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読売新聞/2020/8/1 6:00
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20200731-OYT1T50292/

李登輝氏死去/台湾に民主主義を根付かせた

 台湾の民主化の礎を築き、中国と一線を画した「台湾人」の意識を社会に根付かせた。日本や米国のパートナーとしての地位を確立したことと合わせ、功績は計り知れない。
 1988年から2000年まで台湾を率いた李登輝・元総統が死去した。97歳だった。
 台湾出身で初の総統に就き、国民党の専制体制を自ら崩した。
 国民党は中国共産党との内戦に敗れ、大陸から台湾に逃れた後も「中国全域を統治している」と喧伝(けんでん)していたが、李氏は現実に即した政治に転換した。少数の大陸出身者が多数の台湾住民を圧迫する社会の変革も推し進めた。
 民主化の総仕上げとして、総統選で初の直接選挙を1996年に実現したのは特筆に値する。台湾独立をけん制する中国がミサイル演習を行い、米軍が空母を派遣する緊張下で選挙は行われた。
 圧勝した李氏は後に、民主化という「静かな革命」で、台湾人は「生まれ変わった」と述べた。台湾の歴史と文化を重視する教育を導入し、自らを「中国人」ではなく、「台湾人」と位置づける意識の高まりをもたらした。
 台湾の人々の一体性を強めた政治指導力は高く評価されよう。
 李氏は任期終盤の99年に、中台を「特殊な国と国の関係」とする「二国論」を提起した。「一つの中国」の原則の下では、台湾はいずれ中国にのみ込まれるとみて、反発覚悟で中国に対する立場の強化を狙ったとされる。
 「一国二制度」を約束された香港が、中国の圧力で自由を奪われつつある現状は、李氏の警戒と通じるものがあるのではないか。
 台湾は96年以来、7度の総統選と3度の政権交代を経験し、李氏が育てた民主主義は完全に定着した。中国が台湾の民主化の実績を無視し、一方的に統一の道筋を定めることは許されない。
 李氏は日本にとってもなじみ深い存在だった。日本統治下の台湾で日本人として生きた。京都帝国大学(現京都大)に在学中、学徒出陣で陸軍に入り、少尉として日本で終戦を迎えた。
 流暢(りゅうちょう)な日本語をしゃべり、日本の各界に知人が多かった。総統時代に日本文化を全面解禁し、日本人の台湾への親近感を深めた。日台親善への多大な貢献は、現在の良好な関係につながっている。
 台湾で、李氏のような戦前からの親日派は減っている。日本は台湾との交流を維持し、アジアと台湾海峡の安定に向けて取り組んでいかなければならない。


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