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桐生タイムス/2018/7/31 16:05
http://kiryutimes.co.jp/editorial/15055/

認知症から開ける社会

 昨夜何を食べたかと問われればすぐに答えられるのに、では一昨晩はどうかと聞かれると、はたと悩んでしまう。たった2日前の食事のメニューさえ忘れてしまうのかと、気持ちが滅入るのだが、でも大丈夫。これは生理現象による通常のもの忘れであり、例えば一緒に食事をした人に尋ねれば、ああそうだったと思い出すことができる。
 一方、食事したこと自体を忘れてしまい、一緒に食べた人がどんなに言葉を尽くしても思い出せないとなれば、これはもの忘れとは異なる。いわゆる認知症のおそれが出てくる。
 認知症を正しく理解し、認知症になっても本人やその家族が安心して暮らし続けることのできる地域社会をつくろうと、認知症サポーターを養成する講座が各所で開催されている。
 先日、その講座の一つを拝聴したが、講師の大学教員が語る認知症の基礎知識を聞きながら、学ぶ大切さと、その先に開けてくるはずの社会の可能性について、深く考えさせられた。
 認知症とは、病気によって脳のある部分が変化し、認知する力が低下してしまい、これまでの暮らしを続けることが困難になった状態を指すのだという。つまり認知症という固有の病気があるわけではない。認知症をもたらす疾患はアルツハイマー病やレビー小体の異常蓄積に伴う病気など70以上といわれる。
 厚生労働省の認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)によれば、2012年には高齢者の7人に1人といわれた認知症の割合は、25年には5人に1人になると予測される。今も85歳以上の半数は認知症との推計もあり、長寿社会では誰もがいつか迎える状態ともいえる。
 自分や家族の誰かがいずれは認知症になるものと認識し、まずは認知症を知り、家族や地域住民、専門職が互いに支え合いながら、住み慣れた地域で安心して暮らし続けることができる環境を早急に整えることこそ、サポーター養成の目標である。
 政治にしろ経済にしろ、寛容性という価値観が問い直される時代を迎えている。分からないから、生産性がないから、合理的ではないからといった理由で、困難を抱える人が切り捨てられる時代にしてはならない。
 いずれは自分も歩む道だと思えば、認知症について学ぶのは当たり前のこと。知ることをきっかけに、新たな気持ちで家族や地域と向き合ってみたい。


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