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佐賀新聞/2019/8/15 6:06
http://www.saga-s.co.jp/articles/-/413711

終戦の日 「平和」の内実問われている/

終戦から74年を迎え、日本は昭和から平成、そして令和へと、国際紛争に主体的に関与することなく戦後の「平和」を享受してきた。しかし、このところ、その平和が極めてもろい基盤の上に成り立っているのではないか、と懸念を抱かせるような日本社会の「変質」を感じるときがある。
 例えば、今年の元日、東京・原宿の竹下通りで暴走車両が次々とはねる事件が起きた。5月には川崎市でスクールバスを待つ児童らが刃物で殺傷された。先月には京都のアニメ制作会社がガソリンで放火され、35人もの命が奪われている。
 一見、何の接点もない凶悪事件から浮かび上がってくるのは、〈日本社会の中で「殺すこと」が軽くなった〉(石原俊・明治学院大教授)現実である。動機は未解明な部分が多いものの、「車両」「刃物」「ガソリン」といった身近な凶器で不特定多数を狙った犯行は、海外で頻発するイスラム過激派などによるテロとの類似性も指摘されている。それは暴力の「日常化」と言い換えてもよい。
 世界はいま、格差の拡大や自国第一主義の広まりを背景に、立場の違いを理解し合うことを拒む不寛容の風潮がはびこっている。米国では移民に対して厳しい政策を掲げるトランプ大統領の登場以降、銃乱射などのヘイトクライム(憎悪犯罪)が17%も増えたとする分析もある。
 テロやヘイトクライムを生むこうした土壌が、日本社会にも広がりつつありはしまいか。愛知県で開かれている国際芸術祭で慰安婦問題を象徴する少女像などの展示に対し、テロ予告ともとれる激しい抗議が寄せられ、展示中止に追い込まれた。その政治的主張はどうあれ、「日常化」した暴力をちらつかせ、異なる意見を排除する行為は、日本がかつて戦争へと突き進んだ時代の記憶を呼び戻す。
 20世紀に経験した二つの大戦を教訓にした「国際協調」が大きく揺らぎ、自国の利益を最優先に考える「力による平和」が幅をきかせる時代。互いが互いを非難し合う排外主義と、「敵か味方か」「愛国者か非国民か」を断じる単純な二分法が支配する世界で、日本もその影響から逃れられないでいる。これが私たちの享受している「平和」の内実である。
 「戦後思想は戦争体験の正確な反映」といわれる。苛烈(かれつ)な戦時下の苦難を経て、平和と民主主義を築いてきた日本社会が、いつの間にかその「果実」を手放しているのだとすれば、戦争体験がもはや正確に反映されなくなりつつある証左ではないか。戦後生まれが全人口の8割台半ばに迫る中で、戦時下の記憶をこれ以上、風化させてはならない。そのための模索が、日本の未来の針路を示すと信じたい。(論説委員長桑原昇)


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