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徳島新聞/2019/12/11 6:06
http://www.topics.or.jp/articles/-/295920

北條民雄忌/希代の作家顕彰進めよう

 12月5日は「民雄忌」。ハンセン病と闘いながら創作を続けた阿南市出身の作家北條民雄(本名・七條晃司、1914~37年)が鬼籍に入った日だ。彼の業績を顕彰しようと、徳島文学協会と同市が10月に命名したばかりなので、知らない人も多いだろう。
 北條は10代でハンセン病を発症し、34年から東京の全生病院(現・国立療養所多磨全生園)での隔離生活を余儀なくされた。作家川端康成の知遇を得て本格的に執筆を開始。36年、ハンセン病の療養施設に入所した患者の心情をつづった小説「いのちの初夜」はベストセラーとなり、文學界賞を受賞、芥川賞候補にも名を連ねた。
 作家活動は、23歳で亡くなるまでのわずか2年程度だったが、小説9編など、上下巻で1千ページを超す「定本 北條民雄全集」(東京創元社刊)に収録された作品の数々は、ノーベル賞作家の川端に自分以上の天才と激賞された筆から生まれた。
 そんな作家が阿南市から生まれたことは県民の一人として誇らしい。ただ、まだ解決すべきことがある。
 北條の作品と人生をハンセン病抜きで語ることはできない。ハンセン病の患者や家族は長く激しい偏見と差別にさらされ続けた。このため、遺族が北條の本名と出身地を明らかにできたのも、ようやく5年前のことだ。
 11月に、ハンセン病元患者家族への補償法と、改正ハンセン病問題基本法が成立するなど、法整備は進みつつあるが、名誉回復は十分とは言えない。
 北條が正当に評価されるようにと奮闘している関係者の努力と、遺族の思いに敬意を表すると同時に、私たちも北條の苦悩に寄り添い、偏見と差別の解消へ、歩を進めなくてはならない。
 文学関係者らの間では名高い北條だが、一般に浸透しているわけではない。生命の根源に触れた作品群の高い文学性を、さらに発信していくことも重要だ。
 今月7日に阿南市で催された北條民雄を偲ぶ会(徳島文学協会、同市主催)には約50人が集まり、北條の生涯を描いた「火花」の作者、髙山文彦さんらの思いに耳を傾けた。こうした活動によって北條への理解が一層深まることを期待したい。
 「いのちの初夜」が芥川賞を逃したのは、選考委員の一人であった川端が、受賞によってマスコミに追い回され、知られたくない事情を明かされることを案じたためともいわれる。
 そこまで大切にされる魅力が人物と作品にあるということだろう。一つ殻を破れば、多くの人にとって身近な文学者の一人になる可能性を秘めている。
 今年7月には幼少期の写真が見つかるなど、希代の作家の足取りも明らかになりつつある。北條ファンの裾野拡大を願い、古里・徳島から再評価の機運を高めよう。


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