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熊本日日/2019/8/12 12:06
https://kumanichi.com/column/syasetsu/1149976/

戦没者の遺骨収集/戦後処理は残ったままだ

 敗戦から74年。残された戦後処理の一つに、海外戦没者の遺骨収集がある。遺骨を探し出して遺族の元に返すのは国の責務だが、膨大な未収容者数を前に、作業は全く追い付いていない。
 そうした中、外国人の遺骨と取り違えるという、あってはならない失態が起きた。旧ソ連に抑留されてシベリア地域で死亡した日本人のものとして、5年前に厚生労働省の派遣団が持ち帰った16人分の遺骨について、全てが日本人のものではない、もしくは日本人でない可能性が高いと鑑定されていたことが最近明らかになった。厚労省は事実を公表せず、ロシア側にも伝えていなかった。
 厚労省によると、骨は2014年8月にロシア・ザバイカル地方で収集。地図や近隣の人の聞き取りから「日本人の埋葬地」と特定した場所で、現地の鑑定人が骨の形状を「日本人である確度が高い」と判断した。だが、持ち帰り後のDNA型鑑定で否定的な結果が出され、昨年8月の非公開の有識者会議で報告されていた。
 ずさんな調査鑑定

 厚労省は公表しなかった理由を「鑑定結果の精査や整理に時間がかかった」と釈明しているが、怠慢のそしりは免れない。取り違えならばロシア側の埋葬者にとっても大問題で、即刻返還と再調査を考えるべきだ。埋葬地の特定や現地での鑑定方法にずさんさはなかったか。猛省すべきである。
 遺骨収集を巡る失態は、今回が初めてではない。厚労省の委託を受け、日本のNPO法人がフィリピンで収集した遺骨の一部に、現地住民の骨が交じっているとして問題化。10年から昨年まで同国での収集事業が中断した。
 戻らぬ112万柱

 厚労省の資料によると、先の大戦による海外での日本人戦没者は240万人とされる。旧日本軍や一般の引き揚げ者が遺骨を国内に持ち帰ったり、戦後に遺族が収集したりしてきたが、約半数の112万人分の遺骨は現在も戻っていない。特に中国東北地方や中部太平洋、フィリピンにはそれぞれ何十万人という未収容の遺骨が残っている。中には海に沈み、回収の難しい遺骨もある。
 戦後の遺骨収集は当初、主に激戦の生存者や遺族らが自力で始めた。熊本では1966年、ブーゲンビル島への遺骨収集団が現地を訪ね、初めて207人分を持ち帰った。「勲章をもらうより遺骨を返してほしい」-遺族らの願いに応えた派遣だったという。
 2016年に戦没者遺骨収集推進法が成立し、収集を「国の責務」と明記した。国は24年度までを収集の集中実施期間としているが、この3年は年間900人分前後と低調な実績にとどまる。
 これに先立つ03年度から、遺品や埋葬記録によって個人が推定される場合には、遺骨の歯や四肢の骨を試料にDNA型鑑定が実施されている。7月時点で1149人の身元が判明し、うち1135人は旧ソ連地域の遺骨だった。フィリピンなど南方は高温多湿で骨の保存状態が悪く、14人にとどまる。厚労省は鑑定の可能性を広げるため、今後、遺骨を現地で火葬せずに持ち帰ることも検討する。
 「全兵士を祖国へ」
 「全兵士を祖国へ帰す」ことを国是としている米国には、戦争捕虜・戦中行方不明者捜索統合司令部(DPAA)という軍の専門機関があり、手厚い遺骨収集とDNA鑑定を実施してきた。米国と比較にならないほど未収容の遺骨が多いにもかかわらず、日本の収集態勢は脆弱[ぜいじゃく]だ。
 遺族は高齢化し、存命中に返還するには長い時間は残されていない。未収容の遺骨数と保存状態を考えれば、全てを収集することは困難かもしれないが、国はあたう限りの収容を目指し、全力で収集に取り組むべきである。


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