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信濃毎日/2018/8/10 10:05
https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20180810/KT180809ETI090008000.php

翁長知事死去/本土に突きつけた問い

 新基地を造らせないという私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません―。
 6月23日、沖縄戦の慰霊の日の式典で、翁長雄志知事は声を振り絞るように訴えた。安倍晋三首相に向けた眼光の鋭さが印象に残っている。
 それから2カ月と経ずに、翁長氏が急逝した。7月末、前知事による名護市辺野古沿岸部の埋め立て承認を撤回する手続きに入ると表明したばかりだった。
 膵臓(すいぞう)がんの手術を受けたことを公表し、治療を続けながら職務にあたっていた。辺野古への基地建設を強行する政府に、最期まで死力を尽くして抵抗した。
 かつては自民党県連の幹事長を務めた保守の政治家である。米軍基地を容認し、普天間飛行場の県内移設を推進する側にいた。
 保守、革新の対立を超えた「オール沖縄」の訴えは、那覇市長時代の13年に原点がある。米軍基地への輸送機オスプレイの配備撤回を求め、県内全市町村長と議員らが東京でデモ行進した。先頭に立ったのが翁長氏だった。
 14年の知事選で当選した夜。妻の樹子さんと「万策尽きたら、一緒に辺野古で座り込もう」と約束したという。基地建設を何としても阻止する決意が、政府の権力にひるまない姿勢を支えた。
 戦後四半世紀余に及ぶ米軍の統治を経て1972年に日本に復帰した後も、沖縄は「基地の島」であり続けてきた。在日米軍基地の7割がなお沖縄に集中する。そして辺野古に計画されているのは、大型船が接岸できる護岸などを備えた巨大な新基地である。
 抗議する人たちを実力で排除して工事は進められている。逆らえば力ずくで押さえつけ、既成事実を積み重ねてあきらめを強いる。政府が沖縄でやっていることは民主主義と懸け離れている。
 東京でデモ行進をしたとき、「琉球人は日本から出ていけ」「中国のスパイ」と罵声を浴びせられたという。そのこと以上に、見ないふりをして通り過ぎる人の姿に衝撃を受けたと述べていた。
 無関心であることが、政府の強硬な姿勢を支え、排外的な言動をはびこらせることにもつながっていないか。沖縄の人々の憤りは、政府だけでなく、本土の私たちに向けられている。
 過重な負担の押しつけは差別である。うちなーんちゅ、うしぇーてー、ないびらんどー(沖縄人をないがしろにしてはいけない)。翁長氏の言葉を胸に刻み、沖縄に向き合う姿勢を問い直したい。
(8月10日)


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