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http://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/index.shtml
阪神・淡路大震災はきのう、発生から丸26年を迎えた。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言のさなか、市民団体などが開く追悼行事は昨年より3割減った。 地震発生時刻の午前5時46分を中心に例年5万人が訪れる神戸・東遊園地の「1・17のつどい」は、灯籠の点灯を半日早めて分散来場を呼びかけ、会場の様子をリアルタイムで伝えるオンライン集会も試みた。 それでも会場に足を運び、祈りをささげる人の波は途切れなかった。 恒例の炊き出しを中止したり、ウェブ方式に切り替えたりして開催にこぎつけた地域や団体も多かった。 何年たっても、「1・17」の祈りは被災地にとって大切な営みであると再確認することができた。同時に、ひとたび中断してしまうと関心が薄れ、再開や継続が難しくなるという危機感もあっただろう。 コロナ禍でも、遺族や被災者の痛みに思いを寄せ、震災の経験を伝える取り組みを諦めない。これが27年目に入った阪神・淡路からの揺るぎないメッセージとなった。 全国には、今まさに自然災害の痛みに苦しむ被災地がある。昨年7月の記録的豪雨から半年を経た熊本県内では仮設住宅への入居が進む一方で、傷んだ自宅で暮らす「在宅避難」が約2600世帯に上っている。 公的支援制度のすき間で、困窮や孤独に悩む被災者も増えてくる。一人一人のニーズに寄り添う、多様な支援が求められる段階だ。 だが、感染防止を理由に各地のボランティアセンターが募集を県内に限定したこともあり、支援が十分に届いていない。感染対策をサポートするなどして、県外のボランティアや支援団体が現地入りをためらう状況を打開する必要がある。 その分、大きな役割を担ったのが地元の高校生や大学生らだ。感染対策を施しながら続ける訪問活動や交流の場づくりは被災者の励みになっている。被災地内外の支援団体とも連携し、情報発信にも努める。 離れていてもできることはある。現地の学生ボランティアの活動費などを支援する兵庫発のクラウドファンディングには、全国から目標額を大きく超える寄付が集まった。 南海トラフ巨大地震では被災地が広範囲に及び、外からの支援は期待しにくい。支援の担い手を地域で育て、広げる取り組みが欠かせない。 感染症の拡大は全ての人を苦しめる。だからこそ多様な担い手が知恵を絞り、つながり合って、「最後の一人まで」諦めない支援のあり方を考えたい。目の前で困っている人のためにできることを自分で考え、行動する。阪神・淡路で育まれたボランティアの原点に立ち返る時だ。
新型コロナウイルスの感染が爆発的な拡大を見せる中、阪神・淡路大震災の被災地はきょう、震災から26年の時を刻む。 兵庫県にも緊急事態宣言が再発令され、追悼行事が相次ぎ中止や縮小を余儀なくされている。コロナ禍は「1・17」の風景を一変させた。 自然災害なら救援者やボランティアが駆け付ける。人と人のつながりが、再生や復興の原動力になる。 その人のつながりを、ウイルスは無情に断ち切る。むしろ人とあまり接触しないことを求められる。 命を託す医療は崩壊の瀬戸際だ。国ぐるみで安全と安心を脅かされる状況は、経験したことのない「大災害」と捉えるべきだろう。 試練の中で、私たちは助け合い、支え合う、新たな「共助のかたち」を見いだしていかねばならない。 ◇ 6434人。26年前の震災で亡くなった犠牲者の数である。昨年10月、宝塚市が新たに1人を関連死と認定した。16年ぶりに統計が修正されれば「6435人」となる。 東日本大震災の発生まで、阪神・淡路が戦後最多の死者を出した地震災害だった。亡くなった人の約5割を60歳以上の世代が占める。大半が建物倒壊などによる圧迫死で、津波の犠牲が9割を占める東日本大震災とは様相が異なる。 とはいえ、どちらも高齢者の犠牲が最も多かった災害であったことは、改めて銘記したい。 近年相次ぐ記録的な豪雨でも、まず危険にさらされるのは、自力避難が困難な人たちである。高齢者らの命守れ 災害対策では、高齢者や体の不自由な人など「要援護者」をいかに守るかが大きな課題とされる。 同じようなことが、新型コロナの感染症にも当てはまる。 重症化や死亡のリスクは、年齢が上がるほど際だって高まる。国内での感染確認以来、この1年の累計で死者は4千人を突破した。そのほとんどが、60歳以上の人たちだ。 糖尿病や呼吸器疾患など既往症のある人も、症状の悪化で命の危険にさらされる恐れがある。大半が無症状か軽症にとどまる若年層とは危険のレベルが桁違いなのである。 災害と同様、まず高齢者と既往症のある人を守らねばならない。 厄介なことに新型コロナは症状が現れない段階でも感染力がある。若い人が知らずに年長者へとウイルスを広げる懸念が指摘されている。 自然災害では、若い人がボランティアなど救援活動の大きな力だ。その若者との接触が、今は逆に高齢者らの危機を招きかねない。 ドイツのメルケル首相が「大切な人を守って」「祖父母と会う最後のクリスマスにならないよう」と何度も呼び掛けたのはそのためだった。 コロナ禍は超高齢化社会の急所を突く。それだけでなく、人の心に世代間を引き裂く暗い影を落とす。 住民が力を合わせて負傷者を救出し、ぬくもりを実感した26年前とは対照的なありようと言える。「市民力」が必要に 災害の段階を時間のサイクルで捉える考え方がある。「発災」から「超急性期」「急性期」「亜急性期」を経て「慢性期」に移行し、復興の終了で「平穏期」を迎える。 通常「超急性期」は2、3日程度、「急性期」「亜急性期」は2、3週間とされる。今は想定を超えて「急性期」から「超急性期」へと逆戻りしている状況と言えそうだ。 県災害医療センターの中山伸一センター長は「県内でも医療の需要が供給を上回り、まさに『災害』だ」と指摘する。医療崩壊を回避し、「超急性期」を乗り切るため、みんなで耐え忍ぶ時期と受け止めたい。 都市が破壊される自然災害と違って、コロナ禍ではインフラ機能は何とか維持されている。むしろ経済活動の落ち込みによる生活苦や、社会的孤立の影響が心配されている。 困窮者を支え、共に生きる。感染が下火になれば必ず「市民力」が必要とされる時期が来る。「最後の一人まで」の理念を生んだ阪神・淡路の経験の実践を生かす時である。 この状況下でも県内では、食料をひとり親世帯に配るなどの動きが芽生えている。支援の現場では医療知識が不可欠な場合もあるだろう。 市民による新たな「共助」の展開を支えるのが、国や自治体による「公助」の役割だ。コロナ禍では医療と予防策を公助で強固にする責務がある。自然災害と同様に、感染症という災害へも備えを求められながらなおざりにしてきた。同じ失態を、政府は繰り返してはならない。
吉川貴盛元農相が、鶏卵生産大手「アキタフーズ」(広島県福山市)グループの秋田善祺元代表から現金を受け取ったとされる事件で、東京地検特捜部などは収賄罪で吉川元農相を、贈賄罪などで秋田元代表をいずれも在宅起訴した。 安倍政権時代から、「政治とカネ」に関する自民党内の疑惑が絶えない。カジノ誘致に絡む秋元司衆院議員の収賄事件、河井克行元法相夫妻の公選法違反事件があり、「桜を見る会」前夜祭の費用補填(ほてん)問題では、不起訴になったものの安倍晋三前首相が虚偽の国会答弁を認めた。 「安倍1強」が招いた政治の劣化は目を覆うばかりだ。国民は不信を募らせている。公判で事実を徹底究明するとともに、菅政権は具体的な方策を講じなければならない。 起訴状によると吉川元農相は、家畜を快適な環境で育てる国際基準への反対意見取りまとめなど、業界への便宜を図ってもらいたいとの趣旨を知りながら、在任中の2018年から翌年にかけて元代表から現金計500万円を受け取ったとされる。 特捜部による任意の事情聴取で「大臣の就任祝いだと思った」と説明していたが、職務に関する賄賂と判断された。 現金は大臣室でも受け取っていたという。信じがたい行為である。職務権限が伴わないとして立件が見送られた授受も計1300万円あったとされる。閣僚は業界の利益代表ではなく国民への奉仕者であるとの意識を欠いている。 一方、秋田元代表は今回、吉川元農相や河井元法相の政治資金パーティー券の購入者を偽装したとして、政治資金規正法違反罪でも在宅起訴された。「政治とカネ」を巡る闇はどこまで広がっているのか、改めて驚き、怒りをおぼえる。 看過できないのは、元農相が説明責任を全く果たしていない点だ。心臓病で入院し、体調不良を理由に昨年12月に衆院議員を辞職したが、事実上の引責とみられる。捜査などの追及や逮捕を逃れるための疑惑隠しとの批判もある。 菅義偉首相も道義的責任は免れない。元農相の現金授受があった安倍政権時代に官房長官を務めていたからだ。自民党総裁選では菅陣営の選対幹部でもあった。首相として閣僚の綱紀粛正に努めるだけでなく、党総裁としてクリーンな政治のあり方を模索せねばならない。 週明けには通常国会が始まる。野党は吉川元農相の国会招致を求めるとしている。元農相の健康状態を厳しく見極めた上で、与党は証人喚問の要求に応じるべきだ。国民の抱く疑惑を解明するのは国政調査権を持つ国会の責務である。
今年も入試シーズンが本格化する。16、17の両日には、大学入試センター試験の後継となる第1回大学入学共通テストが行われる。全国で約53万5千人、兵庫県内では2万4千人が臨む予定だ。 新型コロナの感染拡大で、首都圏に続き兵庫を含む7府県に2度目の緊急事態宣言が発令された。政府の対応は後手に回っており、ただでさえ不安な受験生や保護者らが一層心配になるのは当然である。 試験会場となる大学はもちろん、公共交通機関や宿泊施設などにも感染防止策の徹底ときめ細かな対応が求められる。 高校や私立中学などの入試ももうすぐ始まる。県境を越えて移動する受験生も多いだろう。これまでにない異例ずくめの「関門」に挑む生徒たちへの配慮が欠かせない。 社会全体で支える姿勢が必要だ。何より受験生には、これまで通り体調管理に努め、持てる力を本番で発揮してもらいたい。 今回の共通テストはコロナ対策の一環で追試を受けやすい仕組みになっている。 試験当日でも追試の申請ができる。コロナ感染の有無が分からない場合でも、体調に不安があれば無理をせず試験会場の大学に連絡してほしい。自分自身だけでなく、周りの受験生を守るためでもある。 万が一、会場に着いてからせきやのどの痛み、下痢などの症状が出たら、医師が別室受験か追試かを判断する。16、17日の追試は、30、31日に予定されている。 2月から順次始まる私立大入試や国公立大の2次試験では、感染拡大の状況次第で延期したり、試験そのものを中止したりするケースが出てきそうだ。 現時点で多くの大学は「変更があれば随時発表する」との表現にとどまるが、できるだけ早めに受験生に知らせるのが望ましい。大学側は対応窓口を拡充するなど、例年以上に丁寧な告知に努めてほしい。 今の高校3年生は、コロナ禍の前から入試改革に翻弄(ほんろう)されてきた。 共通テストは当初、英語の民間試験活用や、国語と数学の記述式問題導入が予定されていた。これらは政治主導の改革の目玉だったが、制度設計のずさんさから実施1年前の一昨年12月に中止が決まった。 文部科学省は英語試験や記述式のあり方について専門家による議論を続けている。再び混乱を招くような事態は許されない。教育現場の声にしっかり向き合うべきだ。 今年の入試終了後には、速やかに課題を洗い出す必要がある。公正で安全な入試の実施に向けて、改善の取り組みを進めねばならない。
政府が、兵庫、大阪、京都など全国7府県に、新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言を再発令した。先週発令された首都圏4都県に続く措置で、期間は同じ2月7日までである。関西、東海圏を含めた三大都市圏を中心に対策を強化し、感染を抑えたい考えだ。 兵庫の医療現場からは悲鳴が聞こえる。井戸敏三知事は「危機的な状況」と強い懸念を示した。 このままではコロナ以外の疾病も、必要なときに必要な医療が受けられなくなる。兵庫の医療も崩壊の瀬戸際にあるといっていい。 もはや一刻の猶予もない。いのちを守るため県と各市町、政府が連携しスピード感を持って対応せねばならない。私たちも自らの生活と意識を見直して感染防止を徹底しよう。 ◇ 県内では1月に入って感染者が急増している。9日には初めて300人を突破し、きのうも過去3番目に多い285人を数えた。最新の入院病床使用率は77・5%、うち重症向けは60・3%にも上る。 中でも神戸市は病床全体、重症向けとも90%前後に達している。県内のコロナ患者治療の中核となる市立医療センター中央市民病院(神戸市中央区)のコロナ病床はほとんど余裕がなく、綱渡り状態という。 救急受け入れも難航 看過できないのが、入院先や療養先が決まらず自宅などで待機中の患者が県内で約400人にも達する点だ。入院先の調整が追いつかないのが主因だが、適切な医療を受ける前に容体が急変しかねない。 広島市では昨年12月、60代の男性が待機中に自宅で亡くなった。待機者へのフォローは急務だ。 県内では救急患者の受け入れ先がなかなか決まらない例も出ている。あらゆる疾病治療にコロナが影を落とし始めている。 県は入院病床を50床程度増やし、800床程度の整備を目指すとしている。病床だけでなく、医療人材や治療機器も並行して確保しなければならない。民間医療機関も積極的に協力してほしい。 宣言発令に伴い、県は県内全域の飲食店に午後8時までの営業時間短縮を要請した。知事が当初、「地域限定になる」と述べていたのは、感染者が多い都市部に絞った要請を想定したのだろう。 しかしここにきて但馬や丹波、淡路など県内全域で感染拡大が見られ、やむを得ない判断といえる。 さらに先行4都県と同様、午後8時以降の外出自粛の徹底、テレワーク推進による出勤者数の7割削減、イベントの人数制限を打ち出した。 兵庫県は昨年11月時点でテレワークに取り組む人が2割に満たないとの調査結果もある。7割削減との開きはあまりに大きい。導入していない事業所への支援が不可欠だ。 「災害」の危機感高め 緊急事態宣言から1週間となる首都圏4都県では、人出が前回の宣言時ほど減っていない。政府は昼間の外食や不要不急の外出についても自粛するよう呼び掛け始めた。 政府の求める「午後8時以降の外出自粛」が「午後8時までならOK」と受け取られ、社会全体に感染拡大への危機感が薄らいでいる。菅義偉首相が7日の段階で「(大阪は)緊急事態を再発令する状況にない」と発言するなど、政府の対応が後手後手に回ったことが社会全体の油断を招いたといえる。 今回の緊急事態では社会活動への影響を考慮し、前回よりも制限は緩くなっている。しかしそのことが決して「現状維持」を意味するわけではないことを、政府は明確に発信しなければならない。 東京などでは、重症患者の治療の優先順位を付けざるを得ない状況も生じているという。保健所の人員も逼迫(ひっぱく)し、各地の濃厚接触者への調査を縮小する動きも出ている。 感染経路を追い切れず濃厚接触者のPCR検査などが徹底できなければ、感染爆発が各地で同時多発する最悪の事態も現実味を帯びる。 県災害医療センター(神戸市中央区)の中山伸一センター長は「医療の需要と医療資源のバランスが崩れており、今の感染状況はまさに『災害』だ」と訴える。 だが専門的な人材などには限りがあり、医療体制の強化が直ちにできるわけではない。今、なすべきは感染者を増やさないことだ。 社会全体でもう一度、気持ちを引き締めて日々の行動パターンを見直さなければ、地域医療は崩壊する。一人一人がウイルスと対峙(たいじ)しているのだと、自覚しなければならない。
政権交代を間近に控えた米国が前代未聞の混乱に陥っている。 トランプ大統領の支持者らが連邦議会議事堂を襲撃し、警察官を含む5人の死者が出た事件は、世界のリーダーを自認してきた超大国の権威を失墜させた。 反乱を扇動したとして、トランプ氏の辞任を求める声が身内の共和党からも上がっている。側近が相次ぎ辞めた。民主党は刑事事件の起訴に相当する弾劾訴追の決議案を下院に提出した。 米史上初めて大統領が2度目の弾劾訴追を受ける可能性が出てきた。ウクライナ疑惑を巡ってトランプ氏が弾劾裁判にかけられたのは、ほんの1年足らず前のことである。 現職の大統領が選挙の結果を認めないばかりか、「弱さで国は取り戻せない」と議会への抗議をけしかけた。重大な結果を招いたトランプ氏の責任は極めて重い。もはや犯罪的ですらある。 議事堂が不法占拠された「1・6(1月6日)」は間違いなく米国にとっての汚点となる。だが同時に、民主主義に対する警鐘とも受け取れないか。 暴徒には白人男性が目立った。極右集団や「Qアノン」と呼ばれる陰謀論者の姿もあった。こうした人たちの多くは既成の政治家やメディアを敵視し、自分のために政治をしてくれていると映るトランプ氏を守ろうと考えたのだろう。 エスタブリッシュメント(既得権益層)への反発が強まっているのは米国に限らない。既存の政党が民意を取りこぼし、経済格差が深刻化する状況が背景にある。 手をこまねいていれば、人々の不満を刺激して対立をあおり、自らの求心力に利用しようとする政治家の出現を許してしまう。 社会の分断が暴力となって民主主義そのものに向かったことを、日本をはじめ自由と人権を重んじる国々は深刻に受け止めねばならない。 襲撃事件への批判を受け、トランプ氏は事実上の敗北宣言に追い込まれた。しかし、20日の就任式は欠席する意向を示した。 バイデン次期大統領に正統性はないと受け取るトランプ支持者は少なくないだろう。さらなる暴力を誘発しかねず、危険である。トランプ氏と共和党は平和的な政権移行に責任を果たすべきだ。 民主党はジョージア州の上院選決選投票で2議席を制し、上院でも多数派となった。だが強引な議会運営をすれば国内の亀裂は深まる。自制が求められる。 バイデン政権が目指す国民融和には民主、共和両党の協力が欠かせない。その第一歩が就任式となる。
若い世代や困っている女性たちの切実な声に、政治が背を向けたことになる。失望を禁じ得ない。 2021年度から5年間の女性政策をまとめた「第5次男女共同参画基本計画」が、昨年末の閣議で決まった。 最大の焦点となった選択的夫婦別姓は、導入に向けて前向きな表現が当初案に盛り込まれたが、「夫婦別姓」の文言そのものが削られた。大きな後退である。 自民党内の反対派が別姓を巡る記述に猛反発したためだ。 当初案は結婚前の名字を引き続き使えないことで実際に困っている国民の声を紹介し、「政府も必要な対応を進める」と記していた。現在の第4次計画より踏み込んだ内容で、議論の前進が期待された。 ところが、反対派は「家族の絆が弱まる」「子どもがかわいそう」などと主張した。同姓でないと幸せになれないと言っているに等しく、一面的で理解に苦しむ。家族観はもっと多様であるはずだ。 夫婦同姓を法律で義務付ける日本では、妻が夫の姓に変えるケースが圧倒的で全体の96%に上る。改姓に肯定的な人がいる一方、女性を中心に、仕事の支障になるなどの理由で姓を変えたくない人がいるのも当然だろう。 時代を経て国民の意識も変わった。夫婦別姓を容認する人は今や多数となった。10~30代でその傾向はより顕著だ。最高裁も国会での議論を強く促してきた。 政治は社会の変化を直視せねばならない。少子化が進む中、これから家族をつくる若者たちの意見に耳を傾けるべきだ。 自民党内でも賛成派が勉強会を開き、若手議員からは「困っている人の問題を解決すべきだ」との声が上がった。賛否が割れているからこそ丁寧な議論を続ける必要がある。 ここでも問われるのは菅義偉首相のリーダーシップだ。 かつて首相は夫婦別姓を推進する立場で活動してきた。昨年11月の参院予算委員会でその点を指摘され、「政治家として申し上げてきたことには責任がある」と答えた。 にもかかわらず、静観を決め込むのはなぜか。責任の果たし方を、女性や若者たちが見つめている。 第5次男女共同参画基本計画は、政治家や管理職の女性割合について「2020年代の可能な限り早期に30%程度」と、従来の目標を先送りし、明確な年限を設けなかった。ここでも消極姿勢が目立つ。 性別による不平等を解消し、個性を生かせる社会を築くには、不断の努力が要る。政治による後退や怠慢は許されない。
きょうは「成人の日」だ。例年なら兵庫県内でも各地で成人式が開かれ、大人の仲間入りを祝福する。「晴れの日」を保護者ら周囲の大人も心待ちにしていたに違いない。 しかし、新型コロナウイルスが猛威を振るい、政府が緊急事態宣言を再発令した状況下の今年は、いつもと様相が一変した。 但馬や丹波、淡路などで多くの市町が式典延期を決めた。帰省する若者からの感染拡大を回避するためという。首都圏などの爆発的な感染が地方に影を落としている。 県が緊急事態宣言の発令を要請したため、神戸市も延期に踏み切った。阪神、播磨地域ではきょうの開催が大半だが、時間や会場を分散するなどの対策を講じる。既に開催した市町も記念行事を取りやめるなど簡素な会場風景となった。 「自分たちの年になぜこのような災厄が」とやるせなさを募らせる新成年は少なくないだろう。 「巡り合わせが悪かった」と割り切れるものでもない。不条理さと無情なウイルスへの憤り…。 その胸の内は痛いほど分かる。 ただでさえ、コロナ禍で若年層への風当たりは強い。感染しても多くが無症状で、知らずにうつしてしまう可能性があるからだ。高齢者がかかれば重症化のリスクが高い。 全てが若者のせいではない。だが外で元気に活動する半面、そうした懸念が指摘されるのも事実だ。 ドイツのメルケル首相は昨年12月の演説で「祖父母と過ごす最後のクリスマスになってはならない」と若い人に懸命に呼び掛けた。 人類全体がウイルスと向き合っていることを、共に肝に銘じたい。 一方、若い世代はコロナ禍でしわ寄せも受けている。保護者の収入が減り、飲食店のアルバイトで学費などを捻出する大学生は、営業時間短縮でより困窮する恐れがある。 事実、昨年の民間団体の調査では、4人に1人が「退学を考えたことがある」と答えていた。だが政府の学生に対する現金給付は対象が限られ、支援は十分とはいえない。 大学生の就職内定率も、業績が悪化した企業が新卒採用数を絞ったことで、リーマン・ショック以来の落ち込みを見せる。若い世代は新型コロナの被害者でもある。 政府や行政、企業のかじ取りを担うのは年長者だ。若い世代が将来に希望を持てるような努力を怠ってはいないか、きょうは大人たちに責任の自覚と猛省を促す日でもある。 どんな困難に遭っても幸福になることをあきらめない。哲学者池田晶子さんのその言葉を誰もが実感できる世の中にしたい。それには若い人たちの力が、絶対に欠かせない。
戦後最悪とされる日韓関係に新たな難題が持ち上がった。 旧日本軍の元従軍慰安婦の女性ら12人が損害賠償を求めた訴訟で、韓国のソウル中央地裁が日本政府に賠償金の支払いを命じる判決を出したのである。 国際法上、国家には他国の裁判権に服さない「主権免除の原則」があるとされる。互いの平等と主権を尊重するためだ。 しかし地裁はその原則を適用せず、日本政府に責任があると断じた。判決の仮執行を認めており、韓国内の日本政府資産の差し押さえも可能となる。 日本政府は「断じて受け入れることはできない」(菅義偉首相)と反発する。前例のない司法判断に対し「国際法違反の是正」を強く求める方針だ。 国際的な議論を呼ぶ可能性もあり、妥当な対応だろう。 ただ、元慰安婦の救済を巡る議論は、朝鮮半島の植民地統治時代に根ざす歴史的な問題である。過去何度も解決の努力がなされたが暗礁に乗り上げた。 大きな壁になってきたのが韓国内の反対運動だった。 「最終的な解決」を確認した2015年の日韓合意も批判にさらされ、合意無効化を掲げた文在寅(ムンジェイン)大統領の就任で事実上、骨抜きにされた経緯がある。 一方、日本でも政治家が慰安婦動員の強制性を否定する発言を繰り返すなど、水を差す言動が絶えなかった。こじれた責任は双方にあると言える。 真の解決には粘り強く対話を継続する努力が欠かせない。 とはいえ今回の判決が確定すれば、原告が日本政府資産の差し押さえに動く可能性がある。そうなれば日本の国民感情を刺激して、合意と和解がいっそう遠のく恐れがある。 ただでさえ日韓は元徴用工への賠償を巡る問題でも溝を深めている。日本は「1965年の日韓請求権協定で解決済み」との立場だが、関連する他の慰安婦訴訟の判決次第では対立がより先鋭化しかねない。 事態を好転させるには、韓国政府が被害者の救済に自ら尽力すべきだ。日本政府は韓国と共に解決する姿勢を明確にし、協力や支援の具体策を検討する責任がある。もつれた糸をほぐす努力は、両国の政治家が未来に対して負う共同責任である。
中国はどこまで強硬姿勢をエスカレートさせるのか。まったく容認できない事態である。 香港警察は、立法会(議会)の元議員ら民主派53人を一斉に逮捕した。香港国家安全維持法に違反した疑いという。かつてない規模の摘発で、現地で活動する米国人弁護士も含まれる。 驚くのは逮捕理由だ。 元議員らは昨年9月に予定されていた立法会選挙に向け、同年7月、民主派の候補者を絞り込む予備選挙を行った。立法会の過半数を獲得して予算案を否決し、行政長官を辞任に追い込む狙いだった。 こうした政治活動がすべて「国家政権転覆罪」の容疑に当たるという。米国人弁護士に至っては、予備選挙の実務を担った団体で会計を担当していたにすぎない。戦慄(せんりつ)すら覚える暴挙である。 「一国二制度」により、香港には高度な自治や司法の独立が約束されているはずだ。 ところが、習近平指導部はこの国際公約を完全に破り捨てた。一層鮮明になったのは、反対派の存在すら許さないという姿勢である。 民主主義や言論の自由を真っ向から否定し続ける中国に対して、改めて強く抗議する。 デモを力ずくで抑える、活動家を収監する、議員資格を〓(U+525D)奪する-。昨年6月に香港国家安全維持法が成立して以来、中国は民主派を容赦なく弾圧してきた。 今回、さらにアクセルを踏み込んで元議員らの大量摘発に動いたのは、今年9月に立法会選挙を控えているためだ。 新型コロナウイルスの感染拡大を理由に、選挙は1年延期された。今のうちに民主派の芽を徹底して摘もうとする意図がうかがえる。昨年の民主派予備選には51人が参加したが、別の事件で収監中か海外亡命中の4人を除いて全員がこのたび逮捕されたもようだ。 コロナ禍やバイデン次期大統領への政権交代を巡って混乱する米国の隙を突いたとの見方もある。 ポンペオ米国務長官は自国民の逮捕を受け、制裁措置を検討する考えを示した。中国は「香港への干渉には断固反対する」と非難している。 国際社会の批判に耳を貸さない中国との向き合い方は確かに難しい。しかし超大国同士が角を突き合わせれば、緊張は高まるばかりだ。多国間連携による働きかけを一層強める方向へ、米国はリーダーシップを発揮する必要がある。 日本政府が静観しているように映るのは残念だ。民主主義の隣国として言うべきことを言う。そこから始めねばならない。
政府は、新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言を再発令した。期間は2月7日までの1カ月である。 対象となる東京、神奈川、千葉、埼玉の首都圏1都3県の感染状況は深刻さを増している。東京都の新規感染者数はきのう、前日から800人以上も増えて初めて2千人台に達した。感染爆発が加速し、医療システムに大きな支障が出ている。 このままでは社会が基盤から壊れかねない。一人一人の行動変容を促し、一刻も早く沈静化させなくてはならない。そのために菅義偉首相は多くの人が共感できるようなメッセージを自らの言葉で発信し続けるべきだ。後手後手に回ったこれまでの対策の失敗を率直に認め、何としても国民の命を守る。そうした覚悟をもっと示してほしい。 ◇ 昨春の前回宣言時と異なるのは、飲食の場での感染リスクの軽減策を中心に据え、措置を限定した点だ。飲食店などに対して午後8時までの営業時間短縮を要請する。 一方で、要請に応じない施設名の公表など厳しい措置も含まれる。死活問題にもなるだけに、飲食店側は「いじめ」と反発している。 前回は店名を公表されたパチンコ店に客が押しかけた例があり、どこまで効果があるのかは疑問である。飲食店側の協力が得られなければ逆効果になる恐れもある。 時短営業などに応じた場合に支払う1日当たりの協力金の上限は現行の一律4万円から6万円に引き上げるが、飲食店で働く人たちの生活を支えるには全く不十分と言わざるを得ない。 政府は、給付金と罰則をセットにした特措法改正も通常国会で成立させる方針だ。罰則を強化するなら、休業に伴う十分な補償が不可欠だ。重大な私権制限に踏み込む措置であることを自覚し、国会での徹底審議を求めたい。実効性には疑問も ほかに、午後8時以降の不要不急の外出自粛を徹底するよう呼び掛ける。テレワークを推進して、出勤者数の7割削減を目指す。イベントの開催要件も厳格化する。 だが、「最低7割、極力8割削減」といった人と人の接触を巡る目標設定は見送られた。経済への影響を最小限にとどめたいという首相の考えが強くにじんでいる。 感染対策としては中途半端な印象が否めない。 1都3県では既に酒類を出す飲食店に対し、午後10時までの営業時間短縮を要請してきた。早まるのは2時間のみで、どこまで感染を抑えられるのか見通せない。飲食店の営業時短が感染拡大の抑止につながったとみられる北海道でもいまだに収束段階には至っていない。 社会には「コロナ慣れ」も広がり、人の流れは思うように減っていない。前回の宣言時のような厳しい対策を想定しても、東京の1日当たりの新規感染者数が100人以下に減るまで約2カ月が必要との専門家の試算もある。 感染状況の推移を見極め、効果が出ないと判明した場合は、外出自粛の強化や、具体的な数値目標を示した人と人の接触機会の削減まで踏み込むべきだ。人々の協力を得るには、解除の基準をはじめとする出口戦略を打ちだし、それに向けた情報を随時公開する必要がある。臨機応変の対応を 首都圏など大都市圏の感染拡大は地方にも波及している。多くの自治体で新規感染者数が連日のように最多を更新しており、既に医療崩壊が始まったと言える地域もある。 日本脳卒中学会が実施した調査では、昨年12月中旬の時点で脳卒中の専門治療を担う全国の医療機関の18・3%で救急患者の受け入れに支障が出ていた。特に関西地区で影響が大きかったという。 関西圏も感染爆発の瀬戸際にある。大阪や兵庫の病床の逼迫(ひっぱく)度はかなり厳しい状況だ。 こうした中、宣言の必要性を否定していた吉村洋文大阪府知事はきのう、一転して大阪に緊急事態宣言発出を政府に要請する意向を示した。これを受けて、井戸敏三兵庫県知事と西脇隆俊京都府知事も発令要請に前向きな姿勢を示している。 医療資源の乏しい地方での感染爆発は食い止めねばならない。地方の実情を考慮し、対象地域の追加も検討するべきだ。 私たちはこの1年間で、コロナが極めて厄介で軽視してはならないことを学んだ。一人一人が今なすべき振る舞いを考えたい。
新型コロナウイルスの感染拡大は不安定な立場にある若い世代を直撃した。非正規雇用は真っ先に切られ、多くの学生がアルバイト収入を失って困窮する。このままでは次代の担い手に「新たな貧困層」が生まれるとの指摘もある。だが、国などの支援の動きは鈍い。 コロナ禍を抜けても、格差と分断、財政、気候変動などの難題が社会の変革を迫る。険しい道を照らすのは若い世代のやわらかい感性だ。 今年は衆院選、兵庫県知事選、神戸市長選などで国や地域の将来像が問われる。若者とともに未来を描くための視座を探りたい。 ◇ 学費の高騰や学生ローンの返済に苦しむ20代前後の不遇は海外でも問題となり、英米ではこの世代が政権に批判的な勢力と位置づけられる。 翻って日本は、若年層ほど政府の主張を受け入れる傾向にある。第2次安倍政権以降の世論調査では30代以下の内閣支持率が他世代に比べて高く、コロナ禍の政府対応を評価する割合も多い。政治家の疑惑や不祥事の追及を求める声は少ない。 また、内閣府の意識調査(2013年)では「自分が参加することで社会を変えられる」と思う若者は欧米や韓国と比べて少なかった。 浮かび上がるのは、政治にも自分にも期待せず、現状にあらがうことのない若者の姿である。力を信じて生かす だが取材で出会ったのは、政治をもっと知り、主体的に関わっていこうと行動する若者たちだった。 ともに神戸市外国語大3年の米田由実さん(22)と吉井紗香さん(21)、神戸大大学院生の永本聡さん(24)らは、昨年10月の三田市議選で「10代の投票率80%」を掲げどうすれば投票率が上がるか考えた。 写真・動画共有アプリ「インスタグラム」で、市の現状や争点などを繰り返し投稿した。「投票率が低いと若者向けの政策が通りにくくなる」。自分たちが投票する意味や選挙の仕組みを解説したパンフレットも刷り、高校などで配った。 3人は、10~20代の政治参加を呼びかける学生らの団体「ノー・ユース ノー・ジャパン(NYNJ)」のメンバーだ。3人とも昨年、海外留学の断念や途中帰国を経験した。空白の時間、日本でできることはないかとNYNJに参加し、身近な地方選挙での実践を試みた。 同市議選の10代投票率は40・97%で4年前の前回選挙から8ポイント上昇した。全体の投票率(51・82%)が3ポイント増だったことを考えると、目標には及ばずとも彼らの活動が10代の投票行動を促した可能性は十分ある。 一方、同市議選で初当選した元高校教師、井上昭吾さん(60)の選挙運動を担ったのは教え子の大学生たちだった。選挙カーは使わず、街頭演説はインスタグラムでライブ配信し、選対会議はLINEで。発案したのは学生たちだ。彼らもマイクを握り、同世代に向けて「新しい三田を一緒につくろう」と訴えた。 井上さんは「若者の力を証明できた。既存の政治家がその力を信じ、本当に生かそうとしているかを省みるべきだ」と指摘する。「将来人」の視点を コロナ禍で「自助」ではどうにもならない問題に直面し、初めて政治や社会を意識した若者は少なくないだろう。彼らが声を上げ、上の世代がその疑問や違和感に誠実に向き合うことから変革への対話が始まる。 注目されるのが、何十年後かの将来世代になったつもりで政策を選び取る「フューチャー・デザイン」の手法だ。大阪府吹田市は大阪大などと共同研究を重ね、昨年策定した第3次環境基本計画に取り入れた。30年後の「仮想将来人」になりきった市民と職員が議論し、素案を変更して「再生可能エネルギーの活用」の記述などを盛り込んだ。 未来からの視点を持つと、今からやっておくこと、我慢すべきことが見えてくるという。他自治体でも導入が始まっている。実践を重ね、世代を超えた課題を巡る意思決定の枠組みを育て、広げたい。
菅義偉首相は昨年10月、国内の温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロにすると宣言した。 温暖化対策の国際的枠組みである「パリ協定」は既に15年に採択されており日本が出遅れたのは残念だが、ようやく世界と歩調を合わせたことは歓迎したい。 二酸化炭素(CO2)やメタンなどの温室効果ガスは深刻な地球温暖化を引き起こしている。新型コロナウイルスの感染拡大が収束すれば、世界経済のV字回復で排出量が一気に増えかねない。 欧州連合(EU)は、コロナ禍の経済低迷を立て直す7500億ユーロ(約95兆円)の基金などを生かし、脱炭素社会への事業を本格化させる。日本も具体的な取り組みを急がなければ、国際社会に追いつけない。 ◇ 地球温暖化に伴い、気象災害の危険性が高まっている。近年、日本国内でも豪雨などが相次ぐ。昨年7月の豪雨は熊本県の球磨川などを氾濫させ、九州で死者77人を出した。19年10月の東日本台風では100人以上が犠牲になった。 記録的な猛暑も毎年のように続く。今世紀末の国内平均気温が、20世紀末から最大4・5度上がるとの予測もある。熱波や洪水など、世界の異常気象も常態化している。 この「気候危機」に歯止めをかけるため、パリ協定は世界の気温上昇を「産業革命前に比べて2度未満、できれば1・5度に抑える」としている。昨年1~10月の平均気温は既に約1・2度も上昇していた。目標の達成は決して簡単ではない。政府がすべきこと 政府は昨年12月、脱炭素社会に向けた「グリーン成長戦略」を発表した。再生可能エネルギーの導入強化や、30年代半ばまでに全ての新車を電動車にすることなどを目指す。 再生可能エネルギーでは洋上風力発電に力点を置く。海洋国・日本には適地が多いとされる。ただ国内にメーカーはなく、建設の経験も乏しい。国の支援は不可欠だ。周辺環境への配慮も忘れてはならない。 疑問を感じるのは政府が想定する将来の電源構成だ。再生可能エネルギーの比率を5~6割に引き上げる一方で、3~4割は火力発電と原発に依存する。 石炭火力発電のCO2排出は、削減に限界がある。原発は事故の危険性に加え、使用済み核燃料の処分策も決まっていない。この機に脱石炭と脱原発依存に踏み出すべきだ。 グリーン成長戦略は、CO2排出に課金する「カーボンプライシング」にも触れている。産業界などに慎重な声もあるが、世界では導入例があり議論は避けて通れないだろう。神戸の牧場の挑戦 脱炭素社会に向けて欠かせないのが、地域での取り組みである。 兵庫県は政府に先んじて50年の実質ゼロを表明し、県地球温暖化対策推進計画の改定を進めている。 全排出量の6割以上を産業部門が占めるのが、兵庫の特徴だ。石炭火力発電の廃止・転換などがどれだけ進むかがポイントになる。一方で、CO2の吸収源である森林や海の藻場の整備も重要な役割を持つ。 県内には、先進的な試みがある。例えば神戸市北区の弓削(ゆげ)牧場は、バイオガスの生産に成功している。乳牛のふん尿やレストランからの調理くず、チーズ加工から出る液体などの有機物を活用する。 ガスは暖房や給湯、灯火などに使う。生産設備はビニールハウスの中に収まるほどの小ささだ。量販店などで調達した資機材も使い、コストを抑える工夫も重ねている。 場長の弓削忠生さんは「社会の分業化が進み、経済成長も上り詰めた。農業を基本にした循環型社会に着地するしかない。コロナ禍は、立ち止まって足元を見直せという暗示のように思えてならない」と話す。 脱炭素社会へは、身の丈の試みを増やしていけばいいと弓削さんは言う。個人でも、生活を見直し家庭菜園を始めるなどできることは多い。小さなことを積み重ね、30年後の「CO2実質ゼロ」につなげたい。
菅義偉首相がきのうの年頭会見で、東京都と埼玉、千葉、神奈川3県を対象に、新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言発令の検討に入ると表明した。週内にも踏み切る見通しだ。 宣言は経済への打撃が大きく、私権の制限につながるため発令には慎重でなければならない。だが、1都3県では医療崩壊の連鎖を招く感染爆発の恐れが指摘されており、後手に回ったとの批判は免れない。 首都圏の新規感染者数は昨年12月31日、東京都で初の4桁に達し、他の3県も過去最多を更新した。全国の約半数を占める状況が続き、通常診療が困難な地域も出ている。今必要なのは強力な歯止め策である。 宣言発令は昨年4月に続いて2回目となる。ただ、現行の新型コロナ特措法は罰則などの強制力を伴わない。前回宣言時は大半の個人や事業者が外出自粛や休業要請などに協力したが、長引く感染対策で疲弊した事業者の協力は得られにくくなっている。人々の「コロナ慣れ」も広がり、人の流れが十分に止まるかは不透明だ。 首相は各知事と連携し、人々に行動変容を促す明確なメッセージを発するべきだ。特措法改正の焦点となる補償や罰則の議論も急がねばならない。 首相は飲食時の感染リスクが高いとし、「限定的、集中的に行うのが効果的」と強調した。実効性を高めるには、制約に見合った補償や、科学的知見に基づく対象と期間の明確化が欠かせない。 前回のような学校の一斉休校や、入学試験の延期は求めない方針という。児童、生徒や保護者への影響の大きさを考えれば妥当と言える。 11カ国・地域とのビジネス関係者の往来は、相手国でウイルスの変異種が確認された場合は即時停止する考えも示した。 しかし、韓国やベトナムなどで既に変異種が見つかっており対応が遅すぎる。「Go To トラベル」の再開は難しいとするが、ならば観光業者への支援策も検討すべきだろう。 関西圏でも感染者数は高止まりしている。各自治体は危機感を持って、外出自粛などの呼び掛けを強める必要がある。
世界全体を新型コロナウイルス感染拡大の暗雲が覆ったこの年末年始、欧州で大きな懸念が一つ解消された。欧州連合(EU)から離脱した英国が、難航していたEUとの自由貿易協定(FTA)締結に合意した。 激変緩和の移行期間が終了し、今月1日に英国が「完全離脱」する直前の決着だった。 英国が2016年6月に国民投票で離脱を決めて以来、国際社会は両者の溝が広がるのを不安視していた。英EUの結束が乱れれば、覇権争いを強める米中をいさめる役を務められなくなる。コロナ禍で世界経済が落ち込む中、欧州の混乱が回避されたことは評価できる。 英国では感染拡大が収まらず、再度のロックダウン(都市封鎖)が実施されている。ジョンソン首相はEUのさまざまなルールに縛られない「力強い繁栄」を目指すが、当面はコロナ対策でEUとの緊密な連携を最優先するべきだ。 英EU間の交渉は、英下院が離脱案を否決するなど英国内の意思統一にも難航を極めた。ジョンソン氏は、EUと何の取り決めもできなくても期日通りに離脱する強硬姿勢を掲げ、EUとの対立も一層深まった。 最終的に交渉は、英国が漁業権でEUに妥協するなどで折り合った。英EU貿易は「関税、数量無制限」を維持する。 しかし通関や検疫などが設けられ、ヒトやモノ、サービスの移動には制限がかかる。対EU貿易の一定の落ち込みは避けられそうにない。英国は日本やシンガポールなどとの貿易協定も締結したが、穴埋めできるかは見通せない。 英国を取り巻く環境は、国民投票から約5年で大きく変わった。EUと距離を置き英国の離脱を支持していたトランプ氏に代わり、次期米大統領は国際社会の協調を重視するバイデン氏が就任する。香港の「一国二制度」を中国が踏みにじろうとしている問題では、旧宗主国の英国の対応にも注目が集まる。 英国内の最新の世論調査では、離脱への評価がいまだ二分されている。自国民だけでなく、変化する国際情勢の中でもプラスの選択にするための戦略を、ジョンソン政権は描き直さねばならない。
スマートフォンの料金を下げる。「デジタル庁」をつくる。行政手続きをインターネットで可能にする。 昨年9月に就任するやいなや、菅義偉首相は矢継ぎ早に情報通信技術(ICT)関連の政策を掲げた。メリットを期待した国民も多く、就任直後は支持率を押し上げた。 だがICTは、プラスばかりとは限らない。政府が自由を抑圧する手段にもなることが、世界的なコロナ禍の中で明らかになった。 進化を加速するICT。その便利さに目を奪われず、民主主義の味方に取り込むすべが必要だ。 ◇ 加古川市は昨年10月、インターネット上で市の施策に市民が意見を投稿する仕組みを立ち上げた。住所と氏名などを登録すれば、市民以外でもニックネームで投稿でき、投稿者同士も意見交換できる。スペイン・バルセロナ市などは導入済みだが国内自治体では初の試みだ。 デジタル教育や快適に移動できるまち、インフラ整備など17の項目を設け、意見を募った。学校へのパソコン支給では「目に優しいブルーライト対策を十分に」などの意見が出た。公衆無線LAN網の整備では、市民の質問に別の市民が答える場面もあった。同じテーブル囲んで 行政が市民の声を聞くには、一般的にはパブリックコメントなどの方法が採られるが、一方通行になりかねない。この仕組みには「市民と共にまちをつくる」狙いがあると担当部局は話す。 市側も「事務局」として意見を述べるが実現の可否には触れず、他の意見との共通点を探るなど、議論の幅を広げるよう心がける。まだ登録者数は160人程度にとどまり、テーマも市側が設定したが、目指すのは「市民から出されたテーマを、市民同士が話し合う」形だ。 代議制民主主義では、国政や自治体のリーダーを投票で選ぶ。それを逆手に「政治は結果責任。政策が間違っていれば選挙で落とせばいい」と開き直る政治家も少なくない。 重要なのは、偏りや誤りのない政策を選択することだ。それにはできるだけ多くの住民が合意できるまで、議論を重ねる必要がある。 昨年の「大阪都構想」を巡る住民投票では、賛成派も反対派もSNSで一方的に自説をアピールし、一般市民がメリットやデメリットを比べる機会が少なかったと指摘された。公開討論会も時間が限られ、消化不良の感は否めなかった。 地域を二分し住民投票に持ち込まれるようなテーマでも、ICTの活用法次第では多くの人が同じ議論のテーブルを囲むことが可能だろう。互いの意見に耳傾け 世界に目を向ければ、コロナ禍でICTによる国民監視を強化する動きがある。 中国は、個人のPCR検査の結果移動歴などを政府が収集・分析する「ヘルスコード」を導入した。イスラエルは治安機関の対テロ技術を使い、感染者らの携帯電話の位置情報にアクセスして動向を追跡する。街中に点在する防犯カメラによる行動把握も、技術的にはできる。 一方、台湾ではマスクが確実に届くよう、全国の薬局の在庫と国民の健康保険データを結合したが、端緒は近所の薬局の在庫を市民が調べて地図アプリで公開したことだった。 デジタル担当大臣のオードリー・タン氏がこれを知り、行政が持つ在庫情報をネット上で公開して協力を呼びかけると、ITに通じた多くの市民が応じた。 タン氏は5年前、国民がネット上でさまざまな社会問題を議論する枠組みをつくった。加古川市が導入した仕組みの源流と言える。 多くの人が意見に耳を傾け、共通の価値観をベースに解決策を提案しあう。それをタン氏は自著で民主主義の「醍醐味(だいごみ)」と表現した。 民主主義を定めた日本国憲法が公布されて、今年で75年になる。進化するICTを使いこなすことで、私たちは醍醐味をどこまで実感できるだろうか。
日本の少子化が止まらない。新型コロナの影響で、2021年の出生数は大幅に減りそうだ。 保育所が足りない、仕事と育児の両立が難しい、不妊治療の費用負担が重い-。どれも政策が問われる。 だがここでは、見過ごされてきた課題を取り上げたい。 「未婚化」である。 実は、若い世代の結婚願望は強い。国の調査では18~34歳の男女の約9割が「いずれ結婚するつもり」と答え、この割合は1980年代以降ほぼ一定している。にもかかわらず、50歳時点の未婚割合は2000年代から急上昇しているのだ。 結婚へのハードルが、高くなったのか。ある2人の話から始めよう。 ◇ ◇ 兵庫県上郡町出身の元保育士、柳生亜矢子さん(35)は、婚活の日々を「自分が否定されているようで苦しい時もあった」と振り返る。 出会いが少ないのが悩みだった。2010年、実家近くに県が開設した「出会いサポートセンター」に会員登録し、お見合いを重ねた。 和菓子職人の俊彦さん(40)と会ったのは6年後。率直さに引かれ、10カ月の交際を経て32歳で結婚した。たつの市に1歳の息子と3人で暮らす。「出会いがなく結婚を諦めかけている女友達は結構いる。自分は周囲に相談したけど、ためらう気持ちも分かる」と話す。自治体が婚活を支援 少子化や人口流出への危機感から、多くの自治体が男女の交流会やお見合いなどの婚活支援を手がけている。兵庫県の事業を通してこれまでに1786組が結婚した。 以前は「官製の婚活なんて」と冷ややかな声があったが、今や空気は一変した。未婚化は少子化に直結するとの実感が広がってきたためだ。 結婚する、しないはもちろん個人の選択である。 ただ、急速な未婚化はもはや社会的な課題となった。「個人の問題」と軽視せずに社会全体で現状に向き合うことが求められる。 未婚化は男性の方が顕著だ。 50歳までに結婚歴のない人の割合は、1985年まで男女とも5%未満だったが、2015年に男性23%、女性14%といずれも過去最高となった。国の推計では35年に男性が約30%に達する。男性のほぼ3人に1人が独身のままの社会になる。 「男性は婚活を始めるのが全般的に遅い。年齢が上がるほど『子どもが欲しい』と相手に若さを求めがち」。官民を問わず結婚支援に関わる人たちはミスマッチの主因をこう語る。早期支援が鍵になりそうだ。 かつて地域でみられた「親身なお節介」を復活させる動きもある。自立と幸せを考える 西脇市の藤原一志(ひとし)さん(77)は県内に361人いる「こうのとり大使」の一人。知事の委嘱で婚活イベントを企画するほか、近隣の大使と情報交換し、ボランティアで縁結びに奔走する。「放っておけば男性の結婚は難しくなるばかり。交際経験の少ない人も多く、きめ細かなアドバイスを心がけている」という。 自治体の少子化対策や人口施策のアドバイザーを務めるニッセイ基礎研究所(東京)の天野馨南子(かなこ)さんの指摘にも耳を傾けたい。 国の調査では、未婚者の多くが金銭的な理由を結婚の障害に挙げる。しかしデータを分析すると、未婚者は既婚者より結婚生活に必要な年収を過大にとらえがちという。 「男性は両親と比べたりせず、自分の収入にもっと自信を。年収にこだわる人は、家計を男性だけが背負わず、男女が協力して担う生き方を視野に入れてほしい」 未婚化を考えることは、次世代の自立と幸せに思いを巡らすことにほかならない。地域社会に若者が希望を持てるかも問い直す必要がある。 新型コロナの感染拡大で結婚を考える人が増えたといわれる。「パートナーが欲しくなった」との声は兵庫県にも寄せられている。深刻な状況だからこそ、未来への光明につなげる努力が重要になる。悠長に構えている余裕はもうないはずだ。
新型コロナウイルスの感染が猛威を振るう中で、新年を迎えた。 新春の冷気に身をすくめながら、私たちは大きな苦難のただ中にいるのだと、改めて痛感する。 第1波よりも深刻な流行に至った背景に油断と判断の誤りがあったことは否めない。同時に、過密な社会がパンデミック(世界的大流行)に弱いことも思い知らされた。 コロナ禍もいつかは収まるだろう。この災厄を教訓に、これまでとは別の未来を構想する必要がある。 立ち止まって考えたい。明日への道しるべを探しながら。 ◇ ◇ 近年、人工知能(AI)への期待が急速に高まっている。 囲碁や将棋では、6億通りの手を読むとされる計算能力で人間を圧倒する。大学入試問題でも高得点をたたきだす。いずれ多くの仕事で人間に取って代わるとされている。 ただ、AIは計算や統計処理に優れていても、意味は理解できない。人間が目的を定めて使いこなしてこそ、価値を発揮する。AIが予測する未来 2050年を想定した長期ビジョン作成を進める兵庫県は昨年、初めてAIを用いた未来予測を試みた。 協力したのは、京都大学の広井良典教授と企業の研究者でつくる日立京大ラボ。公共政策、科学哲学が専門の広井教授は文系と理系を横断する視点でAIを活用する。4年前に発表した日本全体の将来シミュレーションは衝撃的な内容だった。 進路は大きく「都市集中型」と「地方分散型」に分かれる。都市集中が進めば地方は衰退し、出生率は低下して格差も拡大する。地方に分散すれば出生率が回復し、健康寿命が延びて個人の幸福感も増す。 分岐点は25~27年ごろに迫っているというのである。 菅政権は安倍政権から引き継いだ地方創生総合戦略で、東京一極集中の是正を掲げる。だが政府機関の移転は進まず、企業の動きも鈍い。 これからの5年ほどで流れをどこまで転換できるだろうか。兵庫に適した分散型 同じことが兵庫にもいえる。 県が広井さんらと行った未来予測では、最初の分岐点は国より遅く30年ごろに来る。さらに35年、37年、40年ごろにも別れ目を迎える。 過去20年の県内の出生数や転入・転出、待機児童数、平均寿命、県内総生産をはじめ105項目ものデータについて、AIが複雑な相関関係を分析した。2万通りのシナリオを描き出した結果を、県職員が研究者らと共に分析、整理した。 答えは国と同様、地方分散型の姿が最も望ましいとの結論だった。 最初の分岐点では、農林水産業の活性化や外国人労働者との共生などが焦点になる。子育て支援や健康増進、医療整備はどの時点でも求められ、芸術文化やスポーツに親しめる環境づくりも重要度を増す。 これらの課題に地道に取り組めばやがて出生率が回復し、人口減に歯止めがかかる。地域の活力も維持でき、生活の質が高まるという。 一方、都市集中型では企業立地が進み、1人当たりの県民所得は増える。しかし赤ちゃんは減り、商店街は今より衰退する。長時間労働も改善せず、心の健康度も低下する。 県域が広く風土が多彩な兵庫には分散型は望ましい未来と映る。だが経済の成長、拡大を前提とした今の生き方を見直さねばならない。 「未来へのルートは決して単線でないことをAIは示した。意識や枠組みの大転換を起こせるかどうかで30年後の姿は大きく変わるのではないか」と県の担当者は話す。 AIもパンデミックまでは想定しなかった。南海トラフ巨大地震などの災害が起きれば、未来への進路はまた別の形になる可能性はある。 それでも社会全体が「変容」を迫られていることをAIは指し示している。図らずもコロナ禍で広がったテレワークや地方移住などを、分散型の芽に育てたい。先送りの時間がないことを肝に銘じ、知恵を出し合って、行動を起こしていこう。
世界中で民主主義や自由、基本的人権といった普遍的価値観が厳しく問われ続けた1年ではなかったか。 「Gゼロ」という言葉がある。米国の調査分析会社の設立者でもある政治学者イアン・ブレマー氏がつくった。 国際秩序を守るリーダーが不在で、G20(20カ国・地域)のような主要国間の協調が機能しない世界を指す。ブレマー氏はGゼロの到来を予測し、その危険性に警鐘を鳴らしてきた。 米国はトランプ大統領の下で自国第一主義に走り、中国は強硬路線で覇権拡大を狙う。二つの超大国が対立し、まさにGゼロが現実となった世界を、新型コロナウイルスが直撃した。そして今も激しく揺さぶる。 対応に失敗すれば、過激主義など不安定要素が広がる恐れがある。今ほど多国間協調が求められているときはない。 来年1月に就任するバイデン米次期大統領は国際協調への回帰を約束した。 しかし、米国自身が社会の分断やコロナ禍に苦しんでいる。大統領選挙では民主主義の土台である選挙の公正さが問われる事態になった。対外的なリーダーシップをどこまで発揮できるかは不透明だ。 日本は民主主義陣営の一員として、多国間連携に主導的役割を果たす必要がある。今後、最も難しい課題となるのが、中国との向き合い方だろう。 中国は一党支配体制への自信を深め、強権的な姿勢を強めている。「香港国家安全維持法」を成立させ、香港の民主派を容赦なく弾圧した。習近平指導部は言論の自由や三権分立を否定し、沖縄県・尖閣諸島周辺で領海侵入を繰り返す。 米中の対立は加速が予想されるだけに、日本の立ち位置がよりシビアに問われることになりそうだ。 周辺国に目を向けると、日韓の関係改善は糸口すら見えない。北朝鮮は新型ミサイルの開発を進める。東アジアの不安定化が懸念される。 Gゼロの世界が、自由と人権を尊重し、問題解決へのメカニズムを備える国際社会へと転換できるのか。険しい道のりだが、日本は民主主義を守る姿勢を示し、存在感を高めたい。
新型コロナウイルスの影響を抜きには語れないこの1年だが、それとは切り離して問い直さねばならない問題もある。 今、社会を覆っている不安は未知のウイルスによる一過性の事態なのか、この国がずっと抱えていた問題なのか。混迷から抜け出すために、その本質を見極める必要があるからだ。 7年8カ月に及んだ歴代最長政権が安倍晋三首相の体調不良を理由とした突然の退陣で幕を閉じた。国政選挙の連勝で「1強」体制を築いた安倍氏は安全保障関連法など賛否が分かれる法律を成立させた一方、「地方創生」「女性活躍」といった看板政策は道半ばに終わった。 継承を掲げた菅義偉首相が「あしき前例」として真っ先に手を付けたのは、コロナ禍での優先課題とは考えにくい日本学術会議会員の任命拒否だった。 踏襲されたのは国会で積み上げてきた法解釈を曲げ、問答無用で意に沿う組織に変えようとする強権的な政治手法である。 異論に耳を傾けず、説明責任を果たさない政治の長期化が、官邸への忖度(そんたく)をはびこらせ、国民との距離を広げた。酷評された「アベノマスク」、迷走を重ねた「Go To」事業など両政権のコロナ対応の混乱も、その延長線上にあったと言える。 政権中枢で相次ぐ「政治とカネ」問題が不信を一層深めた。「桜を見る会」前夜祭の費用補填(ほてん)問題で安倍氏は虚偽の国会答弁を認めた。元法相夫妻の公選法違反事件、元副大臣のIR汚職事件、元農相の現金授受疑惑のいずれも十分な説明はない。 緊急事態宣言や東京五輪・パラリンピックの延期決定などは国や自治体の判断が人の人生をも左右することを実感させた。 導入を望む人が増えている選択的夫婦別姓制度は自民党の反対で再び後退した。国民の声や社会の変化に真摯(しんし)に向き合う議論が尽くされたかは疑問だ。 熊本県などを襲った豪雨被害は複合災害への備えに警鐘を鳴らした。会員制交流サイト(SNS)の普及は、人を追い詰める中傷や、悩みに付け込む凶悪犯罪の温床にもなった。 異なる価値観を認め、弱さを補い合ってこそ、手ごわい災禍を乗り越えられる。変わろうとしない政治を前に、心に刻む。
1月、人から人への感染が明らかになった新型コロナウイルスに、世界は根底から激しく揺さぶられた。 日本社会も荒波の中にある。逼迫(ひっぱく)する医療の現場から繰り返し悲鳴が上がった。患者や医療従事者らへの差別や中傷という問題も起きている。受診控えに伴う病院経営の悪化も生じた。 緊急事態宣言や営業時間短縮要請で企業の休廃業が相次ぎ、雇用も冷え込んだ。生活に苦しむ人が続出し自殺者の増加まで引き起こした。 政策次第で国民の命と暮らしが大きく翻弄(ほんろう)されることを、あらためて痛感させられた1年だった。政府は2021年もそのことを直視して、感染の収束と国民生活の回復に総力を結集せねばならない。 ◇ 国内での感染は強弱を繰り返し、春の「第1波」、夏の「第2波」、秋から現在まで続く「第3波」へと至っている。 最も緊張が高まったのが第1波のときだ。予想を超えた感染拡大を受け、安倍晋三首相(当時)は4月、新型コロナ特別措置法に基づく緊急事態宣言を初めて発令した。全国解除までおよそ1カ月半を要した。 宣言は一定の効果を発揮したとみられる。大半の個人や事業者が外出自粛や休業要請に協力し、繁華街から人影が絶えた。 しかし経済には甚大な打撃を与えた。使い方の難しい「伝家の宝刀」であることを社会全体が学んだ。 ただ、政府のコロナ対策が後手後手に回ったことは否めない。2月にはクルーズ船での感染封じ込めに失敗し、科学的根拠もなく唐突に打ち出した全国一斉休校要請が混乱を招いた。個人や事業者への支援策の遅れが批判を浴び、観光支援事業「Go To トラベル」への対応も二転三転し、国民の失望を買った。 未知のウイルスを前に、手探りで経済と感染対策のバランスを取るしかなかった点を考慮しても、対応は不十分だったと言わざるを得ない。 政権の座を安倍氏から継承した菅義偉首相の発信力の弱さは目を覆うばかりだ。状況を打開するための具体策を明確に示し、信頼回復に全力を注ぐ必要がある。教訓は生かされず 日本の医療体制の問題点も浮き彫りになった。 まずPCR検査能力の脆弱(ぜいじゃく)性だ。検査を受けたくても受けられない「検査難民」という言葉も生まれた。安倍首相(当時)が「目詰まり」と表現し厚生労働省に拡充を指示したが容易に改まらなかった。 27日急死した羽田雄一郎元国土交通相は、検査申し込みから予約が取れるまで2日を要し、その間に症状が急変した。欧米諸国などとの検査能力の差は大きい。第3波に直面する中、埋める努力が欠かせない。 欧米と比べ感染者数が桁違いに少ないにもかかわらず、医療崩壊の危機に直面し、集中治療室(ICU)の体制で見劣りするなど有事の医療対応のもろさもあらわになった。看護師などのマンパワー不足、保健所の負担過多なども表面化した。 09年に流行した新型インフルエンザの教訓が生かされず、行政改革として保健所の削減や病院の統廃合が進んだことも裏目に出た。政府や各自治体は体制強化を急ぐべきだ。懸念される「慣れ」 世界の感染者数は8千万人を超え、死者も200万人に近づいている。感染力が大きく増したとされる変異種が日本を含む多くの国で見つかり、警戒が高まっている。 わずかな光明は、欧米などでワクチン接種が始まったことだ。パンデミック(世界的大流行)に歯止めをかけ、制圧の切り札となることを期待したい。 現在国内を襲っている第3波はかつてない規模に膨らみ、再び医療崩壊の懸念が強まっている。東京都や大阪府などは飲食店に営業時間の短縮を要請しているが、人出は4月の緊急事態宣言時ほど減っていない。社会全体に「コロナ慣れ」が広がっていないか懸念される。 政府は新型コロナ特措法の改正に向けた調整を本格化させた。菅首相は休業や営業時間短縮の要請に実効性を持たせるため、罰則と補償を含む内容を検討するとしている。私権制限とのバランスなど多くの論点をはらむだけに、年明けの通常国会で直ちに議論するべきだ。 感染収束の兆しが一向に見えず、暗雲が垂れ込めたまま今年が終わろうとしている。一人一人が基本的な感染対策を徹底することで、直面する課題である年末年始の医療体制維持につなげたい。
新型コロナウイルスの変異種による感染者が、国内で相次いで確認され始めた。 ウイルスの変異自体は、決して珍しいことではない。しかし英国で発見された今回の変異種は、感染力が最大で70%も増しているとされる点が問題だ。英国では感染が急拡大し、ロンドンなどは事実上のロックダウン(都市封鎖)に入った。 日本では秋以降の「第3波」に歯止めがかからず、1日当たりの死者、感染者とも過去最多レベルが続く。ここで変異種がまん延すれば、限界状態の医療現場にさらなる負担がかかり、各地で医療崩壊の連鎖が起きかねない。 世界の感染拡大のスピードも一段と加速しており、パンデミック(世界的大流行)は新たな局面を迎えようとしている。そうした危機感を持ち、社会全体であらゆる手を尽くして感染を抑えこむ必要がある。 政府はきのう、全ての国・地域からの外国人の新規入国を一時停止した。当然の措置といえるが、一方で中国や韓国など11カ国・地域とのビジネス関係者らの往来を制限していない点には、疑問を抱く。 経済へのダメージや来年夏の五輪も意識して、政府は徐々に入国制限を緩和してきた。だがここは思い切った制限が必要ではないか。感染対策と経済対策の二兎(と)を追えば、一兎も得ない結果になりかねない。 変異種の感染者の1人は、空港検疫の対象から除外されている国際線パイロットだった。いくら水際作戦を強化しても、穴があればウイルスは必ず侵入する。入国制限の実施が遅れ第1波を招いた経緯を、政府は思い起こすべきだ。 英国では9月には変異種が発見されており、ロンドンの陽性者の大半を占めるという。他の国々でも確認され、すでに世界全体に拡散しているとみるのが自然だろう。 南アフリカやナイジェリアでは別の変異種が見つかっている。デンマークでは11月、家畜のミンクから人に感染した変異種も確認され、大規模なミンクの殺処分が行われた。 懸念されるのは重症化のリスクやワクチンの有効性だが、現時点では明確な知見は得られていない。世界保健機関(WHO)が主導し、国際社会全体でデータや臨床の結果を共有し警戒を強める必要がある。 個人の感染対策について専門家は手洗いや「3密」回避などの徹底を呼び掛けている。身を守り、感染を広げない一層の注意が求められる。 きょうから大半の事業所は正月休みに入る。過度に恐れる必要はないが、感染リスクが高まっている点は、日常生活のあらゆる場面で意識しておきたい。
静岡で一家4人が殺害された「袴田事件」で、強盗殺人罪などで死刑が確定した袴田巌さんの第2次再審請求に対し、最高裁は請求を棄却した東京高裁の決定を取り消した。これで再審への扉が再び開かれたことになる。 とはいえ審理は高裁に差し戻される。1966年の事件発生と逮捕から54年が過ぎ、袴田さんは84歳の高齢になった。裁判所は一刻も早く、再審開始の判断をすべきだ。 最高裁が差し戻した理由は、犯行時の着衣とされる「5点の衣類」に付いた血痕についての検討不足だ。衣類は事件の1年以上後、勤務先のみそタンクで見つかった。血痕の色には赤みがあったとされる。 弁護団は実験結果を基に、衣類を長期間みそに漬けると血痕が黒っぽくなると主張した。静岡地裁も、袴田さんがタンクに入れたとすれば赤みが残るのは不自然と判断し、2014年に再審開始を認めた。 ところが東京高裁は変色を起こす化学反応を重視せず、地裁の決定を取り消した。最高裁はこれに対し、血痕の色について高裁で審理が尽くされていないと述べた。この指摘そのものは理解できる。 しかし審理をやり直すとなれば、さらに時間が必要となる。先延ばしにすることは、再審が冤罪(えんざい)被害者の救済手段であるという面からみて、問題と言わざるを得ない。 今回、5人の裁判官のうち2人が「さらに時間をかけることには反対で、再審を開始すべきだ」と異例の反対意見を述べている。最高裁が自ら再審開始を決めなかったことは残念でならない。 弁護側が示した血痕のDNA型鑑定では、袴田さんや被害者以外の型だという結果が出ていた。最高裁がこれを証拠価値がないと判断したことにも疑問が残る。 袴田さんは釈放されてから7年近くになるが、拘置所での生活が半世紀近く続いたため、精神面への影響は消えていないという。現在も確定死刑囚という不安定な立場は変わらない。たとえ再審によって無罪が得られたとしても、重大な人権侵害が消えることはない。 袴田事件では地裁が検察側に勧告するなどして約600点の証拠が開示され、それが再審開始決定につながった。だが再審請求での証拠開示が法律で定められていない問題は、専門家から度々指摘されている。 また、再審開始決定に対する検察官の不服申し立てが審理を長引かせているとして、日弁連はその禁止も求めている。 こうした点を含め、再審請求の長期化を防ぐ制度改善を、早急に進めていかなければならない。
師走に入って、兵庫出身のアスリートたちが相次いで目覚ましい活躍を見せた。 柔道では、男子66キロ級の阿部一二三選手が東京五輪代表決定戦を制した。神戸市兵庫区出身、23歳の若武者が、24分に及ぶ熱戦の末に、宿敵の丸山城志郎選手を下した試合は、全国から大きな注目を集めた。 その1週間前には、陸上競技日本選手権女子5000メートルで小野市出身の田中希実選手が優勝を飾り、五輪代表を射止めた。今季、中距離の2種目で日本新記録を樹立した勢いを大舞台でも発揮した。 東京五輪・パラリンピックの1年延期をはじめ、新型コロナウイルス感染拡大で停滞していたスポーツ界だが、ようやく前へ進み始めた感がある。 今年はほかにも、多くの兵庫出身者が練習の制約などの苦境を乗り越えて輝いた。 女子プロゴルフでは、神戸市長田区出身の古江彩佳選手がツアー2週連続優勝を飾り、年末の全米女子オープンに出場を果たした。フィギュアスケート女子シングルスでは、同灘区出身の坂本花織選手がNHK杯国際大会で優勝し、病気を乗り越えた同須磨区出身の三原舞依選手も躍動した。 田中選手ら4人の女性選手には共通点がある。全員が県内を拠点に活動していることだ。トップ選手になると、練習環境などを求めて地元を離れるケースが少なくないが、ふるさとで暮らしながら、しっかりと国内第一線で活躍している。 兵庫県内の競技環境に目を向けると、陸上競技場や野球場は高規格の施設数が近隣より多い。ゴルフ場は全国有数の数を誇る。フィギュアスケート界の念願だった通年リンクが西宮市にできて7年になる。 こうした現有施設を活用し、練習場所などを提供する。県内企業に選手の採用や協賛を呼びかける。競技団体と自治体、企業が連携し、兵庫から世界に挑戦し続けるトップ選手を支える体制づくりを進めたい。 トップ選手の育成を地域活性化につなげる自治体の取り組みも始まっている。近年、兵庫で続く若者の県外流出を止めるヒントも、その中から見つかるのではないか。
この結末に納得できる国民がどれだけいるだろうか。 安倍晋三前首相はきのう、衆参両院の議院運営委員会で、自身の後援会が「桜を見る会」前日に開いた夕食会の費用を補填(ほてん)していた問題に関し、事実に反する国会答弁を繰り返したことを認め、訂正し謝罪した。 東京地検特捜部は、夕食会に関する4年分の収支計約3千万円を政治資金収支報告書に記載しなかったとして、政治資金規正法違反(不記載)の罪で後援会代表の公設第1秘書を略式起訴とした。 安倍氏が「補填は一切ない」などと国会で否定し続けた事務所の不正を明確に認めた形だ。一方で、安倍氏は嫌疑不十分で不起訴処分とし、捜査を終結する。 安倍事務所などへの強制捜査もせず、十分な証拠が集まったのか。会費の補填は公選法が禁じる有権者への利益供与に当たらないのか。疑問を残したまま、年内の幕引きを優先したとしか思えない展開だ。 安倍氏は自らの刑事処分を逃れたとはいえ、政治家として秘書の不正を見逃した監督責任は免れない。 それ以上に重いのは、時の首相が虚偽答弁で国会を侮り、国民を欺き続けたことへの政治責任である。 首相や閣僚は、国会で誠実に答弁する憲法上の義務を負う。必要な事実確認を怠り、秘書の報告をうのみにしたのなら議員辞職に値する。 安倍氏は議運委で「責任を痛感している」としつつも、「私が知らない中で行われていたこと」「責任者に任せていた」と秘書や事務所に責任を押し付ける言い訳に終始した。 ホテル発行の明細書や領収書の公表は「ホテル側の営業の秘密」などを理由に拒んだ。これでは従来の国会答弁と変わらない。 首相として致命傷になりかねない問題で追及されているのに、なぜ事務所に徹底的な確認を求めなかったのか。安倍氏の不自然な対応の理由も解明されなかった。 領収書がないのに収支報告書の詳細な修正が可能だった点や、補填の原資は自身の手持ち資金だったとの説明も釈然としない。表に出ないカネの出し入れが常態化していたとすれば、政治資金の流れを透明にすることで不正を防ぐ規正法を形骸化する行為にほかならない。 そもそも、公費で各界の功労者をねぎらう「桜を見る会」に、安倍氏が自らの支援者を多数招いていたことが問題の発端だった。 安倍氏はきのう「信頼回復のため、政治活動の資金の透明性確保を自ら徹底する」と語った。議員にとどまり責任を全うするなら、批判に向き合い、国民が抱く疑問に真摯(しんし)に答える姿勢が何よりも欠かせない。
覚醒剤の使用歴がある受刑者への調査で、女性の73%が「交際相手や配偶者らからドメスティックバイオレンス(DV)被害を受けたことがある」と答えたことが、2020年版の犯罪白書で明らかになった。 「刃物などで自分の身体を切ったこと(リストカットなど)がある」との回答も、男性の8%に対して女性は41%と非常に高かった。 覚醒剤使用の精神的要因を探る受刑者調査は初めてだ。白書では男女別の特徴も詳しく記されている。女性の乱用者の背景にある厳しい社会環境をさらに分析し、薬物犯罪の防止に反映させなければならない。 この調査は、法務省法務総合研究所と厚生労働省所管の国立精神・神経医療研究センターが、17年に共同研究として実施した。 覚醒剤の入手先について「交際相手や配偶者」と答えた女性は21%だったのに対し、男性は1%にとどまった。身近な人物によって犯罪に引き込まれた例も多いとみられ、どう防ぐかという課題が見える。 また、女性の47%が20歳未満から覚醒剤を乱用していた。男性よりも割合が高く、深刻な問題だ。 一方で84%の女性、69%の男性が覚醒剤をやめる具体的な努力をした経験があり、薬物から逃れる道を模索していることがうかがえる。 だが実際に専門病院や保健機関、回復支援施設、自助グループの支援を受けた経験は少なく、専門病院の関与も2割台にすぎない。ただし4割は、家族などの理解・協力があれば専門病院の支援を受けると答えている。再犯防止には周囲の支えや適切な情報提供も欠かせない。 札幌刑務支所では19年度から「女子依存症回復支援モデル事業」が試行されている。自主的な共同生活が営まれ、出所後も継続して回復へのプログラムを受けられる。こうした新たな取り組みに期待したい。 性別を問わず懸念されるのは、再犯者の多さだ。覚醒剤取締法違反罪で摘発された再犯者率は2000年の52%から昨年の67%に上昇している。薬物依存の重症度も再犯の方が深刻化する傾向が見られる。 一方で、薬物密売は暴力団の資金源であり続けている。暴力団対策や乱用者への支援体制の強化なども含めて、多角的な薬物犯罪防止策を進めていく必要がある。 白書は、インターネットで薬物乱用が心身に与える影響を矮小(わいしょう)化する言説が流布していると指摘する。とりわけ若者らの中に「大麻は害がない」などの誤解を生んでいる。 脳をはじめとする心身への悪影響や依存症、人間関係の崩壊など薬物の恐ろしさを、あらためて社会全体で共有したい。
臨時国会閉幕を見計らったように政府がミサイル防衛に関する文書を決定した。論戦を先送りして批判をかわす狙いがあるのだろう。 断念した地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の代替策として、海上自衛隊のイージス艦2隻を新造する。それにとどまらず、国産ミサイルの飛距離を飛躍的に延ばすなど、自衛隊のミサイル能力の増強方針を盛り込んでいる。 とりわけ懸念されるのが、敵の射程圏外から目標を攻撃できる「スタンド・オフ・ミサイル」の独自開発を打ち出したことだ。 政府は外敵に対処する自衛官の安全確保を理由に挙げるが、他国にまで届くミサイルの配備には「専守防衛」を逸脱する懸念がつきまとう。なし崩しの導入は許されない。 他国の領域内のミサイル拠点などを破壊する「敵基地攻撃能力」の保有は、今回は明記を見送った。安倍晋三前首相が退任間際に異例の談話を発表し、年末までに方針を決めるよう促したが、菅義偉首相が前向きでなく、連立与党の公明党も慎重姿勢を示しているためとされる。 イージス・アショアに代わる防衛策の検討が、途中から敵基地攻撃能力の保有論議にすり替わった。自民党内にも「論理の飛躍」を危ぶむ声があり、政府の対応は当然だ。 そもそも他国の施設を破壊する行為は国際法が禁じる先制攻撃との区別がつきにくい。そのため歴代政権は慎重な構えを維持してきた。菅政権も改めて肝に銘じるべきである。 一方、スタンド・オフ・ミサイルの独自開発を目指す動きは前政権同様、前のめりというしかない。 陸上自衛隊に配備した国産ミサイルの射程を百数十キロから約900キロに延ばし、新しいイージス艦や戦闘機への搭載も検討する。中国の海洋進出を念頭に南西諸島防衛を強化する狙いとするが、運用次第で対象やエリアを拡大することは可能だ。 近年、防衛省は射程約900キロの長射程米国製ミサイルの導入を計画しスタンド・オフ能力の向上を進めてきた。国産ミサイル開発が加われば破壊力は一気に高まるだろう。 ただでさえ、護衛艦の空母化など攻撃型の装備強化が目立つ。新型コロナ対策で国の財政が余力を失いつつある中、米トランプ政権の要請を受けた巨額の装備品「爆買い」もあって防衛費は膨らむ一方だ。 他国との際限ない軍拡競争に陥る危険性も指摘されている。「平和国家」にふさわしい防衛力と外交政策を再考しなければならない。【訂正】23日付社説「安倍前首相聴取」で「19年から5年間」は誤りで「19年までの5年間」でした。
安倍晋三前首相の後援会が「桜を見る会」前日に開いた夕食会の費用を補填(ほてん)したとされる問題で、東京地検特捜部が安倍氏本人を任意で事情聴取していたことが分かった。 特捜部は、政治資金規正法違反(不記載)の罪で後援会代表の公設第1秘書を略式起訴する方針だ。安倍氏は関与を否定しているとみられ、不起訴となる公算が大きい。 首相経験者が、在任中の「政治とカネ」の疑惑で捜査当局の聴取を受けるという重大な事態である。たとえ不起訴となっても、国会で事実と異なる答弁を繰り返した安倍氏の政治責任は免れない。 安倍氏は捜査終結後、国会招致に応じる意向という。与党内には非公開の議院運営委員会理事会への出席で収めようとする動きがあるが、予算委員会など公開の場で国民に説明するべきだ。 夕食会は、安倍氏が首相に返り咲いた後の2013~19年、東京都内のホテルで毎年開かれた。ホテル側への支払いは1人5千円の会費では賄いきれず、19年から5年間で計900万円余りを安倍氏の資金管理団体「晋和会」が穴埋めしたとされる。収支報告書には記載がなく、政治資金規正法違反の疑いがある。 一方、安倍氏らへの告発状を提出した弁護士らは、有権者への寄付を禁じる公選法違反などの疑いも指摘している。特捜部の徹底捜査による全容解明が不可欠だ。 問題が発覚した昨年秋以降、安倍氏は国会などで「事務所からの補填は一切ない」と主張し続けた。だが「ホテル側との契約主体は参加者個人」などとする釈明はどう見ても説得力に欠ける。 衆院調査局が調べたところ、事実と異なる可能性がある安倍氏の答弁は100回を超えていた。官房長官として虚偽答弁を追認してきた菅義偉首相の責任も当然問われる。 安倍氏側は「秘書が本人に虚偽の説明をしていた」と擁護している。だが安倍氏が「ない」としたホテル発行の明細書は残っていた。潔白を主張するなら、明細書の再発行を求めて自ら公表すればいい話だ。 それをしなかったのはなぜか。不正をいつ知ったのか。国民の疑問に誠実に向き合おうとせず、国会を混乱させた責任は重い。 安倍政権時代の「政治とカネ」にまつわる疑惑は後を絶たない。カジノ誘致に絡む秋元司衆院議員の収賄事件、河井克行元法相夫妻の公選法違反事件に続き、鶏卵生産業者からの現金授受が疑われている吉川貴盛元農相がきのう議員辞職した。 政府としても事実解明に努める必要がある。菅首相は前政権の「負の遺産」を断ち切らねばならない。
政府がきのう閣議決定した2021年度当初予算案は、一般会計の総額が106兆6097億円となった。9年連続で過去最大を更新し、全体の4割強を国債(借金)で賄う。 新型コロナウイルスの感染拡大は予断を許さない。経済が冷え込む中で国民生活を守るには思い切った財政出動が必要だ。今は巨額の国債発行も許容せざるを得ない。 ただ、あくまでコロナ禍という非常事態を乗り切るための手段だ。いずれ収束した後、借金の山を減らさないと、ツケは次代に回る。 懸念するのは非常時の対応が常態となり、財政規律が形骸化することだ。血税の使い道は例年にも増して、厳しく吟味する必要がある。 ◇ 菅政権初の予算編成である。デジタル庁設置や脱炭素、不妊治療支援など菅義偉首相肝いりの政策も盛り込まれたが、規模拡大の最大の要因は、予備費の5兆円だ。 国会の議決を経ず、政府の裁量で使える。感染拡大の先行きが見通せない中で臨機応変に政策を実行するには、一定の規模は必要だろう。巨費を死蔵させるな ただ20年度の予算執行を見れば、積み上げた金額に見合う効果が上がっているかは疑問だ。 医療が逼迫(ひっぱく)する地域が続出し、病床も医療人材も足りない。感染経路を追う保健所の態勢も限界に達している。営業自粛に応じた店舗に自治体が独自に支払う協力金も、十分な額ではない。 本年度、コロナ対応に使うとした予備費は補正予算を含めると計11・5兆円に上るが、政府はまだ5兆円を使い残している。これでは、巨額の国費が死蔵されているに等しい。現場の苦境を的確に把握し、きちんと活用できていれば、こうした事態は生じなかったのではないか。 安倍晋三前首相は、政府の目標通りにPCR検査の件数が増えない状況を「目詰まり」と表現した。政権の強みと自負してきた官邸主導は、国民の命と暮らしを守る重大局面で十分に機能しなかったと言える。 現場の実態を政府が掌握していないことによる「目詰まり」は、ほかでも起きている可能性がある。安倍政権継承を掲げた菅政権は、必要な予算が必要な場所に届いているかをまずチェックする必要がある。 予備費を除けば、歳出額はほぼ前年並みだ。社会保障費や防衛費は過去最大を更新したが、公共事業費を20年度当初を11・5%下回る6兆円とし、全体を抑えこんでいる。 だが、政府が財政支出の抑制を意識した結果とは言い難い。21年度当初予算と一体で編成された20年度第3次補正に、コロナ対応の追加経済対策の多くと、国土強靱(きょうじん)化と銘打った1・6兆円の公共事業費を紛れ込ませているからにすぎない。 編成期間が短い補正予算は、査定が甘くなる。コロナ禍の収束後も景気対策などの名目でこの手法がまかり通れば、費用対効果を十分煮詰めない事業が山積する恐れがある。財政再建の意思示せ コロナ禍でも、国政の重要課題の先送りや棚上げは許されない。 膨らむ社会保障費の抑制策として今回、高齢者医療費の窓口負担増や薬価引き下げに踏み切る。しかし団塊の世代が後期高齢者となる25年度を見据えれば、予算編成のたびにその場しのぎの対応を繰り返すのでなく、制度全体を持続させる抜本的な見直しに着手する必要がある。 9年連続増となる防衛費では、相手の射程圏外から攻撃できる「スタンド・オフ・ミサイル」の開発経費を335億円計上した。専守防衛の逸脱につながる恐れがあり、国会が厳しくたださねばならない。 一方、歳入ではコロナ禍による企業業績の低迷で税収を20年度当初比9・5%減と見込む。財源不足の穴埋めに43兆5970億円の新規国債を発行する。国と地方の長期債務残高は1209兆円に達し、国内総生産(GDP)の2倍を優に超す。 政府は25年度までに、基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字にする財政再建目標を掲げるが、21年度予算案は20兆円超の赤字となる。税収を増やし、支出を減らして目標を達成するのは至難の業だ。 第2次安倍政権下の約8年で消費税率は2度引き上げられたが、予算規模も膨らみ、国債発行額は増え続けた。財政健全化への意思は希薄だったというほかない。 コロナ禍は、国民生活や企業活動を大きく変えようとしている。次代へのツケを減らし、新たな社会構造を見据えた財政再建の道筋を、菅政権は描きださなければならない。
日本学術会議が、組織の在り方に関する中間報告を井上信治科学技術担当相に提出した。 法は学術会議を「国の特別機関」と定める。現行の組織形態は活動の独立性や会員選考の自主性、国の支出による安定した財政基盤など、国を代表する学術機関(ナショナルアカデミー)として国際社会が共有する要件を全て満たすと結論づけた。 政府や自民党内で強まる学術会議の「切り離し論」への異議申し立てと言える。提言機能の強化と組織運営の透明性を自ら高めることで国民の信頼を得る決意も示している。 議論の発端は、菅義偉首相による学術会議会員の任命拒否問題だった。杉田和博官房副長官が推薦や任命に介入したことを裏付ける内部文書なども明らかになっている。 だが首相は、任命拒否の理由や法解釈の妥当性について「人事に関すること」として説明を避けており、疑問を抱く国民は少なくない。最近は、学術会議の問題点を「国民も分かってきた」などと語っているが、ずれがあると言わざるを得ない。 ところが、首相の意向を受けて自民党のプロジェクトチームがまとめた提言は、任命拒否問題の経緯には触れず、2023年9月までに学術会議を国から切り離し、新組織に移行させることを柱とした。 独立行政法人や特殊法人を例示しているが、そうなればトップ人事や財政支援を通じて、政府の関与がさらに強まる恐れがある。高い見識と科学的根拠に基づいて政府に提言し、時には苦言も呈する学術会議の役割にふさわしいとは思えない。 問題の本質から国民の目をそらし、ついでに政権の意に沿う組織に変えてしまおうという安直な思惑があるのではないか。 こうした動きに対し、学術会議側は中間報告で、法制度を変えてまで形態を変えようとするなら、明確な「立法事実」が必要だと反論した。 安倍政権下の15年、内閣府がまとめた学術会議の在り方についての報告書は、国の機関でありつつ独立性が担保されている「現在の制度を変える積極的な理由を見いだしにくい」としている。これを踏まえたもっともな指摘だろう。 学術会議は1949年の設立以来、科学者が戦争に加担した苦い経験を踏まえ、政治からの独立と、軍事研究への参加に批判的な方針を貫いてきた。こうした歴史的な経緯を考慮せず、人事とカネを握って強引に服従を迫るような手法を見過ごすことはできない。 菅首相は提言を受けて、年内に学術会議の在り方について方向性を出すという。その前に、任命拒否の理由を自ら説明するのが筋だ。
米製薬大手ファイザーが厚生労働省に、新型コロナウイルス感染症のワクチンを日本国内で初めて承認申請した。 既に欧米では大規模な臨床試験を経て、ファイザー製のワクチン接種が世界に先駆けて始まっている。感染拡大が止まらず医療体制が逼迫(ひっぱく)する中で、コロナ制圧の切り札として期待は大きい。 ただ、本来は数年以上かかるワクチン開発をわずか1年足らずで終えた点には、有効性などを懸念する声もある。厚労省は安全性を最優先に置き、慎重に審査しなければならない。 厚労省はファイザーと6千万人分のワクチン供給を受けることで基本合意している。来年前半までに全国民に行き渡る数量を確保するため、他の英米2社とも供給契約などを結んだ。 12月上旬の法改正により接種は無料となり、多くの国民が接種できる。 実際に接種が始まるのは早くて来年3月とみられるが、市町村が実施主体となるだけに、厚労省は各自治体と連携しながら実効的な接種体制を整える必要がある。 ワクチンの中には超低温の保管、輸送が必要なものがあり、そのための設備を全国に整えねばならない。ファイザーのワクチンは3週間あけて2回接種せねばならず、住民がきちんと実行しなければ効果は十分に表れない。 仮にワクチンが認可を受けたとしても、コロナ禍が収束に至るまではいくつも課題をクリアせねばならない。その点を強調したい。 英国に続いて米国でも、ファイザーのワクチン接種を受けた医療従事者にアレルギー反応とみられる症状が出ている。 厚労省はこうしたデータを収集するとともに、分析する際にはできるだけ多くの専門家の知見を得るべきだ。 欧米だけでなく中国やロシアも加わり、世界的なワクチン開発競争がしのぎを削っている。残念ながら、日本勢はまだ追いついていない。 ワクチン供給が一部の国に偏らないよう、国際連携を広げる動きもある。安全性などの情報も、国境を越えて共有する取り組みを進めたい。
建設現場でアスベスト(石綿)を吸い、中皮腫や肺がんなどの健康被害を受けた元労働者や遺族らが、国と建材メーカーに損害賠償を求めた訴訟で、最高裁は国側の上告を受理しない決定をした。規制を怠った国の責任を認め、原告への賠償を命じた東京高裁判決が確定した。 兵庫県内の原告を含む千人以上が全国9地裁に起こした「建設アスベスト訴訟」で、国への賠償命令が確定するのは初めてだ。同種訴訟に影響を与えるとみられる。 最高裁では五つの訴訟が審理中で、高裁で判断が分かれた国と企業の責任範囲などについて統一見解が出される見通しだ。 国はこれ以上、原告と争うことをやめ、今回の結果を重く受け止めて被害者の救済を急ぐべきだ。 二審判決は、国は1972~73年には作業員が石綿関連疾患にかかる危険性を予見できたと指摘し、遅くとも75年には、防じんマスク着用を雇用主に義務付けるべきだったとしていた。国の責任の重大さを、最高裁も認めたことになる。 今回の最高裁決定が画期的なのは、「一人親方」と呼ばれる個人事業主についても国の責任を認定した点だ。二審判決で救済対象となっていたが、国側は、労働安全衛生法で保護される労働者には当たらないと主張していた。原告側の「建設現場で重要な地位を占めている社会的事実を考慮すれば、保護の対象になる」との訴えが通じた。 加えて、メーカー側への請求を退けた二審の判断に対しては、双方の意見を聴く弁論を来年2月に開くと決めた。これにより、救済範囲が広がる可能性が出てきた。 今回、賠償が認められた原告は327人だが、石綿関連の疾患で労災認定を受けた人は2019年度までに1万7千人を超え、建設業は同年度で全体の6割近くを占める。 弁護団によると、毎年500~600人ほどの新たな患者が出ている。救済を待たず亡くなるケースも少なくない。原告が被害者のごく一部分であることを考えれば、国は幅広い救済に向けた基金創設などに、速やかに取り組む必要がある。 建築などに使われた石綿による被害は、潜伏期間が十数年から50年と長い。2005年に尼崎市のクボタ旧神崎工場周辺で健康被害が発覚し、翌年に石綿健康被害救済法が施行された。同工場の被害者は約600人に上り、今も増え続ける。 阪神・淡路大震災の被災地では、発生から25年を過ぎて解体現場などから飛散した石綿による被害も懸念されている。さらに広い範囲での健康調査の実施や救済策の拡充が求められる。
新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、政府は2020年度第3次補正予算案を閣議決定した。 全国各地で感染者数が過去最多を更新している。医療従事者は疲弊し感染経路を追う保健所の機能は限界に達している。必要な人が速やかにPCR検査を受けられる枠組みが整う前に医療が危機にひんしている。 ところが、追加経済対策の経費として19・1兆円余りを盛り込んだ今回の補正予算案には、なぜ、いまこれが、と首をかしげたくなる施策が目立つ。 いま必要なのは医療崩壊を食い止めて国民の命を守り、暮らしを維持するための即効策である。 政府は年明けの通常国会に予算案を提出する方針だが、医療機関は年末年始も休みなしの稼働が求められる。予算成立を待たずとも、まだ使い切れていない本年度予算の予備費で医療従事者の手当てや器材の確保を速やかに進めるべきだ。 補正予算案では医療機関への支援や自治体への臨時交付金など感染拡大防止策に4・3兆円を計上した。 一方、残る約15兆円は経済構造転換や国土強靱(きょうじん)化に充てられる。感染拡大防止策の3倍以上の巨費となっている点には強い違和感を覚える。 このうち約1兆円は、観光支援策「Go Toトラベル」の延長に計上した。感染が収束すれば景気刺激策として期待できるが、医療体制の逼迫(ひっぱく)が現実味を帯びる中では必要性が疑われる。 菅政権が政策の柱に掲げるデジタル改革やグリーン社会の実現にも3兆円近くを投じる。いずれも中長期的な施策であり、緊急措置が目的の補正予算にはそぐわない。 民間の技術開発支援などに充てる基金やファンドも設けるが、具体的な対象は明確になっておらず、効果は不透明だ。 補正予算は編成期間が短く、当初予算に比べて査定が甘くなりがちだ。特に衆院選を控え、中身以上に規模を膨らませることで政権の「やってる感」をアピールする手法が繰り返されている感が否めない。 3度にわたる補正で本年度の一般会計総額は175兆円を突破する。新規国債発行額も112兆円に達する。コロナ禍で景気が大きく落ち込む非常時に、財政出動で経済活動を下支えするのはやむを得ない。 だが政策効果を見極めた適切な予算配分は、非常時こそ重要になる。ばらまきでは国民の不安は決して解消されない。そのことを政府は認識するべきだ。 編成作業が大詰めを迎えた21年度当初予算案ともども、中身が実効性を伴っているか、国会で十分な審議を重ねる必要がある。
神奈川県座間市で2017年、男女9人の切断遺体が見つかった事件の裁判員裁判判決で、東京地裁立川支部は、強盗強制性交殺人などの罪に問われた白石隆浩被告に求刑通り死刑を言い渡した。 被害者は会員制交流サイト(SNS)に自殺願望を投稿するなどした当時15~26歳の若者だ。判決は、被告が9人を殺害して現金を奪い、遺体を損壊・遺棄したと認定した。「犯罪史上まれに見る悪質な犯行」と断じている。被害者の尊厳を踏みにじった被告の猟奇的な行為や過去の判例などに照らせば、極刑を避ける理由が見いだせなかったのだろう。 遺族は公判で「楽しかった日常を返してほしい」などと陳述した。若者の未来が無残に奪われた無念さは想像にあまりある。 裁判の争点は、SNSに「死にたい」などと書き込んだ被害者が殺害に同意していたかどうかだった。判決は「黙示の承諾を含め、真意に基づく承諾はしていない」と述べた。「死ぬ気はなく、頑張ろうとしていた」などという遺族の証言にも沿う判断となった。 動機については、金銭や性欲を満たすことや口封じと判示した。被告は「自分の快楽をずっと追い求めた生活だった」と話しており、その心情は常識ではおよそ理解しがたい。 弁護側も公判で「被告は真実を話さず、全てを早く終わらせようとしている」と述べ、被告の本心をつかめないことをうかがわせた。今後の凶悪犯罪を防ぐ上でも、その心の闇を十分に解明できなかったことは残念でならない。 公判で被告は十分な謝罪をせず、「娘を返せ」と怒声を浴びても表情を変えなかった。遺族の多くが死刑を求めた心情は理解できる。一方で「簡単に死刑になるべきではない。何十年もかけて自分の罪を考え続けてほしい」と望む遺族もいた。 死刑については、以前から冤罪(えんざい)の恐れなどの問題点が専門家から指摘されている。終身刑の導入なども含め、死刑制度の是非を巡る議論も深めなければならない。 SNSへの投稿が陰惨な犯罪に悪用されたことも、今回の事件が社会に与えた大きな衝撃の一つだった。 事件の後、自殺に関する書き込みの監視が強化された。SNS事業者も対策を進めている。 しかしネット上では、生きづらさを抱える若者が自殺をほのめかすケースが後を絶たない。自殺に誘うなどの情報の通報も今年上半期、昨年同期の約4倍となった。 公的な相談窓口の周知やその内容の充実に加え、若者の悩みを周囲の大人が敏感に察知し、寄り添う社会にしていくことが求められる。
政府が観光支援事業「Go To トラベル」について全国での一時停止を決めた。新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからない状況を踏まえ、大阪市など一部地域の利用制限から方針転換した。 菅義偉首相は先週末まで、経済への悪影響を理由に全国的な停止には否定的だった。週が明けるや方針を転換させた形だが、その判断はあまりに遅すぎる。 専門家の分科会は再三にわたって感染急増地域でのトラベル事業停止を求めてきたが、対策は小手先にとどまった。政府は「勝負の3週間」を掲げたものの、国民の行動変容に結びつく明確な政策を打ち出さず、都市部の人出は緊急事態宣言のときほど減っていない。状況は悪化の一途をたどっている。 人の移動を極力制限するのが感染症対策の要であり、税金で旅行や宿泊を促すタイミングでないことは自明だ。専門家の提言を顧みず、ここまで事態を深刻化させた首相の責任は大きい。自らの判断の失敗を認めた上で経済重視をいったん封印し、感染抑制に向けた行動変容の必要性を自ら国民に説くべきである。 首相の方針転換の背景には、内閣支持率の低下が指摘されている。 共同通信が12月上旬に実施した調査では前回から12・7ポイントも急落し、他の調査では不支持が支持を逆転したものもある。最大の要因は、政府の感染対策の不十分さだ。 首相は「トラベル事業は感染拡大の原因でない」という主張を現在も撤回しておらず、今回の決定との整合性がない。一時停止を始めるのが今月28日と2週間近く先なのも理解に苦しむ。停止はするが経済損失はできるだけ少なくしたいといった及び腰では、感染防止に向けた強力なリーダーシップを振るうことは到底不可能だろう。 違和感を覚えるのは、トラベル事業を続けないと経済的に追い込まれ自殺者が増えるという主張が与党内にあることだ。 自殺者数が昨年を上回り始めたのはGo Toトラベル事業が始まった7月以降だ。東京除外が解除された10月は前年比で約4割増えた。データを見る限り、自殺者数を抑制したとは言い難い。それよりも、生活苦や病苦などを抱え孤立する人々に手を差し伸べる政策にこそ、力を尽くすべきではなかったか。 留意すべきは、トラベル事業停止はあくまで対策の一つにすぎない点だ。政府は都道府県知事と連携した上で、地域限定の休業要請などさらに強力な施策も視野に入れる必要がある。安心して要請に応じるための支援体制をセットで打ち出すのはその大前提になる。
さまざまな価値観を持つ人が生きやすい社会をつくるためには「決めつけ」を排し、選択肢を広げることが極めて重要だ。 日本は夫婦に同姓を義務付ける世界でもまれな国である。しかし、時代とともに強制をやめてほしいとの声が広がり、今や選択的夫婦別姓を容認する国民は幅広い年代で多数を占めるまでになった。 婚姻前の名字を引き続き使えず仕事に支障が出ている、実家の姓が絶えるので結婚に踏み切れない-。こうした理由で実際に困っている人がいる。未婚化や、ひいては少子化の一因になっているとの指摘もあり、見過ごせない。 政府、与党は国民の変化にしっかりと向き合い、夫婦別姓を巡る法改正の議論へ一歩踏み出すべきだ。 現在、今後5年間の女性政策をまとめた「第5次男女共同参画基本計画」の策定に向けた議論が自民党内で行われている。夫婦別姓の記述を巡り、賛成派と反対派が激しく対立している状況だ。 政治は20年以上も問題を放置してきた。1996年、法制審議会は選択制を認める民法改正案を答申したが、法改正は棚上げされた。 2015年には最高裁が夫婦同姓を合憲としつつも「国会で論ぜられるべき」との判決を出した。ところが、やはり進展しなかった。怠慢はもう許されない。 最高裁は先日、夫婦同姓を定めた民法の規定は違憲だと訴えた3件の家事審判の特別抗告審について、大法廷で審理すると決めた。改めて憲法判断を示す可能性がある。 これからの社会を担う若い世代の意向は特に尊重されるべきだろう。 30歳未満の若者によるプロジェクト「#男女共同参画ってなんですか」は先ごろ、夫婦別姓の実現を求める約3万筆の署名を橋本聖子男女共同参画担当相に提出した。内閣府の17年調査によると、夫婦別姓への賛成は、反対の29・3%を大きく上回る42・5%に上り、18~39歳では50%を超えた。 自民党などの反対意見で目立つのは「家族の絆や一体感が失われる」である。同姓にすることで一体感を得られると思う人は、そちらを選べばいい。だが、家族観は一様ではない。望めば別姓を選べるようにするのは政治の責任といえる。 夫婦同姓を日本古来の伝統のよううにとらえる向きがあるが、それは違う。ドイツを手本に、1898(明治31)年に導入された。 しかしそのドイツも1993年の法改正で選択的別姓となった。日本でも家族のあり方や国民の意識は確実に変わっている。今こそ、柔軟に考えるときである。
国産初の手術支援ロボット「hinotori(ヒノトリ)」を使った1例目の手術があす、神戸大病院国際がん医療・研究センターで前立腺がん患者の治療に実施される。 川崎重工業とシスメックスの共同出資会社である「メディカロイド」が開発し、会社設立から7年でようやく実用化にこぎ着けた。成功の報がもたらされるのを祈るばかりだ。 川重は1968年に米企業と提携し、翌年に国内初の産業ロボを投入して以来、半世紀の蓄積を持つ。自動車生産への導入で先鞭(せんべん)をつけ、半導体業界向けは世界トップシェアを誇る。 一方、シスメックスは、世界シェア1位の血球計数分野をはじめ医療検査機器と試薬で海外190カ国以上に展開した。兵庫の製造業の代表格である両社がそれぞれの得意分野を持ち寄り、新分野に挑んだのは地域経済にとっても心強い。 執刀医は手術する部分の立体画像を見ながら、内視鏡カメラや手術器具を付けた4本のアーム(腕)を遠隔操作する。臨床現場に通じた神戸大の医師らの意見を取り入れた、産学連携の果実である。 開腹しない腹腔(ふくくう)鏡手術に使われ、患者の負担軽減にもつながる。医師らの訓練施設もでき普及を促す。 日本は医療機器の輸入超過が続いている。手術支援ロボも、市場を席巻するのは米国製の「ダビンチ」だ。本体の購入費が2億~3億円とされる上、年間維持費も2千万円近くが見込まれるため、都市部の大病院でないと導入は難しかった。これらのコストを抑えたのも「ヒノトリ」の強みになる。 ただ、現時点では泌尿器科の手術に利用が限られ、他領域への拡大が課題となる。 手術支援ロボは、「ダビンチ」の基本特許が切れて開発競争が激しい。第5世代(5G)移動通信システムや人工知能(AI)を活用し、遠隔手術や熟練した手術医のメス裁きも取り込むなど、「ヒノトリ」を進化させることが重要だ。 メディカロイド社は構想開始から22年を経た神戸・ポートアイランド2期の医療産業都市に立地する。ものづくりの新たな拠点とする契機ともしたい。
兵庫県の井戸敏三知事がきのうの県議会で、次の知事選に立候補せず、5期目の任期満了となる来年7月で退任する意向を表明した。 一極集中のリスクやデジタル化の遅れなど新型コロナウイルスの感染拡大があらわにした課題は、地方にも変革を促している。 井戸氏は「従来の延長線では対応できず、新たな発想と行動力、先見性が必要だ」とし、「新しい時代は新しいリーダーのもとでつくりあげるべきだ」と述べた。 5期20年に及ぶ在任期間は県政史上最長となる。多選批判に加え、75歳という年齢を考慮すれば、井戸氏の決断は大方の県民の理解を得られるのではないか。 ただ、今は感染拡大の「第3波」の渦中である。医療の逼迫(ひっぱく)、地域経済の疲弊、生活困窮者や自殺者の増加などへの対応は緊急を要する。県民の命と暮らしを守る責務を最後まで全身全霊で果たしてもらいたい。 井戸氏は阪神・淡路大震災後の1996年、自治省(現総務省)大臣官房審議官から兵庫県副知事に就任し、2001年、貝原俊民前知事の後継として立候補、初当選した。 その県政運営は震災復興の歩みとともにあったと言える。貝原氏から引き継いだ復興計画の実現に努め、08年度から取り組んだ行財政構造改革で、危機的な状況に陥った財政の再建にめどをつけた。 関西広域連合の連合長を発足から10年間務め、東日本大震災の被災地支援などに成果を上げたのは記憶に新しい。国や地方自治の制度を熟知した元総務官僚らしく、堅実な行政手腕は評価されていいだろう。 一方、コロナ対応では、独自の施策を積極的にアピールする各地の知事と比較され、発信力の弱さが際立った。最近では、公用車問題を巡り県民感覚とのずれが指摘される場面もあった。県民とともに考え、取り組む姿勢には物足りなさが残る。 コロナ対応以外にも課題は山積している。行革目標を達成したとはいえ、震災復興に端を発する財源対策として発行した県債の償還は続く。若い世代の人口流出にどう歯止めをかけるか。南海トラフ巨大地震などへの備えも待ったなしだ。 兵庫の将来像を描くには、県民ニーズに改めて向き合い、井戸県政の検証と総括を進める作業が不可欠となる。貝原氏の4選、井戸氏の5選と多選知事の下でトップダウンが浸透した県庁組織の意識改革にも取り組まねばならない。 コロナ禍の収束が見通せない中、発信力と行動力を備えたリーダーを求める声は強まるだろう。次代の兵庫に必要な知事像をどう描くのか。一人一人が考える機会にしたい。
自民、公明両党が2021年度与党税制改正大綱を正式に決めた。 企業や個人を対象とした減税項目が目立つ。その総額は国税分だけで500億~600億円規模になるという。新型コロナウイルスの感染拡大で日本経済全体が大きく落ちこんでいる状況を踏まえれば、暮らしや雇用を維持するための措置を重視した判断に違いない。 一方で、格差是正に向けた公平な税制の実現や税制全体の簡素化は、今後の検討課題とするにとどまった。21年度だけでなく、以前から税制大綱で指摘されながら今回も積み残しとなっている。 少子高齢化や財政健全化などの課題は待ったなしで深刻さを増す。目の前のコロナ禍への対応に加え、次代の日本社会を踏まえた税制を描く作業に踏み出すべきだ。 今回の税制大綱は、固定資産税の増額の1年凍結が目玉となった。 ここ数年、外国人観光客の増加などを受けて都市部を中心に地価は上昇傾向に転じていた。固定資産税の基準となる土地評価額は、コロナ禍が影響しない今年1月1日時点の公示地価を基準に決まるため、景気が悪化しても増税となる例が山積する。その点に対応したといえる。 対象は商業地に限らず、住宅地など全ての地目を含めている。リゾート地を擁する北海道などで内外の投資マネーが地価を押し上げている点に配慮したのだろう。 住宅ローン減税の入居期限や自動車課税の「環境性能割」の延長などは、個人消費を刺激する狙いがある。環境対策やデジタル投資への優遇措置で次世代産業の育成を促す。菅政権が旗印に掲げる脱炭素化とデジタル化を、税制に反映させる意図がうかがえる。 ただこうした刺激効果が期待できるのはあくまで平時の話である。しかも恩恵を受けるのが、企業や高額消費に偏っている点は見逃せない。 コロナ禍の先行きが見えないのに、住宅購入や設備投資に踏み切る動きが勢いづくかは未知数だ。固定資産税増額の凍結も、地価が下落する地域には関係がない。景気の底割れを防ぐには個別税制だけでなく、根幹をなす所得税や消費税のあり方も見直すべきではなかったか。 1988年の創設時に消費税は税収全体の約18%だったが。3度の引き上げで現在は約36%を占める。一方で個人と法人への所得課税の合計は、景気変動に税率引き下げも加わり67%から51%へと減少している。 コロナ禍で多くの人が所得を減少させる中、消費税には低所得者ほど負担が増す「逆進性」がある点に改めて留意して、持続可能な税負担の仕組みを考えねばならない。
患者の予期せぬ死亡を対象とする医療事故調査制度の導入から5年となった。 医療機関が第三者機関に事故発生を届け出るとともに、自ら調査する仕組みである。結果は遺族に説明し、第三者機関にも報告する。 届け出件数は年間1300~2千件が見込まれていたが、第三者機関の集計では5年間で1847件だった。高度医療を担う大規模医療機関では発生が多いと推測されるが、600床以上の施設のうち3割超で報告実績がなかった。 適切な報告がなされていないとの指摘もある。5年を機に制度の在り方をしっかりと検証するべきだ。 調査制度が発足した背景には、2000年前後に相次いだ薬剤誤投与などの重大事故による医療不信があった。検討の過程で、医療界の一部には「現場が萎縮する」といった意見もあり、その点に配慮して、第三者機関に届け出るかどうかは医療機関に委ねる形になった。 医療事故の遺族の間には、まず制度を発足させることで「小さく産んで大きく育てる」との期待もあったという。 だが医療機関側の消極的な姿勢は、5年を経てもほとんど変わっていない。個人への責任追及などの警戒感から調査に非協力的だったり、拒否したりしたケースも報告されている。届け出件数が少ない要因とも考えられる。 死亡から届け出まで半年以上を費やした例が一定数あり、中には約2年半かかったケースもある。遺族が調査を求めても、医療機関がちゅうちょしている状況がうかがえる。 「予期せぬ死亡」の対象が明確に定義されておらず、恣意(しい)的に解釈できる点も問題だ。再発防止に後ろ向きな医療機関は事故を届け出ず、うやむやに終わらせている可能性が否めない。 これでは調査制度は実効性を持たない。遺族らでつくる市民団体は、独自調査を行えるよう第三者機関の権限を強化することや、個別の調査報告書について要約版の公表などを厚生労働省に提言している。いずれもうなずける内容である。 個人の責任論とは切り離して事故の原因を突き止め、再発防止や医療の質の向上を図るのが調査制度の目的だ。さまざまな事例を調査し知見を得ることは医療界全体にとっても大きなメリットになる。そうした認識を、すべての医療機関が共有しなければならない。 診療や治療を受けていた家族を失った遺族がその原因を知りたいと思うのは当然のことだ。5年の経験を踏まえ、その思いにどう応えるか、医療の姿勢が問われている。
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