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茨城新聞/2019/8/6 4:06
http://ibarakinews.jp/hp/hpdetail.php?elem=ronsetu&【論説】夏の甲子園開幕 誇りを胸に健闘を

夏の甲子園開幕/誇りを胸に健闘を

 第101回全国高校野球選手権大会はきょう、兵庫県西宮市の甲子園球場で開幕する。本県代表の霞ケ浦はあす大会第2日第1試合(午前8時開始)の1回戦で履正社(大阪)と対戦する。
  履正社は同校初の春夏連続甲子園出場で、今夏を含め甲子園春夏通算12度出場している強豪だ。霞ケ浦ナインは93チームが出場した茨城大会の頂点に立った誇りを胸に健闘してほしい。
  茨城大会での霞ケ浦の戦いぶりを振り返ると、試合ごとに粘り強さを増していったように思える。決勝を制した後、芳賀太陽主将がインタビューに答えて「苦しい試合ばかりだった」という言葉は本当だろう。その苦しさを乗り越えて、1戦1戦戦うごとに地力をつけていったようだ。
  霞ケ浦は初戦で土浦三を振り切って勝利を収めると、3回戦の水戸桜ノ牧には六回コールドで圧勝した。4回戦の藤代との試合はエース鈴木寛人投手の力投で延長十回サヨナラ勝ち。準々決勝でもセンバツに出場した石岡一に延長十回の末にサヨナラ勝ち。準決勝では水城から初回に4点をもぎ取って一気に決勝進出を引き寄せるなど、投打がかみ合い、試合ごとに勢いを増していった。
  甲子園出場を懸けた常磐大高との決勝は圧巻だった。初回から得点を続け、終わってみれば計14得点。エース鈴木投手は1安打、無四球の好投で相手打線にチャンスを与えなかった。霞ケ浦は、夏は4年ぶり2度目、春も入れれば3度目の甲子園出場を決めた。
  夏の茨城大会の歴史の中で令和初の頂点には霞ケ浦が立ったが、その前の平成の30年間は常総学院の時代だったと言えよう。
  常総学院の優勝回数は最も多い14回。次いで水戸商の4回、藤代の3回と続く。霞ケ浦は決勝に7度進出し、優勝したのは1回と不運が続いていた。
  果たしてこれから霞ケ浦の時代が始まるのか。それともそれを阻もうと各校がしのぎを削る群雄割拠の時代になるのか。それを見るのも高校野球ファンにとっては楽しみである。
  昭和の末ごろから平成にかけての夏の甲子園での県勢の歴史も、1984年に取手二が優勝して以来、木内幸男監督と常総学院を中心に築いてきたと言っても過言ではない。常総学院は87年に準優勝し、93年に4強入り、98年にも8強入りし、2003年に念願の優勝を果たした。その後、木内監督は引退し、県勢は1、2回戦敗退という低迷期が続いた。常総学院は13年と16年に8強入りを果たしたが、その後、県勢は初戦を乗り越えられないでいる。
  夏の甲子園で勝つことは容易ではないが、2度目の夏の甲子園の土を踏む霞ケ浦に期待したい。
  霞ケ浦は昨秋から思うような成績を残せないでいたが、本番の夏に結果を出した。甲子園に向けて高橋祐二監督はインタビューに答えて「甲子園で校歌を歌うことを合言葉にやってきたので、ぜひ歌いたい」と意気込み、芳賀主将も「茨城代表として胸を張って全力で戦う」と誓った。まずは初戦を突破してほしい。
  いよいよ夏本番となり、甲子園球場の暑さは並大抵ではない。選手たちはまさに暑さとの戦いにもなる。選手たちは体調の管理には十分留意し、悔いのない戦いをして、再び深紅の大優勝旗が利根川を渡ることを期待したい。
 


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