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http://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/index.shtml
愛知県の大村秀章知事に対するリコール(解職請求)運動で、県選挙管理委員会に提出された署名約43万5千人分のうち、8割超に当たる36万2千人分が無効とされた。前代未聞の事態である。 他人の名前を勝手に書くなど、偽造された疑いが濃厚という。人材紹介会社を通して、佐賀県でアルバイトが名簿から名前を書き写す作業に動員されたとの証言もある。愛知県議や県内の市議が名前を使われ、既に亡くなっている人も8千人分含まれるなど、耳を疑う話ばかりだ。 署名の偽造は民主主義の根幹を揺るがしかねない大問題である。県選管は容疑者不詳のまま、地方自治法違反容疑で愛知県警に告発し、県警は関係者から事情聴取するなど強制捜査に乗りだした。全力を挙げて真相を解明しなければならない。 リコール運動は、美容外科「高須クリニック」の高須克弥(かつや)院長が主導して、昨年8月から署名集めを始めた。河村たかし名古屋市長も支援し、11月に選管に名簿を提出した。 現職知事の解職は、住民投票で賛否を問うことができる。愛知県の場合、同法の規定で約86万6千人分の署名を集める必要があるが、提出名簿はその半分ほどにとどまり、リコールは不成立に終わった。 ただ、「不正な署名があった」との情報が寄せられ、不成立にもかかわらず選管が署名の真偽をチェックする、異例の展開になった。 その結果、筆跡が同一とみられる例が次々に見つかり、最終的に無効と判定された署名の9割に達した。選挙人名簿に記載のない名前も4割を占め、組織的に大量の「水増し」が行われた疑いが強まっている。 発端は、一昨年開催された芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、慰安婦をモチーフにした少女像や昭和天皇に関する映像作品などを高須氏らが問題視したことだった。実行委員会会長を務めた大村知事の対応を批判し、河村市長も賛同して解職請求の署名運動に発展した。 地方自治のリコール制度は、有権者が首長などの責任を問う直接請求の一つで、間接民主主義を補う重要な仕組みだ。全国では、住民運動で疑惑を指摘された市長や議員らが辞職に追い込まれた例もある。 それだけに、制度悪用は有権者に対する背信行為と言うしかない。高須氏や河村市長は不正への関与を否定するが、「自分たちも被害者」と言うだけでは説得力を欠く。自ら事実を明らかにするよう努め、県民への説明責任を果たすべきだ。 捜査には時間がかかるだろうが、徹底的に調べてもらいたい。中途半端な幕引きでは、日本の地方自治の歴史に重大な汚点を残す。
大阪府内の生活保護受給者らが、国などに対し保護費の基準額引き下げ処分取り消しなどを求めた訴訟の判決で、大阪地裁が引き下げを違法と判断した。 同種の訴訟は兵庫など29都道府県で約900人が起こしている。昨年6月の名古屋地裁判決は、引き下げ判断は不合理ではないとしたが、2件目の判決で原告側の勝訴となった。 生活保護は憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する制度だ。受給者は200万人を超える。 2013~15年の安倍政権時に基準額が引き下げられ、暮らしへの影響が問題になっていた。厚生労働省は争わず、減額措置を直ちに見直すべきだ。 生活保護費は08年のリーマン・ショック後に急増した。「民主党政権で増えた」と批判する自民党が、12年の衆院選で支給水準の減額を公約に掲げた。 引き下げは、13年8月から、3年間で平均6・5%、最大で10%に及んだ。根拠にしたのは08年を起点とした物価下落だが、この年は原油などの高騰で食料品価格が上がり、消費者物価指数が1%を超えた特別な年だったと、判決は指摘した。 また、総務省公表の消費者物価指数(マイナス2・35%)でなく、厚労省が独自に算定した指数(同4・78%)を改定に使ったことにも疑問を呈した。 独自の指数は、テレビやパソコンなどの教養娯楽用品を基にしており、全体の下落率が大きくなる。しかし、いずれも生活保護世帯での支出割合は低い。 これらを踏まえ、判決は「客観的な数値との整合性を欠き、判断の過程や手続きに過誤や欠落がある」と断じた。国は重く受け止める必要がある。 生活保護費の引き下げは、受給者のマイナスイメージにつながり、受給を控える人が増える原因になったとされる。新型コロナウイルスの感染拡大で生活基盤を失った人が増加する中、「最後のセーフティーネット」としての生活保護の役割は大きくなるばかりだ。 判決は他の訴訟に影響を与えるだろう。厚労省は政権の意向に左右されず、客観的な統計を重視し、困窮者の実情や専門的な知見に基づく公正な制度としなければならない。
政府は10都府県で発令中の新型コロナウイルス緊急事態宣言を、兵庫など6府県についてあすで解除すると決めた。知事らの意向も踏まえ、3月7日の期限を前倒しした。 昨年秋から続く感染の「第3波」が大きな山となり、昨年末から各地で医療が崩壊の危機にひんした。宣言の効果もあり、最近は6府県とも状況が改善しつつある。 ただ、新規感染者は全国的に減少傾向にあるものの、再拡大を警戒する専門家は多い。ワクチン接種を順調に進めるためにも、さらに感染者数を抑え、医療現場の負担をできる限り軽減する必要がある。 西村康稔経済再生担当相も「条件付きの解除」としている。それなら期限まで待って慎重に判断してもよかったのではないか。 引き続き国全体で危機感を維持しなければならない。前のめりで対策を緩和することは禁物だ。 兵庫県は、解除後の一定期間は飲食店などへの営業時間短縮要請を、1時間遅い午後9時までにして継続する。酒類の提供は同様に午後8時までとし、1日につき1店舗当たり4万円の協力金を支給する。 今回の宣言解除が「もう大丈夫」という誤ったメッセージになってはならない。今後も状況を見極め、見直しはあくまで段階的に進める必要がある。政府や自治体は、なお「密」を回避するなどの努力が不可欠なことを繰り返し説明すべきだ。 きのう、菅義偉首相は正式な記者会見を開かなかった。言葉を国民に届ける姿勢に欠けていると批判されても仕方がない。 一方、首都圏4都県については感染者数や病床の逼迫(ひっぱく)具合が高い水準にあるため、月内解除を見送った。新規感染者下げ止まりの傾向も現れており、繁華街での検査拡充など、さらなる抑制策が求められる。 兵庫県は、あさってで県内の感染初確認から1年になる。この間、感染者数は累計で1万8千人近くに達し、死者は500人を超えた。 感染力が強いとされる変異株も、兵庫など各地で確認されている。最近は人出が増加している地点もみられる。年度末は人の動きが活発化するだけに、予断を許さない状況に変わりはない。 3度目の緊急事態宣言発令は、経済により深刻な打撃を及ぼす恐れがあり、絶対に回避せねばならない。感染のリバウンドを起こさないよう、第3波での取り組みを検証し、次の波に備える対応が欠かせない。 テレワークの推進など外出の自粛に努める。卒業旅行や歓送迎会、花見の宴会などを控える。外食は少人数の家族などで行う。宣言解除後も一人一人が対策を徹底したい。
菅義偉首相の長男・正剛(せいごう)氏が勤める放送事業会社「東北新社」からの接待問題で、総務省は国家公務員倫理法に基づく規程が禁じる利害関係者からの違法接待と認定し、幹部ら11人の処分に踏み切った。 事務次官級の谷脇康彦総務審議官以下、局長、官房審議官、課長ら放送行政の中枢を担う幹部が特定の事業者から接待攻勢を受け、軒並み処分される異常事態である。 総務省の調査では、2016~20年にかけ、13人が計39回の接待を受け、ほぼ毎回、会社側が飲食代を負担していた。幹部らは同社が利害関係者に当たらないと安易に判断し、不用意に接待などを受けたと指摘した。だが霞が関のルールを熟知しているはずの幹部たちだ。額面通り受け取ることはできない。 接待が繰り返されたのは、長男が役員を兼務する東北新社子会社の衛星放送への新規参入や、事業認定が更新された時期に当たる。東北新社は首相と同じ秋田県出身の創業者(故人)が業界団体トップを務めるなど放送行政に一定の影響力があったとされる。 このような事業者から日常的に接待を受けること自体、許認可などへの影響が及んでいるとの疑惑を招く行為だ。不用意では済まない。 だが、東北新社側の接待の目的や、幹部らが同社の度重なる誘いに応じた背景についての説明はなかった。武田良太総務相は「放送行政がゆがめられた事実はない」と主張するが、会食の席でのやりとりも明らかにせず、なぜ断定できるのか。 首相の影響力について、幹部らは、正剛氏がいるから接待に応じたわけではないと否定する一方、他の事業者との会食には行っていないと説明している。これが事実なら、1社だけ接待に応じた理由は何か。 疑惑の核心は何も解明されていない。調査結果も、処分も、身内に甘い「お手盛り」と批判が高まるのは当然だろう。 武田総務相は、検証委員会を設けて調査を続ける方針を明らかにした。第三者を入れた徹底した調査で事実関係を明らかにすべきだ。 首相の信任が厚い山田真貴子内閣広報官も総務審議官時代、1回7万円超の会食接待を受けていた。きのうの衆院予算委員会で「心の緩みがあった」と謝罪したが、辞任は否定した。国民の目は厳しい。首相会見を仕切る内閣の表舞台に立ち続けられるのかは疑問である。 官僚の処分で問題に幕を引くことは許されない。総務省だけでなく、菅政権の中枢に関わる問題と認識すべきだ。首相と与党は、野党が求める正剛氏の国会招致に応じ、事実解明に努めねばならない。
東日本大震災による東京電力福島第1原発事故後、福島県から千葉県に避難した住民らが損害賠償を求めた集団訴訟の控訴審判決で、東京高裁が国と東電に計約2億7800万円の賠償を命じた。 一審の千葉地裁は国の責任を認めていなかったが、東京高裁は、国が東電に津波対策を命じなかったことを「違法」と断じた。 控訴審で国の責任が認定されたのは2件目だ。住民の逆転勝訴の意味を国は重く受け止めねばならない。 原発事故で避難せざるを得なくなった住民が国や東電に損害賠償を求めた集団訴訟は、神戸地裁に提訴された兵庫訴訟など全国で約30件に上り、原告は1万人を超える。 国が被告となった訴訟で、国の責任を認めた地裁判決は、14件中7件と判断が割れている。高裁段階では今年1月の東京高裁は認めなかったが、昨年9月の仙台高裁と今回の東京高裁で国の責任を認定した。最高裁が統一判断を示す見通しだ。 一連の訴訟では、津波の到来を予測し、その対策をしていれば事故を回避することができたかどうかが争われている。今回の高裁判決は、2002年に政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が出した「長期評価」に科学的信頼性があったとし、「国は津波の危険があると認識できた」と判示した。 長期評価について、国は「精度・確度に問題があり、直ちに原子力防災に取り入れるような知見ではなかった」と主張していた。 しかし地震本部は阪神・淡路大震災を機に、地震研究などを一元的に進めるために発足した政府の特別機関である。気象庁や国土地理院が関係し、大学の研究者などの専門家で構成されている。 国はその評価をないがしろにし、防災対策に生かそうとしなかった。原発事故は起こらないという安全神話のとりことなって、思考停止に陥っていたとの批判は免れない。 判決は避難生活の苦痛に対する慰謝料に加え、長期避難で生活環境の基盤が失われた精神的損害についても賠償すべきだと述べた。「(原告は)慣れ親しんだ生活環境を享受することができなくなり、精神的損害を被った」とも指摘した。 裁判長らは被災地を視察し、帰還困難区域にある民家などにも足を運んだ。原告側の弁護士は「視察が判決の基礎となった」と述べている。 11年の原発事故から間もなく10年を迎える。その間、古里を失った苦痛の中にいる被災者の心情に寄り添った司法判断と言える。 国や東電は被災地の現状にあらためて目を向け、最高裁の判断を待たずに早期救済を図るべきだ。
バイデン米政権の始動から1カ月が過ぎた。新型コロナウイルス対策を優先しながら、米国第一主義に代表される「トランプ流」からの転換を矢継ぎ早に打ち出した。 2月初旬、バイデン大統領は初の外交方針演説で「世界に伝えたい。米国は帰ってきた」と述べ、国際協調路線への回帰を改めて宣言した。望ましい方向だ。 温暖化対策の枠組み「パリ協定」に復帰し、世界保健機関(WHO)に2億ドル以上を拠出する意向を明らかにした。気候変動や感染症といった地球規模の課題解決に向け、米国の主導的関与が求められる。 コロナのパンデミック(世界的大流行)は、民主主義を後退させ、権威主義を勢いづかせる-とも指摘される。実際、対テロ技術を使って感染者の位置を特定したり、混乱防止を名目に言論統制したりする国があり、懸念が高まる。 自由や基本的人権を尊重しない非民主主義国家の台頭は、決して歓迎できない。国際秩序を守る観点からも、米国が同盟国や国際機関との関係を重視し、多国間協調に基づいたリーダーシップを発揮することが一層重要になる。 権威主義との向き合い方を問われるのは日本も同じである。民主主義陣営の一員として、国際社会で積極的に役割を果たすべきだ。 注目された米中首脳会談でバイデン氏は、香港などでの人権抑圧や不公正な経済慣行を真正面から取り上げ、習近平国家主席に「根源的な懸念」を伝えた。厳しい対中感情を背に、物言う姿勢を鮮明にした。 中国側は「内政問題」と反発しながらも、関係改善を呼びかけた。バイデン氏は「米国民の利益になるなら中国と協力する」と答えた。気候変動対策での協力体制を模索するとみられる。 両超大国は建設的な対話を通して不毛な対立を避けねばならない。対話は「弱腰を見せる」こととは違う。その点を改めて強調したい。 米国内の深刻な分断を癒やす取り組みはこれからだ。連邦議会襲撃をめぐり弾劾裁判にかけられたトランプ前大統領は無罪となった。今も根強いトランプ人気を、共和党議員は無視できなかった。 ただ、かすかだが希望も見える。前政権とは対照的に科学や事実を重視したコロナ対策は、幅広い支持を得ている。政治が国民の命を守る責務を果たすことが、社会融和への大きな一歩となるはずだ。 マスク着用の義務化などバイデン氏は議会審議を経ない大統領令を連発した。しかし、真の「脱トランプ」を果たすには、議会での合意形成を目指す必要がある。
菅義偉首相の長男が勤める放送事業会社「東北新社」から、総務省幹部ら計13人が2016年以降、延べ39回の接待を受けていたことが同省の調査で分かった。タクシー券や手土産を受け取ったケースもある。 国家公務員倫理規程は、許認可を受ける「利害関係者」からの金品贈与や接待を禁じている。長男が役員を兼ねる東北新社の子会社は総務省が許認可権を持つ衛星放送を手がけ、利害関係は明らかだ。 同省はこのうち11人を処分する方針を固めた。ほかに山田真貴子内閣広報官も総務審議官当時に高額な接待を受けていた。特定事業者からの幹部接待が常態化していたことになり、厳正な処分は当然である。 ただ問題の核心は、官僚が首相の身内を優遇し、行政の公正性がゆがめられたのではないかという点にある。安倍晋三前首相時代に国民の信頼を失墜させた森友学園、加計学園問題、桜を見る会の疑惑と同じく、官僚の忖度(そんたく)が疑われる事態だ。 接待が集中した昨年12月は、子会社の衛星放送の認定更新直前だった。首相の権威を利用し、自社に有利な取り計らいを求める狙いがあったと疑われても仕方がない。 利益供与が賄賂と認定されれば贈収賄事件に発展する可能性もある。処分だけで幕引きはできない。 総務省は、当事者が否定したため行政への影響はなかったと結論づけた。身内に甘い印象は否めない。 最も接待回数が多い秋本芳徳・前情報流通行政局長は、週刊文春の報道で問題が発覚した当初、利害関係者との認識はなかったと述べ、放送事業に絡む話題は「記憶にない」と答弁していた。だが、音声が公開されると一転して認めた。 きのう国会質疑に応じた谷脇康彦、吉田真人両総務審議官も同様の答弁に終始した。曖昧な答弁で逃げ切ろうというなら甚だしい国会軽視である。総務省は第三者を入れて事実関係を再調査し、国会での全容解明に協力する必要がある。 菅首相は国会で、公務員の違反行為に長男が関係したとして陳謝した。一方で「長男と私は別人格」と距離を置くが、それは通用しない。 首相は総務相を務め、同省に強い影響力を持つ。長男は総務相秘書官を務めた後、東北新社に就職し、接待の半数に同席していた。倫理規程を熟知しているはずの官僚らが、同社の度重なる誘いに応じたのは首相を意識したからではないか。 政治家の世襲を批判してきた首相が、身内優遇を黙認するのでは国民の信頼は得られない。総務省に徹底調査を指示し、全容解明に努めるべきである。身内も含めた振る舞いを反省しなければ疑惑は晴れない。
神戸空港は開港15年を迎えた。かつてない逆風下での節目である。 新型コロナウイルスの感染拡大で航空需要は世界的に大きく落ち込んでいる。神戸空港でも2020年の旅客数は過去最少の約159万3700人となった。搭乗率も過去最低の52・4%にとどまった。 18年4月から神戸空港を運営する関西エアポート神戸は、20年度に1億4千万円の営業損失を見込む。 先進国を中心にワクチンの接種が始まったが、現時点でコロナ禍の収束は見通せない。航空需要の低迷はしばらく続く。 苦境への対応に加え、コロナ後を見据えた中長期の戦略が不可欠だ。 19年には官民でつくる「関西3空港懇談会」が神戸空港の規制緩和で合意し、発着枠が1日60便から80便に増えた。国際化の検討を始めることも決まった。 決して十分とはいえないが、「浮揚」への環境整備は進みつつある。存分に生かしてほしい。 空港を所有する神戸市は、空港活性化の支援策をアップデート(更新)するべきだ。中でも空港アクセスの強化は優先課題といえる。 関西エアポート神戸は、コロナの影響を織り込んだ21~25年度の中期計画を新たに策定した。 従来の旅客数見込みを下方修正し、21年度は289万人、22年度に376万人、大阪・関西万博の開催が予定される25年度は395万人としている。コロナ前の計画では21年度に394万人を予測していた。 パンデミック(世界的大流行)の収束状況によるが、国際線より国内線の回復が先行することが予想される。ただし、テレワークの広がりなどで国内のビジネス需要はコロナ前の水準に及ばない可能性がある。 観光に軸足を置いた国内需要の掘り起こしが一層重要になる。 利用者の視点に立ち、官民連携で関西、大阪(伊丹)、神戸の3空港の補完関係のあり方をさらに検討し、関西全体の競争力の向上を図らねばならない。国際線の需要回復が待たれるとはいえ、インバウンド(訪日外国人)に過度に依存しない体制づくりが求められる。 神戸空港の空港島は今も造成工事が続く。計約85ヘクタールの産業用地のうち完成しているのは半分で、これまでに分譲、賃貸した用地は全体の約2割にすぎない。 神戸市は「優良資産であり、売り急ぐ必要はない」としている。巨額の公費を投じた土地を、神戸市がいかに戦略的に有効活用するかが厳しく問われている。そのことを市当局は改めて肝に銘じるべきだ。 海上空港を持つ街として、新たな価値を創造する必要がある。
昨年後半から続く株価上昇が加速している。今月1日に2万8000円台だった日経平均は15日に3万円台を記録し、バブル経済期の1990年8月以来30年半ぶりの高値となった。 ワクチン接種による新型コロナウイルス感染者の減少や、その先の景気回復まで織り込んだとの見方もある。だが、一方で昨年の国内総生産(GDP)はリーマン・ショック時以来11年ぶりの下落となった。コロナ失業も8万人を超す。 実態とかけ離れた株価はバブルに等しい。何かの契機に急落する恐れが否めない。19日は200円以上下げた。政府、日銀は30年前を想起し、市場の動きを注視する必要がある。 バイデン大統領の経済政策に期待が集まり、株価上昇は米国でも顕著だ。以前からの金融緩和と、コロナ対策の財政出動で、大量の資金が社会にあふれている状況は日米に共通する。 しかし長引くコロナ禍で経済活動は冷え込み、行き場を失った資金が市場に流れ込んで株価を押し上げているとみられる。 コロナ対策として注ぎ込まれた資金が生活に困窮する人や業績悪化に苦しむ事業者に行き渡らず、いびつな回り方をしているのだ。 感染が収束し景気回復に転じると金融緩和や財政出動が抑制され、株価下落の最大のリスクになるとの皮肉な見方もある。今回の株高がいかに政策頼みであるかを物語る指摘である。 景気回復を伴わない株高は雇用や賃金の増加に直結せず、株や投資信託を持つ人と持たない人の格差を広げる。ここでバブルがはじければ、日本経済が受けるダメージは計り知れない。 政府は感染抑制策を着実に進め、経済の自律的な回復を促さねばならない。 必要なところにお金が届くよう施策を練り直すことも重要だ。政府のコロナ対策は1人10万円の給付金や飲食店への時短協力金など一律の支給が多いが、所得や経営状態に応じた支援策へ転換する必要がある。 日銀の統計では、家計と企業の現預金は1年で104兆円増えた。経済が冷え込む中で株価と預金ばかりが右肩上がりを続ける異常事態に、政府、日銀はもっと問題意識を持つべきだ。
新型コロナウイルスワクチンの先行接種が兵庫県内でも始まった。感染を抑え込み、日常生活を取り戻す一歩となることを期待したい。 対象は同意した医療従事者4万人で、うち半数で健康状態を記録してもらう安全性調査が実施される。 効果だけでなく、副反応などの有害事象も詳しく公表し、信頼向上につなげる必要がある。新たな課題も見えてくるだろう。そうした情報の共有にも努めてほしい。 接種は強制ではなく、受けるかどうかは個人がメリットとデメリットを踏まえて判断する。収束を目指すにはより多くの人に自主的に受けてもらうことが不可欠だ。 誰もが知りたいのが安全性に関する情報だろう。国内で使われ始めた米ファイザー製のワクチン接種を巡って欧米では、発熱や頭痛のほか、急激なアレルギー反応などが報告されているが、今のところ深刻な副反応はごくまれのようだ。 ただ、日本人ではまとまったデータがなく、副反応の特徴や頻度などよく分かっていないことも多い。 共同通信社が今月上旬に実施した世論調査によると、ワクチンについて「接種したい」と答えた人は63・1%、「接種したくない」は27・4%だった。 健康への影響はないか、自分の順番はいつか、効果はどうか。異例のスピードで開発されたこともあって、不安や疑問を覚える人は少なくない。政府は国民の理解を深める努力を重ねなくてはならない。 何より十分な情報公開と丁寧な説明が求められる。10代後半から高齢者まで幅広い年代が対象となり、伝え方に知恵を絞る必要もあるだろう。国内に住む外国人にも目配りし、できるだけ多くの言語で発信するなどきめ細かな対応も欠かせない。 国内での接種が本格化するのは高齢者への優先接種が始まる4月以降になる。多くの自治体では、集団接種と診療所などでの個別接種を組み合わせた計画を策定しており、先行接種のデータも参考にしながら、行政の規模や地域に合った形で準備を進めてもらいたい。 一方、需要に供給が追いつかず、日本にいつどのくらいの量が届くのか見通せない状況が続く。国内で用意された注射器では1容器での接種回数が想定から1回減るという問題も明らかになった。 供給スケジュールや1容器当たりの接種回数は、実務を担う各自治体が進める医師や看護師の確保、会場設営など全ての準備作業の前提になる。貴重なワクチンを無駄にしてはならない。政府は国際社会や産業界などとも連携し、一つ一つの課題を着実に解決していかねばならない。
女性蔑視発言の責任を取って東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長を辞任した森喜朗氏の後任として、橋本聖子五輪相が新会長に決まった。あらゆる差別を許さない五輪の精神を体現する組織委に向け、立て直しを図ることが急務となる。 開幕まで5カ月余りになった五輪は、新型コロナウイルス感染拡大で開催そのものが疑問視されている。橋本氏は「国民にとって安全最優先の大会を実現する」と述べた。大臣を辞して新会長に就任する以上、重責を全うしてもらいたい。 橋本氏はアスリートとしても政治家としても豊富な経験を持つ。1992年のアルベールビル冬季五輪で日本女子初のスピードスケートのメダルを獲得、夏冬合わせて五輪出場7度を誇る。国際的知名度は申し分ない。95年に参院議員に初当選し5期目。男女共同参画担当相として「ジェンダー平等」に積極的な発言をしていた点にも、イメージ刷新の期待が寄せられたのだろう。 だが後継選びは迷走した。森氏が日本サッカー協会元会長の川淵三郎氏を指名したことが「密室人事」と批判され、組織委は「候補者検討委員会」を設けて公正な選考をアピールしようとした。しかし、委員名も議事も非公開では不透明さを払拭(ふっしょく)できるはずもない。 それどころか、政権意中の後継候補として真っ先に名前が挙がった橋本氏で早々に一本化を図ったため、官邸の政治介入が強く疑われる結果となった。組織委の改革姿勢を示す機会だっただけに残念でならない。 橋本氏は閣僚は辞したが、自民党を離れず、議員辞職もしない。これで政治的中立性を保てるだろうか。 過去には酒席での自身のセクハラ疑惑が報じられた。国民が納得するまで説明責任を果たすべきだ。 新会長は、早速難しい判断を迫られる。聖火リレーは3月にスタートする。それまでに開催可否を巡り政府や東京都、国際オリンピック委員会(IOC)などとの折衝が大詰めを迎える。会場に観客を入れることの可否やその上限、海外の観客を受け入れるかどうかなど、関係機関の利害を調整し、まとめ上げるリーダーシップが欠かせない。 最大の課題は国民の共感をどう集めるかだ。共同通信社が今月実施した全国電話世論調査では、今夏開催すべきと答えた人は14・5%にとどまった。慎重論は広がっている。橋本氏は「その空気を変えていく」と述べたが簡単なことではない。 東京五輪が掲げる「多様性と調和」の理念を具体化し、失墜した信頼を回復しなければならない。同時に安全な大会の在り方を、選手や国民に分かりやすく訴える必要がある。
神戸市は総額1兆8531億円の2021年度当初予算案を発表した。新型コロナウイルスとの闘いを最優先しつつ、三宮再整備などの大型プロジェクトを加速させる。厳しい財政状況の中で、積極的な投資にかじを切った印象だ。 久元喜造市長は「海と山が育むグローバル貢献都市」を掲げた。人と産業が集積する大都市のメリットが、コロナ禍ではリスクに転じる。自然にも恵まれた神戸の特性を生かして新たな生活スタイルや働き方を発信し、コロナ後の持続可能な都市を実現する。その方向性はおおむね理解を得られるだろう。 一般会計は8704億円で前年度比3・8%増となる。コロナ対策以外では、三宮をはじめとする駅周辺のリノベーションや道路整備などで、補助事業を含む投資的経費の伸びが7・3%増と際立っている。 都心・三宮では、新中央区総合庁舎、市役所2号館、東遊園地の整備なども本格化し、新たな「神戸の顔」が見えてくる。主な新規・拡充施策には、子どもや子育て世帯、若者に目配りした施策が並ぶ。 ハード面で都市の魅力をアピールし、ソフト施策で若い世代を呼び込む姿勢を鮮明にしたと言える。 一方で、高齢者向け施策への言及は少ない。その中でも、情報通信技術(ICT)や介護ロボットの導入を促し、介護施設で働きやすい職場づくりを進める。介護人材を確保する取り組みとして欠かせない。 ただ、ケアされる側はデジタル対応に慣れていない世代でもある。「人にやさしい、温かみのある社会」を目指すなら、誰も置き去りにしないというメッセージが伝わるような工夫がいるのではないか。 阪神・淡路大震災で危機的状況に陥った市財政は、厳しい行財政改革を経てようやく回復しつつある。 だが、コロナ禍の影響で市税収入は大きく落ち込む。予算編成では国の交付税などで穴を埋めたものの、次年度以降の動きは見通せない。財政調整基金の目減りも懸念材料だ。 これに対し久元市長は、デジタル化の推進で業務を見直し、職員減と組織のスリム化をさらに進める決意を強調した。市政改革が市民サービスへの影響や職員の士気低下を招かないよう、庁内で目的を共有し、徹底的に議論しなければならない。 コロナ禍で生活不安や孤独感を深めていても、行政の目が届かない人もいる。地域課題を掘り起こし、一人一人に寄り添う活動ができるNPOなどとの協働が今こそ重要だ。 震災の経験が育んだ「市民の力」を引き出す市民参画の仕組みを十分に機能させ、新たな神戸の姿をともに描いてもらいたい。
兵庫県が2021年度当初予算案を発表した。一般会計は2兆7304億円、特別会計と公営企業会計を合わせた全会計の総額は4兆6068億円となり、厳しさを増す財政状況の中で、過去最大に膨らんだ。 新型コロナウイルスの感染拡大で影響を受ける中小企業を支援する制度融資の貸付金9549億円が、一般会計の35%を占める。医療・検査・相談体制の確保や離職者向けの雇用創出などにも計400億円超を計上した。 県民の命と健康を守るため、疲弊した医療や地域経済を支え、次の「波」に備える対策を優先するのは当然と言える。 併せて問われるのは、コロナ禍がもたらす社会変革の兆しをとらえ、持続可能な将来像と地域の活力につなげる中長期のビジョンである。 5期目の任期満了となる今夏で退任を表明している井戸敏三知事は、自ら「ポストコロナ社会へのスタート予算」と名づけ、「今の課題解決と財政状況をどう打開するかに専心した」と述べた。 阪神・淡路大震災の教訓を生かした防災・減災対策、地球温暖化対策の具体化に向けた調査研究、コロナ禍で関心が高まる地方回帰の受け皿づくりなど、将来への布石を意識した施策に「最後の予算」への思いがうかがえる。 年度後半は次の知事にバトンが渡る。これまで以上に事業の目的を明確にし、達成状況を検証できる仕組みを確立しておかねばならない。 コロナ禍の影響は財政にも重くのしかかる。県税収入は前年度比919億円減と、リーマン・ショック後に次ぐ大幅な減収を見込む。国からの地方交付税の増額などで辛うじて穴を埋めるが、1年限りの財源対策頼みでは心もとない。 県庁舎の再整備に必要な基金への積み立てを見送るなど、目玉事業の見直しも余儀なくされた。 借金に当たる県債残高は21年度当初で4兆9584億円に上り、返済が財政運営の足かせとなっている。 県は震災復旧・復興事業で悪化した財政を立て直すため、08年度から行財政改革に取り組んできた。だが、震災関連の借金はまだ約2500億円残り、完済まであと10年程度かかるという。税収を増やす方策とともに、行財政運営を不断に見直す取り組みが不可欠だ。 コロナ後の社会像を描くのに県民の共感は欠かせない。課題に直面する人々の声に耳を傾け、「参画と協働」による兵庫づくりの原点に立ち返るときだ。多様なニーズを予算審議に反映させる県議会の役割も、いつにも増して重い。そのことを肝に銘じてもらいたい。
あの強烈な揺れと津波の記憶が、いつしか風化していないか。 まるで警鐘を鳴らすかのように、東日本大震災から10年を控える福島、宮城両県を再び震度6強の地震が襲った。震源地は福島県沖で、専門家は大震災の余震と見ている。 幸い犠牲者は報告されていないが10県で150人を超えるけが人が出た。住宅被害などで福島、宮城で一時約200人超が避難所に身を寄せた。約95万世帯に及んだ停電は解消したが、断水が続く地域がある。 東北新幹線は全線運転再開まで10日前後かかる見込みだ。福島県内の常磐自動車道では斜面の土砂が崩れ道路をふさいだ。東京電力福島第1原発や原子力関連施設の異常はいまのところ確認されていない。 政府は自治体との連携を密にし、被害の全容を早急に把握してもらいたい。被災者の命を守る迅速な救援活動と的確な情報提供、ライフラインの早期復旧と原発の安全確認に全力を挙げなければならない。 気象庁によると、地震の規模を示すマグニチュード(M)は阪神・淡路大震災と同じ7・3で、揺れは北海道から中国地方に及んだ。震源の深さが55キロと比較的深かったため大きな津波は起きていないが、5キロほど浅ければ、より強い揺れと津波被害の恐れがあったとする。 今は被害が表面化していなくても揺れが強かった場所は地盤が緩んでいる可能性がある。被災地ではきのうからの雨で土砂災害の危険も高まっている。安全が確認されるまで、壊れた建物には立ち入らないなど細心の注意が必要だ。 2011年3月11日の東日本大震災はM9・0の巨大地震で、余震活動も長期間続いている。震度6強を観測したのは本震の翌月以来だが、10年たっても新たな地震や津波のリスクがある現実を見せつけた。 備えの「穴」を探し、一つずつふさいでいかなければならない。 JR東日本はこの10年、さまざまな耐震補強を進めてきたが、東北新幹線の架線を支える電柱は手つかずだったという。入試シーズンの受験生らへの影響は大きく、対策の強化とともに空路や長距離バスの増発などをさらに進める必要がある。 コロナ禍では避難所での徹底した感染防止策が求められる。今回の地震では、事前のマニュアル作成や訓練を生かし混乱なく対応できた事例があった。被災地外の自治体も参考とし、複合災害を想定した避難所運営の準備を急ぐべきだ。 私たちは災害と背中合わせで暮らしている。そのことを思い起こし、家具の転倒防止や備蓄の点検、避難経路の確認など足元の防災・減災対策を今一度、見直す機会としたい。
京阪神の企業経営者らが経済社会のあり方を議論する恒例の関西財界セミナーが、「危機を乗り越えて創(つく)る未来-関西の底力を発揮するとき」をテーマに開かれた。 大阪や京都を中心に関西は訪日客(インバウンド)需要で盛り上がっていたが、そこにコロナ禍が広がった。大打撃を受けた地域経済の回復に向け、企業人に求められるのは覚悟と行動である。 例年、京都で開かれるセミナーは、新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言の再発令を受け、初のオンライン開催となった。 参加者は約540人と過去最高の前年から3割弱の減少となったが、議論を通じ危機感は共有できたのではないか。 関西3空港を運営する関西エアポートの山谷佳之社長は「訪日客の99%が消失」と報告した。インバウンドの激減と外出自粛は鉄道やバス、宿泊、飲食など幅広い業種に大きな影響を及ぼしている。長期化の懸念が示される一方、感染収束後を見すえた対応が必要との認識で参加者は一致した。 ITによる経営、事業変革「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」や、環境投資で経済成長を目指す「グリーンリカバリー」「脱炭素」…。テレワークの普及に伴う働き方やコミュニケーション方法にも参加者の関心は集まった。コロナ禍にすくむだけでなく、新たな課題に取り組もうとする経営者が多い点は目を引いた。 参加者から意見や提言が活発に出たのは、クリック一つで発言の機会を得られるオンライン開催ならではといえる。 前回は、ベンチャーの若手経営者と大手の先輩経営者らが少人数のグループに分かれて討論するなど、マンネリ打破の試みがみられた。 今後も運営に工夫を凝らし、より活発で意義ある議論につなげてほしい。 4年後の2025年には大阪・関西万博が開かれる。コロナ禍の先の新しい社会像を示す絶好の機会となる。 今回共有した危機感を原動力として、60回の節目となる来年の財界セミナーでは具体的な一歩を踏み出したい。
女性蔑視発言が問題となっていた東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が辞任を表明した。「私がいることが準備の妨げになってはいけない」と理由を述べた。 発言は、いかなる差別も許さないという五輪精神に反する。国内外の反発を受け、選手やスポンサーからも批判が噴出した。辞任は当然であり、遅きに失したと言うしかない。 森氏は、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと述べた。その場でとがめる声もなかった。 翌日、森氏は発言を撤回して謝罪したものの、辞任は否定した。組織委は会長続投の道を探ったという。 森氏は辞任表明の場でも「解釈の仕方だと思う。多少意図的な報道があった」と弁明した。本質である人権意識の問題に真摯(しんし)に向き合ったと、国際社会が受け止めたとは思えない。組織委や、事態収拾の動きを見せなかった政府の責任は重い。 新型コロナウイルスの感染拡大で五輪の開催への慎重論が広がる中、新会長には組織の立て直しと難しい開催準備の手腕が問われる。 後任候補に日本サッカー協会の川淵三郎元会長が一時、挙がった。同氏が辞退した後、橋本聖子五輪担当相らの名前も浮上した。 看過できないのは、森氏が川淵氏を後継に指名しようとした点だ。突然複数の候補者名が出たのも違和感がある。さまざまな視点から、開かれた議論で適任者を決めるべきだ。 森発言に対する反発や批判も拡大した。辞任を求める会員制交流サイト(SNS)の投稿が共感を広げ、聖火ランナーやボランティアの辞退が相次いだ。男女平等に関する日本の後進性が表面化し、それが世界に伝わった形である。辞任で問題を終わらせることはできない。 世界経済フォーラムの2019年版「男女格差報告」によると、日本は153カ国中で121位だった。菅義偉首相は森氏の辞任を促すことを拒んだが、消極的な姿勢は、男女格差の是正に本腰を入れない政府の施策にも現れている。 昨年末に決まった第5次男女共同参画基本計画は選択的夫婦別姓の文言を削り、当初案から後退した。女性の管理職では「20年までに30%程度」を達成できず「20年代の可能な限り早期」に目標を先送りした。 こうした姿勢を抜本的に変えなければ、世界が日本を見る目は変わらない。開催まで半年を切った五輪の開催にも支障となる恐れがある。 今回の問題を森氏の個人的資質やスポーツ界の体質と矮小(わいしょう)化せず、日本の社会を大きく変える機会にしなければならない。
潜水艦は極めて頑丈な合金の塊だ。まともにぶつかれば並の船はひとたまりもない。船体が破損すれば沈没する恐れがある。 高知県沖で起きた海上自衛隊の潜水艦と民間商船の衝突事故は、あわや大惨事の危うい事態だった。 一般の船が海中の潜水艦に気付くのは難しい。海自の場合は安全保障上の理由で姿を隠し行動することがままある。衝突回避の注意義務は潜水艦の側に強く求められる。 水中音波探知機(ソナー)や潜望鏡で安全を確認するのは「基本中の基本」と、海自OBも指摘する。 なのになぜ、あってはならない衝突事故は起きたのか。原因を徹底的に解明する必要がある。 事故の発生は8日朝である。高知県沖の太平洋上で、潜水艦「そうりゅう」が香港船籍の貨物船の底にぶつかった。潜水艦はアンテナなどを損傷して一時、司令部との通信ができなくなった。貨物船も船体にへこみなどができた。 潜水艦の乗組員3人が軽傷を負ったが、約20人の貨物船乗組員にけがはなかった。大事に至らなかったのは不幸中の幸いというしかない。 潜水艦は定期点検後の訓練中で、当時は浮上行動に移っていた。通常は周囲に船がいないか、安全確認の手順に間違いがないかを複数でチェックするという。 しかし今回、報告や指示が不適切だったとの見方が浮上している。 第5管区海上保安本部(神戸)は業務上過失往来危険などの疑いで捜査すると表明した。運輸安全委員会も船舶事故調査官を派遣した。 海自も事故調査委員会を設置したが、まずは海保の捜査などに全面協力しなければならない。 20年前の2月10日、ハワイ沖で米海軍の原子力潜水艦に衝突された愛媛県の水産高校の実習船「えひめ丸」が沈没し、高校生ら9人が亡くなった。追悼式の2日前に今回の事故が起き、新たな衝撃を広げた。 1988年には潜水艦「なだしお」が東京湾で釣り船と衝突し、釣り船の乗客ら30人が死亡する事故も起きている。「えひめ丸」は浮上する潜水艦とぶつかったが、釣り船は海上航行中の潜水艦と衝突した。 どんな形であれ、潜水艦との衝突事故が船舶の側に甚大な被害をもたらす危険性を示している。 「なだしお」の事故では潜水艦側の見張りの不適切さや艦内の連携不足が主な原因とされた。同じような問題が繰り返されたのなら、教訓は生かされなかったことになる。 民間船舶との衝突事故は潜水艦以外の自衛艦でも起きている。海自は全ての艦船を対象に、安全対策に抜かりはないか、総点検すべきだ。
ミャンマー情勢が緊迫の度合いを増している。 クーデターで実権を握った国軍への抗議デモが全土に広がり、警官隊の威嚇発砲などでけが人が出た。銃弾を受けて重体になった女性がいるとの情報もある。 重大な事態であり、強く抗議する。国軍は市民に対する武力弾圧を直ちにやめねばならない。 国民の怒りは収まりそうにない。「軍の独裁を許すな」「民主主義を取り戻そう」。若者や教員、公務員らに加え、世論形成に影響力を持つ僧侶たちが、連日こう訴えている。民主化の歩みを止めてはならない、との叫びである。 呼応して、国外でも抗議集会が相次ぐ。神戸市でも日本に暮らすミャンマー人らが集まり、打倒独裁を訴えた。 国民の大多数は軍政への後戻りを拒絶している。ミャンマー国軍は民意を直視せねばならない。 国際社会は今こそ結束し、クーデターを撤回させる必要がある。これ以上事態を悪化させないためにも、圧力を高める行動が急がれる。 アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相ら多くの政治家は今も拘束されたままだ。あろうことか、警察当局はスー・チー氏を追訴した。 無線機を違法に輸入し使用した容疑という。後付けの理由とみられるが、裁判で有罪になれば禁錮刑の可能性がある。改めて、スー・チー氏ら拘束されている人たちを直ちに解放するよう強く求める。 国軍は昨年11月の総選挙で不正があったと強弁している。人口約5400万人の国で、二重投票などが1040万票に上ったというが、明確な証拠を示せず、クーデター正当化の口実にすぎない。 ミャンマーは2011年に民政移管したものの、軍政下で起草された現行憲法が民主化の進展を阻んできた。議会定数の25%が「軍人枠」で、憲法改正の事実上の拒否権を国軍が持つからだ。 スー・チー氏が率いる与党は15年に続き昨秋の総選挙で圧勝し、改憲への道筋を付けようとしていた。一方、国軍系の野党は予想外の惨敗を喫した。軍部が焦りを募らせていたのは間違いない。 国連安全保障理事会は、ミャンマーに「深い懸念」を表明したが、国軍への非難は避けた。軍事政権への影響力強化を狙う中国とロシアが同意しなかったためだ。緊急事態に有効な手を打てない安保理の限界が改めて露呈した。 日本は基本的人権や法に基づく支配といった普遍的価値観を共有する民主主義国と連携し、ミャンマーの正常化へ強い姿勢で臨むべきだ。
欧州連合(EU)を正式離脱した英国が、環太平洋連携協定(TPP)への参加を正式に申し入れた。発足時のメンバーである11カ国以外では初の申請で、共通のルールにより自由貿易のメリットを享受する経済圏は太平洋を超えて広がる。 もともとTPPには、日米を中心に太平洋を囲む自由貿易圏を設定し、中国への対抗軸とする狙いがあった。ところが米国は「自国優先」を掲げたトランプ政権の誕生に伴い、4年前にTPPを脱退した。対して中国が昨年になってTPP参加の意向を示し、当初の思惑と大きく異なる状況になっている。 英国の加入や米バイデン政権発足など、TPPを取り巻く環境は変わりつつある。貿易問題を端緒に軋轢(あつれき)を深める米中を、この機をとらえて共通のテーブルにつかせることはできないか。議長国の日本は、外交手腕を最大限に発揮すべき局面だ。 すでに英国は、日本との経済連携協定(EPA)を発効させている。EUとも自由貿易協定の締結で合意した。ジョンソン政権としては、EU離脱で通商政策のフリーハンドを握ったことを国内外にアピールする狙いもあるのだろう。 TPP参加国の国内総生産(GDP)が世界全体に占めるシェアは、英国の加入により約13%から約16%に上昇する。批准に必要な国内手続きを終えていない参加国の背中を押す効果も期待できそうだ。 一方で慎重な判断が求められるのは、中国のTPP参加である。 昨年、日中韓など15カ国が署名した包括的連携協定(RCEP)に比べ、TPPが求める経済開放のハードルは高い。国有企業が幅を利かせ、企業活動に政府の意向が色濃く反映される中国が、TPPの輪に加われるとは考えにくい。 懸念するのは中国の巨大市場と有利に取引するため、参加国がさまざまな例外を設けて加入を認める展開だ。TPPの存在感が低下するだけでなく、国際社会が中国の現状や対外姿勢を追認したとの誤ったメッセージになりかねない。 同盟国である米国にTPP復帰を働きかけ、加入の意向を示す中国には内政の転換を促す。国際社会に貢献するために、日本は困難な役回りを果たす必要がある。 TPPは発効から2年を過ぎた。輸入農産物の台頭で国内農業が深刻な影響を受けるとの指摘に対し、政府は「国益を守る」と繰り返すばかりだった。 参加国拡大に奔走するだけでなく、国益を増やし、輸入品に対抗できるだけの強い農業を築き上げる方策とこれまでの成果についても、政府は客観的に検証するべきだ。
核軍縮の取り組みが水泡に帰す最悪の事態が回避されたことは評価できる。だが現状の枠組みの維持にすぎず、光が見えてこない。 米国とロシア両政府が、配備戦略核弾頭や大陸間弾道ミサイル(ICBM)などの運搬手段を一定数以下に減らす新戦略兵器削減条約(新START)を5年延長した。今月5日の期限切れ間際に両国トップが電話会談し、原則合意に至った。 新STARTは米ロ間に唯一残る核削減条約だが、トランプ前大統領は中国を含めた新たな枠組みが必要と訴え、延長を求めるロシアとの交渉が膠着(こうちゃく)状態に陥っていた。おととしには、ロシアとの核軍縮を定めた中距離核戦力(INF)廃棄条約を失効させた。 今回の判断は、バイデン米新政権が前政権の強硬姿勢を一部撤回した形だ。しかし手放しでは歓迎できない。条約が求める削減目標は既に達成されている上、備蓄してある戦略核弾頭などは削減の対象から外れているからだ。世界の核兵器の大半を保有する米ロは、さらなる核軍縮への努力を重ねるべきだ。 削減にとどまらず、その先に核廃絶という人類の悲願があることも忘れてはならない。米ロは中国など他の核保有国を巻き込み、廃絶への道を主導する責務がある。 約190カ国が参加する国際核秩序の支柱である核拡散防止条約(NPT)は、米ロ中など5カ国に対して核保有を認める代わりに核軍縮義務も課している。まず米ロが積極的に動くことが、他の保有国が追随する機運を巻き起こす第一歩になる。 北朝鮮やイランによる核開発の動きに国際社会全体で厳しく目を光らせることも、核廃絶のためには欠かせない。 バイデン氏はオバマ元大統領が理念として掲げた「核なき世界」を継承する意向を示している。核の保有、開発、使用などを全面的に禁じた核兵器禁止条約は1月に発効し、1年以内に締約国会議を開くとしている。米国はこれまで条約に反対してきたが、オブザーバーとしての参加など踏み込んだ決断を求めたい。 米科学誌は先日、核戦争などによる世界終末までの時間を象徴的に示す「終末時計」について、残り「100秒」と発表した。昨年と同様、過去最短となっている。「現状での核廃絶は理想にすぎない」との見方で努力を怠れば、さらに終末時計の秒針を進めるだけだ。 日本は唯一の被爆国でありながら、禁止条約に背を向けている。率先してオブザーバーとして加わり米国に参加を強く働きかけるなど、一刻も早い核廃絶への動きの先頭に立たねばならない。
2021年の春闘が始まった。兵庫県を含む10都府県で新型コロナウイルスの緊急事態宣言が延長される中、これまで以上に厳しい労使交渉が予想される。 焦点は、ここ数年の賃上げの流れを持続できるかどうかである。 コロナの感染拡大により、世界的に人やモノの動きが鈍化している。日本経済の成長の糧となってきた輸出やインバウンド(訪日観光客)などの外需には、しばらく期待できそうにない状況だ。 落ち込んだ経済を上向かせるには、内需を喚起する必要がある。それには何より暮らしへの安心感が欠かせない。着実な賃上げの重要性を改めて確認したい。 政府が産業界に賃上げを強く促した「官製春闘」を契機に、14年から大企業の賃上げ率は2%を超えている。連合は「残念ながら日本全体のものにはなっていない」と指摘し、昨年と同水準の要求目標を掲げた。基本給を一律で上げるベースアップ(ベア)を2%程度、定期昇給などを含め計4%程度の賃上げである。 対する経団連は、賃上げの必要性を認めつつも、業界横並びや各社一律で行うことについては「現実的ではない」と反論している。事業継続と雇用の維持を最優先させる、との主張だ。 確かに航空や鉄道、外食などの業界はコロナ禍の直撃を受け、苦境にある。一方、デジタル化や巣ごもり需要で活気づく業種もあり、業績はまだら模様だ。高収益の企業は積極的に賃上げに応じてほしい。 見過ごせないのは、雇用形態による格差が広がっている点だ。 コロナ禍で多くの非正規労働者が職を失った。サービス業などが目立ち、政府の有識者会議は昨年11月、「女性への影響が深刻で『女性不況』の様相だ」と生活苦や自殺防止の対策を緊急提言した。 労組は、働く人の約4割を占める非正規労働者の処遇改善にも力を入れるべきだ。同一労働同一賃金の実効性を高めるための努力は労組側にも求められる。 テレワークといった柔軟な働き方も重要なテーマとなる。働きがいや働きやすさを高める仕組み、それらに適した人事制度について議論を深めてもらいたい。 コロナのパンデミック(世界的大流行)は産業や社会の構造転換を加速させるだろう。急速なデジタル化により、事業モデルが変わり、労働者に求められるスキルが変化する。 格差是正の観点からも、労組の存在意義が一層問われるはずだ。春闘の重要性も無視できない。「コロナ後」を見据え、労組は交渉力をより高める必要がある。
神戸商工会議所が地元の産学を集めてつくる「神戸スポーツ産業懇話会」が設立から4年目を迎えた。スポーツ実施率の向上や観光と結びつけたスポーツツーリズムの振興などを掲げた活動は、神戸の産業界や市民の意識に変化をもたらしている。 東京五輪・パラリンピック、生涯スポーツの国際大会・ワールドマスターズゲームズ関西など世界大会の国内開催が相次いで決まった。懇話会はこの機をとらえ、地元産業や市民らの機運を向上させようと2017年秋に活動を始めた。 生涯スポーツに詳しい兵庫の大学教員やスポーツ関連企業が世話人を務め、精力的に例会や公開セミナーを開いている。 ビジネスの機会創出だけでなく、働く人や家族の健康増進を意識して取り組むことで活動の輪が大きく広がった。当初30社ほどだった参画企業は、3年で3倍以上の100社に増えた。 神戸市内の事業所を対象に3年続けて行った「スポーツ実施率・アクティブライフに関する実態調査」では、週1日以上の実施率が18年の41・8%から、20年は49・8%に上昇した。 懇話会の活動がどれだけ貢献しているかは測れないが、スポーツに関心を寄せ、体を動かそうとする人は増えている。 複数企業の社員が参加する交流運動会をはじめ、ゴルファー養成講座や企業対抗マラソンなどのイベント支援に力を注ぎ、組織の枠を超えた交流の機会も生まれた。 昨年は、新型コロナウイルス感染拡大で活動が制限された。五輪・パラ、ワールドマスターズもそれぞれ延期された。 それでも、コンピューターで対戦する「eスポーツ」と実際に体を動かす競技を融合したバーチャル(仮想的)サイクリングイベントを有馬で実現にこぎつけた。企業交流運動会はオンライン開催となったが、東京や大阪からも参加があった。 コロナ禍に対応した新しいイベントの形態として、スポーツ庁などが関心を寄せている。 今後は、スポーツを通じた交流から新しい価値を見いだし、地域の活性化や市民の健康増進にどう結びつけられるかが課題となる。神戸発の取り組みに期待したい。
耳を疑うような発言だ。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、日本オリンピック委員会(JOC)の臨時評議員会で、女性理事増員の方針を巡って「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と述べた。 女性蔑視の暴言と言うしかない。性別をはじめあらゆる差別を許さない五輪の精神に反し、国内外から厳しい批判が集まるのは当然である。世論の強い反発を受け、森氏は発言を撤回し「深く反省している」と謝罪したが、辞任は否定した。 釈明会見では、質問する記者に「面白おかしくしたいから聞いているんだろ」と開き直るような態度も見せた。問題の本質に目を向けておらず、組織委トップとしての資質に欠ける。「五輪の顔」としてふさわしくない。直ちに辞任すべきだ。 海外では国内以上に問題視されている。米紙ニューヨーク・タイムズは「森氏の時代遅れの態度こそが本当の問題」とし、単なる失言にとどまらないとの見方を示した。五輪開催国として恥ずかしい限りである。 新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期された東京大会は、感染の収束が見えず開催への慎重論が広がっている。安全な大会の実現に向けて参加各国の理解と協力が不可欠な中、問題発言で開催への機運がさらにしぼみかねない。森氏の責任は極めて重い。 深刻なのは、会議中に発言をたしなめる動きがなかったことだ。 森氏は会議で「女性っていうのは競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言われると、自分も言わないといけないと思うんでしょうね」と述べている。むしろ議論が活発化するのを喜ぶべきではないか。当然ながら、それは性別を問わない。 一方で組織委の女性委員については「わきまえておられる」とし、異論を述べないことを評価するような発言もあった。組織委の中に自由に議論できない空気があるとすれば、コロナ禍で新たな発想が求められる大会運営の支障になりかねない。 ネット上でも森氏の見方を疑問視する意見が広がり、ツイッターでは「#わきまえない女」との検索目印(ハッシュタグ)が付いた投稿が拡散している。日本社会の在り方を問う議論を呼び起こしつつある。 衆院予算委員会でこの発言について問われた菅義偉首相は「詳細は承知していない」と答弁した。男女共同参画を率先して進める政府の立場から、厳しく戒めるべきだった。 五輪の開幕まで半年を切った。感染状況を見極めつつ、開催への道を探る日本の動向を世界が注視している。森氏は問題の重大さをわきまえ、速やかに進退を決すべきだ。
強制力に頼らない日本の新型コロナウイルス対策が転換点を迎えた。 営業時間短縮などに応じない事業者や入院を拒んだ感染者らに罰則を科す関連法の改正が自民、公明、立憲民主党、日本維新の会などの賛成で成立した。13日に施行される。 改正感染症法では、入院先からの逃走や疫学調査の拒否も罰則の対象となる。改正特措法では、緊急事態宣言が出る前でも都道府県知事が事業者に時短などを命令できる「まん延防止重点措置」を新設した。 当初案にあった懲役を含む刑事罰導入は与野党協議で行政罰の過料に修正されたが、罰則によって国民の権利と自由を制限する趣旨に変わりはない。にもかかわらず具体的な判断基準を政令に委ねるなど恣意(しい)的運用の懸念がぬぐえないのは問題だ。 厚生労働省が、改正を議論する専門部会で罰則導入への慎重意見が多数を占めたのに国会では「おおむね了承を得た」と説明していたことも分かった。罰則ありきのずさんな対応と批判されても仕方がない。 政府は懸念を受け止め、慎重な運用に徹しなければならない。 菅義偉首相が「罰則とセット」と強調してきた事業者支援の中身は曖昧なままだ。実情に応じた柔軟な支援策を用意し、協力を得やすい環境を整える必要がある。 まん延防止重点措置を巡っては、付帯決議で、発令要件の客観的な指標を明らかにし、実施する際は速やかな国会報告を求めている。 だが、法的拘束力はない。緊急事態下とほぼ同等の強制力をもつ措置が政府や自治体の裁量で可能になるのではないか。法の本則できっちり歯止めをかけるのが筋である。 罰則の実効性には、実務を担うことになる現場からも懐疑的な声が上がる。保健所の負担がさらに増えるばかりか、追跡調査の精度を左右する感染者との信頼関係を損ねかねない。罰則を恐れて検査を避けたり、感染を隠したりする人が増え、差別と偏見を助長する恐れもある。 今は入院拒否どころか、感染の急拡大で入院できない待機者が大勢いる。罰則に頼る前に後手に回った政府の対応を反省し、自治体と連携して病床確保や保健所の業務支援など喫緊の対策に全力を挙げるべきだ。 法改正論議のさなかに発覚した与党幹部の「銀座のクラブ」問題は、国民を縛る側の、危機感の乏しさと特権意識をさらけ出した。国民に理解を求めるなら、政治への信頼回復がなにより急務である。 これだけの課題がありながら、決着を急いだ国会の責任も重い。法の運用を厳しく監視し、乱用を許さない。問題がある法は見直す。立法府の役割を怠ってはならない。
世界に衝撃を与えたミャンマー国軍によるクーデターは、民主主義を踏みにじる暴挙である。断じて認められない。 政権トップのアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相をはじめ、与党の幹部や国会議員ら数百人が一斉に拘束された。映画監督などの文化人も含まれるという。 昨年11月の総選挙で不正があったとして、軍最高司令官は1年間の非常事態を宣言した。国軍系テレビを通じ、立法、行政、司法の全権を握ったと主張している。選挙をやり直す考えも明らかにした。 軍政への回帰は容認できない。国民の大部分も求めてはいないはずだ。何よりまず、国軍はスー・チー氏ら軟禁下に置いている全員を直ちに解放せねばならない。 国連や欧米諸国は相次ぎ非難声明を出した。人権重視を掲げるバイデン米大統領は、経済制裁の復活を示唆する。 日本は歴史的にミャンマーとの関係が深く、官民で民主化を後押ししてきた。国軍との対話チャンネルも持つ。民主主義と法の支配に基づいた解決へ向け、菅義偉政権は国際社会と緊密に連携して積極的な役割を果たすべきだ。 クーデターは1日未明に起きた。この日は総選挙後初の国会が開会され、3月にはスー・チー氏が党首を務める国民民主連盟(NLD)の第2次政権が発足するはずだった。民主化の進展による影響力低下を恐れた国軍は、何としても議会の開会を阻止したかったにちがいない。 昨秋の総選挙ではNLDが地滑り的勝利を収め、国軍系の野党は惨敗した。軍は二重投票などの不正があったと指摘するが、口実にすぎない。事実、日本や欧米の選挙監視団は公平だったと評価している。 半世紀近く軍政が続いたミャンマーが民政移管を果たしたのはわずか10年前だ。2015年の総選挙でNLDが圧勝し、スー・チー氏が率いる政権が誕生した。軌を一にして、日本を含む海外からの投資が増え、経済成長が始まった。兵庫県からも企業が進出している。 しかし、イスラム教徒の少数民族ロヒンギャへの迫害の深刻化で国際批判を浴び、外資が冷え込むこともあった。クーデターが経済に与える打撃はさらに大きいだろう。注視が必要だ。 中国の動きも無視できない。欧米と異なり、ミャンマー国軍への非難を避けた。政変を機に、投資や開発支援を加速させる可能性がある。 ミャンマーの民主化と経済発展は、インド太平洋地域の平和と安定のためにも重要だ。日本は外交努力を尽くさねばならない。
政府は新型コロナウイルス特別措置法に基づき兵庫などに発令中の緊急事態宣言について、栃木を除く10都府県での延長を決めた。期間は3月7日までの1カ月となる。 延長に伴い、飲食店の午後8時までの営業時間短縮や不要不急の外出自粛要請などは継続する。感染状況などが改善すれば、期限前でも解除する方針という。 菅義偉首相は1月7日に首都圏1都3県に宣言を出した際、「1カ月後には必ず事態を改善させる」と表明した。その公約は果たせなかったことになる。延長を報告した国会で「国民にもう一度協力いただき、何としても感染拡大に終止符を打ちたい」と述べたが、何が足りなかったのか、解除時期をどう判断するかについて納得できる説明はなかった。 厚生労働省の専門家組織は、宣言に一定の効果があったとしながらも「重症者数、死亡者数は過去最多の水準で、減少には一定の時間が必要」と分析している。 対象地域の新規感染者数は減少傾向にあるものの、病床使用率などは最も深刻な「ステージ4」にある地域が多い。兵庫県も1日時点で70%超と高止まりしている。 こうした状況は、各地で事実上の医療崩壊を招いている。入院先が見つからず、自宅で死亡する事例が相次ぐ。一般診療にもしわ寄せが生じ、国民の命を守る仕組みそのものが危機にひんしている。感染を下火にし、医療機能の回復を待つ上で、延長は致し方ない判断と言える。 医療現場の過度な負担が落ち着くまで1カ月程度はかかるとの専門家の見方もある。解除後、すぐに再拡大に転じるようでは元も子もない。感染の抑制を確認し、医療機関や保健所の職員が一息つけるまで、状況を慎重に見極めるべきだ。 その間に、病床の確保や医療機関・保健所の体制強化を早急に進める必要があるのは言うまでもない。 自粛の長期化で、飲食店だけでなくさまざまな業種や対象地域外の事業者にも苦境が広がっている。非正規労働者を中心とする雇用の悪化も深刻だ。痛みを和らげるきめ細かな支援策は欠かせない。 国会では、入院拒否者や営業時短に応じない事業者に罰則を科す特措法などの改正案が、衆参計4日間のスピード審議で今日にも成立する。 与野党の修正協議で懲役を含む刑事罰こそ削除されたが、事業者支援の中身や国会報告の位置付けは曖昧なままだ。私権制限を強化する法改正の審議として拙速は否めない。 行き過ぎた罰則適用がないか、必要な支援が届いているか、国会は法の運用を厳しく監視する役割を忘れてはならない。
新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期された東京五輪・パラリンピックが、開幕まで半年を切った。 しかし、国内では11都府県に再発令された緊急事態宣言の延長が検討され、世界の感染者は1億人を超えた。収束の気配が見えない中、国内外に見直し論が広がっている。 菅義偉首相は「五輪を人類がウイルスに打ち勝った証しに」と述べ、開催への強い意欲を示す。東京開催を追求するなら、政府と大会組織委員会は現実を直視し、新たな五輪のかたちを見いださねばならない。 政府が期待を寄せるのが、日本でも4月以降に高齢者から接種開始が見込まれるワクチンだ。ただ、供給量の確保や効果には不確定要素が少なくない。「集団免疫」が獲得されるまでには時間がかかるとの指摘もあり、ワクチン頼みの計画はリスクが高いと言わざるを得ない。 政府、与党や国際オリンピック委員会(IOC)の内部からも開催を危ぶむ声が表立って出始めた。感染拡大は選手の代表選考や強化計画にも影響している。各国の競技団体や選手からの慎重論も予想される。 国内世論はさらに厳しさを増している。1月、共同通信社が実施した全国電話世論調査では、「中止するべき」との回答が35%、「再延期するべき」は45%だった。国民の多くが何らかの見直しを求めていることは間違いない。 当初は2年延期して2022年開催案もあった。だが組織委の森喜朗会長は再延期は「絶対不可能」と述べ、その理由を東京都や関係省庁などから組織委への出向期間延長が難しいためとする。その説明で国民が納得できるだろうか。 IOCも再延期には否定的だ。今後の開催都市との調整や施設の確保などでハードルは極めて高いが、政府と組織委はIOCと議論を深め、あらゆる可能性を探る必要がある。 もう一つの焦点は観客動員の判断だ。政府は観客の規模、海外からの受け入れ可否について3月ごろに判断するという。 だが、現状は水際対策の強化でスポーツ関連の入国特例も一時停止されている。国民の安全と安心を優先するなら、少なくとも観客を国内に限る判断はやむを得ないのではないか。同時に、無観客での開催についても早急に検討するべきだ。 医療体制がさらに逼迫(ひっぱく)するとの懸念もある。選手らの感染症対応に1万人が必要とされる医療スタッフを集められるのか、それによって地域医療に支障が生じないか。 どんな状況になれば安全な大会運営が可能か。選択肢を示し、国民に開かれた議論を進めなければ、五輪を受け入れる世論は生まれない。
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設を巡り、政府が辺野古沿岸部で土砂の投入を始めた2018年12月から2年が経過した。移設に反対する玉城デニー知事の就任からわずか2カ月後のことで、国側と地元との議論が十分とは言えない中での強行だった。 投入直後の19年2月の県民投票では7割超が埋め立てに「反対」としたにもかかわらず、工事は続けられてきた。民意を押さえ込む国の姿勢に、あらためて疑問を抱く。 今年1月、辺野古の米軍キャンプ・シュワブに、陸上自衛隊の「水陸機動団」を常駐させる極秘合意があったことが明るみに出た。18年に発足した水陸機動団は「日本版海兵隊」とも言われる。沖縄県幹部は「基地機能の強化でしかない」と反発しているが、もっともだ。 防衛省沖縄防衛局によると、埋め立て海域全体の約150ヘクタールのうち、南側の約6ヘクタールは海水面から高さ3~4メートルまでの埋め立てが終わった。西隣の約30ヘクタールの区域も、必要な土砂の約6割を埋めたという。 ただ昨年8月時点の県の試算では土砂の投入量は全体の3・2%にすぎない。今ならまだ移設を再考できる。いったん工事を中止すべきだ。 当初、政府は工期を5年としていたが、埋め立て予定海域にマヨネーズ並みの軟弱地盤が見つかった。工期は少なくとも9年かかり、工費も3倍近くになるとみられる。 国側は昨年4月、軟弱地盤の改良工事に向けた設計変更を県に申請したが、県側は承認しない方針だ。申請書に対し、県内外から寄せられた約1万8千件の意見書は全て否定的な意見だった。移設計画は行き詰まっていると言うしかない。 さらに問題視されるのが、土砂調達先の計画に、沖縄戦の激戦地だった本島南部が入ったことだ。 土砂は主に県外から搬入する予定だった。だが特定外来生物の侵入を防ぐ県条例の制定を踏まえ、政府が調達先を県内に切り替えた。結果、糸満市などの土砂が候補となった。 同市などには、今なお戦没者の遺骨が多数眠っているとされる。遺骨が混入し、埋め立てに使われる恐れが生じることは論外だ。国側は「業者が十分配慮して行う」としているが、地元関係者が「戦死者への冒〓(U+7006)(ぼうとく)だ」と憤るのも無理はない。 辺野古移設の目的について、政府は「普天間飛行場の危険性を早期に除去するため」と説明してきた。しかし設計変更で移設時期は2030年代以降にずれ込むとされる。 「早期に除去」が達成できないのは明らかだ。国はまず素直に沖縄の民意に耳を傾け、県との話し合いを始めなければならない。
公立小学校の1学級当たりの児童数の上限が、現行の40人から35人に引き下げられることが決まった。児童一人一人に対するきめ細かな指導に加え、教員の働き方改革への効果も期待される。 一方で、教員のなり手不足が進んでおり、必要な体制を整えることが重要だ。 小中学校の学級の上限人数は1980年度に45人から40人になり、民主党政権下の2011年度から小学1年のみ35人に引き下げられた。学校現場は小2以上でも少人数化を求めてきたが、財務省が教育的効果の検証を求め、平行線をたどった。 そんな中、菅政権が前政権の教育再生を継承したほか、新型コロナウイルスの流行で教室での3密(密閉、密集、密接)を避ける必要性が生じたことで局面が変わり、与野党や全国知事会も後押しした。 今回の見直しでは、21年度にまず小2の上限を35人とし、25年度までに5年かけて小6まで順次、上限を引き下げる。中学は見送られ、40人を当面維持する。文部科学省は21年度当初予算案に必要経費を盛り込み、上限人数を定めた義務教育標準法の改正案を提出する。 兵庫県では既に小4までのほとんどが35人学級で学んでいる。全国の自治体でも独自の学級編成が進んでおり、約40年ぶりの大幅な引き下げに現場からは歓迎の声が上がる。 ただ学級数は増えるため、教室の確保や教員の配置が求められる。学級数や児童生徒数で決まる教員の「基礎定数」は、35人制導入で約1万4千人必要となる。いじめ対応などで特別に配置している「加配定数」からの振り替えも視野に入れるが、教員増は必至となる。 小学校の教員採用試験の倍率は19年度の全国平均で2・8倍と下降傾向にあり、資質の低下が懸念されている。保護者対応や情報通信技術の活用などで業務は増え、「きつい」との印象から敬遠されている面もある。 教員の大量退職で新規採用者が増える中、学級少人数化に伴って、なり手不足はより深刻化しかねない。働きやすい環境を整え、優秀な人材を取り込まなければ、授業の質向上にはつながらない。
3月19日に開幕する第93回選抜高校野球大会の出場校が決まった。兵庫県からは一般枠で神戸国際大付、21世紀枠で東播磨が選ばれた。2校出場は4年ぶりとなる。 東播磨は昨年秋に創部初の近畿大会出場を果たした県立高校で、甲子園の土を踏むのは初めてだ。両校の選手とも、夢に見た大舞台で攻守に光るプレーを見せてほしい。 昨年のセンバツは、新型コロナウイルスの感染拡大のためにやむなく中止された。太平洋戦争中の中断はあったが、予定されていた大会の中止は過去になかった。出場校は8月の甲子園高校野球交流試合に招待されたとはいえ、選手らは本当に無念だったことだろう。 32校が出る今大会には、近畿大会優勝の智弁学園(奈良)や仙台育英(宮城)、中京大中京(愛知)などが顔をそろえた。昨年出場するはずだった選手らの思いも胸に、日頃の力を存分に発揮してもらいたい。 神戸国際大付は、春は4年ぶり5度目、夏も合わせると7度目の甲子園となる強豪校だ。昨年秋の県大会で4年ぶり7度目の優勝を果たし、近畿大会でも8強となった。選抜大会では2005年にベスト4の成績を残している。この春はそれを超える躍進を期待したい。 稲美町にある東播磨の野球部は1974年の創部だ。県立の加古川北を率いて春と夏の甲子園に出た福村順一監督が14年から指導する。県大会で機動力を武器に準優勝した。 兵庫県から21世紀枠で出場するのは、12年の洲本、16年の長田に続いて3校目だ。公立ゆえの制約がある中、創意工夫で質の高い練習を積み上げた点などが選考理由になった。 1日の練習は2時間程度と短い。グラウンドを他部と兼用するため、選手は打撃練習にテニスボールを使う。コロナ禍で練習にはオンラインを活用し、新しい指導スタイルの確立につながると評価された。 文化部などの生徒らに影響を与えたのも注目すべき点だ。甲子園のアルプススタンドを舞台にした演劇部の作品は全国高校演劇大会で最優秀賞になり、映画化された。福村監督や野球部員らのインタビューをラジオ番組にした放送部の作品も、NHK杯全国高校放送コンテストで優勝した。 今回の21世紀枠は1校増えて4校となった。ほかに八戸西(青森)、三島南(静岡)、具志川商(沖縄)が選ばれている。それぞれの個性を生かした戦いぶりが楽しみだ。 大会は観客を入れて開催する予定だという。そのためには万全の感染防止対策が欠かせない。選手や観客が安心できるよう、何よりも安全を最優先した運営を望みたい。
2019年に表面化した神戸市立東須磨小学校の教員間暴行・暴言問題で、教育学などの専門家でつくる「再発防止検討委員会」が背景分析や再発防止策を報告書にまとめ、市教育委員会に提出した。 繰り返し強調しているのは、「特殊な例ではなく、どの学校でも起こる可能性がある」との指摘だ。全ての学校と教育委員会に向けた警鐘にほかならない。 ハラスメント対策に特効薬はない。しかし確かなのは、どのような職場でも起こりうるという前提に立つことが不可欠な点である。 ごく当たり前ともいえる指摘が重ねられているのは、ハラスメントに対する学校や教育委員会の意識が低いことの裏返しだ。人権意識を問われているに等しい。 教育現場は改めて「わがこと」として受け止め、猛省せねばならない。ハラスメントに限らず、それぞれの学校が抱える組織的な課題に向き合い、風通しのいい職場にするための歩みを進めてほしい。 東須磨小学校の事案は、嫌がる男性教員に同僚たちが激辛カレーを食べさせる動画が出回るなどして、社会に大きな衝撃を与えた。加害教員4人のうち2人は懲戒免職、2人は停職と減給の処分を受けた。 日ごろ接している教員らによる卑劣な行為に、在校児童のショックも大きかった。子どもたちも被害者であり、息の長いケアやフォローが求められる。 報告書は幅広い再発防止策を提言している。実効性の高いハラスメント研修、地域に開かれた学校づくり、相談・通報窓口の改善、学校の課題に対応した人事配置-などである。できるところから始め、現場の声を反映させながら着実に取り組む必要がある。 会見した再発防止検討委員会の委員長は、神戸特有の課題として「教育委員会と学校の関係ができていないため、学校が単独で問題に対応しようとする」点を挙げた。 学校が相談しやすい体制をつくるのは、教育委員会の責任だ。管理職がマネジメント力を発揮し、働きやすい学校づくりを進めるには、教育委員会の支援が重要になる。 若手教員の比率が高まるなど職員室の風景が変わる中、報告書が「望まれる教員像」の再構築を訴えているのは注目に値する。 毅然(きぜん)と対処できる生徒指導力も大事だが、対話力や問題を抱え込まずにSOSを出せる力、同僚のSOSを受け止める能力を身に付けることが重要になるとしている。 多忙化の解消も急務だ。「改革」を実現するには、保護者や地域の理解と協力が一層求められる。
政府が新型コロナウイルス対策に関する特別措置法と感染症法の改正案を国会に提出し、与野党による修正協議が進んでいる。 営業時間短縮などに応じない事業者と、入院を拒んだ感染者に対する罰則の導入が焦点となる。野党は懲役刑の削除などを求め、与党は罰則の一部緩和に応じる構えだ。 だが、罰則によって私権制限を強める考え方に変わりはない。罰則が感染抑止に役立つのか、権限の乱用をただす仕組みはあるか、法案には多くの問題が残る。 政府は2月初めの成立を目指しているが、与野党は拙速を避けて慎重に審議を尽くすべきだ。 修正協議では政府の感染症法改正案にある入院拒否者への「1年以下の懲役」を削除するほか、「100万円以下の罰金」を50万円以下に減額する案などが検討されている。 菅義偉首相は国会審議で「医療機関から無断で抜け出した事例がある」と繰り返すが、実際に入院拒否がどれだけ起き、感染が広がったかは把握していないという。罰則が不可欠な根拠としては不十分だ。 感染しても入院をためらう背景には育児や介護、仕事を休むことによる経済的困窮、偏見や差別への恐れなどの問題があることも忘れてはならない。個々の事情に応じた支援の強化こそ対策の要ではないか。 しかも現状は、病床不足で入院できないまま自宅待機中に亡くなる人が相次いでいる。罰則による取り締まりより、安心して治療を受けられる医療体制の確保が先である。 医師や保健師らの学会や障害者団体などは、罰則導入は感染を隠す人が増え、差別と偏見を助長するなど逆効果だと指摘している。 感染症法は、かつて患者を強制的に隔離し、人権を著しく侵害した負の歴史に学び、患者の人権尊重が明記された。その反省を忘れ、同じ過ちを繰り返してはならない。 特措法の改正案には、緊急事態宣言が出る前に知事が事業者に時短などを命令できる「まん延防止等重点措置」の新設が盛り込まれた。応じなければ宣言前で30万円以下、宣言下では50万円以下の過料とする。 ただ地域の指定要件は明示されず、国会報告も必要ない。これでは政府や自治体の胸先三寸で強権発動を認めることにならないか。休業・時短に応じた事業者への補償は「必要な財政上の措置を講じる」としたものの、中身ははっきりしない。 この期に及んで、自民、公明両党の幹部がそれぞれ東京・銀座のクラブを深夜訪れていたことが分かり、ひんしゅくを買っている。国民に罰則を強いる前に、首相は足元の緊張感のなさを厳しく律するべきだ。
新型コロナウイルスのワクチン接種に向け、各自治体の動きが加速している。兵庫県や神戸市などは担当組織を新設した。厚生労働省も自治体向けの説明会で、3月中旬以降に高齢者への「接種券」配布開始といった日程を示した。 国民の大半が接種を終えるのが感染収束への大きな一歩だが、それには課題が山積する。医療が逼迫(ひっぱく)する中、接種に携わる医師や看護師をいかに確保するか。「3密」を回避し、接種後の体調観察にも対応できる会場をどう設営するか。高齢者や障害がある人たちの足の確保は…。 自治体だけでなく、社会全体にとっても未経験の一大事業となる。命を守るため政府、自治体や医療機関などが連携し、安全で円滑な接種態勢を早急に整えねばならない。 政府がスケジュールを示す一方、最大の懸念となっているのがワクチンがいつ、どれだけ供給されるか現段階で不明な点だ。 政府は米英の3社から計3種類で計1億5700万人分の供給を受ける契約を結んでいる。しかし米ファイザー製が審査で先行するものの薬事承認には至っておらず、接種の具体的な日程などが固めきれない。 ワクチン確保の時期を巡り、総合調整を担う河野太郎行政改革担当相と坂井学官房副長官の説明に食い違いも生じた。欧州ではファイザーからの供給が遅れているという。政府は正確な情報をいち早くキャッチし、国民に公開する必要がある。 政府はきょう、川崎市でワクチン集団接種のシミュレーションを実施する。ファイザー社製ワクチンはマイナス75度という超低温での輸送や保管が必要で、冷凍庫やドライアイスなど資機材の確保も不可欠だ。間隔を空けて2度接種するため、接種状況の把握も重要になる。ソフトとハード両面で、十分な対策を講じねばならない。 世界では既に多くの国でワクチン接種が始まっている。しかしワクチン開発が異例のスピードで進んだことから、安全性に懸念を抱く人が少なくない。日本でも、同じ声を耳にする。 英国で発見され、感染力が増しているとされる変異種の市中感染が疑われる事例が日本でも発生した。各地で確認されており、予断を許さない状況だ。開発中のワクチンが有効か、期待と不安が入り交じる。 菅義偉首相は「正しい理解を広げるため、科学的知見に基づいた正確で分かりやすい発信をしていきたい」と述べている。スケジュールありきではなく、具体的な情報を公開することが、疑問や不安の解消には欠かせない。コロナ対策全般にも言えることだ。
政府の全世代型社会保障検討会議が、最終報告をまとめた。高齢者医療に対する現役世代の負担軽減と、少子化対策の拡充が柱となる。 2022年には団塊の世代が75歳を超え始め、介護医療費の膨張は避けられない。社会保障の担い手となる現役世代の増加は見込めない中で社会保障制度を持続させるためには思い切った改革が不可欠だ。 しかし最終報告と銘打ちながら、内容は既存政策の見直しが中心で、核心に踏み込んだとは言い難い。 現役世代の負担軽減では、一定以上の所得がある世帯を対象に、75歳以上の医療費の窓口負担を現行の原則1割から2割に引き上げる。22年度後半から実施する。高齢者の医療費には現役世代の保険料からの支援金も充てられており、一定の軽減効果は見込める。 ただその効果は支援金全体の1%程度にすぎない。現役世代1人当たりの負担減は年間千円未満にとどまる。しかも所得水準の線引きでは政府と公明党の案が乖離(かいり)し、最終的にトップ同士の会談で、中間の水準で政治決着する形になった。「本質的な解決に至っていない」との専門家の指摘は当然だ。 懸念するのは、窓口負担の引き上げで受診を控える高齢者が増えることだ。政府は実施後3年間は自己負担の増加額を月に最大3千円とする緩和措置を導入する方針だが、医療現場の実態も見ながらきめ細かな措置をとる必要がある。 少子化対策では、菅義偉首相の目玉政策である不妊治療の公的保険適用を22年度から実施し、それまでは現行の助成制度を拡充する。男性の育児休業の取得促進も盛り込んだ。待機児童解消に向け、24年度末までに新たに14万人分の保育の受け皿を整備するともした。 一方で、財源を捻出するため高収入世帯への児童手当を廃止することも決めた。留意すべきは、国内総生産(GDP)に対する子育て支援などの社会支出の割合が、日本は先進国で低水準にとどまっている点だ。 財政健全化が求められている中で、財源の議論は避けて通れない。社会全体で子育てを支えるためには、必要な財源を確保できるよう予算編成のあり方から見直す必要がある。 安心して家族を持てるように安定した雇用をどう確保するか。少子高齢化が加速する中、公平に支え合う在り方をどう描くか。積み残された課題はあまりに多い。 かつて高齢者向けが中心だった社会保障施策は、いまや全ての世代が対象となっている。限られたパイの奪い合いにならないよう、国民一人一人と危機感を共有しながら、さらに議論を深めねばならない。
神戸市が無症状や軽症の新型コロナウイルス感染症患者を対象に、「自宅療養ゼロ」の方針を転換した。一定基準を満たせば自宅療養を認める。医療施設のコロナ専用病床が満杯状態にあるためだ。 兵庫県内全体でも病床は不足している。自宅待機者は先週後半時点で760人と昨年12月下旬の約12倍に膨らんだ。神戸市では10日間の自宅待機があったという。 県は「自宅療養ゼロ」の方針を維持しており、井戸敏三知事は実態との乖離(かいり)を認めた上で「(自宅療養ゼロの)看板を下ろしたからといって解決するわけではない」とする。だが神戸市以外でも自宅療養の容認を検討する動きがある。 コロナ患者は無症状でも容体が急変することがある。自宅などで亡くなる例も相次いでいる。家族内感染も懸念され、入院や宿泊など隔離療養は大原則だ。それを崩さざるを得ないほど、状況は切迫している。 看板の上げ下げは横に置き、入院や宿泊と同様に安心して自宅で療養できるよう、各自治体は患者一人一人をきめ細かくフォローできる体制も構築しなければならない。 神戸市は自宅療養を認めるケースについて、血中酸素濃度などの基準を設けている。濃度が急激に低下する症例が多いため、測定する機器も貸しだす。1日1回、電話や専用アプリを使って保健所が健康状態を確認する。 市は入院の優先順位を明確にするほか、窮状を市民に訴える狙いもあるという。だが懸念されるのは「無症状なら入院しなくていい」と受け取られかねないことだ。 自宅療養者には、感染拡大を防ぐために外出を控えるなど、行動を大きく制限してもらわねばならない。その協力を得るためにも、丁寧に説明する必要がある。食料や生活必需品に困らないよう、見守り支援の強化も不可欠だ。 一方、市は既存のホテルなどを活用して市内に約300室の宿泊療養施設を確保した。しかしその使用率は半分程度にとどまっている。東京都なども状況は似通う。 病床逼迫(ひっぱく)を解消するために確保したのに、なぜ使用率が低いのか。各自治体はコロナ病床を上積みするとともに、調整作業の目詰まりを解消する対策が急務となる。 県内に緊急事態宣言が発令されてまもなく2週間となるが、新規感染者数は高止まりの状態が続いている。神戸市はコロナ病床を確保するため、市立病院の一部で手術などの数を減らすことを決めた。 命を守る医療を崩壊させないために、改めて私たち一人一人が日々の感染対策に取り組みたい。
核兵器の開発や保有、使用などを威嚇を含め全面的に禁じる核兵器禁止条約が発効した。原爆投下から75年余りの歳月をかけ、世界は「核ゼロ」へと新たな一歩を踏み出した。 ただ、発効はあくまでもスタートラインにすぎない。米ロ中など核を保有する9カ国や米国の「核の傘」の下にいる日韓などは条約を否定しており、道のりは険しい。 こうした国々を巻き込み、実効性を高めることが重要になる。唯一の被爆国である日本の姿勢が厳しく問われるのは言うまでもない。 核廃絶は人類共通の宿願である。あらゆる国が立場の違いを超えて危機感を共有し、市民や非政府組織も交えて、ゴールへと着実に歩を進めるために知恵を出し合いたい。 ◇ 核を巡る国際秩序は現在危機にひんしている。 トランプ米前大統領は任期中、ロシアとの中距離核戦力(INF)廃棄条約から一方的に離脱した。「核体制の見直し(NPR)」で核の役割拡大を目指す方針を示し、小型核の開発を進めた。実戦使用もほのめかし、昨年11月には政権3回目となる臨界前核実験を実施している。 米国に対抗するロシアと中国は核戦力の近代化を進め、北朝鮮も核開発を継続する。 保有国を含む約190カ国が加盟する核拡散防止条約(NPT)は機能不全に陥っていると言わざるを得ない。隣り合わせの危機 地球上には米ロを中心に約1万3千発もの核兵器が現存している。1発でも広島、長崎に投下された原爆とは桁外れの威力があり、使い方次第で全人類を滅ぼすことができる。 私たちはこうした状況の異常さと、核の本当の怖さをどこまで認識しているだろうか。 キューバ危機など核戦争が寸前で回避されたことはこれまでに幾度もあった。米国内では1月上旬、連邦議事堂への乱入をあおるなど政権末期のトランプ氏の精神状態が危ぶまれ、核使用への懸念が高まったとされる。幸い何事もなかったが、世界が核の大惨事と隣り合わせにあることを改めて思い知らされる。 広島、長崎に続く3度目の悲劇が起きていないのは幸運にすぎないと指摘する専門家は多い。 禁止条約に背を向ける国々が依存する核抑止力は「幻想」とする見方もあり、「恐怖の均衡」はいつ崩れてもおかしくないと言える。核のリスクを根絶するには、NPTだけでは不十分だ。禁止条約と補完し合って運用する必要がある。 一方、世界の核政策をリードする米国ではトランプ氏が退場し、新大統領にバイデン氏が就いた。大統領選の期間中、オバマ元大統領が掲げた「核なき世界」の目標を引き継ぐ意向を示し、核軍縮に前向きな姿勢を打ちだしている。 ロシアとの新戦略兵器削減条約(新START)の延長問題、イラン核合意への復帰、8月に見込まれるNPT再検討会議への対応…。バイデン氏には核を巡る喫緊の課題も多く待ち受ける。その対応を国際社会が注視している。 日本の役割も重要だ。NPTは米ロ中英仏の核五大国に核軍縮交渉義務を定めている。菅義偉首相は、バイデン氏との初の首脳会談の際、その履行を強く迫るべきだ。禁止条約批准についても思考停止に陥らず、議題化するよう求める。「旗」を高く掲げて 米国の同盟国内では、小さいが見逃せない変化も起きている。 北大西洋条約機構(NATO)加盟国で米国の「核の傘」に頼るベルギーは、昨年秋に発足した新政権が禁止条約を肯定的に評価し、「核軍縮に新たな弾みをつけることができるか検討する」と発表した。現段階では条約に参加する可能性は低いとみられるが、重要な一歩と言える。 1年以内に開かれる締約国会議を巡っては、禁止条約の実現を長年訴えてきた被爆者だけでなく、批准国の間にも日本のオブザーバー参加を求める声が高まっている。核廃絶の先頭に立ち、保有国と非保有国の橋渡し役を担うというなら、首相は参加を決断すべきだ。 核の存在は気候変動とともに人類の生存を脅かす問題である。加えて世界は新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)という未曽有の危機の中にある。 いまこそ、核廃絶という旗を一段と高く掲げたい。日本を含めた各国政府は、その旗を改めて目に焼き付け、ともに向かうべき道を導き出さねばならない。
2019年7月の参院選広島選挙区を巡る買収事件で、公選法違反の罪に問われた参院議員、河井案里被告に東京地裁は懲役1年4月、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。 同じ事件で公判中の夫、元法相の衆院議員克行被告が全体を取り仕切っていたとして共謀も認定した。 初当選を目指す妻の厳しい選挙情勢を打開するため、現職国会議員の夫が買収を主導し、多額の現金を地元議員らにばらまいた-。判決が明らかにしたのは、民主主義の根幹である選挙の公正を、金の力でゆがめようとする下劣な行為である。 司法判断が示された今、両被告は自ら議員辞職し、国民や地元有権者へのけじめをつけるべきだ。 判決によると、案里被告は自ら地元議員4人にそれぞれ30万~50万円、計1600万円を渡していた。公判で「県議選の当選祝いや陣中見舞いだった」と無罪を主張したが、受け取った県議らは「違法な金だった」と次々証言した。判決はこれを重視し、別の1人を除いて「買収の意図があった」と結論付けた。 検察の捜査では、克行被告は地元議員ら100人に現金を配り、最大300万円を受け取った者もいるとされる。過去に例のない大がかりな買収の実態に驚き、あきれる。 案里被告は有罪が確定すれば当選無効で失職する。同じ選挙で車上運動員に違法な報酬を支払ったとして公設秘書の有罪が確定しており、連座制が適用された場合も同じだ。 被告夫妻は昨年1月の疑惑発覚後、「捜査中」「裁判中」を理由に説明を避けてきた。約1年にわたって国会の欠席を繰り返しながら、歳費や期末手当は受け取っている。このまま議員の職にとどまり、法廷闘争を続けるのは、コロナ禍で苦しむ国民の理解を得られないだろう。 地元では買収事件に関与したとして複数の首長や県議が引責辞職した。地方政治を混乱させ、有権者を失望させた責任も極めて重い。 一方、時効でもないのに検察側は買収された地元議員らの刑事処分をせず、判決もこの点に触れなかった。弁護側が「公平性に欠ける」と主張したように、受領側はおとがめなしの結末には首をかしげる。 ほかにも大きな疑問が残った。 案里被告は同選挙区で2議席目を狙った自民党本部の主導で追加公認され、選挙前に党本部から夫妻側に破格の計1億5千万円が提供された。安倍晋三前首相や当時官房長官だった菅義偉首相が何度も選挙応援に入る肩入れぶりだった。 この資金が買収の原資となったとすれば自民党の責任は免れない。党として資金の流れを明らかにし、国民への説明責任を果たすべきだ。
バイデン米政権が発足した。 過去最高齢となる78歳の新大統領を待ち受けるのは、かつてない試練の数々である。 米国内はもとより、国際社会において、持ち前の「再生する力」をどこまで発揮できるのか。世界が注視している。 新型コロナウイルスによる米国の死者は40万人を超え、世界最悪だ。社会の亀裂は深い。4年間のトランプ流が行き着いた先は、民主主義そのものへの攻撃だった。 バイデン氏は選挙戦で「ビルド・バック・ベター(より良い再建を)」と訴えてきた。その旗印の下、分断の政治と決別し、融和と希望へ向け着実に進むことを強く望む。 ◇ 厳戒態勢の下で行われた大統領就任式は異例ずくめだった。 連邦議会議事堂は、2週間前に起きたトランプ支持者らによる襲撃事件の爪痕がまだ生々しい。本来なら一般市民で埋まる議事堂前の国立公園には、コロナ対策もあって多くの星条旗が立てられた。 何より、退任する大統領が欠席した。152年ぶりの事態という。 「今は歴史的な危機と挑戦の時だ。そして団結こそが前進の道だ」。バイデン大統領は就任演説で繰り返し国民の結束を訴えた。 「政争を脇に置こう」とも語った。コロナの感染拡大を収束させるのが、目下の最優先課題である。国民に理解を求め、党派を超えて対策に当たるには、真の意味で「全国民の大統領」にならねばならない。 社会に残る「火種」 副大統領経験があるバイデン氏は、その難しさと必要性を身をもって感じているはずだ。強力なリーダーシップを期待したい。 米国世論の深刻な対立は、南北戦争以来といわれる。新大統領も認めている通り、融和への道のりは険しく、予断を許さない。 白人至上主義や排外主義を勢いづかせた「トランプ的なもの」は存在感を失っていない。むしろ社会に根を下ろした感さえある。混乱の火種となりかねず、難しいかじ取りを迫られる。 ここで忘れてはならないのは、経済格差の拡大に苦しむ人々への目配りである。 トランプ政権の前から、中間層がやせ細っていく状況に政治は有効な手を打てていなかった。現状への不満や将来への不安が社会の分断を招いた側面は大きい。 バイデン氏は中間層の再建を掲げる。経済のグローバル化が進む中、先進国に共通した課題でもある。取り組みに注目したい。 多様性を認め合う 新政権の最大の特徴は多様性だ。女性初の副大統領となったハリス氏は黒人、アジア系である。閣僚ポストに就く女性は過去最多を見込み、非白人も積極的に登用している。 米国のパワーの源でもある多様性に希望を託そう、とのメッセージと読み取れる。 違いを尊重し、異なる意見にも耳を傾ける。傷ついた民主主義を力強く復元させるための第一歩として高く評価したい。 「同盟関係を修復し、再び世界と関わり合う」 新大統領は就任式で国際社会への復帰を高らかに宣言した。加えて、前政権が脱退した地球温暖化対策の枠組み「パリ協定」への復帰手続きに直ちに着手し、世界保健機関(WHO)からの脱退も撤回した。 米国第一主義から国際協調路線への転換に、日本をはじめ安堵(あんど)した国は多いだろう。望ましい方向だ。 気候変動や感染症といった地球規模の危機に対応するには、これまで以上に多国間連携が鍵になる。 超大国としての威信に陰りが見えるとはいえ、米国は依然として圧倒的な軍事力と経済力を持っている。中国が台頭し、世界が多極化しつつある中、米国が国際社会での指導力を取り戻す必要性は増している。 民主主義国の一員として、日本が世界で果たす役割もバイデン時代に鋭く問われるに違いない。
災害復興の道のりは長い。社会情勢は変化し、年月とともに頭をもたげ、深刻さを増す問題もある。 阪神・淡路大震災から26年たった。巨大な復興再開発事業は完成に近づいたが、期待したにぎわいは戻らない。ついのすみかと信じた復興住宅から退去を迫られ、行政との裁判に疲弊する高齢者もいる。 阪神・淡路で認知された災害関連死は、その後の福島第1原発事故や熊本地震で直接死を上回った。 この現実を、変化に対応できなかった個人の問題に帰してしまえば、今後も災害のたびに苦しむ被災者を生むことになる。復興の過程で待ち受ける苦難に備え、社会全体で支える仕組みが必要だ。 ◇ 塩崎賢明神戸大名誉教授が、被災地の現状を「復興災害」と記したのは震災から10年余りが過ぎた2006年のことだ。再開発や区画整理、災害公営住宅の整備など被災者を救うはずの復興政策が、長期にわたって被災者を苦しめている。そう警鐘を鳴らし、個々のニーズに合った政策転換を提言してきた。検証をどう生かす その典型とされたのが、新長田駅南地区(神戸市長田区、約20ヘクタール)の復興再開発事業だ。全国最大規模の用地買収や売却は難航し、23年にようやく完了の見通しとなった。計画した再開発ビル44棟のうち41棟が完成し、今後も兵庫県立総合衛生学院の移転などが予定される。 居住人口は1・4倍に増えたが、商業エリアの集客は低迷し、高額の管理費負担などが商店主らを圧迫する。主要産業だったケミカルシューズ工場は地区外に転出した。 四半世紀を経て、市が初めてまとめた検証報告は、被災者の早期生活再建や、災害に強いまちづくりという「目標はおおむね達成できた」とする一方、「にぎわいに課題が残る」と分析する。 全容が明らかになった事業収支の見込みは赤字が326億円に上り、市が保有する181億円分の商業床が売れなければさらに赤字幅が増える可能性がある。 「広すぎないかとの不安」はあったが「復興事業として取り組んだ以上、行政内部でブレーキをかける者がいなかった」。当時の市担当者へのヒアリングからは、復興の名のもとにスピード重視で突き進んだ様子が伝わる。検証に当たった有識者会議メンバーの角野幸博関西学院大教授(都市計画)は「事業の進捗(しんちょく)に応じて状況を把握し、情報を共有して、最終判断をする仕組みが必要だった」と指摘する。 問題は、この検証をどう生かすかだ。東日本大震災以後の被災地では「身の丈」に合った復興の重要性が強調され、これほどの大規模開発に挑む地域は見当たらない。 長年にわたる奮闘と葛藤の軌跡がただ「反面教師」で終わるのは、市にも住民にとっても本意ではないだろう。少なくとも市職員は全員が報告に目を通し、新住民も巻き込んだ新長田の再生はもちろん、三宮再整備、ウオーターフロントや拠点駅などで進めるまちづくりに生かさねばならない。 塩崎氏らとともに復興事業の検証や被災者支援に取り組んできた兵庫県震災復興研究センターの出口俊一事務局長(72)は、市の検証報告の再検証に取り組むことを決めた。 会員の高齢化や資金不足の悩みはあるが「復興のために仕方なかった、で多くの問題を済ませてはならない。市民の視点で政策の誤りをただしていく」と話す。 もう一つ、力を注ぐのは借り上げ復興住宅の退去問題だ。20年間の入居期限が過ぎたとして神戸市から突然退去を求められ、市との裁判にも敗れた高齢者の転居先を探し、ケースワーカーらと本人の体調などを確認しながら物件を訪ねて歩く。市民の視点忘れず 「被災者に無理な負担を強いる制度の問題点は尽きないが、もはや極めて個別の支援が必要な局面だ」と出口さん。制度からこぼれ落ちた人を最後に救うのは人の力しかない。しかし、その力を引き出し、持続させる仕組みは十分とはいえない。 一人一人の被害状況とニーズを把握し、福祉行政や市民団体とも連携し、制度を組み合わせて必要な支援を届ける。「災害ケースマネジメント」の考え方を広く根付かせ、実践を重ねる必要がある。 法制度を変えていくのも人である。阪神・淡路の長い歩みを市民の視点で問い直すことで、「最後の一人まで」を支える復興の理想像に一歩でも近づきたい。
阪神・淡路大震災から5年を前にした1999年12月、本紙の社説は「みんなが食べ物を分け合い、水くみを助け合い、声をかけて励まし合った」と振り返った。そして「痛烈な体験があるからこそ、他人を思いやることができる。『震災文化』と呼んでいいと思う」と書いた。 地震の発生から四半世紀が過ぎ、被災地でも直接の体験者が減りつつある。震災文化、災害文化とは何かをここで考え直してみたい。 ◇ 毎年1月17日、ひょうご安全の日推進県民会議が出す「ひょうご安全の日宣言」にも、繰り返し「災害文化」の言葉が使われてきた。 「いろいろな災害の教訓が災害文化を育て 人も地域も強くなっていく」「災害文化を豊かにして 安全 安心社会に向かうのだ」 震災の教訓を継承し、災害に強い安全なまちを目指す。南海トラフ巨大地震などの発生が予測され、震災後ではなく「災間」と言われているいま、そうした地域文化を醸成することは切実な課題である。 ボランティア活動などにみられる共助、共生の文化も震災で育ったものだと言える。危機に備えるためにも、人に優しい地域にするためにも大切にしなければならない。 地震を機に生まれた歌「しあわせ運べるように」などの音楽や絵画、さまざまな芸術作品も、言うまでもなく震災文化の一つだ。語ることで共有する 震災文化、災害文化についてもう少し深く考察したい。 文化とは、一般的には人間の生活様式、そのとりわけ精神的な部分を指し、集団の中で共有されるものというのが一つの定義だ。 そうであるなら、震災文化とは、災害を起点にして被災地の人々に共有される精神的な活動、あるいは災害に向き合うよりどころ-などと言えるかもしれない。 寺田匡宏・総合地球環境学研究所客員准教授が2018年に出版した「カタストロフと時間」(京都大学学術出版会)を手掛かりにして考えてみよう。同書は阪神・淡路大震災を中心に、人々が災害をどう受け止め、記憶していくかという課題に取り組んだ900ページに及ぶ労作だ。 寺田さんは「過去は語られることによって、他者と共有される」と書く。そして震災体験を記録することは、災害後の時間を「修復」することだと説明する。確実にあると思われた未来を失えば、視線を過去に向けるしかない。とりわけ被災者にとって、時間のバランスが崩れたままでは、未来の視点から語るべき復興もままならない。 つまり震災について語り、それに耳を傾け、記録することで、個人の体験が未来に向けた社会全体の記憶と経験になる。その営みの積み重ねが文化になるということだろう。過去を今にすること 阪神・淡路の被災地には多くの震災モニュメントがある。その一部をたどる「1・17ひょうごメモリアルウォーク」が、今年は新型コロナウイルスの感染拡大で中止になった。やむを得ないが残念でならない。 モニュメントを訪ね歩く行為について、同書は、震災という過去に現在の立場からかかわり、過去を現在にすることだと述べている。 昨年、92歳で亡くなった元NPO法人理事長の上西勇さんは慰霊碑などを一つ一つ自転車で訪れ、震災モニュメントマップの作成に携わり続けた。こうした市民の地道な活動こそが震災文化を支えてきた。 寺田さんはまた、公的な記憶の問題点も提起する。例えば神戸市中央区の人と防災未来センターは、震災の経験を伝える公的な施設を代表するものだ。その開館前、地震の揺れを再現するような展示が必要かどうか意見が分かれていた。 結果的に多くの入場者に受け入れられている。しかし準備段階の議論は決して十分でなかったというのが寺田さんの指摘だ。公的な記憶は誰にも開かれているもの、パブリック(公共的)なものでなければならないと強調する。 その課題には東日本大震災の被災地も直面している。庁舎や学校などの災害遺構を残すかなどで意見が分かれ、話し合いを重ねる。震災以外の災害を含め、記憶の継承について市民が自由に参加し、意見を出せるような仕組みは欠かせない。 公的な記憶をつなぐ努力を重ねるとともに、個人の記憶にもしっかりと耳を傾ける。震災を直接体験したかどうかにかかわらず、その経験を共有し、思いやりのある震災文化を築いていく営みを続けたい。
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