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福島民報/2018/11/9 10:05
http://www.minpo.jp/news/detail/2018110957220

製薬王星一/郷土の偉人を知ろう

 東洋の製薬王と称された星一[ほしはじめ]をご存じだろうか。一八七三(明治六)年、現在のいわき市錦町に生まれ、実業家、政治家、著作家として活躍した。勿来関文学歴史館は、星一に関する所蔵資料を二十一日まで公開している。本県が生んだ偉人への理解を深めるよう、見学してもらいたい。
 二十歳の時にアメリカに渡り、コロンビア大に学んだ。十二年間の滞在後、帰国して星製薬を創業した。輸入に頼っていたモルヒネの国産化に成功する。特約店の販売網をつくり、日本初のチェーンストア方式を確立した。斬新な発想に驚かされる。一方で政界にも進出し、衆院議員四期、参院議員を一期務めた。
 一九五一(昭和二十六)年に亡くなるまで「親切第一」の人生を貫いた。滞米中には野口英世と親交を持ち、母に会うための野口の帰国費用を工面した。製薬業は社会奉仕になるとの考えで始めた。充実した社員教育が星薬科大開学につながった。自身の信条は大学の教育理念となる。
 第一次世界大戦後にはドイツの科学界の窮状を知り、私費をなげうって援助した。ドイツでは苦境を救った恩人として伝わり、ドイツ政府は二〇一〇(平成二十二)年、日本に顕彰記念碑を贈った。古里の勿来市民会館に建つ。
 偉業に照らして、国内での知名度は高いとはいえない。星一の長男で「ショートショートの神様」といわれるSF作家星新一の方がよく知られている。新一の本名は親一で「親切第一」に由来する。
 勿来関文学歴史館には、創業当初の星製薬のカタログや執筆した書籍などが並ぶ。二十点ほどの資料だが、解説文とともに見ることで、星一の人生をたどることができる。
 いわき市では二〇〇九年、星一プロジェクト実行委員会が発足した。星薬科大や子孫らの協力を得て、業績をまとめた冊子を作った。現在も希望者に配布している。
 広島市の民間団体は東日本大震災の被災地の復興支援に、東北にまつわる百の物語を紙芝居にした。中に星一の生涯を描いた作品があり、プロジェクト実行委員会に寄贈された。いわき桜ロータリークラブが借り受け、小学校などで上演している。
 活動の積み重ねが、少しずつ知名度を押し上げてきた。実行委員会や東京福島県人会などは星一・新一親子の記念館建設やNHK大河ドラマ化を目指す。夢への第一歩として、信条である「親切第一」思想を普及させよう。郷土の偉人の教えを学ぶことは、優しさあふれる地域づくりにつながる。(鈴木俊哉)

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