main menu
サイト内検索
ログイン
ユーザ名:

パスワード:



パスワード紛失

新規登録
OpenIDログイン

OpenIDを入力

mixi Yahoo! JAPAN Google BIGLOBE はてな livedoor エキサイト docomo ID

ツッCOM

切り抜き詳細

毎日新聞/2017/6/19 4:00
http://mainichi.jp/articles/20170619/ddm/005/070/002000c

PKO協力法成立から25年/国際貢献の歩み続けたい

 紛争後の国づくりを支援する国連平和維持活動(PKO)協力法の成立から25年がたった。自衛隊の海外派遣に道を開き、戦後の安全保障政策の転機となった法律である。
 荒野に道路を整備し、選挙の円滑な実施をサポートするなどの任務をこなしてきた。しかし、現在は紛争下の住民保護などが重視され、活動の内容は変わってきた。
 今も世界で16の国連PKOが展開し、10万人超が活動している。日本は南スーダンを最後に自衛隊部隊の展開はゼロとなった。日本の国際貢献は今後どうあるべきだろうか。
 25年前、東西冷戦終結に伴い大国間の紛争の恐れは低減した。一方、冷戦下で封じ込められていた民族や宗教対立を背景とする地域紛争が多発し、今も続いている。
 日本はこれまで計14のPKOや人道支援活動に延べ1万2000人余の自衛隊員を派遣した。民主的な国家再建の担い手として平和主義に裏打ちされた活動を続けてきた。
 自衛隊はカンボジア、東ティモール、ハイチ、南スーダンの4カ国に施設部隊を派遣した。任務となったインフラ整備を通じ、国づくりに果たしてきた役割は大きい。
 住民との意思疎通に努め、一発の銃弾も撃たずに任務を果たしてきた。軍事力に偏重しない日本のソフトパワーは歓迎され、国益にもつながってきた。
 制定時は自衛隊派遣を巡って大論争になったが、平和構築への参画は憲法の理念にかなうとの認識が定着した。内閣府の世論調査は7割超がPKOに肯定的だ。
 だが、この四半世紀で国連PKOは変容した。
 冷戦直後は内戦で荒廃したカンボジアのような途上国の再建に主軸を置く活動が主だったが、同時に現実に起きている民族浄化や住民虐殺に対応するPKOが増えていった。
 それによりPKO部隊が武力紛争に巻き込まれ、任務を十分に履行できなくなる事態が生まれてきた。
 転換点は、2005年に国連首脳会議が「保護する責任」の原則を認めたことだ。
 虐殺や戦争犯罪などから自国民を守る責任は一義的にはその国家にある。それが機能しない場合、国際社会がその国の主権を超えて保護できるとした。国連安全保障理事会の承認があれば軍事力の行使を認め、PKOにも導入された。
 今のPKOは紛争予防から国家再建までを担う「強力なPKO」だ。任務も古典的な停戦監視から新たな文民保護まで幅広い。
 危険と隣り合わせの任務が増え、相当規模の兵力も必要となるが、軍用の装備や高い技術を持つ要員の不足が指摘されている。
 日本は「PKO参加5原則」を持つ。もともと国連の「3原則」である紛争当事者の同意、不偏性(5原則では中立)、自衛のための武器使用に停戦合意と撤収規定を加えた。
 国連PKOでは任務遂行のためには中立的な立場を離れ、被害者側を守るための武力制圧を認めている。
 しかし、日本の5原則が求める中立性は特定の当事者側に立つ任務遂行を認めていない。このため不安定な治安情勢での活動が増える今後のPKOに参加できる機会は狭まる。
 自衛隊が得意としているのはインフラ整備や輸送、医療などの分野だ。PKOの任務が変容したからといって、こうした活動の芽までつむのは国益に反するのではないか。日本が貢献できる活動に余地を残すために5原則の柔軟な運用や見直しの検討があってもいいだろう。
 国連は軍事力の強制措置を伴う多国籍軍と、平和維持を目的とするPKOを明確に区別している。
 憲法9条は海外での武力行使を禁じているが、PKOは国家間の戦争に介入するわけではない。そこでの活動が日本の主権行使にあたるわけでもない。
 国連PKOの変容に国内ルールが追いついていないのならば、憲法の理念に照らしてどこまで可能性を広げられるか、議論を深めるべきだ。
 ニューヨークの国連ビルの一角には「静寂の間」がある。活動中に亡くなった3500人以上のPKO要員を慰霊する場所だ。カンボジアで犠牲になった文民警察官の高田晴行警視もその一人だ。
 平和の実現は日本が憲法でうたう国家目標でもある。その達成のために国際貢献の歩みを続けたい。


コメント一覧


 

 

©太陽と風と水, 2011/ info@3coco.org  本サイトについて