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北國新聞/2018/10/11 2:05
http://www.hokkoku.co.jp/_syasetu/syasetu.htm?鼠多門橋の起工 外周の樹木整理も必要では

鼠多門橋の起工/外周の樹木整理も必要では

 金沢城の鼠多門(ねずみたもん)橋の復元整備に向けて、現地で起工式が行われた。藩政期に玉泉院丸(ぎょくせんいんまる)と金谷出丸(かなやでまる)(現在の尾山神社)の間にあった鼠多門と鼠多門橋が復元されると、武家屋敷跡から尾山神社を経て金沢城、兼六園に至る回遊ルートが生まれる。
 式で谷本正憲知事は整備によって「加賀藩ゆかりの歴史的回遊ルート」をつくる意義を説き、2020年の東京五輪・パラリンピックに間に合うように完成を前倒しする考えを述べた。鼠多門・橋が復元されると、目立たなかった玉泉院丸側の価値に光が当たる。文化都市、文化立県の格を上げるためにも整備を急ぐ意味は大きい。
 復元を進める際に考えてほしいのは、城の外周の景観である。鼠多門の周辺には回廊のように石垣が連なっている。その石垣の上には樹木が茂っているが、藩政期の姿は違っていただろう。明治期に城を外から撮った写真では今のように木が多くなく、石垣がはっきり見えていた。
 県は歴史的回遊ルートを形成するのであれば、城の景観も藩政期に近づけてほしい。鼠多門・橋の復元に合わせて修景が進むように、城の外周部では樹木の整理も必要なのではないだろうか。
 鼠多門の復元現場のあたりから城を眺めると、木の茂みの間に三十間長屋(さんじっけんながや)が見える。しかし、建物の全体像が分からないため、城の威容も伝わりにくいのが残念である。玉泉院丸庭園の横から二の丸広場に向かって坂道を上るときは色紙短冊積(しきしたんざくづみ)石垣のそばを通るが、せっかくの見どころも木の陰に隠れて、よく見えない。
 石垣めぐりの薪(たきぎ)の丸コースに入ると、樹木で日差しが遮られ、ササやシダが地面を覆う。藩政期に刀剣や書籍を収める蔵があった薪の丸の光景は森の中のようだ。
 都心の緑は大事であるが、金沢城を訪ねる人は手つかずの自然を期待しているわけではないだろう。石垣の美を見せる回遊コースに、野生動物が出てきそうな茂みが似合うとは思えない。
 樹木が茂るままにしておくと、根が石垣の間に入り込んで崩壊につながる可能性もある。金沢城の復元事業では風格や石垣の保存と見せ方にもっと配慮してほしい。


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