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河北新報/2020/2/14 8:00
https://www.kahoku.co.jp/editorial/20200214_01.html

野村克也さん死去/野球と人生の深さを伝えた

 「ノムさん」。担当記者として、一時期、毎日のように話を聞いていたが、気安くそう話しかけることなど一度もできなかった。
 東北楽天元監督の野村克也さんが11日、84歳で生涯を閉じた。
 訃報に触れ、惜別や哀悼の声を上げた人たちは、野球界にとどまらない。野村さんの生きざまやその言葉が、いかに多くの人に影響を与えていたかを、改めて実感する。
 選手として、あるいは監督として、残した功績はさまざまな形で紹介されている。
 野球を「知のスポーツ」として、投手と打者の駆け引きやチームプレーなどさまざまな場面を体系的、理論的に分析し、戦法に取り入れた。
 走者を置いた場面での投手のクイックモーション、三塁走者が投球と同時にスタートを切るギャンブルスタートなど、現在は「常識」となっているものも少なくない。
 2006年の東北楽天監督就任時には、「無形の力」を掲げた。新規参入から2年目。選手層が決して整わない状況で、選手に対し、観察眼や分析力、流れを読む力などの育成を図った。ベンチの指示がなくても、選手自身がチームや相手の意図を感じ、考えてプレーすることを理想としていた。
 「理」や「知」で野球の技術、戦術論を突き詰めながら、それを最大限に活用するために必要だったのが「無形の力」といえる。
 「情」の人でもあった。選手に対しては常に「野球をやめた後の人生の方が長い」と、人間としての在り方を説いた。キャンプ中のミーティングは、人間教育の場。心技体の「心」が基本だった。
 試合後に必ず、テレビカメラの前に立ったのは、監督としては東北楽天が初めてだったという。
 多くの書籍を読み、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」など、過去の偉人の名言も引くなどし、連日、野球の深さを分かりやすく発信した。
 時にユーモアや自虐を交え、「ぼやき」とも言われた発言が、多くのファンに響いたのは、野球論にとどまらず、人生にも通じるものがあったからだろう。
 色紙に「財を残すは下、仕事(業)を残すは中、人を残すを上とす」とよく記した。奥州市出身の政治家、後藤新平によるとされる格言が、信条でもあった。
 東北楽天監督として、そしてプロ野球人として最後の試合となった09年パ・リーグクライマックスシリーズ後の記者会見でも、この言葉を自ら受け、「野球界に人を残すことができ、少しは貢献できたかな」と振り返った。
 今季、プロ野球12球団中6球団と日本代表の監督が、野村さんの薫陶を受けている。
 野球に、それぞれの人生に、これからも「野村の考え」は生き続ける。


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