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西日本新聞/2020/1/17 12:00
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/576387/

阪神大震災25年/奪ったものと残したものNew

 大都市を直撃した地震としては戦後最大級となった阪神大震災の発生から、きょうで25年を迎える。
 死者6434人、負傷者4万3792人、住家の全半壊24万9180棟という惨事を顧みるにつけ、今も言葉を失う。
 私たちに突き付けられた教訓を改めて学び、次の大災害への備えに万全を期したい。
■絆示す「希望の灯り」
 被災地である神戸市中心部の広場で「1・17 希望の灯(あか)り」と名付けられた小さな炎が燃え続けている。全都道府県から届けられた種火を一つにしたともしびである。
 街を歩いても、すぐにそれと分かる震災の傷痕は見当たらない。本当に大地震が起きたのかと疑うほどの復興ぶりである。それだけに、希望の灯りは、あの日を忘れないための存在であり、全国の絆の象徴である。
 市内の大震災記念館「人と防災未来センター」には生々しい被災品が多数展示され、一命を取り留めた人々がビデオで体験を語り続けている。教訓の継承こそ、被災地の最も重要な責務の一つであることは、東日本大震災(2011年)などでも教訓として語られた。
 海洋プレートが列島沿いを走り、活断層が縦横に走る日本。いつ、どこで地震に見舞われてもおかしくはない。
 阪神大地震は1995年1月17日早朝に起き、マグニチュード7・3、最大震度7を観測した。自分が生きる時代に、高速道の支柱が根元から倒れ、空襲を受けたような火災が広がる光景を目の当たりにすると、どれだけの人が想像しただろう。
 平成の大災害時代の幕開けともなった。ガス、水道、電気、電話というライフラインが数十万~数百万戸という単位で途切れた。緊急医療や避難所、ボランティアの在り方など多くの課題が浮き彫りになり、国や自治体レベルで改善が続いている。
 とりわけ、復旧・復興の考え方を根底から変えたのが、被災者を直接支える生活再建支援法の制定である。被災地の切実な願いが阪神大震災後もなお個人補償を拒んだ国を動かした。
 これを機に、各地の災害で、既存の補助事業などを柔軟に運用して個人負担を減らす取り組みが広がっている。さらなる制度の充実が必要だ。
■最大級の災害見据え
 九州を大きく揺らしたのは熊本地震(16年)である。3日間で震度7を2回も観測するという、それまでの常識では想定しえない災害となった。死者275人、全半壊住家は4万3千棟余に上った。
 阪神大震災を上回るデータがある。防災科学技術研究所によると、揺れの大きさの指標である加速度は熊本県益城町で最大1580ガルに達し、阪神で最大の約900ガルより大きかった。
 両被災地に共通していたのは「ここでは大地震は起きない」という油断だった。
 熊本地震が起きる前、熊本市で30年以内に大地震が起きる確率は7・6%と政府機関は公表していた。十分に高い確率である。これを多くの人が十分に理解できていなかった。
 日本が警戒すべき最大級の災害は、九州東岸も津波に襲われる南海トラフ巨大地震である。首都直下地震とともに30年以内の発生確率は70%超と、いつ起きてもおかしくない数字だ。国や自治体は各地の被災者の声を聞きながら、災害に強い国土造りを進めてもらいたい。私たち一人一人も、高台といった避難場所や家族との連絡法の確認などを日頃から徹底したい。
 「希望の灯り」の碑文にはこうある。<震災が奪ったもの 命 仕事 団欒(だんらん) 街並み 思い出><震災が残してくれたもの やさしさ 思いやり 絆 仲間>
 もう一度かみしめて、防災・減災に取り組みたい。


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