必要がある。与野党ともに真摯(しんし)な議論を重ね、実効性あるコロナ対策を構築しなければならない。
米下院本会議は、トランプ大統領の罷免を求める弾劾訴追決議案を賛成多数で可決した。支持者をあおって連邦議会議事堂を襲撃させたとして今後責任が問われる。 平和的な政権移行を妨げ、民主主義の象徴である議会を襲撃するという前代未聞の騒乱に絡み5人が死亡、支持者90人以上が訴追された。トランプ氏は米史上初めて2度弾劾訴追された大統領という不名誉とともに、社会の分断をいとわない政治手法が事態を招いたことを重く受け止めなければならない。 騒乱はバイデン次期大統領の当選を認定する手続きが行われていた中で起きた。同じ日にトランプ氏は、ホワイトハウス前で開かれていた大規模集会で支持者に向け、「大差で勝った」などと虚偽を主張。議会に向かうよう呼び掛けていた。支持者を扇動し、求心力を保持したい思惑があったのだろうが、招いた結果は重大かつ深刻だ。 決議は上院に送付され、本会議で弾劾裁判が開かれる。開始はバイデン次期政権が発足する今月20日以降になる見通し。有罪・罷免には出席議員の3分の2の賛成が必要で、有罪評決となれば、トランプ氏に対し今後公職に就くことを禁じることができる。ただ民主、共和両党の勢力は拮抗(きっこう)しており、審理の行方は見通せない。次期大統領選をにらみ、政治的な思惑で進むのは間違いないだろう。 弾劾裁判は短期間で準備されたが、過去3回の弾劾訴追よりも超党派で支持され、議会の衝撃の強さを物語った。事件は単なる暴動とはいえず、選挙の正当性を暴力で覆そうとしたテロ行為に等しい。弾劾を見送り、責任を不問に伏せば、あしき前例になりかねなかった。トランプ氏は襲撃事件を「明確に非難する」と述べたが、責任は免れず、訴追案が可決されたのも当然だ。 ただし、議会は過度に弾劾裁判に注力することには留意する必要があろう。裁判はバイデン新政権の発足時期に重なる。上院が審理に多くの時間を割けば閣僚や高官人事の承認、政策遂行に遅れが生じて政権運営の重荷になる。議会内対立が深まればバイデン氏が重視する新型コロナウイルス対策や経済再生、気候変動などの取り組みに欠かせない超党派の協力も難しくなる恐れがある。 対立に前のめりにならず、裁判は危機の克服に主眼を置くべきだ。騒乱の背景には、トランプ政権の4年間で増大した分断と憎悪がある。冷静な審理で全容を解明しつつ、浮かび上がった課題を政策面で解決していかなければなるまい。失われた政治の信頼回復も急務だ。 分断や憎悪の温床となる格差を埋め、多様性に配慮した政策を推し進めることが肝心だ。社会を安定化させ、生活者に希望を示すことが民主主義の復元につながる。今回の騒乱を重い教訓にして米国の立て直しが進むことを願いたい。
吉川貴盛元農相が広島県の鶏卵生産大手「アキタフーズ」グループ元代表から農相在任中に計500万円を受け取ったとして、東京地検特捜部は収賄罪で吉川元農相を、贈賄罪で元代表をそれぞれ在宅起訴した。 起訴状によると2018年11月~19年8月、業界に便宜を図ってもらいたいとの趣旨を知りながら吉川元農相は大臣室などで計3回にわたり現金を受け取ったとされる。元代表は家畜を快適な環境で飼育する「アニマルウェルフェア(AW)」の国際基準の緩和を求めていた。日本政策金融公庫の貸付条件緩和を求める趣旨もあったという。2人は授受を認める一方、吉川元農相は「大臣の就任祝いだと思った」などと賄賂性を否定している。 最初の授受は吉川元農相が国会でAWについて答弁した当日で、農林水産省はその後、国際機関に反論書を出した。カネで政策がゆがめられたのではないかとの疑念は当然であり、農政への信頼を損なう。政官業の癒着の背景や実態を解明しなければならない。 癒着ぶりは立件内容にとどまらない。吉川元農相は就任前後にも計1300万円を受け取っていたとされるが、職務権限が伴わないとして立件は見送られた。 昨年12月に内閣官房参与を辞任した西川公也元農相もほぼ同時期に数百万円を受け取っていた。アキタ社顧問としての報酬の可能性があり、特捜部は賄賂と認定するのは困難と判断し立件に至らなかった。西川元農相は農林族議員の重鎮的存在で17年の衆院選落選後、内閣官房参与に就任、農業政策を担当していた。政府は辞任を「一身上の都合」としている。 元代表は吉川元農相や参院選広島選挙区の買収事件で公判中の河井克行元法相の政治資金パーティー券を、実際はアキタ社側が購入するのに名義を偽装し購入したとして政治資金規正法違反罪でも起訴された。1回で20万円を超す券の購入者は氏名などを政治資金収支報告書に記載する必要があるため、名義を分散したとみられる。幅広く政界工作をしていたと疑わざるを得ない。 農水省は第三者委員会を設置し、政策決定過程の公正性を検証する。ただ当時の農水省幹部が元代表から接待を受けた可能性が指摘されている。政官業の癒着は根深い。野上浩太郎農相は「政策については妥当であった」との見解を繰り返すが、農水省は自ら襟をただすべきだ。 検察には裁判を通して真相を解明し、癒着の構造に切り込むことが求められる。 吉川元農相は疑惑発覚後、体調を理由に衆院議員を辞職、今月、自民党を離党したが公の場で説明をしていない。18日から通常国会が始まる。菅政権、自民党は「政治とカネ」の問題が相次ぐ中、説明責任を果たすべきである。失われた信頼は容易には回復できない。
北朝鮮で5年ぶりに開かれた朝鮮労働党大会が閉会した。最高指導者の金正恩氏が「党総書記」に就任し、経済建設が最大の課題とした上で、核戦力を増強する方針を表明した。 長引く制裁や新型コロナウイルス対策の国境封鎖で北朝鮮の経済は苦境にある。正恩氏は外部に頼らない「自力更生」で耐え抜く構えだが、内にこもり、軍事力拡大に突き進んでも国際社会の反発を招くだけだ。非核化への道を示すことこそ、米国をはじめとする外部との対話の機会を確保し、国内の難局打開につながると自覚すべきだ。 正恩氏の新たな肩書「党総書記」は、父の故金正日氏のものを復活させた。将来的には、祖父の故金日成氏と同じ「国家主席」を見据えているとの観測が出ている。 肩書の変更は、最高指導者として10年目を迎えた正恩氏の権威をさらに高める狙いがあるとみられる。ただ、これまで確たる実績を上げられていないことも背景にありそうだ。 党大会の演説で正恩氏は、昨年までの国家経済発展5カ年戦略が掲げた目標は「ほぼ全ての部門で遠く達成できなかった」と率直に認めた。新たな計画では「実現可能な目標」に取り組むとしている。自力での経済建設で制裁に対抗し、一方的な非核化には応じない姿勢を明確にした。 懸念されるのは、核の力を頼って譲歩を迫る「瀬戸際外交」に逆戻りすることだ。 核・ミサイル開発を急加速していた正恩氏が対話に転じたのは2018年から。トランプ米大統領と3回の首脳会談が実現したが、非核化交渉は決裂している。 北朝鮮がこの時期に党大会を開いたのは、20日に誕生するバイデン次期米政権を意識してのことだ。正恩氏は米国を「最大の主敵」として対決姿勢を鮮明にした。しかし、制裁緩和に向け対話を望んでいることは疑いあるまい。 核戦力の増強に関しては、短・中距離弾道ミサイルなどへの搭載を念頭に戦術核の開発を進め、核による先制攻撃を排除しないことも明らかになった。兵器実験再開で、軍事的緊張が再燃する恐れもある。北朝鮮は対話を望むならば、こうした力を誇示して揺さぶりをかける手法を改めるべきだ。 バイデン政権は、首脳会談を重ねたトランプ氏とは違い、従来通り実務レベル協議から非核化実現の糸口を探る方針とみられる。双方が求める交渉の進め方などで溝は深いが、新政権には着実に非核化を実現できる政策を打ち出してもらいたい。 同盟国として日米韓の連携も重要となる。拉致問題を抱える日本で、菅義偉首相は「一刻の猶予もない。条件を付けずに金氏と直接向き合う決意だ」と述べた。圧力一辺倒では通用しなかった過去の経験も踏まえ、解決への道筋を粘り強く探らなければならない。
新型コロナウイルス感染拡大の「第3波」を何としても食い止めなければならない。新型コロナ特別措置法に基づき緊急事態宣言が再発令され、経済を重視してきた政府も感染防止優先を前面に出している。 さまざまな要請により、これまでの感染拡大で経営環境が悪化している事業者には、さらなる打撃となる恐れがある。しかし、このまま感染者が爆発的に増える状況が続くと医療体制が維持できない。医療が崩壊する事態になれば、個人消費は格段に低迷し、企業の設備投資も抑制され、経済も致命的なダメージを受ける。政府は苦境にある事業者を支えつつ、感染拡大抑止に取り組まねばならない。 とりわけ感染者急増の主な要因とされ、対策の中心となった飲食業は厳しい環境に置かれている。東京商工リサーチによると、2020年の飲食業の倒産(負債額1千万円以上)は842件で、年間の最多件数を更新した。東日本大震災で景気が減速した11年の800件を上回った。外出自粛で需要が消える状況は続くと予想され、今後も倒産や廃業が相次ぐ懸念は強い。 政府は、緊急事態宣言が出た首都圏の4都県による営業時間の短縮要請に応じた店への協力金上限を1日当たり4万円から6万円に引き上げた。 ただ、協力金で減収分を全て補うのは難しい。家賃など固定費もある。さらに時短の影響は飲食店にとどまらない。飲食店と取引している業者のほか農家や漁業者といった間接的な取引先もある。従来の持続化給付金と、家賃支援給付金の申請受け付けは原則15日で終了するが、新たな給付金で手厚く支援する必要がある。政府は、休業や時短の要請は経営を持続できるだけの十分な補償が不可欠であると改めて認識するべきだ。 感染者が急増している愛媛県もコロナ対策で飲食店への時短を初めて要請。酒類を提供する松山市全域の飲食店に13日から26日まで営業時間の短縮を要請し、全期間協力した店には1店当たり28万円の協力金を支給する。市は独自に28万円を上乗せするなどし、時短の場合は最大で66万円、休業の場合は最大で80万円になるという。申請から給付までスムーズな運用に努めてもらいたい。 コロナが感染拡大している現状では国内景気の回復は見通せない。日本経済は19年10月の消費税増税で消費が冷え込んでいたところにコロナが追い打ちとなり、20年4~6月期の国内総生産(GDP)は戦後最悪の落ち込みになった。今後、緊急事態宣言の対象地域が全国へ広がったり、発令期間が長期化したりすれば、消費や雇用への打撃はさらに大きくなる。 今は感染対策こそが経済対策と受け止める時期だ。できる限り早く感染拡大を抑え込むことが政府の責務となる。その後に感染防止と経済活動を両立させる施策を講じ、景気の本格回復を目指さなければならない。
中国が香港の民主派を徹底的に排除する姿勢をむき出しにしている。香港警察は、香港での反政府活動を取り締まる香港国家安全維持法(国安法)に違反した疑いで民主派53人を一斉に逮捕した。昨年9月に予定されていた立法会(議会)選挙に向けて民主派が実施した候補者調整の予備選で政権転覆を図ったと見なした。 逮捕されたのは予備選を取り仕切った香港大の戴耀廷元准教授や元立法会議員らで、全員が予備選に参加していた。立法会選で過半数を獲得後、財政予算案を否決し行政長官に辞職を迫る目的があったとして、国安法の国家政権転覆罪に当たるとされた。欧州連合(EU)が非難している通り、民主主義の制度では完全に合法的な政治活動であり、逮捕理由は到底容認できるものではない。 予備選には61万人もの人が投票し民主派への強固な支持が示され、中国政府の意を受けた香港政府は新型コロナウイルス感染拡大を理由に立法会選挙を今年9月に延期している。民主派を封じ込める狙いは明らかだ。 逮捕された53人には米国人弁護士も含まれる。予備選の実務を担った団体の会計担当者だった。国安法による初めての外国人逮捕とみられる。外国人も身の安全が保障されないことが明確になったと言える。 中国が香港の頭越しに作った昨年6月の国安法施行以来、民主派の弾圧は強まる一方だ。昨年末までの半年間に国安法違反容疑で40人を逮捕している。そのうち国際社会への発信力もある若い民主活動家の黄之鋒、周庭さんら3人は無許可でデモを扇動した罪などで実刑判決を受けた。民主派の香港紙、蘋果日報(リンゴ日報)創業者の黎智英氏は再収監された。民主派の情報発信の封じ込めを進めている。 台湾への密航を図った香港の民主活動家らに対し、中国の裁判所は実刑判決を出した。家族の接見や傍聴すら認めない「秘密裁判」だったという。また、香港警察は国安法に基づき警官や親中派の個人情報を暴露していたウェブサイトを封鎖した。中国本土同様に情報の自由な伝達ができなくなる恐れがある。 民主派を徹底的に弾圧し、自由や民主主義を求める人々に恐怖や無力感を与えるようなやり方は許されない。しかし中国は米国などからの批判に「香港への干渉に断固反対する」との姿勢を崩していない。 民主派の一斉逮捕は世界各国が新型コロナ対策に追われ、米国で人権問題に厳しいとされるバイデン政権が20日に誕生する前の移行期の間隙(かんげき)を突いたとの見方もある。連邦議会乱入などの混迷によって間接的、結果的に中国の民主派弾圧に利するようなことがあってはならない。米国は中国に毅然(きぜん)とした対応をすべきだ。日本は米国や欧州などとともに多国間協調で中国に働き掛けを強めなければならない。
日韓関係の修復をさらに困難にする判決を深く憂慮する。 韓国のソウル中央地裁は、日本政府に対し、旧日本軍の元従軍慰安婦の女性への損害賠償支払いを命じた。 訴訟に関し日本政府は、国家は外国の裁判権に服さないとされる国際法上の「主権免除」の原則があるとして関与自体を拒んでいた。 しかし地裁は、女性らを慰安婦にしたことは「反人道的犯罪行為」とし、主権免除は適用できないと判断した。人権を重視する観点で、日本に国家責任の認定を迫ったといえる。 原告は日本政府資産の差し押さえ手続きをすぐに取ることができる。まだ具体的な動きはないが、実際に差し押さえに着手すれば、両国間の対立が激化するのは明らかだ。 韓国では近年、日本企業に元徴用工への賠償を命じた2018年の最高裁判決など、司法が植民地支配に絡む被害者救済に積極的だ。その流れと、韓国政府の対日政策が一致しないことが、両国関係を一層冷え込ませる要因となっている。 慰安婦問題が複雑化したのは文在寅政権が問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した15年の日韓合意を棚上げしたことにある。18年には、合意に基づき日本政府が10億円を拠出して韓国で設立された「和解・癒やし財団」を解散する事態にまで至った。 元徴用工問題を巡っても、日本政府は、韓国内での問題解決を求めてきたが、文政権は「司法判断の尊重」を原則に掲げ応じていない。今回も判決を支持する世論が強く、文政権は難しい対応を迫られるが、司法に介入できないと言い続けるのは無理があろう。被害者の救済を最優先に、政府としての対応を明示してもらいたい。 日本政府にも冷静な対応が求められる。 菅義偉首相は、判決を受けて「断じて受け入れることはできない」と述べ、控訴せず裁判そのものを無視する方針だ。ただ両国関係の改善には歩み寄る姿勢も必要だろう。水面下で行われていた努力が振り出しに戻らぬよう、日韓合意の意義を改めて確認し合うなど外交努力で解決策を模索すべきだ。 韓国世論の背景には、かつての日本の植民地支配に対する厳しい見方がある。日韓合意の際も、一部の元慰安婦には謝罪の在り方などを巡り十分な納得が得られていなかった。植民地支配の清算は世界的に見ても難しい課題だが、政治的対立に終始し、被害者を置き去りにすることは許されない。 日韓両国の同盟国である米国では間もなく、自国第一主義のトランプ政権から、多国間協調を重視するバイデン新政権へと移行する。共通の難題である北朝鮮の非核化などでも情勢に変化が起きよう。両国の関係改善は、東アジアの安定にも資すると自覚し、事態打開への努力を続けなければならない。
政府は2021年度から、介護サービスを提供する事業所に支払われる介護報酬を0.7%引き上げることを決めた。報酬は原則3年に1度見直されており、前回18年度の0.54%の引き上げに続き、2回連続のプラス改定となった。 高齢化の進行で介護事業は社会に不可欠となっているが、現場は慢性的な人手不足にある。そうした中、新型コロナウイルスの感染拡大による利用者減少などで事業所の経営が悪化している。経営の安定化が急務となっており、報酬引き上げは当然の措置と言える。 ただ、報酬引き上げは微増にとどまり、介護職員の待遇改善など本質的な課題の解消には足りない。十分な報酬引き上げなど抜本的な対策で現場の人材を確保し、誰もが安心して介護を受けられる環境を整えていかなければならない。 厚生労働省の調査では、全国に緊急事態宣言が出ていた昨年5月、介護サービス事業所の利用者数は短期入所(ショートステイ)が前年同月比で2割減少し、通所リハビリ(デイケア)も落ち込んだ。高齢者が感染を恐れて利用を控えたり、施設側が感染防止で利用を制限したりしたことが影響した。 各施設は感染予防に細心の注意を払い続けており、職員の負担は大きい。消毒液やゴム手袋など衛生用品の購入費も増加。利用控えなどで売り上げが減る一方、支出は増え、経営が圧迫されている。東京商工リサーチのまとめでは、全国の介護サービス事業者の倒産件数(負債額1千万円以上)が20年には118件に上り過去最多となった。国は、過酷な状況下で奮闘する職員に十分報いるとともに、有事の経営を支える仕組みづくりを進めるべきだ。 開始から20年が過ぎた介護保険制度の財政は税金、保険料、利用者の自己負担で賄われている。19年度の介護費用は10兆5千億円で過去最多を更新。当初の2.4倍に上る。団塊世代の全員が25年には介護需要が高まる75歳以上になり、費用はさらに膨れ上がる見込みだ。 課題は財政面だけでない。介護職員の数がニーズの急増に追い付いていない。25年度には34万人が不足するという推計もある。全産業平均に比べ給与が月額9万円も低いなど、待遇改善が十分でないことが大きい。このままでは施設などで必要なサービスを受けられない人が増える可能性もある。制度は岐路を迎えており、持続させるためには負担や給付を巡る改革を避けては通れない。 しかし、政府は今回、痛みを伴う改革を医療に絞った。75歳以上が医療機関で支払う窓口負担で2割負担の対象新設を優先し、介護についての本格議論を次の改定まで先送りした。改革が遅れる間にも、制度を取り巻く状況は悪化していく。政府は課題に背を向けることなく、今から国民的な議論を深めていかなければならない。
菅義偉首相は、東京と埼玉、千葉、神奈川の1都3県に新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態を宣言した。宣言は昨年4月に初めて発令して以来で、期間は2月7日までとしている。 全国の新型コロナの新規感染者が1月6日、5日と比べ千人以上増え6千人台に上った。7日には初めて7千人を超え、爆発的増加の様相を呈している。感染拡大に歯止めがかからず、医療提供体制は逼迫(ひっぱく)しており、強力な感染拡大防止策を打ち出す段階にあるのは間違いない。 記者会見した首相は「何としても、これ以上の感染拡大を食い止めたい」と強調。「1カ月後には必ず状況を改善させるため、ありとあらゆる方策を講じていく」と決意を述べた。 昨年末は、都内の人出が多く「このままではさらなる感染拡大が避けられない」との認識を示していたが、「静かな年末年始」を国民に呼び掛けるにとどまり、判断が甘かったと言わざるを得ない。今後も定期的に会見を開き、拡大防止に向けた明確なメッセージを発信し続け、実効性のある対策を講じなければならない。 経済を重視してきた政府が感染抑止優先へ方針転換を迫られた形だ。感染拡大防止と経済活動維持の両方を追い求めることに問題はない。しかし、今のように感染がまん延すれば経済にも悪影響を与えてしまう。感染状況が落ち着いた段階で経済との両立を目指すべきだ。 昨年の宣言時と比べると、今回は感染リスクが高いとされる飲食店への対応に重点を置いている。飲食店に午後8時までの営業時間短縮を要請し、酒類の提供は午前11時から午後7時までとする。要請に応じない場合は店舗名を公表する。 ただ店名公表の強制力には疑問符が付く。昨年は名前を公表されたパチンコ店に多くの客が集まった。自粛警察のような形で、公表された店に一般市民が嫌がらせをする懸念もある。協力を求めるならば、要請に応じた店への協力金支給などで十分な補償を約束することが欠かせない。要請に応じなかった事業者に罰則を科すことについては補償水準と合わせて国会で議論を重ね、運用の在り方を慎重に検討する必要がある。 飲食店対策だけで感染を下火にして医療崩壊を防ぐことは難しい。接触機会を極力減らすために自宅などで仕事をするテレワークを推進して出勤者を減らしたり、市民が不要不急の外出を控えたりすることも肝要だ。国は感染状況を分析し、効果を見極めながら有効な対策に力を入れるようにするべきだ。 感染の拡大から1年近くになる。国民の間に「自粛疲れ」も広がり、政治家は会食を自粛するなどして範を示してもらいたい。併せて感染防止に全力を挙げる機運を高めるため政府は宣言解除の基準を丁寧に説明し、具体的な出口戦略を提示しなければならない。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、菅義偉首相が東京と埼玉、千葉、神奈川の1都3県を対象に、コロナ特措法に基づく緊急事態宣言発令を検討すると表明した。要所とされる飲食の場を中心に対策を強化する方針だ。7日に決定し、期間は1カ月程度を見込む。 1都3県の知事が宣言の速やかな発令を求めたことを踏まえた。東京で大みそかに新規感染者数が1300人を超えて初の4桁となるなど、首都圏では感染拡大に歯止めがかかっていない。経済への打撃は必至だが、医療崩壊の恐れがあり、宣言はやむを得ない措置だ。国と自治体が連携し、感染抑え込みに全力を挙げる必要がある。 緊急事態宣言の発令は昨年4月に続き2回目となる。不要不急の外出自粛要請などに法的根拠が生じる。経済重視の菅首相は宣言には一貫して慎重な姿勢だったが、野党や日本医師会に加え知事からも要請され、翻意を余儀なくされた形だ。 政府内では昨年12月、宣言を再発令する案が浮上したが見送られた。その結果、年末年始も感染が拡大し、首都圏は全国の新規感染者の約半数を占める。政府の判断の遅れが招いた状況で責任は大きい。現場の自治体の対応も甘かった。東京などは飲食店に午後10時までの時短営業を求めてきたが、人出は減らせず、政府からの時短強化の要請にも応じていなかった。 最初の緊急事態宣言は東京など7都府県を対象に発令後、全国に拡大。政府は幅広い分野での活動自粛を求め、感染者数は減少傾向に転じた。一方、国と地方の権限があいまいで対策に混乱も生じた。今回も政府は1都3県が宣言の再発令を求めたのに対し、逆に飲食店の時短強化を迫った。感染拡大の責任を押しつけ合うような両者の姿勢に不安を覚える。対策の実効性を高めるには、国と自治体の円滑な連携が欠かせない。 政府は今回、専門家が問題視する飲食機会での感染リスクの低減を最優先し、前回よりも限定的な対策にするという。要所を効果的に抑え、社会経済への打撃を小さくする狙いだろう。ただ、感染拡大を防げなければ元も子もない。状況が改善しない場合、必要に応じて対策を強化すべきだ。 飲食店は年末年始の稼ぎ時に感染拡大に直撃された。さらなる時短営業は死活問題となる。時短営業に対する自治体からの協力金も不十分で、要請に応じにくい事情もある。事業者の理解と協力を得るためには手厚い補償が不可欠だ。 現行のコロナ特措法では宣言が発令されても、飲食店などに休業や時短営業を強制できず、協力した事業者への財政支援も明記されていない。政府は18日召集の通常国会に、給付金と罰則をセットにした特措法改正案を提出する。ただ、罰則は私権の侵害になりかねず、導入には慎重であるべきだ。国会で審議を尽くすよう求めたい。
年40兆円程度に上る医療費は団塊世代が75歳以上になり始める来年以降、さらに増大する。少子化で支え手は減り、このままでは現役世代の負担がますます重くなる。国民皆保険制度を維持するには高齢者と現役世代の負担の公平性がより重要になる。財源確保の在り方を広く検討し全世代が安心できる制度の構築を急がなければならない。 政府は約1年3カ月にわたって検討してきた社会保障制度改革の最終報告を先月、閣議決定した。75歳以上の医療費負担増の導入と、中学生以下の子どもがいる世帯に支給する児童手当の見直し、不妊治療への保険適用が柱だ。高齢者に恩恵が偏りがちな現行制度を見直し現役世代も重視する形に転換を図る。18日召集の通常国会に関連法案を提出する。 75歳以上の医療費は窓口負担を除き約5割を税金、約4割を現役世代の保険料からなる支援金、残りを高齢者自身の保険料で賄っている。少子高齢化が加速する中、一定以上の収入がある高齢者には、支えられる側から支える側にいてもらう政策転換は避けて通れない。 最終報告では、75歳以上の医療費窓口負担に関し「年金収入モデル」で、年200万円以上の人は2割負担にすることにした。約370万人が対象となる見通し。75歳以上は2001年以降、原則1割負担が続いており、2割枠新設は大きな制度改正といえる。 ただし、今回の見直しでも現役世代1人当たりにすると、年800円程度しか負担は減らない。医療費抑制に向け一定の道筋を付けたが、持続可能な内容には程遠い。制度を大幅に見直すスタートラインに立ったと捉えるべきだ。 一方、少子化対策は高収入世帯への児童手当を不支給とし、見直しで浮いた費用を新たな保育施設を確保する財源に充当する。これにより早期の待機児童ゼロを目指す。不妊治療の保険適用は子どもを望んでいるのに授からない人への力強い支援となろう。それでも「国難」への対応策としては踏み込み不足は否めない。 政府が少子化対策に力を入れ始めてから約30年。この間、出生数は回復せず、新型コロナウイルス感染拡大の不安から今年は70万人台になるとの観測もある。子育て費用の大胆な軽減を図るとともに雇用を安定させ、若い世代が結婚や出産に前向きになれる環境づくりへさらに力を入れるべきだ。 もっとも、肝心なのは財源的な裏付けである。しかし、政府は今年の衆院選への影響を懸念する与党に配慮し、財源論の深入りを避けた。新たな制度の実施時期についても22年夏の参院選を避ける目的で、同年後半以降に先送りする。これでは無責任のそしりは免れまい。痛みが伴う話でも正面から語る必要がある。増収策などを明示し、国民の理解を得る丁寧な説明を重ねていかなければならない。
干ばつや山火事など、昨年も地球温暖化に起因するとみられる気象災害が世界で多発した。「気候危機」が叫ばれながら各国の思惑で対策は遅々として進んでこなかったが、新型コロナウイルスの流行を機に大きく転換しようとしている。 かつてない深刻なダメージを受けた経済の立て直しに、温暖化対策や環境保全といった分野の成長戦略を役立てようという動きが広がっている。実現には従来の消費に偏重した産業や暮らしを大胆に変革していくことが不可欠だ。気候危機の克服と経済復興を結びつけ、持続可能な社会の再構築につなげていかねばならない。 温暖化対策は、国際枠組みの「パリ協定」に基づく取り組みが重視されてきたが、足並みはそろっていなかった。産業革命以前からの平均気温上昇を1.5度以内にする目標に対し、2020年の平均気温は産業革命前に比べて1.2度高くなる見込みとなっている。さらに上昇する可能性も指摘されており、目標達成は厳しい情勢にある。 気温上昇の影響は気象災害にとどまらず、アフリカなどで農業に重大な被害を出したバッタの大発生などにも関連するとされている。温暖化が食糧危機につながり、新型コロナの感染が重なることで飢餓や貧困が深刻化する恐れもある。弱い立場の人たちにこれ以上、しわ寄せがいくことは許されない。とりわけ温室効果ガスを排出し続けてきた先進国の責任は重い。 そうした中、米国で今月、温暖化対策に背を向けてきたトランプ政権からバイデン前副大統領による新政権に移行するのは明るい材料といえよう。バイデン氏はパリ協定への復帰を明言している。温室効果ガスの主要な排出国が参加することで、対策の実効性を高め、国際社会で協調して目標達成を実現していかねばならない。 脱炭素社会に向け、既に120カ国以上が50年までの温室効果ガス実質ゼロを掲げている。日本政府も昨年ようやく宣言した。米国に次ぐ経済大国である中国も「60年に実質ゼロ」を打ち出している。 特筆すべきは、各国が新型コロナ禍からの経済復興で、環境投資に力を入れている点だ。温暖化対策をコストととらえず、技術開発などで成長戦略に結びつける考えが主流となりつつある。脱炭素は産業革命やデジタル化などの情報革命に並ぶ新たな革命にもなり得よう。 日本政府も先月「グリーン成長戦略」を発表した。ガソリン車から電動車への移行や洋上風力など再生可能エネルギーの導入拡大を柱としている。経済効果は30年に年約90兆円、50年に年約190兆円に上ると試算し期待をかける。 ただ、温室効果ガスの排出削減目標の実現性や石炭火力の廃絶などで踏み込み不足の部分もある。国際的な環境重視の潮流に乗り遅れないよう不断に見直し、存在感を示したい。
新型コロナウイルス感染拡大の中、新年が始まった。コロナ禍であらわになったのは国民軽視の独善的な政治の限界、民主主義の危機ではなかったか。突然の休校要請や「Go To」事業迷走による混乱などはその結果と言えるだろう。議会制民主主義をないがしろにするような議論や説明責任の回避が繰り返されてきた。今年は衆院選が行われる。民主主義の在り方を改めて見つめ直し、多様な意見を包摂する政治を求めたい。 日本学術会議の会員任命拒否問題は菅政権の異論を排除する姿勢を浮き彫りにした。首相が任命を拒否した6人は過去に政府方針に反対を表明していた。任命拒否の明確な理由の説明はないまま、組織改編へ論点をすり替えようとしている。この問題を巡ってさまざまな団体が任命拒否に反対する声明を出している。こういった声に耳を傾けるべきだ。 安倍晋三前首相側が、「桜を見る会」の前日の夕食会費を補塡(ほてん)していたことが明らかになった。安倍前首相や当時官房長官だった菅首相は国会で虚偽答弁を繰り返していたことになる。国会軽視と言わざるを得ない。民主主義の土台を揺るがす「政治とカネ」の問題が相次いでいる。元農相2人が鶏卵生産大手グループ元代表から現金を受領した疑惑がある。公選法違反の罪で公判中の河井克行元法相と妻の案里参院議員の捜査の中で浮上した。元法相夫妻の事件では地元の首長や議員ら大勢が関わっており、政治不信を増幅させている。 世界に目を向けると米国で20日、民主党のバイデン政権が誕生する。大統領選で人種差別問題や社会の分断の深さが鮮明になった。分断を修復するのは容易ではないがバイデン氏は「互いの意見を聞き、敬意を払い、一つの国としてまとまる必要がある」と融和を訴えてきた。対外的にも地球温暖化対策のパリ協定やイラン核合意からの離脱など独善的姿勢から国際協調路線へ回帰することになる。民主主義大国の復権が期待される。 一方、米国と激しく対立してきた中国は一党独裁の強権に拍車をかけ、香港の民主派を弾圧している。世界は自由や人権の抑圧に対し、連帯して声を上げていかねばならない。日本も役割を果たすべきだ。 菅政権初の通常国会が18日から始まる。コロナ禍で課題が山積する中、昨年の通常国会は野党の会期延長を求める声に政府・与党は応じなかった。野党は早期の国会召集を求めたが菅首相の所信表明演説は首相指名の約40日後。感染拡大の中、臨時国会は昨年12月上旬に早々閉会した。国会軽視の姿勢を改め議論を尽くさねばならない。 「民主主義の可能性を信じることを自らの学問的信条としている。その信条は今回の件によっていささかも揺らがない」。菅首相に任命拒否された宇野重規東京大教授の言葉だ。胸にしっかり刻んでおきたい。
年頭から新型コロナウイルスの脅威に向き合い暮らしていく初めての一年となる。全国的な感染拡大に歯止めがかからず、国民の不安は消えないまま年が明けた。早ければ2月にもワクチン接種が始まる見込みだが、ただちに不安のない日々が戻るとも思えない。 時期が見通せないとはいえ、いずれ収束を実感できる日は来るはずだ。ただ新型コロナを知る前と全く同じ日常が戻るわけではないだろう。感染拡大に伴い、多くのひずみが浮き彫りになった。危機に直面して政治は十分に機能せず、世界的に社会の分断や格差が深刻化した。しかし、私たちが学んだことも少なくない。感染症を乗り越え、成熟した社会を築いていかなければならない。 まず逼迫(ひっぱく)する医療体制の立て直しが急務だ。高度医療を担う特定機能病院を対象とした共同通信の全国調査では、多くの病院でコロナ患者以外の手術延期や救急患者受け入れの制限といった支障が出ていることが分かった。背景にはコロナ重症者の急増や看護師不足がある。 感染が拡大してから1年近くたつ。医療スタッフは自身や周囲への感染リスクに留意しながら業務を続け、疲弊は限界に達しつつある。地域の病院間で役割分担が進むよう国や自治体は積極的な調整を図りたい。何より感染者を増やさないことが重要だ。変異ウイルスも確認されており、政府には水際対策に万全を期すよう求める。 休み明けに社会活動が再開されると早々に政府は決断を迫られることになる。停止した観光支援事業「Go To トラベル」について再開の可否を判断する。感染を封じ込めなければ全面解除はできず、甘い見通しは許されないと心すべきだ。 感染防止に注力するとともにコロナ後を見据えた社会の構築へ準備を進めたい。デジタル化の拡充が喫緊の課題となっている。医療や職場、教育でオンライン化が進めば、都会でなくとも仕事や教育はできる。地方へ人の流れをつくる好機といえよう。東京一極集中は過密のリスクもあり、是正は不可欠だ。国には、首都圏に集まる機能を分散し、地方活性化を強力に推進する施策を講じてもらいたい。 コロナ禍で往来や接触が制限され、人と人とのつながりも問われた。感染者への中傷や差別が問題となり、休業や外出自粛を他者に強いる「自粛警察」といった過剰反応も起きた。インターネット上で企業や個人への批判が殺到する「炎上」が増加したとの調査結果もある。人を傷つけ社会を分断するような悪意は許し難い。 一方で、感染者や医療従事者に対する差別や偏見の解消を目指す「シトラスリボンプロジェクト」が愛媛から全国へ広がったのは心強い。物理的な距離が離れている今こそ心と心の結び付きが大切で、多様性を尊重する心や、他者への寛容さを社会に根付かせなければならない。
世界で猛威を振るう新型コロナウイルスがさまざまな課題をあぶり出した一年だった。 感染者急増を受け4月、当時の安倍晋三首相は新型コロナ特措法に基づく緊急事態を宣言。人との接触を7~8割減らすよう求めた。地方自治体は飲食店や遊興施設に休業要請し、経済活動が一気に停滞した。宣言は5月に解除されたが、夏場と11月以降に感染が再び拡大。現在は「第3波」の最中にある。 新型コロナは暮らしに深刻な影響を与えている。多くの業種が打撃を受け、解雇や雇い止めは約8万人に上る。政府は緊急経済対策で国民1人当たり10万円を給付するなどしたが、効果は一時的だ。生活支援の取り組みを継続・拡充し、国民の命を守らなければならない。 この間の政府の対応はともすれば後手に回った。低迷する経済のてこ入れへ、観光や飲食業界の支援事業「Go To キャンペーン」を夏以降、順次実施。感染が拡大局面に入っても政府は事業推進にこだわった。医療体制が危機に直面し、ようやくトラベル事業を全国で一時停止したが、遅きに失したと言わざるを得ない。 年末時点で感染者は20万人、死者は3千人を超えた。重症者も増え続け、医療機関に大きな負担がかかっている。感染拡大を抑えるとともに、医療体制強化への支援が急がれる。 感染拡大を防ぎつつ経済を回す必要性は論をまたない。大事なのは状況に応じた柔軟なかじ取りだ。それを可能にするには科学的根拠に基づいて戦略を練り、先手先手の対応に転換する必要がある。国が場当たり的な対応を重ね、現場を混乱させる悪循環はもはや許されない。 コロナの陰に隠れがちだったが、長期政権のおごりやうみも見過ごせない。安倍首相が持病の悪化を理由に8月末、辞任を表明。7年8カ月もの間「安倍1強」を誇ったが、コロナ対応の不手際で求心力が低下し、景気低迷からの脱出に道筋を示せないままの退場となった。 後任の菅義偉首相は安倍路線継承を掲げ、強権的な手法も受け継いだ。それが如実に現れたのが日本学術会議の会員任命拒否問題だ。政府に批判的な学者を排除した疑念が持たれたが、菅氏は具体的な拒否理由の説明を拒み、学術会議の組織見直しに論点をすり替えた。 「政治とカネ」を巡っては、前法相夫妻が公選法違反容疑で逮捕され、元農相の現金受領疑惑が浮上。「桜を見る会」の夕食会費補塡(ほてん)問題で安倍氏の秘書が略式起訴され、安倍氏も事実と異なる国会答弁を重ねたことが判明した。政治不信は極まり民主主義が揺らいでいる。 コロナへの対応が迷走したのは、政治から謙虚さや信頼が失われた結果でもあろう。議論を尽くし、説明責任を果たす政治に転換しなければならない。国民からの信頼回復が、コロナをはじめ日本が直面する課題の解決に向けた鍵となる。
政府は第5次男女共同参画基本計画を閣議決定した。焦点だった選択的夫婦別姓は自民党の反対派に配慮して「夫婦別姓」という文言自体を削るなど当初案から後退した内容となった。 基本計画は女性政策における今後5年間の指針となる。導入に前向きな表現が盛り込まれれば、法改正などの検討が進むと期待されたが、文言が消えたことで実現への道筋が見えなくなることを憂慮する。 結婚後も働き続ける女性が増える中で、夫婦別姓は時代の要請だ。特に若い人で望む声が強く、新たな計画はそうした世代の思いに背を向けたと受け止められても仕方がない。女性が活躍しやすい社会の実現のためにも、政府は計画期限の5年を待たず、改善への取り組みを進めるべきだ。 当初の計画案では導入に前向きな記述が盛り込まれていた。しかし、伝統的な家族観を重視する自民党の反対派が巻き返した。具体的な制度の在り方は、「さらなる検討を進める」としながらも「家族の一体感、子どもへの影響を考える視点も十分に考慮」と反対派に配慮の色合いを強め、骨抜きにした。 事実婚では子どもを持ちづらいという声や、職場で旧姓使用が認められず結婚前に築いた仕事の実績が引き継がれない課題もある。夫婦同姓によって仕事や生活に支障を来していると感じる人は少なくない。選択的夫婦別姓は全ての人に別姓を強いるのでなく、希望する人が選べるようにするものだ。反対派は「家族の一体感が失われる」などと主張するがほとんど女性側が改姓する中、性差による課題が解消されていない現実を直視すべきだろう。 菅義偉首相がリーダーシップを発揮しなかったのは残念だった。かつて制度導入に前向きな発言をしたことを先の臨時国会で野党に指摘され「申し上げたことには責任がある」と答弁。本気ぶりをうかがわせたが、党内の意見がまとまりづらいと判断すると、あっさり慎重姿勢に転じた。多くの人を失望させたことを重く受け止めるべきだ。 基本計画は他にも踏み込み不足が目立つ。女性の管理職登用は2020年までに30%程度とする目標が達成できず、「20年代の可能な限り早期」に期限を先送りした。国政選挙と統一地方選挙の女性候補者を25年までに35%とする目標値を掲げたが強制力はなく各政党の取り組みに委ねられる。候補者の一定割合を女性に割り当てる「クオータ制」の導入を急ぐなど、実効性を高めなければなるまい。 「国際社会のスピード感と比較し、わが国の男女共同参画の推進状況は非常に遅れている」と基本計画では率直に認めている。特に自民党はその認識を持ち、時代にふさわしい制度設計へ議論を重ねるべきだ。政府も基本計画を着実に進めるというメッセージを打ち出し、遅れている分野の底上げを図っていく必要がある。
感染力が強いとされる新型コロナウイルスの変異種が、世界各国で広がっている。日本政府は流入を防ぐため、全ての国・地域からの外国人に関し、条件付きで認めてきた新規入国を来年1月末まで一時停止した。 ただ、既に国内でも感染が確認されており、水際対策で防ぎきれていない可能性がある。感染拡大が止まらない中で、変異種が流行すれば医療崩壊に直結しかねない。政府や自治体は、危機感を持って対策を急ぐ必要がある。 英国で広まった変異種は、欧州に加え、アジア・太平洋地域でも確認されている。日本では英国から到着した人の感染が判明しているほか、渡航歴のある人から家族に感染した事例もあった。各国とも水際対策を強化しているものの、追いつかないほど急速なペースで変異種が拡散している懸念がある。 日本政府は、出入国の規制強化に再び踏み切ったが、経済への影響を最小限に抑えるため、11の国・地域との間で合意している2国間のビジネス関係者らの往来は引き続き認める方針を示している。 検疫態勢の強化策として、変異種が確認された国・地域から帰国する日本人については、30日から来年1月末までの間、出国前72時間以内の検査証明を求め、入国時の検査も実施する。変異種の新たな流入を徹底して防ぐことが重要だ。 家族間で感染したケースは、航空機パイロットの男性が空港検疫の対象外だったため見逃されたとされる。航空機の運航を維持するための特例措置だったが「抜け穴」はふさがねばならない。航空会社は、乗務員らの入国時の検査や健康観察、行動把握といった管理の在り方を再検討してもらいたい。 ただ、感染していても検疫をすり抜けることもあり、水際対策には限界がある。変異種が国内にある程度入っているとの前提で対策を見直す必要がある。 「第3波」は収まる兆しがみえず、医療現場は疲弊を極めている。変異種の流行でこれ以上負担をかける事態は避けねばならない。政府や自治体には、患者のさらなる増加に備えた宿泊療養施設の確保や、相談を受け付ける人材の増員など、あらゆる対策の強化が急がれる。 国民の協力も大切だ。新型コロナは変異種であっても予防対策は変わらない。年末年始は感染を広げないための重要な局面となる。「3密」の回避や手洗いの徹底といった基本的な行動で乗り切りたい。 一方、現状の変異種には感染力などに未知の部分がある。変異を繰り返すウイルスの特徴を踏まえれば、今後も新たな種が出てくる可能性もあろう。そうなれば、現在は影響ないとされるワクチンの有効性も変化することは否定できない。対応に当たる各国政府などは、情報公開を徹底し、早い段階で感染拡大を抑え込めるよう連携を強めなければならない。
「桜を見る会」前日の夕食会費用補塡(ほてん)問題に関し、安倍晋三前首相が衆参両院の議院運営委員会で質疑に臨んだ。それまでの記者会見と同じ説明を繰り返し、自ら進んで疑惑を解消する姿勢は見られなかった。 安倍氏は「結果として事実に反するものがあった」と述べ、補塡を否定した首相在任中の国会答弁を訂正し謝罪した。しかし、訂正に至った詳細な根拠は示さず、多くの疑念が残されたままだ。説明責任を果たしたとは言えず、国民の理解は得られていない。このまま幕引きすることなく、うそをつくと偽証罪に問われる証人喚問で真相を明らかにする必要がある。 夕食会は安倍氏の後援会が主催し、参加者の会費との差額を安倍氏側が補塡。東京地検特捜部は、政治資金収支報告書に夕食会の収支を記載しなかった罪で公設第1秘書を略式起訴したが、安倍氏は不起訴とした。 事実と異なる安倍氏の答弁は少なくとも118回あった。国のトップとしてあるまじき国会軽視であり、国会論戦が成り立たなくなる。刑事責任は問われなくても政治責任は重大だ。 今回の議運委でも、補塡の理由や、収支報告書に記載しなかった動機という核心部分が解明されなかった。安倍氏は秘書を全面的に信頼しており、自身が知らない中で補塡が行われていたなどと釈明。野党側は夕食会の会計内容を確かめるため、会場のホテルが発行した明細書の提示を改めて要求したが、安倍氏は「営業上の秘密に当たる」とするホテル側の説明を持ち出し拒否した。補塡の原資は「手持ち資金」としたが、その性格は判然としない。 安倍氏は在任中と同様に野党の質問に正面から答えず、責任転嫁や論点ずらしと受け取れる発言もあった。自身の道義的・政治的責任は重いと認めながらも、責任の取り方として議員辞職は否定した。補塡を否定し続けたこれまでの言動は結果として国民と国会を欺き、民主主義の基盤を揺るがしていることを改めて自覚すべきだ。 そもそも、公費で開かれる桜を見る会に安倍氏の地元後援会員を多数招くという「私物化」が問題の根源にある。「首相として推薦を依頼され、地元の秘書が推薦し、内閣府や官邸で最終決定した」と釈明したが、国民は納得しただろうか。 菅義偉首相も無関係とは言えない。安倍内閣で官房長官を務め、安倍氏を擁護する発言をしてきた。菅氏は自身の責任を重く受け止め、来年の通常国会で説明責任を果たすとともに、引き続き真相の究明に努めることが求められる。 国のトップが事実と異なる答弁を重ねた背信行為に、国民の政治不信は高まる一方だ。吉川貴盛元農相の現金受領疑惑で強制捜査が始まるなど、「政治とカネ」の問題が次々と明るみに出ている。長期政権のうみを出し切らなければ政治への信頼回復はおぼつかない。
公立小学校の全学年で2025年度に35人学級にすると政府が決定した。小学校で一律に1学級の上限を引き下げるのは約40年ぶりとなる大変革だ。しかし、子どもの豊かな学びにつながるかどうかは未知数だと言わざるを得ない。 現在の法律では、1学級の上限は小学1年のみ35人。小学2年~中学3年は40人と定められている。来年度に小学2年を35人に引き下げ、その後小学校の学年ごとに順次解消する。 35人学級化には、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、教室での3密を避ける対策として打ち出されたことが追い風になった。背景には、財政難などを理由に文部科学省の要求に応じてこなかった財務省が、35人学級で現場の教員数が大きく増えないとみていることもある。実際に公立小学校の全学級のうち、36人以上は1999年度に21%だったが、2019年度は8%に減少。多くの学校で既に35人学級を実現している状況だ。 1学級の上限を引き下げたからといってきめ細かな指導に直結するわけではない。児童に目を配る負担が減るとはいえ、1学級分の授業や学級運営の労力は大きくは変わらないからだ。教員が時間と気持ちにゆとりを持って子どもと向き合うには、常態化している多忙を解消しなければならない。 18年に経済協力開発機構(OECD)が参加した15カ国・地域を調査したところ、小学校教員の仕事時間は日本が最長の週54.4時間で、平均を大きく上回った。書類作成のような事務業務が5.2時間と最長だった一方で、知識や技能を磨く時間は0.7時間と最も短かった。 こうした実態から「ブラック職場」とのイメージを生み、教員の志願者は各地で減少傾向にある。教員の厳しい労働環境がなかなか改善されないことも影響し、望ましい人材が企業などへ流出している可能性が高い。 35人学級化に伴い、質、量ともに十分な教員を確保するためにも、校務支援システムやデジタル採点といった情報通信技術(ICT)を活用し、教員の負担を徹底的に軽減するべきだ。導入の可否は地方自治体次第でもあり、予算化へどう知恵を絞るかが問われよう。学校でのコロナ対策でも行政側がフォローすることが求められる。 授業の質や児童の学習意欲を高める工夫、教員の人材育成も欠かせない。コロナ禍で浸透したビデオ会議システムを利用すれば、教員が一堂に会することなく指導力向上のためにさまざまな研修を開くことができる。その環境づくりを教育委員会が率先して取り組むべきだ。 文科省が目標とした30人学級に及ばず、中学校での35人学級の実現は積み残しとなった。少人数学級を推進するには、児童の学力向上や、いじめや不登校対策に与える効果を検証する必要がある。教員の働き方改革との両輪で、教育環境の一層の改善につなげなければならない。
安倍晋三前首相の後援会が、「桜を見る会」前日に主催した夕食会の費用補塡(ほてん)問題で、東京地検特捜部は安倍氏を不起訴処分とした。全国の弁護士らから政治資金規正法違反(不記載)容疑などで告発されていた。 任意の事情聴取に対し、本人は「知らなかった」と不記載の関与を否定。特捜部は政治資金収支報告書の作成に関与し、不記載を認識していた証拠はないと不起訴の理由を説明した。 しかし、刑事責任に問われなくても、安倍氏の政治的責任は極めて重い。事務所のずさんな会計処理だけでなく、首相としての国会答弁で、虚偽を重ねたことは憲政史に汚点を残した。国民の政治不信を増幅させた責めは負わねばならない。説明を尽くした上で、自身の出処進退を判断すべきである。 夕食会を巡るホテル側への支払総額は5年間で計約2300万円に上り、参加者1人5千円の会費だけで賄えない分は安倍氏側が穴埋めしていた。900万円余りを補塡したが、収支報告書にその事実を記載していなかった。 特捜部は不記載を主導した公設第1秘書を政治資金規正法違反の罪で略式起訴した。起訴状による不記載額は3千万円を超え、悪質と言わざるを得ない。略式起訴を受け、東京簡裁は書面審理で略式命令を出したが、時の首相に絡む疑惑は国民の重大な関心事であり、穴埋め資金もどう準備したのかなど疑問点は残る。公開の法廷の場で真相に迫るべきではなかったか。 一方、「(補塡は)知らなかった」とする安倍氏の説明は理解に苦しむ。夕食会の費用を穴埋めしていなかったかどうか、収支報告書に正しい記載をしていたのかどうか、秘書やホテル側への確認を怠らなければ、容易に分かったはずだ。「1人5千円の夕食会費は相場よりかなり安い」として、野党から繰り返し問いただされていたにもかかわらず、事務所の報告をうのみにしていたのであれば看過できない管理能力の欠如である。 補塡問題を巡る国会質疑に関し、安倍氏が事実と異なる答弁を繰り返していたことは断じて許されない。衆院調査局の調べで少なくとも118回に上ることが判明した。虚偽答弁の多さは説明責任に不誠実な政治姿勢を明確に表す。森友・加計学園問題でも消極的な態度でやり過ごしてきたが、国会軽視、国民への背信はここに極まった感がある。 安倍氏はきのう会見を開き、一連について謝罪したが、いまだ説明は説得力を欠いている。きょうの国会招致の場で真相をつまびらかにすべきだ。 国会側は追及の力量が問われる。野党は偽証罪に問える証人喚問を要求したが自民党が拒否し、公開ながらも偽証罪は問われない形で実施される。自民党は安倍氏をかばうのでなく、国民の負託に応える役割を果たすべきだ。疑惑解明が不十分なまま幕引きしてはならない。
四国電力伊方原発から出た使用済み核燃料を保管する乾式貯蔵施設について、県と伊方町が新設計画を了解した。四電は2024年度の運用開始を目指し準備を進めることになる。 県庁で四電の長井啓介社長と面会した中村時広知事は「一時保管が必須条件」などと強調した。しかし、四電は使用済み核燃料の具体的な搬出時期を示していない。永久に留め置かれる懸念が拭えない中での判断であり、将来世代に重い課題を残すことに強い危惧を覚える。 乾式貯蔵施設は、使用済み核燃料を放射線を遮る専用容器の「キャスク」に入れて空気で冷やす仕組み。従来の貯蔵プールが満杯に近づいていることから四電が新設を計画し、18年に安全協定に基づく事前了解を県と伊方町に申し入れていた。 新たな施設の必要に迫られたのは、国の核燃料サイクル政策が行き詰まっているからだ。長井社長は、再利用する予定の使用済み核燃料について「計画的に搬出する」と述べたが、政策の現状を踏まえると、見通しが甘いと言わざるを得ない。 政策の中核施設である、青森県の使用済み核燃料再処理工場や、取り出したプルトニウムとウランの混合酸化物(MOX)燃料を造る工場は国の審査に合格した。だが、MOX燃料を使うプルサーマル発電を実施しているのは伊方3号機など4基にとどまる。工場が順調に稼働しても、再処理できる量は限定的となる。 搬出が滞り、資源であったはずの使用済み核燃料が「核のごみ」となる可能性は高まっている。乾式貯蔵施設がなし崩し的に最終処分場になるような事態は断じて認められない。 使用済み核燃料の搬出は、安全協定にも明記されている四電と県、伊方町の重要な約束事でもある。ただ、今回の乾式貯蔵施設の新設は、貯蔵容量を増やして搬出時期を遅らせ、原発の運転を続けたいという目的が色濃い。四電の都合で活用の見通しが立たない使用済み核燃料をこれ以上増やすのは無責任だ。 中村知事は、一時保管を確約に近づけるため「経済産業相に明言していただいた」などと述べたが、実現するかどうかは不透明だ。原発に長年向き合ってきた立地自治体として、国に対し、事実上破綻した政策の見直しを問い続けることこそ役割ではないか。 住民の理解も深まったとは言い難い。愛媛新聞が2月に実施した県民世論調査では、乾式貯蔵施設の設置に否定的な意見が57・7%に上っていた。 乾式貯蔵施設は、電気を使わないため有事にプールよりも安全性が高いとされている。事前了解を巡る議論では、設置に理解を示す意見があったものの、永久保管になることへの懸念がなお根強かった。四電は「丁寧な説明を続ける」としているが国を含めて根本的な解決策が示されなければ、不安は拭えないと認識しておくべきだ。
政府は一般会計で総額106兆6097億円と9年連続で過去最大になる2021年度予算案を閣議決定した。新型コロナウイルスの影響による税収減を見込み、国の借金に当たる新規国債発行額は43兆5970億円と当初予算ベースで11年ぶりに増加し、歳入の4割を国債で賄う。 コロナ禍で、医療や暮らしを守るための支出は惜しむべきではない。問題なのは、政府にコロナ対策とは直接結びつかない「便乗要求」への歯止めや、不要不急な支出を削減する姿勢が見えないことだ。国と地方の長期債務残高は21年度末に1209兆円に達し、国内総生産(GDP)の2倍以上に当たる。借金頼みの財政の膨張は将来へ重いつけを回すことになる。財政再建の議論を避けることは許されない。 菅政権初の当初予算案は未曽有に膨らんだが、実態はもっと大きい。コロナ対策や公共事業の支出を、「15カ月予算」として一体で編成した20年度第3次補正予算案にも多く盛り込んでいるからだ。 21年度当初予算案で道路や堤防などを造る公共事業関係費は6兆695億円、20年度当初比11・5%減だが、防災、インフラ老朽化に対応する国土強靱(きょうじん)化の特別措置にかかる費用を3次補正に前倒しで計上している。来年秋までに行われる衆院選をにらんだ与党が国土強靱化の予算増額を主張。5年で12兆円程度と当初調整されていた事業規模は何に使うための増額かが曖昧なまま15兆円に増額された。 コロナ対策として5兆円の予備費を計上した。20年度は予備費に11兆5千億円を積み、5兆円の使い道がまだ決まっていない。政府の裁量で支出できるため、国会のチェックが甘くなる恐れがあり、問題が多い。 支出の3分の1を超える社会保障費はコロナ禍の受診控えや薬価の引き下げなどで伸びは抑制されたが、安心できる社会保障制度へ財源確保の抜本的な検討が必要だ。9年連続で過去最大を更新した防衛費は、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」計画の代替策としてイージス艦2隻の新造に向けた調査研究費などを盛り込んだ。慎重な議論が不可欠だ。 20年度の歳出総額は3次の大型補正を経て、空前の175兆6878億円に肥大化。20年度の新規国債発行額は112兆5539億円に積み上がり、公債依存度は6割を超えた。21年度も感染動向次第で予備費執行だけでなく新たな追加経済対策や大型補正予算の編成が必要になろう。 税収など借金以外の財源で賄えているかを示す基礎的財政収支(プライマリーバランス)は20兆円を超す赤字になる見込みで、地方を含めた合計で25年度までに黒字化するという政府目標の達成は絶望的だ。政府は、財政再建の道筋を示していく課題にしっかりと向き合わねばならない。
アスベスト(石綿)を建設現場で吸って健康被害を受けた東京などの元労働者らが、国と建材メーカーに損害賠償を求めた訴訟で、最高裁は国の上告を受理しない決定をした。 規制を怠った国の責任を認めて、原告に22億円余りを支払うよう命じた二審東京高裁判決が確定した。全国9地裁に千人以上が起こした「建設アスベスト訴訟」で国への賠償命令が確定するのは初めてだ。 一連の訴訟は2008年に開始。1件の判決を除き一、二審を通じて国が14連敗し、賠償を命じる流れは定着していた。提訴から12年半、原告は高齢化し亡くなった人も多い。国は解決を長引かせたことを猛省し、原告ら石綿被害者を早期に救済しなければならない。 天然鉱物の石綿は安価で耐熱性や耐火性に優れ、建築材料に広く使われたが、粉じんを吸い込むと肺がんや中皮腫の原因になる。石綿関連疾患で労災認定を受けた人は19年度までに1万7千人を超える。発症するまでの潜伏期間が長く、弁護団によると毎年500~600人規模で患者が増えている。裁判を起こしたのは氷山の一角にすぎないという。 石綿工場で働いた人の被害救済を巡っては、最高裁が国の責任を認めた14年の「泉南アスベスト訴訟」判決がある。判決を踏まえて厚生労働省は工場労働者側が提訴し、一定の条件を満たせば和解に応じて賠償金を支払う方針を示した。 一方、建設現場での石綿被害に関しては、国は作業環境などが異なるとして「別問題だ」と争い続けてきた。今回の最高裁決定は、被害実態に即した幅広い救済への転換を国に促したと言える。被害者は高齢化しており、裁判をせずに迅速な救済を受けられるよう補償基金制度の創設を急ぐべきだ。 一連の訴訟は、国がいつから規制権限を適切に行使すべきだったか、「一人親方」と呼ばれる個人事業主を救済対象とするか、石綿を含む建材を流通させたメーカーが賠償義務を負うかが争点となっている。 18年3月の二審東京高裁判決は「遅くとも1975年10月には防じんマスク着用を雇用主に義務付け、現場に警告表示をするべきだった」とし、規制権限を行使しなかった国の対応を違法とした。一人親方について国は労働安全衛生法で保護される「労働者」に当たらないと主張したが、判決は「建設現場で重要な地位を占めている社会的事実を考慮すれば、保護の対象になる」と判断した。 一方、判決はメーカー側への請求は退けた。最高裁はこの判断に対し、双方の意見を聴く弁論を開くことを決めた。判断を見直し、救済範囲が広がる可能性がある。最高裁では計5訴訟が審理中だが、国はこれ以上無用な争いを続けてはならない。「命があるうちに解決を」と訴える被害者に誠実に対応するのが責務だ。
政府は、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」計画断念を受けた代替策として、イージス艦2隻の新造を含むミサイル防衛に関する文書を閣議決定した。 相手領域内で日本を狙うミサイルを阻止する「敵基地攻撃能力」保有の明記は見送った。この能力の保有には公明党が慎重姿勢を崩していない。次期衆院選への影響を心配する菅義偉首相が配慮して、難題を棚上げしたにすぎない。 一方、文書では陸上自衛隊の12式地対艦誘導弾の飛距離を延ばし、敵の射程圏外から攻撃できる「スタンド・オフ・ミサイル」として開発する方針を盛り込んだ。敵基地攻撃に転用可能なミサイル開発である。 憲法に基づく防衛戦略「専守防衛」の理念を逸脱する懸念がある敵基地攻撃能力保有の議論を先送りしながら、実態としてはその能力を保有しようとするような動きだ。なし崩し的な政策の転換は許されず、国民への丁寧な説明と国会での徹底した議論が不可欠だ。 文書では、新たに導入する2隻を「イージス・システム搭載艦」と記載し、海上自衛隊が運用を担うと明記している。 地上イージスの計画断念を受けて問題となったのが、地上イージス用に1700億円超で米側と契約したレーダーなどの扱いだ。契約破棄して多額の違約金を要求され、配備失敗の責任を追及されるのを恐れた防衛省が、レーダーの海上への転用に固執したようだ。 2隻に付け加える機能や設計上の工夫といった詳細は今後検討するという。政府は経費総額も示さず、全容が見えない。洋上での維持管理費は割高で、経費が膨らむ懸念は強い。専門家は「地上装備の海上転用は技術的問題が生じる可能性がある」とも指摘している。検討に十分な時間をかけず、場当たり的に対応した側面は否めない。 新たなスタンド・オフ・ミサイルの開発で、政府は射程を現行の百数十キロから約900キロに延ばす。使途は離島防衛で、自衛官の安全を確保しつつ、日本への侵攻を試みる艦艇を効果的に阻止するために必要だと説明している。「敵基地攻撃を目的としたものではない」との見解を政府は重ねて示す。 だが、地上や戦闘機、護衛艦といった「多様なプラットフォーム」から発射できるため、運用次第では一部のアジア近隣諸国の領土に届く可能性がある。政府がいくら「目的としていない」と強調しても、いずれ敵基地攻撃に転用されるのではないかという疑念は拭えない。 地上イージスの山口、秋田両県への配備断念を契機に、半年余りの検討でミサイル防衛の対処方針が示された。安全保障政策の転換点といえるが、菅政権下で熟議されたとは言い難い。専守防衛の理念を逸脱しない防衛政策を抜本的に議論し、外交努力に全力を注ぐ姿勢を国内外に示さなければならない。
大手電力でつくる電気事業連合会は、青森県むつ市の使用済み核燃料の中間貯蔵施設について、原発を持つ電力各社で共同利用することを検討する考えを示した。 使用済み核燃料は、全国の原発でたまり続けており、一時保管する新たな貯蔵施設の確保に向けた動きが広がっている。しかし、核燃料を再利用する国の政策は行き詰まっており、保管先を確保しても根本的な解決にはつながらない。今回の貯蔵施設共用案も原発の運転を続けるための場当たり的な対策でしかなく、到底容認できない。 青森の中間貯蔵施設は、東京電力ホールディングスと日本原子力発電の使用済み核燃料の受け入れを前提に建設された。電事連が今回の案を示した背景には、多くの原発を持つ関西電力が、運転40年超の原発を再稼働する条件として地元の福井県から使用済み核燃料の県外搬出を求められていることがある。 共同利用の案について、電事連の清水成信副会長は青森県を訪れて説明したが、三村申吾知事は「県にとって全くの新しい話で、聞き置くだけにする」と述べるにとどめた。むつ市の宮下宗一郎市長は「核のごみ捨て場ではない」と強い不快感を示している。 県内には、六ケ所村の日本原燃使用済み核燃料再処理工場など、核燃料サイクル関連の施設が集中している。既に全国から大量の使用済み核燃料が運ばれており、これ以上の負担に強い抵抗感があるのは当然だ。 電事連は、今回の貯蔵施設共用案を「電力業界全体の連携」と強調するが、電力の一大消費地を抱える関電の救済策という側面が色濃い。管内で貯蔵施設を確保するのが難しいからといって、関電が遠く青森へ搬出することに地元の理解を得るのは難航必至だろう。 使用済み核燃料を着実に活用するという姿勢を示すため、電事連は、取り出したプルトニウムとウランの混合酸化物(MOX)燃料を使うプルサーマル発電を「2030年度までに少なくとも12基」とする目標も新たに示した。従来の「16~18基」から下方修正したものの、現状に照らせば高い水準といえる。 プルサーマル発電を実施しているのは、四国電力伊方原発3号機など4基にとどまる。プルサーマルはかねて安全性への懸念が指摘されているほか、使用済みMOX燃料の取り扱いも決まっていない。新たな導入のハードルが高いのは明らかだ。 核兵器の材料にもなるプルトニウムを無計画に増やすことはできない。国の原子力委員会はプルサーマルで消費できる量だけ再処理で取り出す方針を示している。12基の目標を達成できたとしても、プルトニウムの消費量は限られる。 これでは再処理されない使用済み核燃料が貯蔵施設に長く留め置かれることになる。国には再処理ありきの政策を抜本的に見直すよう改めて求める。
経済産業省が国内で販売する新車について、2030年代半ばにガソリン車をゼロにし、全て電気自動車(EV)やエンジンと電気モーターを組み合わせたハイブリッド車(HV)などの電動車にする目標を設ける方向で調整している。年内に計画をまとめる。 政府は50年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の実現を打ち出した。自動車が排出する二酸化炭素(CO2)は18年度で日本全体の16%を占めており、脱ガソリン車への移行は不可欠だ。地球温暖化防止のため世界各国では既に、ガソリン車を制限する動きが急速に広がっている。自動車産業は日本の基幹産業の一つでもある。世界の流れに遅れないよう脱ガソリン車の動きを加速させる必要がある。 世界ではガソリン車の新規販売が英国では30年までに、米カリフォルニア州では35年までに禁止される。中国でも35年までに一般的なガソリン車の販売ができなくなる見込み。英国では35年にHVの新規販売も禁止されるなど、EVへのシフトが強まっている。 一方、経産省は電動車としてEV、HV、家庭用電源で充電できるプラグインハイブリッド車(PHV)、水素で走る燃料電池車(FCV)を想定。国内で昨年販売された電動車は、乗用車市場全体の約3割でほとんどがHV。EVは1%にも満たない。 日本のメーカーはHVを得意とする半面、EVの取り組みは出遅れている。HVは燃費は良くてもガソリンを使うためCO2を排出する。HVを規制する世界の動向も意識し、競争力強化へEVなどの商品拡充といった対応を急がねばならない。EVは発電やバッテリー製造時のCO2を含めると、必ずしもガソリン車より環境に優しいというわけではないとの議論もある。技術革新は欠かせない。 政府は今月決定した成長戦略の実行計画に、電動車の普及や搭載する蓄電池の競争力強化に向け政策を総動員することを盛り込んだ。電動車の普及には価格面やインフラ面での課題がある。ガソリン車に比べ価格が割高で、厳しい財政の中、減税のような後押しする政策が求められよう。充電スタンドなどの整備も不可欠だ。 電動車の電源供給が化石燃料から発電した電気ではCO2の削減にはならない。18年度の発電量実績で約17%にすぎない太陽光や水力、風力といった再生可能エネルギーの割合を引き上げることが必要だ。 自動車産業は完成車メーカーのほか裾野が広く、関連の就業人口は推計約546万人で日本の全就業人口の8%を占める。電動車への転換で部品メーカーやガソリンスタンドなどは変革が迫られるだろう。地域経済や雇用への影響が懸念される。自動車産業の次世代化の大波を官民が連携して乗り越えなければならない。
神奈川県座間市のアパートで2017年、男女9人の切断遺体が見つかった事件で、東京地裁立川支部は、強盗強制性交殺人などの罪に問われた無職白石隆浩被告に求刑通り死刑判決を言い渡した。 会員制交流サイト(SNS)に自殺願望を書き込むなどした15~26歳を相次いで殺害、遺体を解体し遺棄する凄惨(せいさん)な事件。「死にたい」などの言葉とは裏腹に被害者は夢を抱き、前を向いて生きようとしていた。本人はもとより、家族や友人らの無念さは察するに余りある。 白石被告は「所持金や乱暴目的」とし、起訴内容を認めた。しかし、動機や被告の内面は十分に解明されていないままだ。事件は社会に大きな衝撃を与えたが、SNSに潜む闇は今もそこにある。再発防止に向け、社会全体で実効性のある対策を推し進めなければならない。 判決によると、白石被告は座間市の自宅アパートで17年8月下旬~10月下旬、女性8人に性的暴行した上、男性1人を加えた9人の首を絞めて殺害し、現金数百~数万円を奪った。被告は「悩みがある人の方が操作しやすい」と考え、自身も自殺願望があるよう装ったという。 裁判の最大の争点は、被害者が殺害を承諾していたかどうかだった。証拠はツイッターのやりとりや被告の供述だけ。検察側は「承諾はなく、単なる殺人だ」と指摘。被告も「承諾はなかった」と供述した。一方、弁護側は殺人罪より法定刑の軽い承諾殺人罪の成立を主張。被告と弁護側の主張が食い違う異例の展開となった。 判決は、被告の供述について変遷があるとしながらも信用性を認めた。さらにツイッターなどの客観証拠に照らし、被害者に自殺の意図があったとしても殺害の態様は想定とかけ離れていたとして、殺害の承諾はなかったと認定。被告の刑事責任能力も認めた。 ただ、事件には不可解な点が残る。動機は被告の供述通り金銭や性欲目的と認定されたが、9人を殺害し解体した行為との隔たりは大きい。被告は裁判を早く終わらせたいとして控訴しない意向だが、まず心の闇を明らかにすべきだ。 事件を受け、政府は民間団体と連携しネットパトロールやSNS相談を強化している。しかし、生きづらさを抱えて書き込む人の心理を悪用した犯罪は後を絶たない。特に若者は、匿名で利用できるSNSが日常からの「避難先」になっており、トラブルに巻き込まれやすい。自殺や犯罪被害を防ぐため、「通信の秘密」と情報開示の兼ね合いについて議論を深める必要があろう。SNSの危険な一面を伝える教育も重要だ。 新型コロナウイルス禍で自殺者が増えている。SOSに応じる相談窓口の充実と周知も急務だ。「助けて」と声を上げやすい環境をつくるとともに、居場所の確保といった具体的支援につなげなければならない。
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