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茨城新聞/2019/6/23 4:05
http://ibarakinews.jp/hp/hpdetail.php?elem=ronsetu&【論説】沖縄慰霊の日 「捨て石」の構図いつまで

沖縄慰霊の日/「捨て石」の構図いつまで

 太平洋戦争末期の沖縄戦から74年。沖縄はきょう、地上戦で組織的な戦闘が終結した「慰霊の日」を迎えた。糸満市摩文仁の石碑「平和の礎(いしじ)」には、新たに判明した戦没者42人の氏名が刻まれ、総数は24万1566人となった。慰霊の日に戦争犠牲者を追悼し、改めて平和を誓いたい。
  沖縄は、本土防衛の時間稼ぎのための「捨て石」とされ、米軍との激しい地上戦の島となった。県民の4人に1人が亡くなったとされる。
  だが沖縄を本土から切り離す「捨て石」の構図は、今も続いているのではないか。米軍基地の過重な負担を押し付けている現状だ。米軍は沖縄を制圧した後、住民の土地を奪って基地を造った。一方で本土の米軍基地も次第に沖縄に移され、在日米軍専用施設の約70%が今、沖縄に集中する。
  この1年間を振り返れば、その構図はより鮮明になっている。県知事選や県民投票で、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に何度も「反対」の声を上げているのにもかかわらず、政府は移設工事を強行している。
  玉城デニー県知事は先日、東京からスタートさせた全国キャラバンで「沖縄では為政者による抑圧が今も続いている。その最たるものが辺野古の現状だ」と訴えた。
  日本を取り巻く安全保障環境は、楽観視はできないものの、大きく動いている。北朝鮮は朝鮮半島の非核化の意思を表明し、日中関係も改善の方向にある。安保環境の悪化を理由に、地元の理解を得られない基地負担をいつまで押し付けるのか。本土の負担も含めて総合的な安保政策を再検討すべきだろう。
  沖縄戦の「跡」は今も残る。宜野湾市では6月初め、小学生の男児が沖縄戦で使われたとみられる手りゅう弾を見つけ、投げて遊んでいた。爆発しない状態だったが、もしもと考えると恐ろしい。
  県によると、沖縄戦では約20万トンの弾薬が使われ、2018年3月末時点で約1963トンの不発弾が埋まっているという。「不発弾が見えない形で生活に潜んでいる」と、男児が通う小学校の校長は話す。
  一方で、戦争の記憶が薄れているのも現実だろう。その中で、戦後生まれの20〜50代の「非体験世代」の研究者ら28人がこのほど、「沖縄戦を知る事典」(吉川弘文館)を出版した。新たな史料も基に、日米両軍の動き、集団自決や学徒動員、今も残る心の傷など、沖縄戦の実相を伝えていこうという取り組みだ。
  編者の吉川由紀沖縄国際大非常勤講師は「74年がたっても、私たちはあの時代と地続きであることから逃れられない」と指摘。「今の日本社会を『沖縄』抜きには語れない。小さな島に7割の米軍専用施設があり続ける理不尽さ、憲法がないがしろにされる異常さに、『沖縄』は気付かせる」と記している。
  玉城知事は「日米安保体制の在り方、民主主義の尊厳、日本が進もうとしている今後を、全国の国民に自分のこととして考えてほしい」と呼び掛ける。
  秋田と山口に計画される地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」を巡るずさんな調査報告書は、住民の理解を丁寧に得ようとしない国の姿勢を浮き彫りにした。全国どこでも起こりうる問題だ。沖縄戦から今に続く重い課題を本土のものとして考えたい。
 


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